6, 聖女は駆け引きをする
突如としてルーカリウス家内は騒然としていました。
とうとう身体への負荷が耐えきれず、限界を迎えられたようでレオニスは再び寝たきりの様相となってしまわれたようです。
私はというと、レオニスがいずれこうなってしまわれるであろう時期を見計らって、ルーカリウス家を訪問する準備をしていました。
初めにルーカリウス家の使用人と面会した時は、大層驚かれてしまいましたが。
そして急を要する事態となった今現在、喉から手が出るほど必要な人材であることも使用人は理解されていました。
「——はぁ……はぁ……ちょうど、良かったわ。レオニスを……助けてちょうだい…………!」
「ちょうど良かった? どの口が言ってるんですか? 一方的な婚約破棄を言い渡しておいて、都合良く助けていただけるとお思いで?」
私にしがみついて救いを求めるのは、ルーカリウス家の奥様兼レオニスの母でした。
けれど私が事実を元に冷たく突き放すと、すぐさま本性が露わとなりました。
キイッ、と目を剥き出しにして血眼になって己の主張を訴え始めます。
「都合良くって、アナタそれでも聖女なの? 聖女なら困っている人を助けるのが道理でしょ!」
「あなた方には、その道理があったのですか? 一度助けられた上で、簡単に捨て去るのがあなた方の道理だとおっしゃられるので?」
「レオニスは命の危機に瀕してるの! 助けるのが聖女としてアナタの役目だわ」
「婚約者に困っていたラインベル家を上手いこと言いくるめて、よくもそこまで自分のことを棚に上げられますね」
互いのいがみ合いは続くばかりで時間は刻一刻と過ぎ去っていきます。
その間も呪いの進行は止まることを知らず、こうしている間にもレオニスは苦痛に喘いでおりました。
「今ここで無駄に時間を費やしても、あなた方の可愛いご子息が見殺しになるだけです。なので今すぐ選んでください」
「え、選ぶって! 何を……?」
「当然、生かすか殺すかです」
「はぁ——!?」
不意な選択宣言にルーカリウス家の奥様は大変怪訝そうにしておられました。
しかし私の提案に声を荒げてからは皆様唖然としたご様子で、その後はしーん、と張り詰めた緊張感と静寂にこの場は支配されていました。
「私はこの国で聖女として絶対的な地位を手にする。そのためにルーカリウス家を利用させていただきます」
「はぁ!? どういう意味よ!」
「なに簡単なことです。この私を陛下の側近聖女として推薦していただければそれで」
後ろ盾として伯爵家の名を借りれば、それだけ箔がつきます。
私の名は王宮へ、強いては陛下の下まで轟くことでしょう。
「ふざけないで! そんなこと了承するわけないじゃない! なぜ私たち栄えあるルーカリウス家が、下々の者を持ち上げるようなことをッ!」
頭に血が上り、すっかり冷静さを失われていたルーカリウス家の奥様は、癇癪を起こし喚き続けていた。
しかしながら、いい加減にお気づきなられた方がレオニス殿のためです。
今あなた方は私に対して、交渉する余地がないことを。
ここでゴネていても何の解決にもならない。
今の私はルーカリウス家にとっての”都合の良い聖女“ではありません。
慈悲を与えることは一切ない、聖女の皮を被った悪魔とでも申し上げましょうか?
そんな悪魔に対して、どうすれば最善か理解している者もこの場に存在していた。
「もういい。お前は下がっていろ」
重くのしかかるような、貫禄を感じさせる声音。
このままでは埒が開かないと、奥様を突き放すように退出を命じていたのは現ルーカリウス家当主でした。
最後まで私に敵意剥き出しだった奥様は、当主の命令により使用人たちと共に部屋の外へと連れて行かれてます。
「まずはこの度のラインベル家に対して、数々の非礼をお詫び申し上げる」
伯爵家現当主が、ただの子爵家令嬢に頭を下げる。
異例中も異例でした。
貴族が格式的にも下の者に頭を下げたなんて事例、近年では聞いたことがありません。
「妻の勝手な行動によって、ラインベル家には多大なるご迷惑を掛けた。そしてルーカリウス家現当主として、目の行き届かなかった私の責任であるのも確かだ」
神妙な面持ちで、現当主は謝罪の言葉を口にしていきます。
伯爵家としての矜持も未だ健在なのでしょうが、それ以上にご子息の窮地にいても立ってもいられないといったご様子。
「クレア殿にも主張をする権利はある。迷惑をかけてしまったせめてもの償いとして要求は飲ませてもらいたい」
「ありがとうございます」
「その代わりと言って、厚かましいのは重々承知しているが——」
「——理解しております。ご子息は必ず、また元気な姿を取り戻されましょう。ルーカリウス家現当主様の寛大なお心遣いに感謝のしようもございません」
交渉成立。
話の分かる方で助かります。
奥様が退席されてから、ものの数分で和解。
これで互いにとって後顧の憂いなく、穏便に済ませることができますわ。
「——クレア、殿…………?」
「レオニス殿。私が貴方を助けます。今しばらくの辛抱です」
これから貴方を苛んでいる苦痛を取り除いて差し上げます。
その後は事前に私が用意していた契約書に、ルーカリウス家当主がサインし、祈りという名の『肉体のリセット』を施したことによって、ひとまずレオニスの命はことなきを得るのでした。




