Review32「四分三十一秒」
翌朝。
高瀬は。
いつもより。
少し遅く学校へ来た。
午前七時五十八分。
「……寝た」
職員室へ入るなり。
藤原が。
高瀬を見る。
「何時間ですか」
「六時間」
「本当に?」
「六時間」
「盛ってません?」
「五時間四十分」
「盛ったじゃないですか」
「二十分くらい夢見させてよ」
隣。
真壁が。
書類から顔を上げる。
「上出来」
「真壁に褒められた」
「気持ち悪いからやめろ」
「そっちから褒めたんだろ」
昨日。
聞かなかった。
四分三十一秒。
過去の桐谷から。
一日後の高瀬へ。
かかってきた電話。
答えが。
そこにある。
それでも。
高瀬は。
帰った。
食べた。
風呂に入った。
寝た。
そして。
今日。
学校へ来た。
「聞きますか?」
藤原が聞く。
高瀬は。
鞄を机へ置いた。
「放課後」
「今じゃなくて?」
「授業あるし」
藤原が。
少しだけ。
笑った。
「はい」
真壁も。
何も言わなかった。
普通に。
一日を始める。
それが。
今の高瀬には。
必要だった。
◇
「先生」
「ん?」
「そこ間違ってる」
「……」
黒板。
高瀬は。
自分が書いた文字を見る。
生徒が。
指差す。
「ここ」
「……マジ?」
「マジ」
「先生なのに?」
別の生徒。
「先生も間違えるよ」
「じゃあ減点」
「誰が採点してんの」
「俺ら」
「立場逆転してない?」
教室に。
笑いが起きる。
高瀬は。
黒板消しを持った。
間違えた文字を。
消す。
そして。
書き直す。
たった。
それだけ。
なのに。
手が。
止まった。
間違えたら。
直せばいい。
昔。
自分が。
生徒に言った言葉。
「先生?」
「……いや」
高瀬は。
新しい答えを書く。
「間違えたから」
振り返る。
「直した」
「当たり前じゃん」
「そうなんだよな」
「何の話?」
「先生の人生」
「急に重い」
笑い。
高瀬も。
笑った。
でも。
胸の中に。
その言葉だけが。
残った。
間違えたら。
直せばいい。
もし。
去年の自分が。
間違えたなら。
今の自分が。
直しても。
いいはずだ。
◇
放課後。
昨日と。
同じ会議室。
三人。
机の中央。
高瀬のスマートフォン。
「じゃあ」
高瀬が言う。
「聞きます」
藤原が。
頷く。
真壁も。
「無理そうなら止めますからね」
「うん」
「本当に」
「分かってる」
「高瀬先生の『分かってる』は信用度低いです」
「最近上がってるよ」
「四十パーセントくらい」
「低っ」
真壁。
「始めろ」
「はいはい」
高瀬は。
再生ボタンを押した。
――ザッ。
雑音。
数秒。
そして。
桐谷の声。
『……高瀬?』
高瀬の身体が。
固まった。
昨日。
動画で聞いた。
同じ声。
でも。
今回は。
笑っていなかった。
『聞こえるか?』
次。
自分の声。
『聞こえてる』
去年の。
高瀬。
『今』
桐谷。
『何日だ?』
『十月十日』
沈黙。
『そっちは?』
高瀬が聞く。
『九日』
短い。
呼吸音。
『……本当に繋がった』
桐谷。
『みたいだな』
『笑えねえ』
『俺も』
現在の高瀬は。
机の下で。
拳を握った。
十月九日の桐谷。
十月十日の高瀬。
一日。
ずれた二人。
会話は。
続く。
『高瀬』
『何』
『明日の俺は?』
沈黙。
長い。
『高瀬?』
『……いない』
現在。
藤原の表情が。
変わった。
音声。
『どういう意味だ』
桐谷。
『十日』
高瀬。
『朝から学校に来てない』
『休み?』
『違う』
『電話は?』
『繋がらない』
『家は?』
『行った』
『いなかった』
桐谷が。
黙る。
そして。
小さく。
『……消えた?』
『多分』
『多分で言うなよ』
『じゃあ何て言えばいいんだよ!』
突然。
去年の高瀬の声が。
荒くなる。
『職員室の誰も、お前の話しねえんだぞ!』
現在の高瀬が。
息を止める。
『席はある』
『荷物もある』
『昨日までいた』
『なのに』
声が。
震える。
『誰も』
一拍。
『お前がいなくなったことを、おかしいと思ってない』
藤原が。
目を伏せる。
自分も。
そうだった。
桐谷が。
突然来なくなった。
なのに。
深く。
追わなかった。
音声。
桐谷が。
静かに聞く。
『お前は?』
『何』
『俺を覚えてる?』
『当たり前だろ』
『本当に?』
『桐谷』
高瀬の声。
『お前』
少し。
笑う。
『俺の友達だろ』
沈黙。
電話の向こう。
桐谷が。
息を吐いた。
『……そっか』
たった。
それだけ。
でも。
現在の高瀬には。
分かった。
桐谷は。
安心した。
『じゃあ』
桐谷。
『まだ間に合う』
『何が』
『聞け、高瀬』
声が。
変わる。
『今から俺が言うこと』
『絶対メモしろ』
『分かった』
『一つ目』
紙の音。
去年の高瀬が。
何かを。
書いている。
『Reviewは』
桐谷。
『未来を当ててるんじゃない』
現在。
三人。
動かない。
『……何?』
去年の高瀬。
『少なくとも』
桐谷。
『俺たちが思ってたものとは違う』
『何で分かる』
『明日のお前から電話が来てるからだよ』
沈黙。
『未来が一個なら』
桐谷が続ける。
『こんなこと起きないだろ』
『……』
『二つ目』
声。
『Reviewが出した答えを』
一拍。
『正解だと思うな』
現在の高瀬の。
目が。
わずかに動く。
『でも評価は』
去年の高瀬。
『評価と正解は違う』
桐谷が。
即答する。
『★★★★★でも』
『間違ってることはある』
高瀬は。
昨日の。
レビューを思い出す。
過去の自分から。
★★★★★。
『また間違えたら、ごめん』
「……これか」
高瀬が。
小さく呟く。
音声は。
続く。
『三つ目』
桐谷の声。
そこで。
少し。
止まった。
『高瀬』
『何』
『これだけは』
一度。
息。
『俺より先に』
『自分に聞け』
『……何を』
『お前』
桐谷が。
ゆっくり。
聞いた。
『何で』
一拍。
『三日後に死ぬって知ってる?』
現在。
高瀬の。
呼吸が。
止まった。
藤原が。
顔を上げる。
真壁も。
音声を。
見る。
去年。
去年だ。
死亡予告を受けたのは。
今から。
一年前。
だった。
はずなのに。
去年の桐谷は。
知っている。
『……何で知ってる』
音声の高瀬が。
聞く。
桐谷は。
答えた。
『お前が言ったからだよ』
『俺が?』
『昨日』
沈黙。
『昨日の俺が?』
『違う』
桐谷。
『もっと前のお前』
現在の高瀬が。
椅子から。
わずかに。
身を乗り出す。
『もっと前って何だよ』
『分からない』
『じゃあ』
去年の高瀬が。
苛立つ。
『何で俺だって分かった』
桐谷。
しばらく。
黙った。
そして。
『同じ顔だったから』
『……』
『同じ声だった』
『……』
『名前も』
『高瀬悠介だった』
現在。
藤原が。
高瀬を見る。
DUPLICATED。
もう一人の高瀬。
でも。
桐谷は。
続けた。
『ただ』
一拍。
『俺のことを知らなかった』
「……え?」
現在の高瀬から。
声が漏れた。
音声。
『俺が』
桐谷。
『桐谷だって言っても』
『あいつ』
声が。
少し震える。
『初めて会ったみたいな顔した』
高瀬の頭。
奥。
鈍い痛み。
『いつだ』
去年の高瀬。
『いつ会った』
桐谷。
答える。
『八日』
欠勤。
一日目。
『夜』
『旧校舎で』
『何してた』
『お前を探してた』
『俺は家にいた』
『知ってる』
『じゃあ』
『だから』
桐谷の声が。
強くなる。
『二人いたんだよ』
沈黙。
『家にいるお前と』
一拍。
『学校にいたお前』
現在。
三人。
誰も。
言葉を発さない。
『そいつは』
去年の高瀬。
『何て言った』
桐谷が。
答える。
『三日後』
一拍。
『高瀬悠介が死ぬ』
『……』
『止めたいなら』
雑音。
一瞬。
音が。
乱れる。
高瀬が。
スマートフォンへ。
近付く。
『何だよ』
去年の自分。
『何て言われた』
桐谷。
声。
途切れながら。
『――を――せ』
『聞こえない』
『Review000を――』
ノイズ。
「またそこ……!」
現在の高瀬が。
思わず。
声を出す。
動画と。
同じ。
Review000。
その先だけ。
消える。
音声。
『桐谷!』
『聞こえてる』
『もう一回言え!』
『Review000を――』
消える。
そして。
残り。
一分。
桐谷の声が。
遠くなる。
『……駄目だ』
『何が』
『多分』
桐谷。
『ここ』
『消される』
『何言って』
『高瀬』
『何』
『もし明日』
声。
『俺を覚えてなかったら』
『そんなこと』
『聞け』
強い。
声だった。
『もし』
桐谷。
『俺を忘れてたら』
一拍。
『思い出そうとするな』
現在。
高瀬の表情が。
止まる。
『……は?』
去年の高瀬。
『何で』
『分からない』
『分からないって』
『でも』
桐谷。
『お前』
声を。
震わせる。
『一回』
『それで死んでる』
「……」
現在。
時間が。
止まった。
藤原が。
高瀬を見る。
真壁も。
音声。
『俺が死んだ?』
『身体じゃない』
『じゃあ何が』
『分からない!』
桐谷が。
初めて。
叫んだ。
『俺だって分かんねえよ!』
荒い。
呼吸。
そして。
声が。
少し。
落ち着く。
『でも』
桐谷。
『目の前で見た』
『……何を』
長い。
沈黙。
『お前が』
一拍。
『俺を忘れた瞬間』
現在の高瀬の。
頭に。
痛み。
『その時』
桐谷。
『Reviewが出た』
『何て』
音声。
最後。
桐谷が。
言う。
『高瀬悠介』
一拍。
『死亡しました、って』
音声。
終了。
四分三十一秒。
誰も。
動かなかった。
会議室の。
時計だけが。
進んでいる。
高瀬は。
スマートフォンを。
見ていた。
「……俺」
声が。
掠れる。
「桐谷を忘れた時に」
藤原が。
何も言わず。
聞いている。
「死んだ?」
答えは。
ない。
でも。
一つ。
分かった。
医学的な死ではない。
法的な死でもない。
身体は。
生きていた。
それでも。
Reviewは。
死亡と。
記録した。
「本人」
真壁が。
小さく言う。
高瀬が。
見る。
「何?」
「さっきの話」
ホワイトボード。
身体。
記録。
選択。
本人。
「桐谷を忘れたことで」
真壁が言う。
「お前の何かが」
一度。
止まる。
「それまでのお前ではなくなった」
「……」
藤原が。
首を振る。
「でも」
二人が見る。
「人は忘れます」
静かに。
言う。
「友達のことを忘れたら、その人じゃなくなるんですか」
「……ならない」
高瀬。
「記憶を失ったら」
藤原。
「その人は死んだことになるんですか」
「ならない」
「だったら」
藤原は。
スマートフォンを見る。
「Reviewの『死亡』を」
一拍。
「私たちまで死亡だと思う必要はないです」
高瀬は。
何も言えなかった。
★★★★★でも。
間違っていることはある。
桐谷が。
言った。
評価と。
正解は。
違う。
「……そうだな」
高瀬は。
椅子へ。
深く座る。
「Reviewが」
画面を見る。
「俺を死んだって採点しただけかもしれない」
真壁が。
頷く。
「可能性はある」
「じゃあ」
高瀬は。
息を吐く。
「やっぱり」
少しだけ。
笑う。
「人間を採点するなよ」
藤原も。
小さく笑った。
「今さらですね」
「本当に」
◇
その日の帰り。
高瀬は。
一人ではなかった。
校門まで。
藤原と。
真壁。
三人。
「明日も?」
藤原が聞く。
「来ますよ」
「何点でも?」
「三十点なら」
「最低ラインですね」
「生きて来れば合格」
真壁が。
横から。
「甘い」
「人生くらい甘く採点させろよ」
「教師が言うな」
高瀬は。
笑った。
そして。
別れる。
「じゃあ」
藤原。
「また明日」
その言葉。
以前は。
怖かった。
約束できるか。
分からなかったから。
今は。
「また明日」
普通に。
返した。
◇
夜。
高瀬の部屋。
午後十一時五十二分。
高瀬は。
机に。
ノートを広げていた。
今日。
聞いたこと。
忘れないため。
手で。
書く。
・去年もReviewは存在した。
・高瀬は複数存在した。
・桐谷はそれを知っていた。
・Reviewの評価と正解は同じではない。
・「死亡」は身体の死とは限らない。
・Review000。
最後。
ペンが。
止まる。
Review000を。
何を。
すればいい。
そこだけ。
どうしても。
消えている。
高瀬は。
時計を見る。
23:58。
「……零時十三分」
何度も。
出てきた。
時刻。
第1話。
去年。
Review000。
死亡記録。
あと。
十五分。
高瀬は。
スマートフォンを。
机へ置いた。
待つ。
一分。
二分。
何も。
起きない。
午前零時。
日付が。
変わる。
0:05。
0:09。
0:12。
高瀬の。
心臓が。
少し。
速くなる。
0:13。
――ブッ。
スマートフォン。
点灯。
高瀬は。
息を止める。
━━━━━━━━━━━━
【Review000】
━━━━━━━━━━━━
初めて。
自分から。
現れた。
画面。
━━━━━━━━━━━━
対象
高瀬悠介
━━━━━━━━━━━━
次。
━━━━━━━━━━━━
前回のReviewから
365日が経過しました。
━━━━━━━━━━━━
「……一年」
高瀬が。
呟く。
そして。
━━━━━━━━━━━━
再評価を
開始します。
━━━━━━━━━━━━
星。
一つ。
★☆☆☆☆
二つ。
★★☆☆☆
三つ。
★★★☆☆
四つ。
★★★★☆
最後。
★★★★★
高瀬は。
画面を見る。
去年。
自分は。
死んだ。
そう。
評価された。
なら。
今年は。
何を。
採点する。
表示。
━━━━━━━━━━━━
評価対象
この一年間の
高瀬悠介
━━━━━━━━━━━━
「……俺の一年?」
次。
━━━━━━━━━━━━
評価項目
━━━━━━━━━━━━
━━━━━━━━━━━━
あなたは、
昨年の自分より
正しい人間に
なりましたか?
━━━━━━━━━━━━
YES。
NO。
高瀬は。
しばらく。
それを見る。
そして。
笑った。
「知らねえよ」
押さない。
どちらも。
人間を。
そんな簡単に。
採点できるわけがない。
「正しくなったかなんて」
スマートフォンへ。
言う。
「俺が決めることでも」
一拍。
「お前が決めることでもないだろ」
画面。
変化なし。
高瀬は。
続けた。
「ただ」
今日。
教室で。
生徒と笑った。
藤原に。
頼った。
真壁と。
一緒に考えた。
佐伯の人生を。
勝手に選ばなかった。
去年。
何をしたのか。
まだ。
分からない。
それでも。
「去年より」
高瀬は。
少し。
考える。
「一人じゃなくなった」
――ブッ。
YES。
NO。
消えた。
星も。
消える。
そして。
━━━━━━━━━━━━
【Review000】
評価不能
━━━━━━━━━━━━
「……は?」
初めて。
見た。
評価不能。
次。
━━━━━━━━━━━━
理由
━━━━━━━━━━━━
数秒。
━━━━━━━━━━━━
評価者が
対象者を
正しく認識できません。
━━━━━━━━━━━━
高瀬の。
笑顔が。
消えた。
「……どういう意味」
━━━━━━━━━━━━
本人確認を
開始します。
━━━━━━━━━━━━
「また?」
表示。
━━━━━━━━━━━━
あなたは、
高瀬悠介ですか?
━━━━━━━━━━━━
YES。
NO。
高瀬は。
画面を見る。
答えようとして。
止まる。
前回。
佐伯。
どちらも本人だった。
高瀬も。
二人いた。
一人は。
ACTIVE。
一人は。
UNSELECTED。
なら。
この質問。
誰に。
聞いている。
「俺は」
高瀬が。
小さく。
言う。
「高瀬悠介だよ」
YESへ。
指を。
伸ばす。
その瞬間。
スマートフォンではなく。
背後から。
声がした。
「――違う」
高瀬の。
指が。
止まった。
ゆっくり。
振り返る。
誰も。
いない。
部屋。
静か。
「……」
聞き間違い。
そう。
思った。
次の瞬間。
また。
声。
今度は。
はっきり。
「それを押すな」
高瀬は。
動けなかった。
その声を。
知っている。
毎日。
聞いている。
自分の声だった。
スマートフォン。
表示。
━━━━━━━━━━━━
本人確認
保留
━━━━━━━━━━━━
そして。
最後。
━━━━━━━━━━━━
観測対象を
1名追加しました。
━━━━━━━━━━━━
高瀬は。
ゆっくり。
部屋の。
暗い窓を見る。
ガラスに。
自分が。
映っている。
一人。
そのはずだった。
でも。
高瀬が。
右手を上げても。
窓の中の高瀬は。
右手を。
上げなかった。
「……お前」
窓の中。
もう一人の高瀬が。
口を開く。
音は。
聞こえない。
ただ。
唇だけが。
動いた。
――思い出せ。
そして。
午前零時十三分。
高瀬の。
失われた一年が。
初めて。
こちら側を見た。
【End】




