7, 聖女は考えに耽り、彼女の分まで祈ると誓う
ある日の昼下がり。
聖女としての務めも一段落ついたので、広々としたテラスでお茶でも飲もうとホッと息を吐く瞬間。
再びあの時の光景が私の脳裏を過りました。
これで良かったのでしょうかと、また私は自問自答していました。
ルーカリウス家との一件についてです。
この結末が本当に彼女が望んだものなのかと。
『リセット』前の私は純粋すぎるが故に、周囲の期待に応えようと頑張りすぎな側面もあったと思います。
裏を返せばその純粋さが仇となって、都合の良いように利用されていました。
そうして始まってしまった負の連鎖からは中々抜け出すことができずに、囚われのまま周囲に振り回され、挙句の果てに闇の中へと沈み込んでいく。
以前の私が、今の私を見たらどう思われるのでしょう?
誰かの言いなりのままの箱入りの令嬢とは違い、自我を持って、欲に忠実になって、貴女が望む聖女の姿とは反しているかもしれません。
それでもあの時このままではダメだと、そう思わせてくれたのは以前の私が残してくれた書き置きのおかげです。
以下がその書き置きになります。
”
まず今の私には、とんだご迷惑をお掛けしてしまうことを謝罪いたします。
貴女が感じている世界との差に、戸惑いを持たれていると思いますので、『リセット』を行った経緯についての説明を、ここに記して起きます。
まず、『リセット』が何なのかと言いますと、対象者の時間を戻す、聖女として貴女が身につけた権能です。
『肉体』と『記憶』の使い分けができ、貴女が祈ることによってケガをする前の状態に肉体を戻したり、辛い記憶を忘れさせることが可能です。
とまあ、説明を聞いても、いまいちピンときませんよね?
『リセット』について掌握する前の私には、何のことだかさっぱりだと思うので、これまで通り困っている方々に祈りを捧げてあげてください。
そうしているうちに自然と理解していけるはずです。
さて、ここからが本題です。
まず『リセット』を行った年月についてですが、ここ数ヶ月ほどの『記憶のリセット』を実行しております。
なぜ私自身のリセットを敢行したのかというと、もうすでに限界を迎えたからですわ。
今の貴女も薄々察している時期かと思います。
『記憶のリセット』をした今の貴女とは違い、母は何年も娘の婚約者が見つからない状況が続いています。
それに伴って、娘の婚約に焦りが募ることで生じた普段の振る舞いの変化。
家族の仲にも軋轢が生じ、やっとの思いで結ばれたルーカリウス家との婚約も破談となって、結果何も変わらず何も残らない。
故に一度、累積していたつらい日々の記憶を消すため、私自身に『リセット』を掛けて戻させていただきました。
それによって、これまで積み重ねて行っていたはずの記憶は、一度全て消去されたはずです。
今の貴女は未来の私の失敗を糧に、選択する権利があります。
けれど私の残していった宿題を、貴女に押し付ける形になってしまうのは申し訳ないと思っております。
母親に関しては前述した通り、言うまでもありません。
あなたの未来は、母によって支配されています。
母と一緒にいては、幸せになることはできない。
試しに母に対しても『記憶のリセット』を行っても見ましたけど、結果は変わりませんでした。
結局のところ、根本的な部分が治らない限り、今までの母の行動通りになってしまうようです。
そして、宿題の部分についてですが。
やがて貴女にとっては、未来の世界での婚約者だったルーカリウス家のレオニスが訪ねてくるでしょう。
彼には私と出会う以前から『呪い』が掛かっていますわ。
その『呪い』を治すために、彼らは聖女の力を求めて傍若無人にも『リセット』を要求してくるでしょう。
しかしご承知の通り、『リセット』は無かったことにするわけではなく、呪いの進行を元の状態に戻す権能。
『リセット』によって緩和された呪いも、再び進行を続け、やがて限界を迎えます。
もし彼に出会うことがあれば、貴女は忘れたフリをして、困惑させるのも悪くないですね!
レオニスは苦しんだ様子で、命乞いをしてくるでしょうが、気にする必要はありません。
私は一度、『リセット』で助けてあげました。
にも関わらず、彼らはその恩を忘れて、ラインベル家に婚約破棄を通達してきたのです。
だから二度目の同情は必要ありません。
たとえ放っておいたとしても、記憶が消えてしまい、すでに婚約も破棄されている貴女には全く関係のない話——ですが。
それでも、決めるのは”今の“貴女です。
心優しい貴女なら、葛藤するのでしょうね。
長年、聖女として培われた思想を簡単には捨て去れない。
今の闇に染まった私でも、どんなに卑劣な存在であったとしても、救いを拒むのはそう容易いことでは無いと思いますわ。
身勝手にも、酷な選択を貴女に託したことはお許しください。
これからの貴女に幸あらんことを願って、未来の私からの書き置きとさせていただきますわ。
”
正直、この書き置きを読んだ時点では、レオニスを助ける気は全くありませんでした。
『リセット』をする前の私がルーカリウス家から受けた屈辱も苦痛も、今の私には全てを理解はできません。
それらは全部、以前の私が引き受けてくださいましたから。
だから今の私が彼らに対して思うことは、この書き置きに記された内容が全てです。
率直に言って、最低だなって思いました。
だから『リセット』をする前の私が望んだように、彼らに同情は一切無かったですよ。
傲慢にも迫ろうものなら、彼らに関知することも無かったでしょう。
けれど、私が持った彼らに対する心象はそこまで悪いものではありませんでした。
あ、彼の母親だけは別ですよ?
前提として打算があったとしても、レオニスを救いたいと願う父親としての一面を見せた、現当主殿の姿は嘘偽りないと感じましたし。
意外でしたけどレオニス殿からは命乞いの一つもなく、まさかお礼を言われるとは思ってもいませんでした。
だから私はもう一度、お救いすることにしましたわ。
だけど、『リセット』前の私はしてやられましたので、無償の善意というのも癪ですから交渉させていただきましたけど。
書き置きにはいろいろと書かれていましたが、それでも“レオニスを見捨てるように”、とは強要されませんでした。
精神的に追い詰められ憎悪の中で書き連ねていても、心のどこかではまだ捨てきれない部分もあったのでしょう。
少なくともお二人は『リセット』前の私に対して、感謝と謝罪の言葉をそれぞれ述べられました。
これで以前の私も少しは報われてくれたのかな。
もしそうなら、私も幸いに感じますわ。
それから周囲を取り巻く環境にも、様々な進展がありました。
まず母とは一度、距離を置くことに。
これは私の父からの提案で、一度私に対しての母の熱量を冷まさせるための対策でした。
互いの連絡手段は父を介してのみとなり、今のところ経過は良好のようです。
婚約に執着する以前の母に戻りつつあって、私も嬉しく思いますわ。
そしてもう一つ。
父が私と母の距離を一度置くと決断するに至った、きっかけとなる事案。
当然距離を置く以上、今の私はラインベル家にいられないわけで。
ではどこにいるのかというと、私は今王室の中にいます。
もう私が一番驚いてます、とんでもない大出世です。
ルーカリウス家当主様はきちんと約束を守っていただけたようで、陛下の側近にと推薦していただいたところ、すぐさまお呼びが掛かりました。
すでに聖女としての力量はこの王室内にも届いていたようで、すんなりと私の聖女としての王室入りは決まったようです。
それは父も了承してくれますよね。
陛下からの打診を無下にするわけにもいきませんし、没落と言われ続けていたラインベル家の復活を願う者としてはまたとない機会でしたから。
王室に場所を変えても、『リセット』の力は猛威を振るいました。
周辺地域で蹂躙する魔物との戦闘において、負傷した人々の肉体を元通りに戻して再度前線へ。
この戦闘スタイルが確立されたことで、国の領地は一気に拡大していくこととなり、飛躍的な成長を遂げていきました。
聖女としての実績が認められて、貴族階級の昇級なんて話もあって。
その上、トントン拍子に新たな婚約者まで————とは言っても、年齢もまだ十を超えたばかり。
でもでも、とーっても愛くるしいのですよ!
相手は陛下のご子息様で、ラインベル家との関係強化のための婚約とは言え、この話を持ち掛けてくださった陛下には大感謝です。
日中の聖女として忙しい時間帯には、「くれあっ! くれあっ!」って年相応の純粋無垢な無邪気な声で呼ばれ。
就寝前にはよそよそしさ全開で「いなくならないで……」、私の衣服を指先で摘むように引っ張って、ジト目で懇願される。
ああ、もう! 可愛すぎる!!!
今すぐにでも結婚致しましょう! そうしましょう!
今はまだ成長を見守る段階ですが、今後が楽しみな限り。
いずれは私も王妃に、なんてまだ気の長い話ですけどね。
ここまで成り上がれたのも、以前の貴女のおかげ。
けれど救われたこの世界には、もう存在しない。
私は『リセット』前の貴女の分まで、今を懸命に、そしてこれからも。
祈りを捧げ続けて参りますわ。
近年、ゲームはオートセーブが主流となっているものが多いです。
しかしデッドエンドを迎える前にセーブポイントに戻れるとしたら、というのを題材に『リセット』の話を作ってみましたが、いかがでしたでしょうか?
もしよろしければ最後に、ブクマや☆☆☆☆☆でポチッと評価していただけると嬉しいです!




