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この人生、採点中  作者: 夜凪 灯
第一章 『あなたは、あなたを何点にしますか』

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11/118

Review11 削除

 午前六時四十七分。


 病室の窓から、朝の光が差し込んでいた。


 高瀬はゆっくり目を開けた。


 頭の奥に、まだ鈍い痛みが残っている。


「……」


 身体を起こそうとして。


 やめた。


 昨日。


 無理に動いて藤原に怒られたばかりだ。


 視線だけ横へ向ける。


 椅子。


 藤原はいない。


 代わりに。


 机の上に、一枚のメモが置かれていた。


『検査の結果を聞いてきます。

 勝手に起き上がらない。

 スマホも触らない。

 特に最後。絶対。』


「……最後だけ圧すごいな」


 高瀬は少し笑った。


 そして。


 すぐ横。


 スマートフォンを見る。


「……」


 触るな。


 そう書いてある。


 分かっている。


 でも。


 昨日。


 最後に見たもの。


『削除実行者――高瀬』


 あれが。


 頭から離れない。


「……触るなって言われると触りたくなるんだよな」


 小さく呟く。


 手を伸ばす。


 あと数センチ。


「やめとけ」


「うわっ!」


 高瀬の身体が跳ねた。


「いった……!」


「だから動くなって」


 入口。


 真壁が立っていた。


「お前……!」


「朝から元気そうで何より」


「急に喋るなよ!」


「普通に入ってきたけど」


「全員それ言うな!」


 真壁はコンビニ袋を片手に、ゆっくり病室へ入ってきた。


「藤原先生に言われました」


「何を?」


「見張っててって」


「俺、要注意人物?」


「かなり」


「教師なのに」


「関係ないでしょ」


 真壁は椅子へ座る。


 袋の中から。


 缶コーヒーを一本。


 机へ置いた。


「……」


 高瀬の表情が止まった。


 真壁が気付く。


「何」


「それ」


「コーヒー」


「見れば分かる」


「じゃあ何」


「……いや」


 昨日。


 戻った記憶。


 桐谷。


『甘い言葉より効くだろ』


 机に置かれた缶コーヒー。


 同じ。


 いや。


 同じメーカー。


 同じ種類。


「真壁」


「何?」


「それ、よく飲む?」


「たまに」


「前から?」


「前から」


「誰かに勧められた?」


「……」


 真壁が少し眉を寄せる。


「何、その質問」


「いいから」


「高瀬先生」


「うん」


「今ちょっと怖いです」


「俺が?」


「はい」


「何で」


「コーヒー一個で尋問始まったから」


「ごめん」


「またすぐ謝る」


「藤原にも言われた」


「でしょうね」


 真壁は。


 缶コーヒーを見る。


「誰かに勧められたかは覚えてない」


「そう」


「でも」


「うん」


「去年から飲むようになった気はする」


 高瀬の指が。


 わずかに動く。


「去年?」


「たぶん」


「秋?」


「……」


「真壁」


「ちょっと待って」


 真壁が顔を上げる。


「何で秋って知ってるんですか」


「……」


 しまった。


 真壁は。


 高瀬をじっと見る。


「昨日」


「うん」


「何か隠してましたよね」


「……」


「藤原先生も」


「うん」


「で、今」


 真壁が机のコーヒーを指差す。


「これ見て顔変わった」


「……」


「何があるんですか」


 高瀬は。


 すぐには答えなかった。


 真壁は急かさない。


 ただ。


 待っている。


「……桐谷」


 高瀬が言った。


 真壁の表情が。


 一瞬。


 止まった。


「誰?」


 その答えが。


 あまりにも自然だった。


 高瀬の胸が冷える。


「桐谷先生」


「……」


「去年まで、この学校にいた」


「……」


「俺と仲良かったらしい」


「らしい?」


「俺、覚えてない」


 真壁は。


 何も言わない。


「藤原が写真見せてくれた」


「……」


「俺と肩組んで笑ってた」


「……」


「このコーヒー」


 高瀬は。


 真壁が持ってきた缶を指差した。


「よく俺にくれてたらしい」


 真壁は。


 ゆっくり缶を見る。


「……桐谷」


 小さく。


 名前を繰り返す。


「知らない?」


「……」


「真壁」


「分からない」


「分からない?」


「名前だけ」


 真壁の眉間に。


 少し皺が寄る。


「聞いたことある気がする」


「どこで」


「分からない」


「去年?」


「だから分からないって」


 少し強い声。


 高瀬は。


 そこで止まった。


「……悪い」


「……」


「詰めすぎた」


 真壁は。


 息を吐く。


「いや」


「うん」


「俺も」


 缶コーヒーを見る。


「ちょっと気持ち悪い」


「何が」


「知らないはずなのに」


「うん」


「桐谷って名前」


 真壁は。


 無意識に。


 右手の親指で。


 缶の縁をなぞっていた。


「……嫌な感じがする」


「嫌?」


「懐かしいとかじゃない」


「じゃあ」


「……怖い」


 高瀬が。


 真壁を見る。


 真壁は。


 少しだけ笑った。


「何その顔」


「いや」


「俺が怖いって言うの珍しい?」


「ちょっと」


「失礼だな」


「ごめん」


「また」


「もう癖だから許して」


「嫌です」


 二人。


 少しだけ笑う。


 でも。


 空気は。


 完全には戻らなかった。


◇


「失礼します」


 藤原が戻ってきた。


「……真壁先生?」


「おはようございます」


「何でいるんですか」


「見張り」


「頼んでないです」


「え」


「私、看護師さんにお願いしたんですけど」


「……」


「誰に言われたんですか?」


 真壁が。


 高瀬を見る。


 高瀬も。


 真壁を見る。


「……」


「……」


「真壁?」


「高瀬先生」


「俺に振るな」


「いや」


 真壁が首を傾げる。


「藤原先生から」


「私、言ってません」


「でも」


「いつ?」


「……」


 真壁の表情が。


 少しずつ変わる。


「朝」


「何時ですか?」


「六時半くらい」


「私、その時間」


 藤原は。


 ゆっくり言った。


「検査室にいました」


「……」


「スマホもロッカーです」


「……」


 病室が。


 静かになる。


 高瀬の喉が。


 鳴った。


「真壁」


「何」


「どうやって言われた?」


「どうって」


「電話?」


「……」


「LINE?」


「……」


「直接?」


 真壁の顔から。


 血の気が引いていく。


「……分からない」


「何が?」


「……俺」


 額へ手を当てる。


「何でここ来た?」


「真壁先生」


「違う」


 真壁が立ち上がる。


「俺」


「朝」


「普通に学校行く準備して」


「……」


「それで」


「……」


「気付いたらコンビニでコーヒー買って」


「……」


「ここに来た」


 藤原が。


 真壁を見る。


「誰かに頼まれたって」


「そう思ってた」


「思ってた?」


「藤原先生が言ったって」


「私は言ってません」


「……」


 真壁が。


 口元を押さえる。


「気持ち悪い」


 高瀬は。


 身体を起こした。


「無理するな」


 今度は。


 真壁が言った。


「お前の方だろ」


「俺は大丈夫」


「その『大丈夫』」


 藤原がすぐ割って入る。


「禁止です」


「今そこ?」


「そこです」


「……」


 真壁が。


 少しだけ笑った。


 その笑いに。


 高瀬も。


 ほんの少し救われる。


「とりあえず」


 藤原が言う。


「三人で整理しましょう」


「うん」


「昨日から何が起きてるか」


「うん」


「高瀬先生」


「はい」


「スマホ」


「……」


「触りました?」


 高瀬は。


 数秒黙る。


「触る寸前」


「寸前?」


「真壁が来た」


「じゃあ触ってない?」


「触ってない」


「本当に?」


「本当」


「珍しい」


「信用!」


 真壁が。


 机のスマートフォンを見る。


「それ」


「何」


「今」


 画面が。


 点灯した。


 三人とも。


 息を止める。


━━━━━━━━━━━━


【Review】


情報共有を確認。


━━━━━━━━━━━━


「……また」


 高瀬が手を伸ばす。


「待って」


 藤原が止める。


「触らない」


「でも」


「画面だけ見ましょう」


 三人。


 少し距離を置いたまま。


 読む。


━━━━━━━━━━━━


共有対象


藤原美咲


真壁透


━━━━━━━━━━━━


「俺も?」


 真壁の声。


 続き。


━━━━━━━━━━━━


共有範囲


一部許可


━━━━━━━━━━━━


「許可?」


 藤原が眉を寄せる。


━━━━━━━━━━━━


禁止情報


桐谷


━━━━━━━━━━━━


 三人の表情が。


 一斉に変わった。


「……禁止」


 高瀬が呟く。


 真壁が。


 缶コーヒーを見る。


「さっき」


「うん」


「普通に喋ったけど」


「……」


 画面。


━━━━━━━━━━━━


違反を確認。


━━━━━━━━━━━━


「違反?」


 藤原が一歩前へ出る。


「何する気?」


「藤原」


「何」


「スマホに喧嘩売るな」


「でも」


 次。


━━━━━━━━━━━━


記憶修正を開始します。


━━━━━━━━━━━━


「待て!」


 高瀬が。


 スマホへ手を伸ばした。


「触らない!」


「でも真壁が!」


「何が起きるか分からない!」


「じゃあ見てろってのか!」


「違います!」


「二人とも」


 真壁の声。


 高瀬と藤原が。


 止まる。


「俺」


「……」


「何か」


 真壁が。


 頭を押さえた。


「……忘れてる」


「何を」


「分からない」


「真壁!」


「さっき」


「うん」


「何の話してた?」


 高瀬の胸が。


 冷たくなる。


「桐谷」


「……」


 真壁が。


 眉を寄せる。


「誰?」


「……」


 高瀬。


 藤原。


 二人とも。


 言葉を失った。


「何その顔」


 真壁が。


 困ったように笑う。


「俺」


「何か変なこと言った?」


「真壁先生」


 藤原が。


 声を震わせる。


「さっき」


「はい」


「桐谷って名前」


 藤原が続けようとする。


 画面が。


 赤く点滅した。


━━━━━━━━━━━━


警告。


再入力を検出。


━━━━━━━━━━━━


「……」


 藤原の口が。


 止まる。


「何ですかこれ」


 真壁が画面を見る。


「説明して」


「……」


「高瀬先生」


「……」


「藤原先生」


 二人とも。


 答えられない。


「俺だけ」


 真壁が。


 少しだけ苛立った声になる。


「何も分かってないんですけど」


 その声。


 いつもの冷静さが。


 初めて。


 崩れていた。


「真壁」


「何」


「聞いて」


「だから聞いてる!」


 真壁が。


 声を荒らげた。


 三人とも。


 一瞬。


 動かなかった。


「……ごめん」


 真壁自身が。


 一番驚いていた。


「いや」


 高瀬が言う。


「謝らなくていい」


「……」


「怖いよな」


「……」


「自分だけ分からないの」


 真壁は。


 黙った。


 高瀬は。


 少し迷う。


 それから。


「名前は言わない」


「……」


「でも」


 真壁を見る。


「お前は今」


「うん」


「大事なことを、目の前で忘れさせられた」


「……」


「俺も」


 自分の胸を指す。


「同じ」


「……」


「去年のこと」


「……」


「人のこと」


「……」


「いっぱい抜けてる」


 真壁の表情が。


 少しだけ変わる。


「だから」


 高瀬は。


 ゆっくり言った。


「一緒に取り戻そう」


「……一緒に?」


「ああ」


「俺も?」


「当たり前だろ」


「……」


「もう」


 高瀬は笑う。


「巻き込まれてるから」


「それ」


 真壁が。


 少しだけ笑った。


「笑って言うことですか?」


「知らん」


「無責任」


「そこはごめん」


「また」


「癖だから」


 藤原も。


 小さく笑う。


「三人ですね」


「何が?」


「昨日」


 藤原が言う。


「二人でやるって言いました」


「うん」


「今日から三人」


 真壁が。


 藤原を見る。


「勝手に加入?」


「退会します?」


「……」


 真壁は。


 少し考えるふりをした。


「今さら無理でしょ」


「ですよね」


「じゃあ」


 高瀬が言う。


「三人で」


 言葉を止める。


「何を?」


 真壁が聞く。


「……分からん」


「決めてないの?」


「今考えてる」


「雑」


「じゃあお前考えろ」


「まず」


 真壁が。


 真顔に戻る。


「記録する」


「記録?」


「忘れるなら」


 スマートフォンを見る。


「外に残す」


 高瀬と藤原が。


 顔を見合わせる。


「紙」


 真壁が続ける。


「スマホ以外」


「なるほど」


「高瀬先生」


「ん?」


「病院にノートあります?」


「知らん」


「買ってきます」


「今?」


「今」


「行動早」


「忘れる前に」


 真壁が。


 缶コーヒーを持つ。


 そして。


 一瞬。


 止まった。


「……これ」


「何?」


「俺が買ったんですよね」


「そう言ってた」


「……」


 缶を見つめる。


「何で」


「うん」


「これ選んだんだろ」


 高瀬は。


 何も言えなかった。


「真壁」


「何」


「それも」


 少しだけ笑う。


「書いとこう」


 真壁が。


 高瀬を見る。


「……そうですね」


 今度は。


 ほんの少しだけ。


 安心した顔だった。


◇


 午前七時三十八分。


 真壁が病院の売店へ向かった。


 藤原は。


 高瀬のベッド横に座っている。


「……怖いですね」


「うん」


「目の前で」


「うん」


「忘れるんですね」


「俺」


「何?」


「今まで」


 高瀬は。


 天井を見る。


「何回忘れたんだろ」


「……」


「忘れたことすら」


「……」


「分からない」


 藤原は。


 すぐには答えなかった。


「でも」


「うん」


「今は」


 高瀬を見る。


「私が覚えてます」


「……」


「真壁先生も」


「うん」


「だから」


 藤原は。


 少し笑う。


「一人で思い出そうとしない」


 高瀬も。


 少し笑った。


「はい」


「素直」


「病人なので」


「便利ですね」


「便利だぞ」


「それ前も言ってました」


「……いつ?」


 藤原の笑顔が。


 少しだけ止まった。


「……昨日」


「ああ」


 高瀬は。


 覚えていた。


「よかった」


「何が?」


「覚えてたから」


「……」


 二人。


 少しだけ笑った。


◇


 午前七時四十六分。


 真壁が。


 病院の売店にいた。


 ノート。


 ペン。


 水。


 会計。


「袋いりますか?」


「お願いします」


 店員が。


 商品を袋へ入れる。


 真壁は財布をしまう。


「……」


 レジ横。


 缶コーヒー。


 さっきと。


 同じ銘柄。


 なぜか。


 目が止まった。


「……?」


 何か。


 思い出しそうになる。


 頭の奥。


 ノイズ。


『――甘い言葉より――』


「……っ」


「お客様?」


「あ」


「大丈夫ですか?」


「はい」


 真壁は。


 額へ手を当てた。


「……大丈夫です」


 その時。


 ポケットの中。


 自分のスマートフォンが。


 震えた。


「……?」


 取り出す。


 通知。


 見覚えのないもの。


━━━━━━━━━━━━


Review


あなたへの新しい評価があります。


━━━━━━━━━━━━


 真壁は。


 しばらく。


 画面を見つめた。


「……は?」


 高瀬から。


 何も受け取っていない。


 アプリも。


 入れていない。


 なのに。


 通知は。


 確かに。


 真壁自身のスマートフォンへ。


 届いていた。

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