Review31「死亡届のない死者」
【氏名 高瀬悠介】
画面に。
自分の名前がある。
【Review000 死亡記録1件】
高瀬は。
しばらく。
何も言えなかった。
自分は。
生きている。
ここにいる。
呼吸もしている。
心臓も動いている。
なのに。
一年前。
自分は。
死んでいる。
「……高瀬先生」
藤原が。
隣から声をかける。
「はい」
「座ります?」
「大丈夫」
「座りましょう」
「はい」
素直に。
椅子へ座った。
真壁が。
その様子を見る。
「成長したな」
「今?」
「前なら絶対立ったまま調べてた」
「褒めるタイミングおかしくない?」
「褒めてない」
「だと思った」
藤原が。
小さく息を吐く。
「それで」
高瀬は。
もう一度。
スマートフォンを見る。
「俺」
一拍。
「死んでるらしいです」
「らしいですね」
「反応軽くない?」
「重くしたら生き返るんですか?」
「今、生きてるんだけど」
「だったら」
藤原は。
高瀬を見る。
「今いる高瀬先生を優先します」
「……」
「一年前に何があったかは調べます。でも」
少し。
声を柔らかくする。
「今、生きてる人を置いていかない」
高瀬は。
数秒。
何も言えなかった。
「……ありがとうございます」
「どういたしまして」
真壁が。
腕を組む。
「で」
「うん」
「死んだなら」
高瀬を見る。
「普通は記録が残る」
「……死亡届?」
「それも」
真壁は。
ホワイトボードへ向かう。
「学校なら」
ペンを持つ。
【退職】
【欠員】
【後任】
【給与】
【保険】
「少なくとも」
真壁が言う。
「一年間、死人に給料払い続けてる学校があったら別の事件だ」
「急に現実的」
「現実は大事です」
藤原も。
頷く。
高瀬は。
自分の名前を見る。
死亡記録。
なら。
現実側には。
何が残っている。
「調べよう」
高瀬が。
立とうとする。
藤原が見る。
「……ゆっくり立ちます」
「よろしい」
「先生みたい」
「先生です」
「俺もだ」
真壁が言う。
「知ってるよ」
◇
当然。
戸籍を。
学校から調べることはできない。
「そりゃそうか」
「当たり前です」
藤原が言う。
だから。
まず。
学校に残っている記録を確認した。
去年十月。
高瀬が。
三日間。
欠勤した。
そのあと。
通常勤務へ戻っている。
退職記録。
なし。
死亡による手続き。
なし。
代替教員の申請。
なし。
「普通ですね」
藤原が。
画面を見る。
「怖いくらい」
高瀬が答える。
三日休んで。
戻ってきた。
ただ。
それだけ。
「じゃあ」
高瀬が。
考える。
「死亡記録って」
「Reviewの中にしかない?」
藤原。
「今のところは」
真壁が答える。
高瀬は。
スマートフォンを見る。
「聞くか」
「何を?」
「俺が本当に死んだのか」
真壁が。
眉を寄せる。
「その聞き方」
「駄目?」
「多分」
「じゃあ」
高瀬は。
少し考えた。
Reviewは。
言葉に。
妙に厳しい。
本人。
同じ。
選択。
いつ。
なら。
「Review000」
呼びかける。
「死亡記録にある『死亡』は」
一度。
息を吸う。
「医学的な死亡を意味するのか?」
――ブッ。
反応。
「来た」
藤原が。
高瀬の横へ。
画面。
━━━━━━━━━━━━
【Review】
質問を
確認しました。
━━━━━━━━━━━━
数秒。
━━━━━━━━━━━━
いいえ。
━━━━━━━━━━━━
「……違う」
高瀬が呟く。
藤原が。
画面を見る。
「じゃあ」
高瀬は。
すぐに続ける。
「法的な死亡?」
━━━━━━━━━━━━
いいえ。
━━━━━━━━━━━━
「社会的な死亡?」
数秒。
━━━━━━━━━━━━
定義が
不明確です。
━━━━━━━━━━━━
「そこは厳しいな」
「機械だからな」
真壁。
高瀬は。
椅子の背へ。
身体を預ける。
「医学的にも死んでない」
「法的にも」
藤原。
「じゃあ何が死んだんだ」
誰も。
答えられない。
その時。
真壁が。
ぽつりと言った。
「本人」
「……え?」
「前から」
真壁は。
ホワイトボードを見る。
本人確認。
DUPLICATED。
UNSELECTED。
「ずっと」
ペンで。
【本人】
と書く。
「Reviewが気にしてるのは」
その横。
【身体】
さらに。
【記録】
最後。
【選択】
「この四つだろ」
高瀬が。
ホワイトボードを見る。
身体。
ある。
記録。
ある。
選択。
ある。
では。
本人とは。
「……人格?」
藤原が言う。
「記憶?」
高瀬。
「決めつけるな」
真壁。
「はい」
二人。
少し。
間。
「でも」
高瀬は。
自分の胸へ。
手を置く。
「もし」
一度。
言葉を選ぶ。
「身体じゃない俺が」
「うん」
「死んだなら」
藤原が。
続きを待つ。
「今の俺は」
高瀬は。
自分を見る。
「何なんだろうな」
誰も。
答えなかった。
◇
昼休み。
教室。
生徒たちが。
弁当を食べている。
高瀬は。
教卓で。
ぼんやり。
それを見ていた。
「先生」
「ん?」
「今日めっちゃ静かじゃない?」
「先生にも静かな日はある」
「病気?」
「失礼だな」
笑い。
別の生徒。
「でも今日ほんと変」
「いつも変みたいに言うな」
「いつもはうるさい」
「教師に?」
「先生だから」
「理不尽」
また。
笑い。
その中。
あの女子生徒が。
高瀬を見る。
「先生」
「ん?」
「五十点?」
高瀬が。
少し止まる。
前に。
聞かれた。
大丈夫か。
その時。
高瀬は。
五十点くらい。
そう答えた。
「今日は」
少し考える。
「三十五点」
「下がってる」
「色々あって」
「赤点じゃん」
「俺の基準では三十点から合格」
「基準ゆる」
「生きて学校来たら三十点」
女子生徒が。
少し笑う。
「じゃあ」
「ん?」
「今日も合格ですね」
「……」
高瀬は。
その言葉を。
少しだけ。
噛み締めた。
「そうだな」
「明日は?」
「知らん」
「そこは百点目指してくださいよ」
「急に厳しい」
「先生でしょ」
「先生にも無理なものはある」
「じゃあ三十点」
「最低ライン」
「生きて来る」
高瀬は。
彼女を見る。
「……うん」
一度。
頷く。
「それなら」
笑う。
「多分できる」
チャイムが。
鳴る。
生徒たちが。
席へ戻る。
高瀬も。
立ち上がる。
今の自分が。
何者なのか。
まだ。
分からない。
でも。
生徒は。
今の自分を。
高瀬先生と呼ぶ。
藤原も。
真壁も。
自分を。
高瀬として扱う。
それだけでは。
足りないのかもしれない。
でも。
それを。
偽物だと切り捨てる理由も。
今は。
なかった。
◇
放課後。
職員室。
「高瀬先生」
藤原が。
紙を持ってきた。
「これ」
「何です?」
「去年十月の」
紙を。
机へ置く。
「職員室の電話記録」
「電話?」
「外線だけですけど」
高瀬が。
見る。
欠勤。
二日目。
夜。
21時36分。
学校から。
一本。
外線が発信されている。
「どこに?」
「番号」
藤原が。
指す。
高瀬は。
見覚えがなかった。
「誰?」
「調べました」
「早い」
「褒めてください」
「★★★★★」
「軽い」
藤原が。
答える。
「桐谷先生です」
高瀬の笑顔が。
消えた。
「……桐谷?」
「はい」
去年。
高瀬が。
欠勤していた夜。
学校に来た高瀬が。
桐谷へ。
電話している。
「動画」
高瀬が。
思い出す。
欠勤二日目。
21時11分。
旧校舎。
資料室。
高瀬と。
桐谷。
なら。
21時36分。
二人は。
まだ。
学校にいた。
「何で」
高瀬が。
記録を見る。
「同じ場所にいるのに電話してるんだ」
藤原が。
止まる。
真壁も。
紙を見る。
「確かに」
動画では。
二人。
隣にいた。
なのに。
二十五分後。
学校から。
桐谷の番号へ。
電話。
「桐谷が帰った?」
藤原。
「二十五分で?」
「あり得ます」
「でも」
高瀬は。
妙な。
違和感があった。
「確認できる?」
「通話内容は無理です」
「ですよね」
「ただ」
藤原が。
次の紙を出す。
「通話時間」
「何分?」
藤原は。
答えなかった。
紙。
【通話時間 00:00:07】
七秒。
「短い」
高瀬。
真壁が。
記録を見る。
「留守電?」
「可能性はあります」
藤原。
七秒。
電話をかけた。
繋がった。
あるいは。
繋がらなかった。
それだけ。
高瀬は。
スマートフォンを取り出す。
「Review」
反応なし。
「去年十月」
一度。
考える。
聞き方。
「この電話をかけたのは」
止まる。
「俺か?」
――ブッ。
━━━━━━━━━━━━
【Review】
はい。
━━━━━━━━━━━━
「……俺」
「じゃあ」
藤原が。
言う。
「電話を受けたのは」
高瀬も。
同じことを。
考えていた。
桐谷。
当然。
そう思う。
でも。
今までのことを。
考えれば。
当然を。
疑う。
「電話を受けたのは」
高瀬が聞く。
「桐谷か?」
表示。
━━━━━━━━━━━━
はい。
━━━━━━━━━━━━
「普通」
藤原が。
少し安心する。
でも。
高瀬は。
もう一つ。
聞いた。
「電話をかけた時」
「……」
「俺と桐谷は」
息を吸う。
「同じ場所にいたか?」
数秒。
━━━━━━━━━━━━
いいえ。
━━━━━━━━━━━━
「……」
動画。
21時11分。
同じ資料室。
電話。
21時36分。
別の場所。
「桐谷が移動した」
藤原が言う。
「それなら普通です」
「うん」
高瀬も。
そう思った。
そこで。
終われば。
普通だった。
――ブッ。
頼んでいないのに。
次。
━━━━━━━━━━━━
補足。
━━━━━━━━━━━━
「……嫌な予感」
高瀬。
━━━━━━━━━━━━
発信者
高瀬悠介
━━━━━━━━━━━━
次。
━━━━━━━━━━━━
発信地点
旧校舎二階
資料室
━━━━━━━━━━━━
「俺は残ってる」
高瀬が言う。
そして。
━━━━━━━━━━━━
受信者
桐谷
━━━━━━━━━━━━
次。
━━━━━━━━━━━━
受信地点
旧校舎二階
資料室
━━━━━━━━━━━━
誰も。
喋らなかった。
「……同じじゃん」
高瀬が。
画面を見る。
さっき。
同じ場所にいたか。
Reviewは。
いいえ。
そう答えた。
なのに。
発信地点。
資料室。
受信地点。
資料室。
「矛盾してる」
藤原が。
「いや」
真壁が。
画面を見る。
「場所の定義」
「……え?」
「前と同じだ」
高瀬の背筋が。
冷える。
誰じゃない。
いつ。
同じ資料室。
でも。
同じ時間とは。
限らない。
「電話」
高瀬が。
Reviewへ聞く。
「繋がったのか?」
━━━━━━━━━━━━
はい。
━━━━━━━━━━━━
「会話した?」
━━━━━━━━━━━━
はい。
━━━━━━━━━━━━
「何を話した?」
数秒。
━━━━━━━━━━━━
記録を
復元しますか?
━━━━━━━━━━━━
高瀬の指が。
止まる。
記憶復元。
前に。
倒れた。
死にかけた。
藤原が。
すぐに言う。
「押さないでください」
「まだ何もしてない」
「顔が押す顔でした」
「どんな顔」
「高瀬先生の顔」
「雑」
真壁が。
画面を見る。
「今日はやめろ」
「……うん」
高瀬は。
スマートフォンを。
机へ置いた。
押さない。
今は。
それでいい。
「別の方法探そう」
高瀬が言う。
藤原が。
頷く。
真壁も。
「そうしろ」
その瞬間。
画面が。
勝手に。
変わった。
「……え?」
━━━━━━━━━━━━
【Review】
★★★★★
━━━━━━━━━━━━
━━━━━━━━━━━━
記憶復元を
実行しませんでした。
━━━━━━━━━━━━
「そこ評価するの?」
高瀬が。
次。
━━━━━━━━━━━━
別の記録を
提示します。
━━━━━━━━━━━━
「……別の?」
音声ファイル。
七秒。
三人。
黙る。
「これ」
藤原が。
「電話?」
高瀬。
再生ボタン。
今度は。
記憶じゃない。
ただの。
記録。
「……聞く?」
高瀬が聞く。
「三人で」
藤原。
「聞け」
真壁。
高瀬が。
再生する。
雑音。
そして。
去年の自分の声。
『桐谷』
一秒。
向こう。
桐谷。
『聞こえてる』
『今、何日だ』
短い。
沈黙。
桐谷が。
答える。
『十月九日』
そこで。
音声が。
終わった。
「……七秒」
藤原が。
高瀬は。
何も言えない。
日付を。
聞いただけ。
なぜ。
電話で。
しかも。
同じ資料室から。
同じ資料室へ。
「真壁」
「分かってる」
高瀬は。
Reviewへ。
聞く。
「電話をかけた俺にとって」
一度。
止まる。
「その日は」
喉が。
乾く。
「十月九日だったのか?」
画面。
━━━━━━━━━━━━
いいえ。
━━━━━━━━━━━━
藤原が。
息を呑む。
「じゃあ」
高瀬は。
聞いた。
「何日だった?」
表示。
少し。
時間がかかった。
━━━━━━━━━━━━
発信者
高瀬悠介
━━━━━━━━━━━━
━━━━━━━━━━━━
観測日時
10月10日
21時36分
━━━━━━━━━━━━
「……一日後」
藤原。
高瀬は。
画面を見る。
桐谷は。
十月九日。
高瀬は。
十月十日。
同じ。
資料室。
同じ。
時計の時刻。
違う。
日。
それでも。
電話は。
繋がった。
「……昨日に」
高瀬が。
小さく。
呟く。
「電話したのか」
誰も。
答えられない。
画面。
さらに。
一文。
━━━━━━━━━━━━
訂正。
━━━━━━━━━━━━
「……何?」
━━━━━━━━━━━━
発信者は、
「昨日」へ
電話したのではありません。
━━━━━━━━━━━━
高瀬が。
眉を寄せる。
そして。
━━━━━━━━━━━━
受信者が、
「明日」からの電話を
受けました。
━━━━━━━━━━━━
「同じだろ」
高瀬が。
思わず言う。
真壁が。
「違う」
「何が?」
真壁は。
少し。
考えて。
言った。
「基準が」
高瀬が。
止まる。
誰を。
基準にするか。
今まで。
ずっと。
高瀬から。
世界を見ていた。
でも。
桐谷から見れば。
未来から。
電話が来た。
「……桐谷」
高瀬が。
呟く。
あいつは。
去年。
何を知った。
未来の高瀬から。
電話を受けて。
何をした。
そして。
なぜ。
消えた。
――ブッ。
最後。
━━━━━━━━━━━━
【Review Log】
通話記録
2件
━━━━━━━━━━━━
「二件?」
さっきの電話は。
一件。
画面。
一件目。
━━━━━━━━━━━━
10月10日 → 10月9日
発信者 高瀬悠介
受信者 桐谷
━━━━━━━━━━━━
そして。
二件目。
━━━━━━━━━━━━
10月9日 → 10月10日
発信者 桐谷
受信者 高瀬悠介
━━━━━━━━━━━━
「……かけ返してる」
藤原が。
高瀬は。
画面から。
目を離せなかった。
通話時間。
二件目。
【00:04:31】
四分三十一秒。
「こっちは長い」
真壁。
高瀬は。
その記録を見る。
未来の高瀬が。
過去の桐谷へ。
七秒。
電話をした。
そして。
過去の桐谷が。
未来の高瀬へ。
四分三十一秒。
電話を返した。
その内容は。
まだ。
分からない。
ただ。
一つだけ。
表示されている。
━━━━━━━━━━━━
音声記録
復元済
━━━━━━━━━━━━
「……聞ける」
高瀬が。
再生ボタンを見る。
藤原も。
真壁も。
何も言わない。
高瀬は。
指を伸ばした。
そして。
止めた。
「今日は」
手を。
下ろす。
「ここまでにする」
藤原が。
少しだけ。
笑った。
「はい」
真壁も。
頷く。
「それでいい」
高瀬は。
スマートフォンを。
伏せた。
四分三十一秒。
答えは。
そこにある。
でも。
答えがあるからといって。
今すぐ。
開かなければいけないわけじゃない。
帰る。
寝る。
明日。
また来る。
それから。
三人で。
聞けばいい。
高瀬は。
鞄を持った。
「帰ろう」
「珍しい」
真壁。
「俺だって帰るよ」
「最近はな」
「成長」
「自分で言うな」
藤原が。
笑った。
三人で。
職員室を出る。
スマートフォンは。
机の上。
暗いまま。
そのはずだった。
誰もいなくなった。
職員室。
数秒後。
画面が。
静かに。
点灯する。
━━━━━━━━━━━━
【Review】
次回予告
━━━━━━━━━━━━
そして。
一文。
━━━━━━━━━━━━
明日、
高瀬悠介は
四分三十一秒だけ、
自分が誰なのかを
思い出します。
━━━━━━━━━━━━
一拍。
最後。
━━━━━━━━━━━━
その記憶を、
信じないでください。
【End】
━━━━━━━━━━━━




