Review27「どちらも本人」
「……佐伯?」
電話を取った教師が。
もう一度。
受話器の向こうへ確認する。
「はい。少々お待ちください」
そして。
目の前の佐伯を見る。
「佐伯先生」
「……はい」
「お電話です」
誰も。
動かなかった。
高瀬。
藤原。
真壁。
そして。
佐伯本人。
四人とも。
受話器を見ていた。
「誰からですか」
佐伯が聞く。
教師は。
明らかに困っていた。
「だから」
一度。
言いにくそうに。
「佐伯先生から」
「……」
佐伯が笑った。
乾いた。
笑いだった。
「何ですか、それ」
「私も分からなくて」
「同姓の人じゃないですか?」
「フルネームで名乗ってます」
笑顔が。
消えた。
高瀬は。
ポケットの中のスマートフォンを見る。
━━━━━━━━━━━━
【Review】
警告。
二人を、
会わせないでください。
【End】
━━━━━━━━━━━━
「……」
会わせない。
目の前の佐伯。
電話の向こうの佐伯。
つまり。
Reviewは。
電話の相手を。
少なくとも。
『佐伯』として認識している。
「高瀬先生」
藤原が。
小さな声で呼ぶ。
「はい」
「どうします?」
高瀬は。
受話器を見る。
そして。
目の前の佐伯を見る。
「佐伯先生」
「……はい」
「ここにいてください」
「え?」
「電話」
高瀬は言った。
「俺が出ます」
「何でですか」
「確認したいことがあります」
「俺の電話ですよ?」
「分かってます」
「だったら」
佐伯が。
受話器へ手を伸ばす。
「俺が――」
「駄目です」
高瀬は。
その手を止めた。
佐伯が。
高瀬を見る。
「……何で?」
答えられない。
『あなたが二人いるから』
そんなことを。
どう説明する。
「今は」
高瀬は。
佐伯を見る。
「俺に任せてください」
「……」
佐伯は。
明らかに納得していなかった。
それでも。
手を引いた。
高瀬は。
受話器を取る。
「代わりました」
数秒。
雑音。
そして。
『……高瀬先生?』
高瀬の指が。
受話器を強く握った。
声。
同じだった。
目の前の佐伯と。
「……はい」
『よかった』
電話の向こうで。
息を吐く音。
『高瀬先生』
「はい」
『今』
一拍。
『学校にいますか?』
「います」
『……佐伯は?』
高瀬は。
目の前の佐伯を見る。
佐伯も。
高瀬を見ている。
「……います」
電話の向こうが。
黙った。
長い。
沈黙。
『やっぱり』
「何がですか」
『出勤してるんですね』
「……」
知っている。
電話の相手は。
もう一人が学校にいる可能性を。
最初から。
知っていた。
「あなた」
高瀬は。
声を落とす。
「誰ですか」
『……』
「名前じゃなくて」
藤原と。
真壁が。
高瀬を見る。
「あなたは」
ゆっくり。
聞いた。
「昨日、何をしました?」
電話の向こう。
数秒。
そして。
『退職届を書きました』
高瀬の心臓が。
強く鳴った。
『高瀬先生の前で』
「……」
『自分で』
「はい」
『自分の意思で』
昨日。
確かに。
聞いた言葉。
『それから』
電話の声が。
少し震える。
『家に帰りました』
「そのあと?」
『寝ました』
「今日の朝は?」
沈黙。
『起きたら』
一度。
息を吸う音。
『職員室にいたんです』
「……何?」
『正確には』
声が。
震える。
『職員室にいる俺を、見ました』
高瀬は。
何も言えなかった。
「どこで?」
『家です』
「どうやって」
『分かりません』
「見たって」
『スマホです』
「……」
『写真が届いたんです』
高瀬の背中に。
冷たいものが走る。
「誰から?」
『俺からです』
「……は?」
『送信者が』
電話の向こうの佐伯が言う。
『俺の番号なんです』
高瀬は。
目の前の佐伯を見る。
「佐伯先生」
「……はい?」
「スマホ」
「え?」
「見せてもらえますか」
「何で」
「お願いします」
佐伯は。
困惑しながら。
スマートフォンを取り出した。
高瀬に渡す。
写真。
メッセージ。
履歴。
「……ない」
自分自身へ。
何かを送った記録は。
ない。
「高瀬先生?」
佐伯が聞く。
高瀬は答えず。
電話へ戻る。
「写真」
『はい』
「今もありますか?」
『あります』
「送ってください」
『どこに』
「俺に」
数秒後。
高瀬のスマートフォンが震えた。
メッセージ。
画像。
開く。
職員室。
今朝。
佐伯が。
自分の机に座っている。
パソコンを開いている。
その姿。
高瀬が。
今朝見たものと。
同じ。
ただ。
一つだけ。
違った。
写真の右下。
時刻。
午前六時四十二分。
「……六時四十二分」
藤原が。
横から見る。
「その時間」
「まだ学校開いてない」
真壁が言った。
「少なくとも、佐伯は入れない」
高瀬は。
目の前の佐伯を見る。
「今日」
「はい」
「何時に来ました?」
「七時半くらいです」
「その前は?」
「家にいました」
電話の向こうから。
声。
『嘘だ』
目の前の佐伯の表情が。
変わる。
聞こえた。
受話器から漏れた声。
自分と。
同じ声。
「……誰?」
佐伯が。
一歩。
近付く。
高瀬は。
受話器を遠ざけた。
「高瀬先生」
「待ってください」
「誰なんですか」
「今は」
「俺の声でしたよね?」
「……」
「誰ですか!」
職員室の視線が。
集まり始める。
藤原が。
すぐに動いた。
「佐伯先生」
「でも」
「場所を変えましょう」
「藤原先生も知ってるんですか?」
「……」
答えない。
それが。
答えになった。
「何なんですか」
佐伯の声が。
震える。
「俺に何が起きてるんですか」
高瀬は。
受話器を握ったまま。
言葉を探した。
分からない。
何一つ。
説明できない。
その時。
電話の向こうから。
『高瀬先生』
「……はい」
『そっちの俺に』
「……」
『一つだけ聞いてください』
「何を」
『昨日』
一拍。
『退職届を書いた理由を』
高瀬は。
目の前の佐伯を見る。
「……佐伯先生」
「はい」
「昨日」
「……」
「退職届を書いたとしたら」
佐伯の眉が。
わずかに動く。
「何でだと思います?」
「……」
「辞めたい理由」
「だから」
佐伯は。
少し苛立ったように。
「俺は辞めません」
「仮にです」
「……」
「仮に」
高瀬は。
まっすぐ見る。
「あなた自身が」
一拍。
「辞めると決めたなら」
佐伯は。
黙った。
五秒。
十秒。
やがて。
「……疲れたから」
高瀬の表情が。
変わる。
「何に?」
佐伯は。
答えようとした。
でも。
口が。
止まった。
「……何に?」
「……」
「佐伯先生?」
「分からない」
「え?」
佐伯自身が。
一番驚いていた。
「何で」
自分の胸元を。
押さえる。
「俺」
呼吸が。
少し速くなる。
「疲れてるんだ?」
「……」
「何で」
目が。
揺れる。
「辞めたくないのに」
一度。
息を吸う。
「辞めたいって」
自分の口から出た言葉に。
佐伯自身が。
固まった。
「……俺」
小さく。
「今」
「はい」
「辞めたいって言いました?」
高瀬は。
すぐには答えられなかった。
「……言いました」
佐伯が。
自分の頭を押さえる。
「おかしい」
藤原が。
そっと近付く。
「佐伯先生」
「おかしいですよ」
「一回座りましょう」
「俺は」
佐伯は。
高瀬を見る。
「どっちなんですか」
「……」
「辞めたいんですか」
声が。
震える。
「辞めたくないんですか」
誰も。
答えられなかった。
◇
空き教室。
目の前の佐伯は。
藤原と一緒にいる。
高瀬と真壁は。
廊下。
電話は。
まだ切れていない。
『……やっぱり』
電話の佐伯が。
静かに言った。
「何がですか」
『俺と同じです』
「同じ?」
『昨日』
声。
『退職届を書く直前まで』
一度。
止まる。
『俺も、自分が辞めたいのか分からなかった』
「……」
『でも』
「はい」
『高瀬先生に聞かれて』
高瀬は。
昨日を思い出す。
本人の意思。
誰かが決めた記録じゃない。
佐伯自身が。
選ぶ。
『やっと』
電話の向こう。
『自分で決めたんです』
「……」
『辞めるって』
高瀬は。
目を閉じる。
それを。
現実が。
消した。
記録も。
記憶も。
本人の選択さえ。
「今どこですか」
『家です』
「住所は?」
『高瀬先生』
「はい」
『来るんですか』
「行きます」
真壁が。
高瀬を見る。
でも。
止めなかった。
『でも』
電話の佐伯が。
言う。
『Reviewは』
「……」
『会うなって言ってるんですよね』
高瀬の表情が。
変わる。
「何で」
真壁も。
顔を上げる。
「それを知ってるんですか」
電話。
沈黙。
『……え?』
「俺」
高瀬は。
声を低くする。
「Reviewの話」
一度。
記憶を確認する。
「あなたにしましたっけ」
『……』
「佐伯先生?」
長い。
沈黙。
『してません』
「じゃあ」
『分かりません』
「何で知ってる」
『分からない』
声が。
本当に。
混乱している。
『でも』
「……」
『知ってるんです』
高瀬は。
壁へ背を預けた。
Review。
本人確認。
二人の佐伯。
そして。
電話の佐伯は。
知らないはずのReviewを。
知っている。
「真壁」
高瀬が。
受話器を押さえる。
「何」
「どう思う」
「分からん」
即答。
「珍しいな」
「分からないものを分かったふりする方が嫌いだ」
「……だな」
「ただ」
真壁が。
教室の中を見る。
佐伯。
藤原。
「一つだけ」
「何」
「どっちが偽物かって考えるのは」
高瀬を見る。
「やめた方がいい」
「……」
「理由は?」
「Reviewが」
真壁は。
高瀬のスマートフォンを見る。
「『本人が二人存在する』って言ったんだろ」
「うん」
「なら」
一拍。
「少なくともあれは」
静かに言った。
「片方を偽物とは呼んでない」
高瀬は。
何も言えなかった。
◇
昼。
高瀬。
藤原。
真壁。
三人だけ。
小さな会議室。
ホワイトボード。
藤原が。
二本の線を引く。
左。
【学校の佐伯】
右。
【自宅の佐伯】
「分かってることだけ」
藤原が言う。
「推測はあと」
「はい」
高瀬が。
左へ書く。
【退職届を書いた記憶なし】
右。
【退職届を書いた記憶あり】
真壁。
左。
【退職意思なし】
少し考え。
右。
【退職意思あり】
藤原。
左。
【現在、学校に勤務】
右。
【現在、自宅】
高瀬が。
最後。
両方に。
同じ言葉を書く。
【佐伯】
三人。
それを見る。
「顔」
藤原。
「同じ」
「声」
「同じ」
「過去の記憶」
「今確認できる範囲では」
高瀬が言う。
「ほぼ同じ」
「家族構成」
「同じ」
「生年月日」
「同じ」
「昨日の途中までは?」
「同じ」
真壁が。
ペンを取る。
二本の線。
その間。
一箇所だけ。
丸をつける。
【退職届】
「ここ」
「……」
「ここから」
真壁が言う。
「分かれてる」
高瀬は。
ホワイトボードを見る。
一人の佐伯が。
退職を選んだ。
もう一人の佐伯が。
退職を選ばなかった。
「選択」
高瀬が呟く。
藤原が。
振り返る。
「何です?」
「最初」
「?」
「Reviewに」
高瀬は。
ずっと昔のように感じる。
あの日。
届いた。
死亡予告。
『死亡原因は――あなた自身の選択です』
「選択って」
高瀬は。
ホワイトボードを見る。
「結果を変えるだけじゃないのかも」
「どういう意味ですか」
「分からない」
でも。
事故の時。
高瀬が。
Reviewの指示に逆らった。
未来が変わった。
そして。
修正が始まった。
今回。
佐伯が。
退職を選んだ。
なのに。
その選択をしていない佐伯が。
残った。
「もし」
高瀬が。
ペンを持つ。
二本の線。
分岐点。
「選ばなかった方も」
一度。
止まる。
「消えてないとしたら」
藤原の顔から。
表情が消える。
真壁も。
黙った。
その瞬間。
高瀬のスマートフォンが。
震えた。
――ブッ。
画面。
━━━━━━━━━━━━
【Review】
★★★★★
━━━━━━━━━━━━
「……五つ?」
次。
━━━━━━━━━━━━
正解ではありません。
━━━━━━━━━━━━
「は?」
━━━━━━━━━━━━
ですが。
━━━━━━━━━━━━
━━━━━━━━━━━━
初めて、
正しい質問に
近付きました。
━━━━━━━━━━━━
高瀬は。
画面を見る。
「正しい質問……」
次。
━━━━━━━━━━━━
質問を変更してください。
━━━━━━━━━━━━
高瀬の心臓が。
一度。
強く鳴った。
昔。
同じことを。
言われた。
『死ぬのか』
ではなく。
『なぜ、自分は死ぬのか』
「……何を聞けばいい」
画面。
━━━━━━━━━━━━
「どちらが本人か」
ではありません。
━━━━━━━━━━━━
藤原が。
息を呑む。
次。
━━━━━━━━━━━━
「なぜ、
どちらも本人なのか」
━━━━━━━━━━━━
「……」
そして。
もう一行。
━━━━━━━━━━━━
その答えを、
あなたは一度、
確認しています。
━━━━━━━━━━━━
高瀬の呼吸が。
止まった。
「……一度?」
藤原が。
画面を見る。
「いつ?」
高瀬には。
分からない。
去年。
桐谷。
Review000。
消された記憶。
LOOP 2。
何か。
繋がっている。
その時。
画面が。
切り替わった。
Reviewではない。
黒い画面。
白い文字。
━━━━━━━━━━━━
【Review Log】
検索結果
2件
━━━━━━━━━━━━
一件目。
━━━━━━━━━━━━
対象
佐伯
状態
DUPLICATED
━━━━━━━━━━━━
「……複製?」
藤原が。
呟く。
そして。
二件目。
高瀬の顔から。
血の気が引いた。
━━━━━━━━━━━━
対象
高瀬悠介
━━━━━━━━━━━━
「……俺?」
真壁が。
高瀬を見る。
表示。
━━━━━━━━━━━━
状態
DUPLICATED
━━━━━━━━━━━━
誰も。
言葉を発さなかった。
佐伯だけじゃない。
高瀬も。
同じ。
複製されている。
いつ。
どこで。
もう一人の自分が。
存在した。
高瀬には。
記憶がない。
画面。
最後の一文。
━━━━━━━━━━━━
照合対象を
確認しますか?
━━━━━━━━━━━━
YES
NO
高瀬は。
YESを見た。
押せなかった。
なぜなら。
その下。
一瞬だけ。
別の文字が。
浮かんだから。
━━━━━━━━━━━━
照合対象
Review000
━━━━━━━━━━━━
そして。
高瀬の頭の中で。
忘れていたはずの声が。
聞こえた。
『先生って』
少年の声。
『明日死ぬって分かったら、どうします?』
高瀬は。
息を呑んだ。
第一話。
あの日。
名前を。
思い出せなかった。
あの生徒。
声だけが。
今。
昨日のことのように。
鮮明だった。
「……お前」
高瀬が。
誰もいない場所へ。
呟く。
「誰なんだよ」
スマートフォン。
暗転。
その直前。
たった一行。
━━━━━━━━━━━━
Review000
対象者名
――高瀬悠介
━━━━━━━━━━━━
【End】




