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この人生、採点中  作者: 夜凪 灯
第一章 『あなたは、あなたを何点にしますか』

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10/117

Review10 欠落

音がする。


一定の間隔で。


ピッ。


ピッ。


ピッ。


うるさい。


高瀬は。


そう思った。


でも。


目を開ける気にはならなかった。


身体が重い。


頭も。


ぼんやりしている。


「……」


どこだ。


学校。


違う。


会議室。


違う。


何か。


あった。


藤原。


真壁。


時計。


十七時三十五分。


「……っ」


高瀬は。


目を開けた。


白い天井。


「……ここ」


声が。


掠れた。


横から。


椅子の動く音。


「高瀬先生?」


聞き覚えのある声。


顔を向ける。


藤原がいた。


「……藤原先生」


「分かります?」


「何が」


「私が誰か」


「……藤原美咲」


藤原の肩から。


明らかに力が抜けた。


「自分の名前は?」


「高瀬悠介」


「ここは?」


高瀬は。


周囲を見る。


白い壁。


カーテン。


点滴。


モニター。


「……病院」


「今日は?」


「八月……」


少し考える。


「十四日?」


藤原の表情が。


止まった。


「十五日です」


「……え?」


高瀬が。


藤原を見る。


「十五?」


「はい」


「俺」


喉が鳴る。


「どれくらい寝てた?」


「昨日の夕方からです」


昨日。


夕方。


記憶が。


少しずつ戻る。


十七時三十五分。


何も起きなかった。


生きていた。


藤原が泣きそうになって。


真壁が書類の話をして。


それから。


「……鼻血」


「はい」


「俺、倒れた?」


「倒れました」


「そのあと」


「救急車です」


「……」


高瀬は。


自分の胸へ手を当てた。


心臓。


動いている。


呼吸も。


できる。


指も。


動く。


「俺」


一度。


息を吸う。


「死んでないよな」


藤原が。


高瀬を見る。


「……生きてます」


その言葉を聞いた瞬間。


身体から。


全部。


力が抜けた。


「……そっか」


天井を見る。


「生きてんのか」


笑おうとした。


でも。


うまく笑えなかった。


目の奥が。


熱くなった。


「……よかった」


声が。


震えた。


「本当に」


一度。


目を閉じる。


「よかった……」


死にたくない。


そう思っていた。


生きたい。


そう思った。


でも。


実際に。


生きていると分かった瞬間。


そんな言葉じゃ。


足りなかった。


ただ。


嬉しかった。


「……藤原先生」


「はい」


「ありがとう」


藤原は。


少しだけ笑った。


「それ」


「ん?」


「やっと言っていいです」


高瀬も。


笑った。


「そっか」


「はい」


生きてから。


言えた。



◇



「真壁は?」


少し落ち着いてから。


高瀬が聞いた。


「昨日、ずっといましたよ」


「病院に?」


「はい」


「何時まで?」


「二時くらい」


「……あいつそんなに?」


「高瀬先生が起きないから」


「帰ればいいのに」


「私も言いました」


「何て?」


藤原は。


少しだけ真壁の声を真似した。


「『起きた時、藤原一人だったら困るだろ』」


「……」


「いい人ですね」


「本人に言った?」


「言いました」


「何て?」


「『気持ち悪い』って」


「言いそう」


高瀬は笑った。


「で」


藤原が続ける。


「帰る前に伝言」


「何」


「『書類出せ』」


「……」


「『生きてるなら出せ』」


「あいつマジで」


高瀬は。


笑った。


笑える。


それだけで。


妙に嬉しかった。


「出しますよ」


「明日?」


「……退院できたら」


「そこは医者の判断に従ってください」


「はい」


「昨日の高瀬先生」


藤原が。


少し真面目な顔になる。


「救急車が来るまで、ほとんど意識なかったんです」


「……」


「熱もかなり高かった」


「熱?」


「病院に着いた時、三十九度近く」


「そんなに?」


「鼻血も止まりにくかったし」


「原因は?」


「今のところ」


藤原が。


首を振る。


「大きな異常は見つかってないそうです」


「……」


「検査はまだ続くみたいですけど」


高瀬は。


天井を見る。


SYSTEM。


『死亡原因』


『記憶復元による脳負荷』


もし。


昨日。


一人だったら。


あの会議室に。


藤原も。


真壁も。


いなかったら。


倒れた自分を。


誰が見つけた。


救急車は。


間に合ったのか。


「……二人がいたから」


藤原が。


高瀬を見る。


「何です?」


「いや」


高瀬は。


少しだけ笑う。


「一人だったら」


その先は。


言わなかった。


藤原も。


聞かなかった。


でも。


分かった。


一人で何とかしようとしていたら。


今。


ここには。


いなかったかもしれない。


高瀬は。


自分の手を見る。


頼る。


それだけで。


未来が変わることもある。


昨日。


初めて。


それを知った気がした。



◇



「そうだ」


藤原が。


少し迷うように言った。


「高瀬先生」


「はい」


「昨日」


「?」


「倒れたあと」


藤原の表情が。


少しだけ変わる。


「何か、喋ってたんです」


「俺が?」


「はい」


「意識なかったんですよね」


「ほとんど」


「何て?」


藤原は。


すぐには答えなかった。


「最初は」


ゆっくり。


思い出すように。


「『違う』って」


「違う?」


「何回も」


高瀬は。


眉を寄せる。


「他には?」


「『今回は違う』」


「……」


今回は。


その言葉に。


昨日見た表示が浮かぶ。


LOOP。


2。


「あと」


藤原が。


続ける。


「『ここじゃない』」


「……何が?」


「分かりません」


高瀬は。


頭へ手を当てる。


何も。


思い出せない。


「それから」


藤原が。


一度。


言葉を止めた。


「名前を呼んでました」


「名前?」


「はい」


「誰の?」


藤原が。


高瀬を見る。


「桐谷」


「……」


知らない。


そのはずなのに。


胸の奥が。


わずかに。


ざわついた。


「誰です?」


藤原が。


何も言わない。


「藤原先生?」


「……本当に」


声が。


少しだけ低くなる。


「覚えてないんですね」


「だから誰です?」


藤原は。


スマートフォンを取り出した。


少し操作する。


「桐谷先生です」


「先生?」


「去年まで」


藤原が言う。


「この学校にいた先生」


写真。


職員の集合写真だった。


「ここ」


指を差す。


高瀬は。


画面を見る。


自分がいる。


去年の自分。


その隣。


一人の男。


高瀬の肩に。


腕を回している。


二人とも。


笑っていた。


他の誰より。


距離が近い。


「……」


高瀬は。


その男を見る。


知らない。


知らないはずだ。


でも。


写真の中の自分は。


明らかに。


この男を知っている。


「俺」


高瀬が。


画面を指す。


「こいつと」


「仲良かったですよ」


藤原が答える。


「かなり」


「どれくらい?」


「私が見てた中では」


少し考える。


「一番」


高瀬は。


何も言えなかった。


「……嘘でしょ」


「嘘じゃないです」


「だって」


もう一度。


写真を見る。


「何も」


男の顔。


名前。


声。


何一つ。


「覚えてない」


その時。


写真の端に。


缶コーヒーが写っていることに気付いた。


桐谷が。


一本。


持っている。


高瀬の胸が。


また。


ざわつく。


「……コーヒー」


「え?」


「こいつ」


高瀬は。


写真を見る。


「よく飲んでた?」


藤原が。


少し驚いた顔をする。


「はい」


「俺に」


言葉が。


勝手に出る。


「くれたりした?」


「……しました」


高瀬は。


目を閉じる。


暗い。


何もない。


でも。


どこかに。


何かが。


引っかかっている。


「桐谷先生」


藤原が続ける。


「高瀬先生が三日間休んだ」


一度。


息を吸う。


「その次の日から」


「……」


「学校に来なくなりました」


高瀬が。


目を開く。


「次の日?」


「はい」


「辞めた?」


「違います」


「転勤?」


「違います」


「じゃあ」


藤原が。


首を振る。


「連絡が取れなくなったんです」


「……」


「突然」


病室が。


静かになる。


「そんなこと」


高瀬は。


藤原を見る。


「あり得る?」


「……」


「学校の先生が急に来なくなって」


「はい」


「連絡も取れなくなって」


「……はい」


「それで終わり?」


藤原は。


答えなかった。


いや。


答えられなかった。


「私も」


小さく言う。


「今、思ってます」


「何を?」


「何で」


藤原の顔から。


表情が消える。


「もっと調べなかったんだろうって」


「……」


「桐谷先生」


藤原は。


写真を見る。


「みんな知ってたんです」


「……」


「高瀬先生とは特に仲が良くて」


「はい」


「突然いなくなったのに」


声が。


少しだけ。


震えた。


「何で私は」


自分自身に。


問いかけるように。


「そのままにしたんだろう」


高瀬は。


何も言えなかった。


自分だけじゃない。


藤原も。


何かを。


忘れている。


いや。


忘れさせられている?


その時。


ベッド横のスマートフォンが。


震えた。


――ブッ。


高瀬と。


藤原が。


同時に見る。


━━━━━━━━━━━━


【Review】


記憶復元を

再開しますか?


YES


NO


━━━━━━━━━━━━


高瀬の顔色が。


変わった。


昨日。


自分が倒れた原因。


『記憶復元による脳負荷』


「……ふざけんな」


迷わなかった。


NO。


指で押す。


反応しない。


「……?」


もう一度。


NO。


反応なし。


「おい」


三回目。


その瞬間。


表示が変わった。


━━━━━━━━━━━━


回答を

受理できません。


━━━━━━━━━━━━


「は?」


━━━━━━━━━━━━


復元処理は


既に開始されています。


━━━━━━━━━━━━


「……待て」


頭の奥。


痛み。


「っ……!」


「高瀬先生?」


藤原が立ち上がる。


「頭……」


「ナースコール押します」


「待って」


「待ちません」


「いや」


高瀬は。


頭を押さえる。


何かが。


見える。


暗い。


夜。


職員室。


机。


パソコン。


自分。


そして。


誰か。


『まだ帰らないの?』


声。


男。


『お前に言われたくない』


自分の声。


笑い声。


机の上。


缶コーヒー。


男が。


それを置く。


『ほら』


『何』


『糖分』


『いらん』


『顔死んでる』


『お前もな』


男が笑う。


『全部自分でやらないと死ぬ病気?』


『何だそれ』


『高瀬病』


『勝手に病名作るな』


缶コーヒー。


高瀬が。


受け取る。


『甘っ』


『疲れてんだろ』


『甘い言葉でもくれよ』


『気持ち悪い』


『ひど』


男が笑う。


『甘い言葉より効くだろ』


「……桐谷」


高瀬の口から。


名前が出た。


藤原が。


止まる。


「今」


高瀬は。


目を開けた。


息が。


荒い。


「思い出した」


「……」


「少しだけ」


藤原が。


高瀬を見る。


「何を?」


「コーヒー」


「……」


「桐谷が」


高瀬は。


写真を見る。


さっきまで。


知らない男だった。


今は。


ほんの少しだけ。


知っている。


「俺にくれた」


藤原の目が。


少しだけ。


揺れた。


「……はい」


「よく?」


「はい」


「甘いやつ」


「……そうです」


高瀬は。


写真を見る。


「こいつ」


声が。


少しだけ。


震えた。


「本当に」


一度。


息を吸う。


「俺の友達だったんだな」


藤原は。


ゆっくり頷いた。


「はい」


高瀬は。


しばらく。


写真を見ていた。


知らない。


でも。


知っていた。


忘れた。


いや。


消えた。


その違いが。


今は。


怖かった。


「高瀬先生」


藤原が。


スマートフォンを取る。


「今日はもう見ないでください」


「でも」


「でも、じゃないです」


「……」


「昨日」


藤原が。


少し強く言う。


「死にかけたんですよ」


「分かってます」


「分かってない顔してます」


「また顔?」


「はい」


藤原は。


高瀬のスマートフォンを。


自分の鞄へ入れた。


「没収」


「俺の」


「退院するまで」


「横暴」


「生きてから文句言ってください」


高瀬は。


止まった。


生きてから。


昨日から。


何度も。


聞いた言葉。


でも。


今は。


少しだけ。


意味が違って聞こえた。


「……分かりました」


「寝てください」


「はい」


「本当に」


「寝ます」


高瀬は。


目を閉じる。


桐谷。


その名前を。


頭の中で。


一度だけ。


呼んだ。


今度は。


忘れないように。


「藤原先生」


「はい?」


「起きたら」


目を閉じたまま。


言う。


「また話します」


藤原は。


少しだけ笑った。


「はい」


「生きてたら」


「そこ」


「……」


「生きてから考えてください」


高瀬も。


少しだけ笑う。


「はい」


しばらくして。


呼吸が。


ゆっくりになる。


眠った。


藤原は。


ベッドの横で。


高瀬を見る。


それから。


スマートフォンを入れた。


自分の鞄を見る。


桐谷。


高瀬の親友。


突然。


学校から消えた。


なのに。


高瀬だけじゃない。


自分も。


深く追わなかった。


どうして。


「……私も?」


小さく。


呟く。


その時。


鞄の中。


光。


「……?」


藤原が。


スマートフォンを取り出す。


高瀬のもの。


勝手に。


画面が点いている。


━━━━━━━━━━━━


【Review Log】


記憶復元


8% → 9%


━━━━━━━━━━━━


藤原の表情が。


強張る。


次。


━━━━━━━━━━━━


復元対象


高瀬


━━━━━━━━━━━━


━━━━━━━━━━━━


関連人物


桐谷


━━━━━━━━━━━━


そして。


━━━━━━━━━━━━


状態


DELETED


━━━━━━━━━━━━


「……削除?」


藤原が。


小さく呟く。


画面が。


一度。


暗くなる。


そして。


最後の表示。


━━━━━━━━━━━━


削除実行者


━━━━━━━━━━━━


一拍。


━━━━━━━━━━━━


――高瀬


━━━━━━━━━━━━


藤原は。


眠っている高瀬を見る。


「……え?」


高瀬は。


何も知らず。


眠っている。


忘れたのではない。


消えたのでもない。


記録が正しいのなら。


桐谷を消したのは。


他の誰でもない。


――高瀬自身だった。

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