Review28「もう一人の出勤記録」
誰も。
喋らなかった。
会議室。
ホワイトボードには。
二人の佐伯。
その違いが。
並んでいる。
そして。
高瀬のスマートフォン。
画面は。
もう暗い。
でも。
さっきまで。
確かに表示されていた。
【対象 高瀬悠介】
【状態 DUPLICATED】
そして。
【Review000】
【対象者名 ――高瀬悠介】
「……整理しよう」
最初に口を開いたのは。
真壁だった。
「整理できる?」
高瀬が聞く。
「できなくてもやる」
「強い」
「お前が弱い」
「今?」
「今」
藤原が。
小さく息を吐いた。
「賛成です」
「藤原先生まで?」
「一回」
藤原は。
ホワイトボードを見る。
「分かっていることと」
ペンを持つ。
「分かっていないことを分けましょう」
高瀬は。
椅子へ座った。
「お願いします」
「まず」
藤原が書く。
【事実】
その下。
【佐伯先生が二人存在する】
「……事実って書くと」
高瀬が言う。
「急に怖いな」
「現実逃避しないでください」
「はい」
次。
【二人とも、佐伯本人として認識されている】
【記憶が分かれたのは、退職の選択付近】
【Review上の状態 DUPLICATED】
そして。
藤原のペンが。
止まる。
「高瀬先生」
「はい」
【高瀬悠介も、DUPLICATED】
書かれた。
自分の名前。
高瀬は。
しばらく。
それを見ていた。
「……全然実感ない」
「そりゃそうでしょうね」
真壁が言う。
「もう一人のお前を見てない」
「佐伯先生は見えてる」
「そう」
「俺は見えてない」
「そう」
「じゃあ」
高瀬は。
真壁を見る。
「どこにいる?」
「知らん」
「即答」
「だから調べる」
真壁が。
ペンを奪う。
【不明】
その下。
【もう一人の高瀬は、どこにいるのか】
「これが一つ」
「うん」
【いつ分かれたのか】
「二つ」
【何を選んだ時に分かれたのか】
「三つ」
真壁が。
少し止まる。
そして。
【今ここにいる高瀬は、どちらなのか】
「……」
高瀬が。
真壁を見る。
「それ書く?」
「必要だろ」
「書かない優しさとか」
「ない」
「知ってた」
藤原は。
笑わなかった。
ホワイトボードを。
じっと見ている。
「……どちらなのか」
小さく呟く。
「藤原先生?」
「いえ」
藤原は。
高瀬を見る。
「もし二人に分かれたとして」
「はい」
「今ここにいる高瀬先生が」
一度。
言葉を選ぶ。
「元々の高瀬先生だって」
「うん」
「どうやって証明するんでしょう」
「……」
答えられなかった。
顔。
名前。
記憶。
全部同じなら。
何をもって。
本人とする。
昨日。
佐伯で。
同じことを考えた。
今度は。
自分だった。
◇
「一番簡単なのは」
真壁が。
職員室へ戻りながら言った。
「記録を見ること」
「記録?」
「佐伯は二人とも、今日の記録がある」
「学校と自宅」
「そう」
真壁は。
高瀬を見る。
「ならお前にも」
一拍。
「二つの記録があるかもしれない」
「なるほど」
藤原が。
少し考える。
「出勤記録」
「それ」
三人は。
管理職へ確認した。
理由は。
濁した。
高瀬自身の勤務記録を確認したい。
それだけ。
数分後。
「……普通ですね」
藤原が言った。
高瀬の出勤時刻。
午前七時四十一分。
記憶と。
一致している。
「今日は?」
「一件だけ」
「昨日」
「一件」
「一昨日」
「一件」
真壁が。
画面を見ながら。
遡る。
「何もないな」
「そりゃそうか」
高瀬が。
少し息を吐く。
「もう一人の俺が普通に出勤してたら」
「怖すぎます」
藤原。
「先生二人いたら生徒が混乱するな」
「そこ?」
「担任二人」
「人件費も二倍」
真壁が言う。
「現実的」
高瀬は。
少し笑った。
その時。
真壁の手が。
止まった。
「……待て」
「何?」
「これ」
画面。
去年。
十月。
高瀬が。
三日間休んだ時期。
以前。
藤原から聞いた。
公式には。
体調不良。
高瀬自身には。
その記憶がない。
「ここ」
真壁が。
一日目を指す。
【欠勤】
二日目。
【欠勤】
三日目。
【欠勤】
「普通じゃん」
高瀬が言う。
「下」
「え?」
真壁が。
スクロールする。
別の欄。
校内の入退館記録。
職員証。
高瀬悠介。
「……」
藤原が。
息を止めた。
欠勤一日目。
【入館 18:42】
【退館 23:17】
欠勤二日目。
【入館 19:03】
【退館 22:51】
欠勤三日目。
【入館 18:39】
【退館 ――】
「……何これ」
高瀬が。
画面を見る。
「俺」
指差す。
「休んでるよな」
「勤務記録では」
藤原が答える。
「三日間」
「なのに」
高瀬は。
もう一度。
見る。
「毎日」
夜。
学校に来ている。
しかも。
最後の日。
退館していない。
「職員証を誰かに貸した?」
藤原が聞く。
「貸さないでしょ」
「紛失は?」
「覚えてない」
「去年ですからね」
真壁は。
何も言わず。
画面を見ている。
「真壁?」
「三日目」
「うん」
「退館記録がない」
「……」
「その次の日」
スクロール。
高瀬。
【出勤 7:36】
普通に。
勤務している。
「どういうこと?」
藤原が。
眉を寄せる。
「夜に入って」
「出てないのに」
「翌朝」
高瀬が続ける。
「また入ってる」
三人。
黙る。
一人なら。
成立しない。
でも。
二人なら。
成立する。
「……まさか」
高瀬が。
呟いた。
◇
去年。
十月。
欠勤三日目。
18時39分。
高瀬悠介が。
学校へ入った。
退館記録は。
ない。
翌朝。
7時36分。
高瀬悠介が。
もう一度。
学校へ入った。
「つまり」
藤原が。
会議室へ戻ってから言った。
「夜に来た高瀬先生と」
ホワイトボードへ。
二人の人型を描く。
「朝に来た高瀬先生が」
もう一人。
「別人だった可能性」
「……絵かわいいですね」
高瀬が言う。
「今そこじゃないです」
「すみません」
真壁が。
夜の高瀬へ。
丸をつける。
「こいつは出てない」
朝の高瀬。
「こいつは入ってる」
「じゃあ」
高瀬は。
夜の方を見る。
「まだ学校にいる?」
「一年間?」
「怖いこと言うなよ」
「お前が言った」
「そうだけど」
藤原が。
腕を組む。
「でも」
「?」
「入退館記録だけなら」
二人を見る。
「職員証だけが残った可能性もあります」
「確かに」
「決めつけない」
藤原が言う。
「最近の鉄則です」
「成長したな、俺たち」
「主に高瀬先生のせいで」
「俺?」
「だいたい」
真壁が言う。
「二対一やめて」
少し。
笑った。
でも。
高瀬の視線は。
ホワイトボードから。
離れなかった。
去年。
十月。
自分が。
三日間休んだ。
その時。
学校には。
別の自分がいたかもしれない。
そして。
その直後。
桐谷が。
消えた。
「……桐谷」
高瀬が。
呟く。
二人が。
見る。
「時期」
高瀬は。
立ち上がった。
「同じじゃない?」
藤原の表情が。
変わる。
高瀬が三日休んだ。
その翌日から。
桐谷は。
学校へ来なくなった。
「夜の俺」
高瀬は。
ホワイトボードを見る。
「桐谷と会ってたんじゃ」
頭。
奥。
小さな痛み。
「っ」
「高瀬先生?」
「大丈夫」
「その言葉禁止」
「……ちょっと痛い」
「座ってください」
素直に。
座る。
「成長」
「褒めてません」
高瀬は。
額を押さえる。
記憶。
戻らない。
でも。
一瞬。
何か。
見えた気がした。
夜の。
廊下。
非常灯。
誰かの背中。
そして。
自分の声。
『待て』
消える。
「……」
「何か見えました?」
藤原が聞く。
「一瞬だけ」
「無理に思い出さないでください」
「うん」
以前なら。
無視した。
今は。
止まれる。
それだけは。
変わった。
◇
放課後。
三人は。
校舎の廊下を歩いていた。
去年。
最後に。
高瀬の入館記録が残った日。
18時39分。
その夜。
自分は。
どこへ行った。
「防犯カメラは?」
高瀬が聞く。
「一年も残らない」
真壁。
「ですよね」
「でも」
藤原が。
足を止める。
「職員室だけじゃないですよね」
「何が?」
「職員証を使う場所」
「……」
校舎内。
一部の部屋。
夜間。
施錠される。
資料室。
特別教室。
そして。
「旧校舎」
高瀬が言った。
三人。
視線が。
同じ方向へ向く。
現在。
ほとんど使われていない。
渡り廊下の先。
古い校舎。
「去年」
藤原が言う。
「一部だけ」
「?」
「電子錠に変わったはずです」
真壁が。
すぐにスマートフォンを出す。
確認。
数分。
「ある」
「記録?」
「残ってる」
「マジ?」
「ただ」
真壁が。
画面を見る。
「管理職の許可がいる」
高瀬が。
ため息。
「ですよね」
「勝手に入るなよ」
「入らないよ」
「お前は前科がある」
「事故の時の話?」
「警告無視して走った」
「人命救助」
「今回は違う」
「分かってる」
高瀬は。
旧校舎を見る。
行きたい。
今すぐ。
確認したい。
でも。
一人では。
行かない。
「明日」
高瀬が言う。
「正式に確認しよう」
藤原が。
少し笑った。
「はい」
真壁も。
「それでいい」
「何?」
「いや」
「何だよ」
「少しは学習したな」
「教師なんで」
「遅い」
「うるさい」
三人で。
職員室へ戻る。
その途中。
高瀬のスマートフォンが。
一度だけ。
震えた。
画面。
━━━━━━━━━━━━
【Review】
★★★★☆
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「四つ」
藤原が。
横から見る。
「何の評価?」
高瀬が聞く。
表示。
━━━━━━━━━━━━
本日の行動。
過去の記録を
確認しました。
━━━━━━━━━━━━
━━━━━━━━━━━━
一人で
行動しませんでした。
━━━━━━━━━━━━
高瀬は。
少し笑う。
「そこ評価されるんだ」
「成長ですね」
「藤原先生まで」
次。
━━━━━━━━━━━━
改善点。
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「……あるんだ」
真壁が言う。
「満点じゃないからな」
表示。
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あなたは、
一つの記録を
見落としています。
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「……何?」
三人の足が。
止まる。
次。
━━━━━━━━━━━━
昨年10月。
欠勤三日目。
━━━━━━━━━━━━
━━━━━━━━━━━━
入館者
高瀬悠介
18時39分
━━━━━━━━━━━━
「見たよ」
高瀬が言う。
次。
━━━━━━━━━━━━
同時刻。
━━━━━━━━━━━━
一拍。
━━━━━━━━━━━━
退館者
高瀬悠介
18時39分
━━━━━━━━━━━━
「……は?」
藤原が。
高瀬を見る。
入館。
高瀬悠介。
退館。
高瀬悠介。
同じ時刻。
「すれ違ってる」
真壁が。
呟いた。
高瀬の背筋が。
冷える。
18時39分。
一人の高瀬が。
学校へ入った。
同じ瞬間。
もう一人の高瀬が。
学校から出た。
二人は。
同じ場所に。
いた。
はずだ。
「会ったのか」
高瀬が。
小さく言う。
自分と。
自分が。
画面。
━━━━━━━━━━━━
【Review】
いいえ。
━━━━━━━━━━━━
「……」
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あなたたちは、
会っていません。
━━━━━━━━━━━━
「じゃあ」
高瀬が。
画面を見る。
「何で」
最後。
━━━━━━━━━━━━
一人が入る前に、
一人が出たからです。
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「同時刻なのに?」
表示。
━━━━━━━━━━━━
時刻は同じです。
━━━━━━━━━━━━
━━━━━━━━━━━━
日付が違います。
━━━━━━━━━━━━
誰も。
動かなかった。
「……日付?」
高瀬が。
呟く。
昨日と今日。
そんな話ではない。
記録には。
同じ日付が。
残っていた。
はずなのに。
画面。
━━━━━━━━━━━━
【Review Log】
対象
高瀬悠介
━━━━━━━━━━━━
━━━━━━━━━━━━
入館
10月9日
18時39分
━━━━━━━━━━━━
次。
━━━━━━━━━━━━
退館
10月9日
18時39分
━━━━━━━━━━━━
そして。
数字が。
一瞬。
乱れた。
━━━━━━━━━━━━
退館
10月10日
18時39分
━━━━━━━━━━━━
━━━━━━━━━━━━
退館
10月8日
18時39分
━━━━━━━━━━━━
━━━━━━━━━━━━
退館
10月9日
18時39分
━━━━━━━━━━━━
何度も。
日付だけが。
変わる。
八日。
九日。
十日。
九日。
十一日。
そして。
止まった。
━━━━━━━━━━━━
記録日時を
確定できません。
━━━━━━━━━━━━
高瀬は。
画面から。
目を離せなかった。
二人いる。
それだけなら。
まだ。
理解しようとできた。
でも。
もし。
違うのが。
人間だけじゃないなら。
「……真壁」
「何」
「これ」
高瀬は。
掠れた声で言った。
「もう一人の俺を探す話じゃ」
一度。
息を吸う。
「ないのかもしれない」
真壁は。
答えなかった。
藤原も。
黙っている。
スマートフォン。
最後の一行。
━━━━━━━━━━━━
あなたが探しているのは、
「誰」ではありません。
━━━━━━━━━━━━
一拍。
━━━━━━━━━━━━
「いつ」です。
【End】
━━━━━━━━━━━━




