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3, 聖女は自らに課していた戒めを破る

 それからは事前に『リセット』を行う相手に対して、確認をするようになりました。

 お医者様みたいにいつからと時期を確認して、なるべく弊害を抑えられる方のみ『リセット』を実行。

 中には若返りたいがためだけに、『リセット』を望む不届者もいらっしゃいましたけど。

 やはりこの力を公表するのは、いろいろと悪影響がありそうですね。


 この力は聖女として神様から賜ったものです。

 弊害もありますが、上手く扱っていくことで人々の救いとなるのならそれが望ましい限り。


 この考え方が功を奏したのかもしれません。

『リセット』の扱いにも徐々に慣れ始めてきたことで、次第に聖女としての評判も右肩上がりで、国からも実績として認められました。

 後日、褒賞が与えられるそうです。


 そのような話が貴族間の中でも広がりをみせ、ラインベル家の地位向上に繋がっていったようで無事に婚約も決まりました。

 思わぬ形で婚約が決まり、トントン拍子に事が進みましたが私にとっては喜ばしい限りです。

 これできちんと母にも顔向けできます。


 けれど後々に知ったことですが、その婚約者は少し可哀想な方でした。

 相手の名はレオニス。

 ルーカリウス伯爵家の方で、子爵の私よりも上の階級。

 初めて顔を合わせたのは彼の両親付き添いの元、レオニスの自室でした。

 彼は半年ほど前から、身体の容態が悪化してしまって、寝たきりに近い生活を送らざるを得なかったのです。


 婚約者に困るなんて普通はあり得ない、よりどりみどりで選択肢の多いなどと勝手な想像をしておりましたけれど。

 病弱気質が原因で、元々決まり掛けていた話も頓挫。

 私と同じように婚約相手に困っていたそうです。

 彼のご両親も大層この婚約を喜ばれていたご様子で、ぜひレオニスにも巷で評判の祈りを捧げて欲しいと懇願されました。


 私としても断る理由は何もありません。

 ここ半年以内の話であれば、弊害による影響もそこまで大きくはならないでしょう。

 私はすぐさま祈りを捧げて『肉体のリセット』を実行しました。


 半年ほど遡り、彼の体を戻していく過程で不可解な点がありました。

 これまで行っていた『リセット』と異なり、対象者の身体がいつもの発光とは違って、一瞬ですが黒いものに包まれていたのです。


——これは……大変お気の毒です。


 これから噂の奇跡を目の当たりにできる。

 その準備は整っている言わんばかりに、期待に胸を膨らませ目を輝かせる皆様方の傍らで、私は大変気が重くなっていました。

 過去の事例からこの現象には、私の中で心当たりがあったのです。

 けれどその場は、皆様のお望み通りに『肉体のリセット』を施しました。


 彼の容態は私の祈りとともに、改善の兆しを見せ始める。

 これまでの『リセット』の時と同じように、状態が悪化する前の元気な姿を取り戻していました。

 どの医者に見せてもお手上げだった、レオニスの病を完治させてくれた。

 この奇跡的な光景に、彼のご両親は感嘆の声を上げ、レオニスに抱きつくようにして泣いて喜ばれておりました。


 この微笑ましい家族愛を側から眺め、ほっこりとした気持ちになりました。

 私もこの中の一員として迎え入れてもらえる。

 彼を奇跡へと導いた、婚約者の私にも何か一言あるのかなぁ〜、なんて思ってもいたのですが。

 直後、皆様の私に対して向けられた視線は何とも素っ気ない物でした。

 用が済んだので軽くあしらうように、彼らだけの空間を作り始めていたのです。

 まるで婚約をしている事実など、とうに抜け落ちているみたいに。

 この時間を邪魔しないでと言わんばかりに、レオニスの母親は私に目配せをして顎をくいっと、ドアの方へと向けてきました。


 どうやら私はお邪魔なようです。

 気まずさもあったので、その場をすぐに後にします。

 彼らだけで話したいこともあったのでしょうと、都合の良いように勝手に解釈を加えて、釈然としない感情は有したままでした。


 後日、その不安は形となって現れます。

 ルーカリウス伯爵家サイドから、一方的に婚約破棄を言い渡されました。


 どうも風の噂では、初めから『リセット』の恩恵を受けたいがためだけ私との婚約を受けただけのようでした。

 今や私に祈りを求める人々は後を絶たず、順番待ちの構図となっています。

 何ヶ月、いや下手をすれば何年待たされることに。


 その上、私自身としても貴族だからと順番を優遇することもないため、だったら身内になってしまえばいいとの考えに至ったようです。

 婚約者を求めていたラインベル家にとっても、痛いところをついてきました。

 初めからこうするつもりなら、婚約の申し入れなんてしないで欲しい。

 とばっちりを受けるのは私なのだから。


 母は今回の結果を受けて、私を執拗以上に責め立てました。

 婚約を破棄されるような粗相は働いていないと、主張しましたけれど母は聞く耳を持ちません。

 破棄された全てを、私のせいだと言い放ちました。

 元々貴女が、相手の真意を見抜けずに受けた婚約なのに。

 母の面子は丸潰れです。


 なぜ私が責苦を受けなければならないのでしょうか。

 結局は母はラインベル家の地位向上の道具としか、私を見ていないのですね。

 俯瞰的に物事を見ていた父のみは、私の味方をしてくれましたけれど母との溝は深まるばかりで、最早家族と呼べる状況ではありませんでした。

 軽く崩壊し掛けています。


 この状況を作り出した当事者であるレオニス様はというと。

 動ける身体を手にし、己の願望に忠実になされているようです。

 病気さえ治せれば良いと、そう思っていたのですね。

 持ち得る全ての権力を振り回して、やりたい放題好き放題。

 これまで異性から相手にされなかった、その理由である枷が外され、様々な方へ好意を振りまいているようです。


 きっと私のことも、もう忘れ去っていることでしょう。

 しかし貴族の界隈ではそうはいきません。

 子爵家の娘が婚約破棄されたと、笑いのネタにされていました。

 付き合いでラインベル家として参加したあるパーティでは、陰でひそひそと噂話をしている姿を目撃。

 一部のそういった方々は私が聖女として、周りから注目されていることも気に食わないようで、敵対心を抱いているようでした。


 もう何もかもが面倒。

 家族、婚約、そして聖女としての祈りでさえも。

 聖女として周りから期待され続けその重圧も含めて、私の精神は限界寸前まで追い込まれていました。


 私の本心としては、今すぐの結婚は望んでいない。

 それでも婚約者になった方を私は愛そうと誓っておりました。

 しかし今回、このような形を迎えてしまい、考えさせられるところもあったのです。


 私の存在価値とは一体何なのか?

 母のご機嫌取りのために婚約させられ、婚約者からは『リセット』の恩恵を受けたいがためだけに利用される。

 そこに私の意思はありません。

 強いて言うなら、婚約者を助けたいと願った善意くらいのものでしょう。

 これではただの使い捨ての道具。

 少なくともこんなのは、私が望んだ世界じゃない。



 もういいです。何もかもがどうでもよくなりました。

 婚約なんて、もうウンザリです。


 私には縁遠い話だったのでしょう。

 今の私には何もない。

 あるのは婚約者に捨てられたという事実だけ。

 また母からの罵倒を受け続ける地獄のような日々が、延々と続いていくのでしょう。


「もう、全てを終わりにしたい」


 深海へと沈んでいくように感情が失われていく。

 暗い自室の中で無機質な精神となって消沈する。


 私はこの権能に気づいた際、一つだけ戒めていたことがありました。

 この『リセット』は人々のために使用するものであって、私欲で扱うものではないと。


 聖女としてようやく認められ、神様から授けられた私への贈り物。

 真意は分からないけれど、少なくとも私はそう思っています。

 従って、私は心の中で謝罪しました。


 たとえこれで聖女としての役目が終幕するとしても。

 このままでは私自身が崩壊してしまう。

 すでに限界へと達し、初めて自分自身のために戒めを破って、この力を行使する。


 私はリセットと、覇気のない小声でコールした。

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