5, 聖女は来訪者を尋問する
「申し訳ございません、クレアお嬢様。ルーカリウス家のご子息様が突然お見えになられたため、不手際をおかけ致しましたことをお許しください」
「構いませんわ。伯爵家の子息がわざわざこの教会に足を運んでくるほどのことですから、よっぽどのなのことでしょう」
ラインベル家に仕えし使用人が血相を変え、休憩中の私の控室へと押し掛ける。
本来ならば、誰であろうと他の先約が埋まっている以上、追い返すのが私の道理。
けれど今回は互いに立て込んだ事情がありますからね。
「しかしお嬢様。相手はお嬢様との婚約を一方的に破棄したルーカリウス家。お嬢様がお会いになる筋合いはないかと」
「——私が? 婚約破棄? はて、何のことですか? 万年婚約者のいない私が婚約破棄されるなんて、そのような冗談をおっしゃられるとは中々面白いこと言いますね。ルーカリウス家との接点なんてありましたっけ?」
「先日までルーカリウス家次期当主レオニス殿と婚約を————いえ、私の勘違いでございました」
「そう。勘違いは誰にでもあるものね。私も気にしてないわ」
ありがとうございます、と胸を撫で下ろす思いで使用人は後ろへと下がっていった。
使用人には満面の笑みを向けていただけなのに、不思議なものですね。
なぜかそれ以上の追求を控えてくれました。
この辺はさすがラインベル家の使用人、といったところでしょうかね。
まあ、使用人の懸念も最もな部分ではありますが。
その辺りもおいおいと、ね?
「それで? ルーカリウス家のご子息様。今回はどのようなご用件で? まさか本当に私へのお礼のために? 護衛の一人もつけずにわざわざ?」
「俺は、自分の筋を通すために君に会いに来たんだ……」
「——本当に? また苦しみから解放されたくて、都合良く尋ねに来ただけでは?」
「ち、違う……決してそんなつもりは…………」
「私には分かっていますよ。すでに貴方の肉体は限界を迎えている。単に自らが助かりたいだけの命乞い。お礼がしたいと言って、取り繕っているだけではないですか? かつてのラインベル家にしたように」
「………………」
「なら、ハッキリと仰られれば宜しいのに、私の祈りが欲しいと。私の祈りによって苦しみから解放されたいと——」
今までも相手の弱みにつけ込んで、自身の利を勝ち得てきたのでしょう?
貴族として成り上がるためには、それも必要な要素かもしれません。
そして今回も。
どうしてもと仰るのでしたら『リセット』で今すぐ楽にして差し上げますのに。
けれど、ルーカリウス家の子息は首を横に振って。
「——君に祈りは求めない……」
「——? なぜでしょう? このままでは先が長くないことも気づいておられるのでしょう?」
「それが目的じゃないから、かな。たとえそうだとしても、クレアに礼を尽くせず寿命を迎えたなら、死ぬに死にきれない」
何を今さらまた善人ぶって。
気に入らないわ。私が知っている貴方たちは冷酷無慈悲な存在でしたよ。
体の良いこと言って、まだ仮面を被り続けるのですね?
「俺は……一度、君の祈りを受けている」
「ええ、祈りで元気なお姿を取り戻されていましたね」
「けれど、聖女クレアの祈りを以てしても……再度の発症。原因も不明。正直言って……お手上げだよ」
「そのようですね」
「クレアの祈りは素晴らしい。数多くの人が恩恵を受け、その噂が広まり……この教会に集まった人も、大勢存在する…………」
「聖女としての本懐、本望ですね」
「それでも、俺の病は治らなかった…………」
「ええ、お気の毒なことです」
「なら……クレアの起こしてきた数多くの奇跡でも、俺の病の完治は難しい…………っていうことじゃないかな……?」
身体にかかる負荷に耐えながら、自らの推察を披露する。
しかしながら、意外でした。
ルーカリウス家の子息に、このような謙虚な一面がお有りだったとは。
てっきり言い伝え通りなら、彼もその血を受け継いだ相当な強欲者。
まだ信用には値しないけれどね。
「貴方の『呪い』が完治することはありません。私の祈りの影響範囲を超えているからです」
ルーカリウス家子息が患っているのは病ではなく『呪い』。
聖女として『リセット』を実行する過程で見つけた現象。
名称は私が勝手につけました。
『リセット』が根本的な解決手段にならず、掛かった者が救われることなく終焉を迎えることから『呪い』とね。
「呪い……俺は、誰かに呪われているのか…………?」
「さあ? なぜかと言われれば私にも知り得ません。ただ一つだけ言えるのは、このままでは貴方は、確実に終わりを迎えるということだけです」
『呪い』においては発生した起点となる場所が存在しません。
『肉体のリセット』、『記憶のリセット』にしても、起点が存在しないので、完全に消し去ることはできない。
ルーカリウス家の子息に最初に祈りを捧げた時、『呪い』の進行後に彼と出会いました。
その際、祈りと称して『肉体のリセット』を行おうと試みますが、起点を探そうにも見つかりませんでした。
仕方なく『呪い』の進行前の状態へと、半年ほど『リセット』を掛けて一時的に肉体は戻り、完治したと勘違いされていましたが。
ただ彼を蝕んでいる『呪い』の存在には気づきました。
前にも他の方で、似たような現象があったからです。
最もルーカリウス家の子息のような、死に直結するような『呪い』ではありませんでしたが、それでも共通点はありました。
それは、この世に生を受けた時点から、この『呪い』は始まっているということです。
もしも『呪い』を無くすために、敢えて起点を作るのだとしたら、もうそれはその者の存在を『リセット』することを指してしまう。
彼の場合は最悪も最悪。
放っておけば時期に彼は絶命し、進行前に『肉体のリセット』を施したとしても、彼の『呪い』そのものが消えるわけではありません。
『呪い』の終了が彼の死である以上、一生もののつき合いとなってしまうからです。
「それで? 貴方はどうします? 一時的なら、私の祈りで以前のように延命はできると思いますが——」
本当はそれが目的なのでしょう?
我が身大事に。自分が一番可愛い。
他を顧みずに、それらを体現成されているルーカリウス家の方々なのですから、目の前に救いの手段が落ちているにも関わらず、拾わないなんてことありませんよね?
どうせ最終的には、祈りが欲しいと懇願するのでしょう。
だからさっさと祈りを受けるように、遠回しに促していたのだけれど。
「俺は君には頼らない。これ以上迷惑をかけるつもりはない。この病を呪いだと言うのなら、俺は甘んじて受け入れるよ」
「はぁッ? いつまでも強がっているつもりですか!? 本当に死ぬんですよ? 命乞いでもしたらいかがですか!!」
「——しないよ」
軽く笑みを浮かべ、重そうな足取りで教会を後にする。
ルーカリウス家子息の醜悪な部分を、曝け出す姿が見たかったのに。
結局、彼は最後まで私に救いを求めることはしませんでした。
想定していた以上に頑固者だった。
私はというと、解せない——そんな感情に支配されていました。
どうにも聞いていた話と違います。
もっと悪逆非道で自分の欲に忠実な方だと思っていましたけれど。
「——はぁ〜〜〜」
さあて、面倒者を押し付けられたものだぜぇ。




