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没落令嬢の旦那様  作者: くまきち
第三部:深まる秋
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十一話:雷の夜

「うーん、困った……」


 実家から帰ったらお昼もしっかり食べて。二日も放っておいたからと、食後は畑仕事に精を出し。

 さらには夕食も終わって、お風呂にも入ってのんびりとした気持ちになったというのに。


「全然眠くない」


 馬車の中で半日近く、熟睡してしまったことが原因だろうか。

 そもそも実家ではまともに寝ていないもんね。体内時計もおかしくなっているのかも。


「どうした?」


 ふんわりと石鹸の香りが深まったと思ったら、お風呂上りのシュトレリウスがわたしの後ろに立っていた。




「だから、なんで髪を乾かしてこないんですかっ」


 「何度言えばわかるんだ」と、怒鳴りながらタオルで乱暴にシュトレリウスの頭を拭いていく。


 あ、こら。わたしは怒っているんだぞ。普段から細い瞳をもっと細めて、そんなに気持ち良さそうな顔をするんじゃない。可愛すぎるだろうが。


「……」


 いつものようにベッドの縁に座って、シュトレリウスの髪を乾かしていくところも同じはずなのに。

 今日はちょっとだけ、前とは何かが違う気がする。……なんだろう。


「??」


 まあ、いっか。


 首を傾げつつも乾かしていたら、シャラリと金属の音がして。

 わたしの胸元に揺れているネックレスを、長くて使い込まれている指が絡めていった。


「外さないのか?」

「お風呂の中では、さすがに外しましたよ」


 だって値段はいくらか教えてくれなかったけれど、結構イイお店だったから、それなりにイイお値段のイイ品物のはず。


 それに何より、身に着けられるという意味では初めてのシュトレリウスからの贈り物だ。

 だからいつでも身に着けていたいけれど、うっかりで失くしたくないし傷もなるべく付けたくない。


「このくらいの大きさで良かったのか?」


 まだ少し不満そうな顔で、ネックレスを揺らしながらシュトレリウスが呟く。


「十分ですよ。普段から身に着けやすい物が良かったので、ちょうどいいです」


 贈ってくれたネックレスは、ちょこんと小さな琥珀色の宝石が一つだけついているシンプルな物で。

 チェーンにも飾りはないし、宝石を囲っている装飾も最低限。


 ファウム家の嫁が身に着けるなら、かなり質素な物になるんだろうけど。ウチはそのファウム家に助けてもらっても、根っからの底辺貴族ですからね。

 装飾品が贅沢なんだから、このくらいで十分なんだよ。


 それにゴテゴテしていて重そうな物なんて、わたしには不相応すぎる。

 外見が薄い茶色の髪に蜂蜜色の瞳だから、派手な宝石は似合わないってのもあるし。


 自分というものをわかっているから、無難な色だけど普通よりはちょっと豪華なコレを選んだのに。

 シュトレリウスが最初に選んだ物は、どこの舞踏会に行くんだよっていうきらびやかな代物だったからか物足りなく思っているのかも。


 ここら辺がお坊ちゃまというかなんというか……。


「メイリアに似合うと思ったんだが」

「似合いませんよ。ああいう物は、もっと見た目が豪華で派手な美人が着けるものです」


 ギラギラと輝く金色の装飾に囲まれた、色とりどりの宝石がたくさんついている物なんて。

 似合う以前に、どこに、いつ着けていけばいいって言うんだか。


 でもそれを見たときに真っ先に思ったことが、「宝石の数が多過ぎて重そうだから、肩が懲りそうだなあ」ってどうなんだ。

 まだ十七歳なのに、その思考は終わってない?枯れてないか、わたし。もっとしっかりしろ。




 それでもアレはないと呆れた溜息を吐いているわたしに、シュトレリウスは首を傾げたまま変なことを呟いた。


「派手ではないが、綺麗だろう?」

「は?」


 聞き間違いかと思ってシュトレリウスを見たら、指で遊ぶように揺らしていたネックレスの琥珀が月の光に反射していた。


「……ああ。そうですね、このネックレスは派手ではありませんけど綺麗ですよね」


 薄い茶色の髪と蜂蜜色の瞳に合わせて琥珀を選んで、でも深みがあって艶があるから存在感もバッチリだ。

 チェーンが少し渋めの金色なところも相まって、歳を重ねても問題なく身に着けられそうなところもいい。


 さすがのチョイスに頷いていたら、とってもキョトンとしているな。なんだ、上目使いで覗き込んでくるんじゃない。可愛すぎか。


「コレではない。メイリアだ」

「は!?」


 月の光と混ざって、琥珀が金に近い輝きを放っていることが綺麗だと思ったのに。

 そうではなくて、シュトレリウスはわたしが綺麗なのだと言っていく。


弟妹きょうだいを見たでしょう?可愛いのは下の二人だけです。両親にも、もっと落ち着きがないと可愛くないと言われていたくらいなんですから」

「下の二人はメイリアにそっくりではないか。三人とも可愛らしい」

「……シュトレリウス様は眼が悪いんですか?」


 どういう風に見えているんだと思って尋ね返したけど、そういえば弟にも「どこが可愛いんだ!?」って言われたな。

 ……どこって。寝起きとか、寝顔とか。ええと、ほら、シュトレリウスの可愛いところはたくさんあるだろうが。失礼な弟だな。


 見たことがなければ、わからないだろうけど。


「そうか?」

「そうですよ」


 まったく、変なことを言わないでよね。


 そもそも初対面のとき、自分がなんて言ったのか覚えていないのか。




「あれは……。ああ言えば、断ってくるだろうと思って言っただけだ」

「え?」


 話している間にも、うとうとしていたシュトレリウスは。キッチリと髪を乾かしたら、まだ寝足りないのかすぐに横になっていった。

 小さくあくびもしているし、目がもっと細くもなっている。


 いや、待て。今、とっても聞き捨てならんことを言ったはずだぞ。勝手に先に眠るんじゃない。


 けれど眠る体勢になったシュトレリウスは、とっても当たり前のようにわたしを抱えて布団を被せる。普通にわたしの腰に腕を回して、引き寄せるところまでさり気ない。


 おい、待て。ついでとばかりに潜り込んで、どこに顔を埋めているんだ。


「おやすみ、メイリア」

「お、やす、みなさい……シュトレリウスさま」


 この野郎。そこは、む、胸だって言っているだろうが。


 今日は寄せてもいないし上げてもいないから、そこそこしかない谷間らしき間に顔を埋めて、そうしてすやすやとすぐに寝息を立てていった。


「巨乳じゃなくてもいいのかな」


 でももうちょっと、個人的には欲しいんだけど。

 せっかくネックレスを贈ってもらえたのに、飾る胸元にボリュームがないと寂しい気がする。


「フリルで誤魔化すのもむなしいし……って、うっさいわ」


 わたしも布団を被り直したら、とっとと眠ることにする。

 ついでにこれくらいでシュトレリウスが良いのなら、いいってことにしてやろう。




「うーん……、眠いような眠くないような」


 変な時間に寝たからか、今日もなんだか微妙な調子だなあ。

 伸びをして少し身体を動かしてみても、しっくりこなくて妙な気分だ。


「それでも奥様は食欲は落ちませんよね」


 同じく外で汚れてもいい格好でいるユイシィが、普通は食欲がなくなるんじゃないのかと尋ねてくる。


「わたしの場合は、食べないとダメなタイプ」


 寝起きも悪いし、かえってダルくなるし。何よりこうしてすぐに身体を動かすから、食べないととっても危険だ。

 そんなわたしに、今日も呆れた溜息を吐いていくメイド。


「そういう時は、無理に畑を耕さなくていいんですよ?」

「もう日課だから、しないと気持ち悪いんだよね」


 特に二日間、出掛けている間は放っておいてしまったんだもん。

 帰ってきてから少しはしたけど、寒くなってきたから冬囲いの準備をしなくちゃ。


「草は取りましたし、水はあげていましたけれど。細かい手入れは、まだよくわからないんですよね」

「普通のメイドも、畑は耕さないだろうからね」


 だから覚えなくても別にいいと言ったら、ユイシィが首を振って断固拒否だ。


「何を言っているのですか、奥様。まさか産前産後も関係なく、畑仕事をする気ですか!?」

「さんっ!?」


 そ、それはいつの話をしているんだと言うわたしに、そんなに遠いんかいと追加で呆れられてしまった。すみませんね。

 あ、いや違う。あれだ、ユイシィにも首の印を見られたから、すでに夫婦になっていると思われているのかも。


 全然違うと、まだまだなんだと言うのも恥ずかしいけど誤解は解きたい。




 言うタイミングを計っているわたしの横で、ユイシィは植えてある野菜たちを眺めている。


「これらは、ご実家から種なんかを持ってきて育てたのですよね?サラダやスープに野菜は毎食使っていますから、そういう意味でも枯らしては困るんです」


 そう言って座り直したユイシィが、土の違いとかを調べ始めていった。

 熱心につまんで、じっくりと見比べるとは意外と研究体質なのかもしれない。


 ……そういえば毎晩のように与えられていたネグリジェも、色々と工夫を凝らしていたみたいだもんなあ。


「奥様、ほうけていないで。この辺りの野菜は、いつごろ実るものなのですか?」

「あ、はいはい。トマトは一応、苗が枯れなければ年中採れるんだよ……って。枯れないな、この苗」

「そういうものではないんですか?」

「気候によってできる種類は違うから、季節ごとに苗を植え替えたりするんだよ。さすがに同じ苗から、そう何度も実はならないから」


 他の葉物の野菜も、そういやいつもならとっくに種まきをしていなかった?

 なんで秋になったのにピンピンしていて、同じように実がなり続けているんだろう。




 よくわからないことは帰ってきたらシュトレリウスに訊いてみよう。

 許可をした人にしか辿り着けないという魔法が掛かっている屋敷だから、何かそういう作用があるのかも。


「……ん?雨が降りそうだ」


 しまった。冬囲いの準備をと考えていたのに忘れてた。


「雨が降るのはダメなんですか?」

「秋の雨は冷たいから、春に植えたこの辺の野菜にはあんまり良くないんだよ」


 ビニールっぽいもので囲えばいいかな。

 とりあえず土台を作るかと作業を始めたら、庭を整えていたリュードが大荷物で走ってくるのが見えた。


「今夜は嵐になりそうですね。風が強くなると危険ですから、外に出ている道具を集めてきます」

「わたしも手伝います」


 脚立とかバケツとか、意外とあちこちに置いてあるもんね。

 ついでに絡まりそうな薔薇を縛ってくると言って、急に慌しくなってしまった。


「じゃあ、そっちはリュードとユイシィに任せてわたしは畑を守るか」


 絶対に令嬢がすることではないだろうけど、わが家はコレが普通だからと準備をしよう。




「……なんとか間に合いましたな」

「あれから急に降り出したもんね」

「黒い雲が覆ったときは驚きました」


 三人並んで窓から外を見ながら、タオルで雨に打たれた身体を軽く拭いていく。


「動く時間が遅かったら、今頃ずぶ濡れでしたよ。お二人とも、よく降ることがわかりましたね」

「空気が冷たくなったじゃない?」

「風の向きも変わりましたしな」

「はあ?」


 全っ然わからないと首を傾げたユイシィは、そのまま夕食の支度をしに厨房へ向かって行った。

 リュードは窓を確認してくると廊下で分かれて、わたしは寝室で自分用のローブを縫うことにする。


 しばらくしたらお城から少し早めに馬車が戻ってきて、シュトレリウスが帰ってきた。


「お帰りなさいませ、シュトレリウス様」

「ただいま。家は大丈夫だったか?」

「はい。すぐに片付けましたので、降る前に間に合いました」


 ローブには雨を弾く魔法でも掛かっているのか、全然濡れていないシュトレリウスを出迎える。

 どの魔法陣を縫えば濡れなくなるんだろう。便利だからあとで教えてもらわなくちゃ。


「濡れてはいないようですけど、先にお風呂に入りますか?」

「いや、後でいい」

「……一緒に入らないのですか?」

「入るかっ!」


 いつの間にか隣りにいたユイシィが、とんでもないことを言ってきたので小突いておく。

 何を言っとるんだ、ハレンチメイドめ!




 夕食の時には感じなかったけど、寝室に入ったら叩き打つような雨の音と、うねるような風の音が響いていた。


「おお、まさに嵐だね。……ん?」


 ピカッと外が光ったと思ったら、同時にフッと灯りが消えてしまった。


「きゃあああああっ!!!」

「どうしたの、ユイシィ!?」

「うえーん、奥様あぁ……。停電しました、真っ暗です」

「うん。……え?」


 それだけ?


 慌てて駆け付けたから灯りを何も持っていなくて、それでもユイシィと手を繋ぎながらブレーカーを確かめに行ったら、先にリュードが点検をしていた。


「近くに雷が落ちて、この辺り一帯が停電したようですね。とりあえず、こちらのランタンを各自で持っていてください。明日になったら直しますんで」

「うぅ……、暗い」


 真っ暗でびくびくしているユイシィはリュードに任せて、反対側のシュトレリウスのお風呂場へ向かって行く。

 家全体が暗くなっているみたいだから、お風呂場もきっと消えているよね。


 ランタンを抱えながら廊下を小走りしていたら、寝室に入ろうとしているシュトレリウスを見つけた。


 いや、なんで暗くなってるのに真っ黒いローブ被ってんだよ。幽霊かと思ったわ。ああ、ビックリした。


「良かった、無事だっ……!?」


 身長差があるからと、顔を見ようとランタンを掲げたら、急に目の前が真っ暗になってしまった。




「……シュトレリウス様?」


 どうやら抱き締められているらしいと、やっと気が付いて声を掛けるけど。

 ぎゅっとしたまま、シュトレリウスは全然動こうとしないし離れない。困った。


「シュトレリウス様、とりあえず部屋に入りませんか?」


 せっかく温まったのに、このまま廊下にいたら冷えてしまう。

 きっとまた「風邪なら引かない」って言うかと思ったら、頷いたら無言でわたしを抱き上げて寝室へ入っていった。


 外はまだ嵐の最中で、さらにさっきよりも雷も響いてかなりまぶしい。


 このままだと眠れないなと、いつもはまとめてある天井から掛かっている布を引こうかと手を伸ばしたら。腕ごとシュトレリウスがつかんで、もっとわたしを抱き締めてくる。


「まぶしいんですけど」

「閉めないでくれ」

「え?」

「昔、一人だった頃を思い出す」


 産まれたときから髪の色が見えないようにとローブを被せられたから、暗闇は大丈夫なのかと思っていたけれど。

 それと家中が暗くなることは別なようで、夏でもいつでもカーテンも開けっ放しな理由がやっとわかった。


 そのときには、今みたいにぎゅって安心できる存在も何もなかっただろうな。


「大丈夫ですよ、シュトレリウス様」


 静かにぎゅっとしていくシュトレリウスの背中をポンポンとしながら、いつもとは逆にゆっくりと頭を撫でていく。


 どうしたら甘やかすことができるかなって考えてしまったけど、これで少しは甘えてくれていたのかな?

 それでもいつものわたしよりは、かなり控えめな甘え方だけれど。


 そのままいつもとは逆に、わたしの腕の中にシュトレリウスを閉じこめて。

 これからは、ずっとわたしが一緒にいるからねと約束をする。


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