十話:馬車の中で
「はあ……」
ガタガタと揺れる馬車の中で、やっと少しだけ気が抜けた。
そんなわたしを抱えるように引き寄せたら、シュトレリウスの肩に頭を置けるように座り直してくれる。
動かないようにと腰に腕が回されるのは良いんだけれど、顔が近くてとっても困る。
ローブは馬車に乗る前に取ったままだから、今もそのまま銀の髪と紫色の瞳が至近距離で見えていた。
「眠っていないだろう。このまま横になればいい」
「シュトレリウス様も、ではないですか」
横になればいいって簡単に言うけど、つまりわたしがシュトレリウスの膝を枕代わりにするってことじゃないか。意味がわからん。
それに昨夜、眠れなかったのは、わたしの父親とのんびり近況を話しながらお酒を飲むはずが、乱入してきた母親に夜通しお説教喰らわせられたからだし。
ついでにローブを取る羽目になったのは、弟が目を合わせろと言ったからだったりする。
「すみません、色々と」
「構わない」
お説教をされたのも、元はといえばこんなに時間が掛かっているわたしのせいで。……いや、最初に無視していたのはシュトレリウスだったな。
じゃあ、おあいこってことにしてやろう。
でも今日はせっかくの休みだったのに、弟妹の誕生日という個人的なことに付き合わせてしまった。
昨日も休みだったけど、午前中はわたしの誕生日プレゼントと弟妹へのチョコレートを買うだけで、午後からは実家までの移動で終わってしまった。
だからこの二日間のシュトレリウスは、休みのようで休みじゃない。
明日からまたお城で仕事だろうに申し訳ないと思っていたら、ポツリとシュトレリウスが呟いた。
「メイリアにそっくりだったな」
「え?」
その声色は優しくて、思わず見上げたら瞳を細めて楽しそうな表情だ。
思い出し笑いをするように小さく微笑んだら、見上げたわたしと視線が合った。
「全員が似ている」
「そ、そうですか?」
それは今まで誰にも言われたことがなかったことで、そんなにしみじみ呟くほど似ていたかなと驚いてしまった。
父親とわたしたち姉弟は、色味がそっくりだからよく言われるけれど。
「あんまり母親とは、似ていると言われたことはないですよ?」
「いや、とても似ている」
それでも嫌な言い方じゃなくて、フッと小さく微笑みながら、なんて。
物心つく前に家族とは離れたシュトレリウスから見たら、どの家族でもそっくりに感じるだけなんじゃないのかな。
「じゃあシュトレリウス様の子供もそっくりになりますよ」
「メイリアとの、か?」
「へ!?そ、それは、ええと……は、はい」
しまったと思っても、もう遅い。
そもそも馬車の中ではいつもくっつくように座っているから、普段よりも距離が近いっていうのに。
家族なら今からでもできるじゃんって思ったからって、そのままを口にしてどうするんだ。
シュトレリウスの子供を産むのはわたしだけだというのに、何をサラッと言っているというのか。
「え?」
ガクンと、いつもとは違う揺れを感じたと思ったら。座席の背もたれが倒されて平らになり、ベッドのような形になった。
さらに向かい側の座席も倒してくっつけたら、馬車の中が丸ごと寝台に様変わりしていく。
「長距離を走る馬車の中には、座席が倒せるようになっている物もある」
「そうなんですか……」
普段とは違う馬車だなあと不思議だったけれど、まさかこういう仕掛けがあるとは思わなかった。
待て。倒せるっていうことは、くっつけて一つにしたっていうことは……。
さらにお城にあったソファみたいに、ちょっとふかふかのところもベッドっぽくない?
「ひゃっ!?」
ベベ、ベッドってもしやと視線をさ迷わせていたら、さっさと座り直したシュトレリウスに押し倒されてしまった。
「ああああの、あの、……シュトレリウス様?」
「寝ていないのだから酔いやすくなっているだろう。家まで半日は掛かるのだから眠れば良い」
「へ?」
そうしてずらした背もたれの裏にでも入っていたのか、これまたふわふわのお布団を掛けていくシュトレリウス。
……ええと?
ね、眠れば良いって簡単に言うけれど。
ガタガタと揺れる馬車の中で、なぜかふかふかのベッドっぽい上に寝転がっている謎の状況。
うん、意味がわからん。
「眠れないのか?」
「え、いえ、そういうわけでは……」
そういうわけではないんだけど、そういうわけでもあるってゆーか。
だって揺れがあって酔うと悪いからと、いつも朝起きたときみたいに抱えられているし。
これはいつの間にかされていることだから、今みたいに起きているときでは初めてのことで。
さらに腕枕をするように、わたしの頭を抱えるように腕を回していることも、色々近くて心臓がうるさくなっていく。
全身がとっても近過ぎるということに、意識してしまって緊張もしてくる。つまりとっても困ってきた。
ガチガチに固まって、眠る気配がまったくしないわたしに。
ゆっくりと頭を撫でて、少しでも落ち着かせようとしてくれているみたいだけど。
いつもなら安心する大きい手のひらも、かえって意識してしまってますます混乱する。
そもそもさっきの弟との会話、聞こえていないよね?
長距離用の馬車だからか、いつもよりふかふかな座り心地で。
今はこうして横に倒していることも、さらに布団まで掛かっていることも意味がわからん。だってここは寝室じゃなくて、移動中の馬車の中なのに。
それでもゆっくりと頭を撫でる大きい手のひらは、やっぱり安心するな。自分のじゃない心臓の音が近くで聴こえてくることは、やっぱりちょっと恥ずかしくなってくるけれど。
ガタガタと揺れる音と一緒に聴いていたら、やっと少しだけ肩の力がほぐれてきた。
シュトレリウスもそんなわたしに気が付いたのか、頭に置いていた手のひらを背中に回して。もうちょっとだけ引き寄せたら、今度は寝息が聴こえてくる。
……やっぱり眠いんじゃん。
そんなにお酒は飲んでいなくても、父親みたいに二日酔いはないんだもんね。味は美味しいと感じるみたいだけど、酔えないっていうのはどんな感じなんだろう。
それよりも、昨夜の母親の説教はなかなか長かった……。
一応、日が昇る前に客室に戻れたけれど、すぐに朝になったって感じで寝た気が全然しなかったよ。
それにわたしは気にしていないって伝えたはずなのに、まだ魔法使いを産むかもしれないことにシュトレリウスが戸惑っていたなんて。
そういうことは夫婦の問題なんだから、一人で悩んでいないで言ってくれればいいのに。
隣りですやすやと安心しきった顔で眠っている、シュトレリウスの銀の髪をちょっとだけ撫でていく。
起きても細い目元は、眠っているときには垂れ目になるの。
……コレって絶対に、義両親は知らないんだろうな。こんなに可愛いものを知らないなんて。
「でも絶対に教えてやらん」
きっと小さい頃も可愛かったはずなのに、そんなシュトレリウスを一人にするなんて。
夏にはちょっとだけ、義父から色々と話を聞けたけど。誤解もすれ違いもあったことはわかっても、だからって今まで放置していたことには変わりないんだから。
いいもん、これからはわたしがシュトレリウスを甘やかしてやる。
いつもはわたしが甘やかされているけれど、それはひとまず置いといて。
「孫ができても、そう簡単に会わせると思うなよ」
とりあえず家に帰ったら、シュトレリウスをどうやったら甘やかす状態になるのか考えておこう。
「……ん?」
なんだか、やけに大きな揺れがあったな。
おかしい。ここは家のベッドの上で、いつものように朝が来ただけじゃなかったの?
「すー……すー……」
「やっぱり、家じゃん」
布団はふかふかだし、腕の中にいるからあったかいし。
何より隣りには、すやすやと眠っているシュトレリウスがいる。
「ん?」
あれ、家にしてはきちんとした服を着ているね。なんでだっけ。
ぼおっとしながら、それでも起き上がらずに横になっていたら。段々、外が騒がしくなっていることに気が付いた。
「何も聴こえませんけど?」
「でも外に声が漏れないような魔法があるんじゃないですか?」
「え?」
ぼそぼそと、とっても控えめな声だけど。
たぶん御者とユイシィっぽい声な気がする。でもその二人は何について話しているんだろうか。
のっそりと起き上がったら「あっ音が聴こえました」「まずい、離れて!」と、今度は慌しく逃げるような会話になる。
ちょっと軋む音が響いたくらいで逃げなくてもいいじゃん。
「ん……」
わたしが動いたことで、シュトレリウスも気が付いたみたいだ。
頭はフラフラしているけど、瞳をこすりながら起き上がっていった。
「メイリア?」
「はい?」
ようやく馬車の中だということを思い出して、扉を開けようと動いたら呼び止められてしまった。
振り返りながらシュトレリウスの隣りに戻ったら、いつかみたいにわたしの肩に頭を置いていく。
「すー……」
「違う、起きてください。家に着きましたよ」
「いえ……」
シュトレリウスも思い出したのか、家に着いたと言ったら今度こそ目を開けてくれた。
倒した座席はどうすればと思っていたけど、そのままでいいというので扉を開けていく。
「何してんの」
門の影に隠れるように、ユイシィとリュードと御者が並んで顔だけこちらに向けていた。
本当に、何してんの?
「うーん、よく寝た」
ついでにお腹がすいたなと伸びをしながら馬車から降りて、その後にシュトレリウスも長くなった銀の髪をかき上げながら降りてきた。
「お帰りなさいませ。旦那様、奥様」
「ただいま」
「ただいま帰りました。ちょうどお昼かな、何かある?」
ちょっと皺の寄ってしまった服を叩いて伸ばしながらユイシィに尋ねたら、なんだかみんな同じ方向を見ながら固まっているね。
その方向にいるのはシュトレリウスしかいないけど、何かついているかな。
「なんだ」
気付いたシュトレリウスが訊いたら、一番驚いた顔をしていた御者が頭を指差した。
「あの、頭……」
「頭?」
「本当に銀色なんですね」
「へ?」
そういえばローブを取ったままだった。
でもなんでそんなに驚いているんだろう。確かにいつも家から出るときは、ローブを被っているけれど。
ファウム家の長男について、知らない人はいないと思ったのに。
「あ、そうか。家の外で取ったことがないからですよ」
「ああ」
ユイシィとリュードも初めて見たとこくこく頷きながら、とっても珍しいものを見たと言っていった。
「外で見るとまぶしいよね」
「そういう感想しか出ないところは奥様ですよね」
「どういうこと?」
別に、ただ色がちょっと派手なだけじゃん。
実家でローブを外したときだって、まぶしいって言われてたし。今も実際、上りきった日の光に反射してかなりまぶしい。
「うーん、外では取ったほうがとは思いましたけれど。そんなにまぶしいと通行の邪魔になりそうですね」
「そうか」
背が高いから、余計に反射した光があちこちに飛んでいるような感じだ。
夏は特に暑そうだし、ローブ姿のほうを見慣れている人が多いなら、無理に取らなくてもいいか。
ふぅんと見上げながら呟いたら、シュトレリウスは自分の髪をつまんで不思議な顔をしている。
くそう、やっぱり今日もサラサラだな。
「……それだけじゃないですけど、まあいいです。お昼を用意してありますから、いただきましょう」
なんだか呆れた顔のユイシィと、なんとも言えない顔のリュードがわたしを見ながら「そういう意味じゃねえ」と言っていく。あ、御者まで頷かなくてもいいじゃん。
「だって、まぶしいじゃん?」
「奥様はそれでいいですよ」
ねえ?とシュトレリウスを見上げたら、こっちもなんとも言えない顔でわたしを見つめていた。
なんだ、なんか言えや。
っていうか、見慣れていたから忘れてた。
ローブの中を見ると、呪われるとかなんとか言われてたんだっけ。
「お城の中では声を出さないこともあって信じている人も多いですが。私は家に着いたときに毎回されている、奥様とのやり取りを知っておりますので」
ちょっと困った顔だけど、噂だし会話をしていることも知っているから気にしていないと御者が言っていった。
待て。知っているとは、どこまでのことを知っているんだ。
わたしたちの会話を聞いてるだけってこと?それともまさか、見てたりしたんだろうかと思ったけれど。
ユイシィが覗いていたときはシュトレリウスが近付かなかったことを思い出したから、たぶん大丈夫なんだろう。たぶん。
「……まあいいや」
一緒に出掛けたけれど、やっぱりわたしも出迎える挨拶はしないとなんか変だ。
実家に帰ったときには言えなかった言葉が自然に出るのなら、ここがわたしの帰る家になったんだろう。
ローブを被らないままで家に向かうシュトレリウスと手を繋いだら、二人で同じ言葉を言っていこう。
「おかえりなさい、シュトレリウス様」
「ただいま」
「おかえり、メイリア」
「ただいま帰りました」




