番外編:キュレイシー家の双子たち 後編
どうやら姉が嫁いだ先の家は、城に勤めていて国王様とも縁があるらしい。
父親みたいに領地の話をしにいくだけじゃなくて、ちゃんと勤めているなら身分は問題ないんだろう。
だからって、認めてなんていないけどな!
「ギルター、お風呂空いたよーぅ」
「わかったー」
客用の風呂とは別にある、家族だけの風呂から母親と出てきた妹のミレナが廊下でオレを呼んでいく。
その普段はちっとも使われない客用には、なぜか姉とあの黒い塊が使うらしい。
「遅くなったから泊まるのはいいけど、あいつもとか意味わかんねえ」
いくらするのかわからない高級チョコレートの詰め合わせを、誕生日だからとポンと用意できる財力は魅力的だ。
きちんと食事も摂れているようで、久しぶりに見た姉が元気で安心した。
それでも……
「お姉ちゃんの部屋は空いてるのに、一緒に客用のお部屋にいるってことは」
「それ以上は言うな、ミレナ」
「はぁい」
結婚は認めていないと言い張るオレに、ミレナは小さく頷いて部屋に入っていく。
「そこでベルトを返さないところがギルタなのよねえ」
「うるさいな。こんな上等すぎるもの、粗末に扱えるわけがないだろ」
認めていないなら返せばいいのにと言うけれど。
大人になっても手に入らないと思っていたものだし、買ってくれた人は違っても姉が選んでくれたものだ。粗末にしたらバチが当たる。
それでもムスッとしたまま風呂場へ行く途中で、父親と黒い塊が書斎にいるところを見つけて覗き見る。
一方的に父親が喋るだけで、相変わらず黒い塊は無言のままだ。
なんだ、そろそろ喋れや。
父親がずっと喋り続けているから、無理なんだろうけど。
「どうしたの、ギルタ」
「姉ちゃん」
アホらしいと扉から離れて歩き出したら、姉がつまみを持って書斎に行く途中らしい。
慣れた様子でカップと一緒に、いくつかの皿には作ったばかりの食べ物がきれいに並んでいた。
「姉ちゃん、もしかしなくとも料理、まだしてんの?」
「さっき言ったでしょ。王女様がリクエストする手土産のケーキやプリン、誰が作ったと思ってたの」
姉ちゃんだろうとは思ったけど、あんな上等な贈り物を平気で買えるなら、メイドもたくさんいる家なんじゃないのかよ。
「メイドは一人、執事も一人。でもお屋敷はシュトレリウス様が小さい頃から住んでいた家だから、こことあんまり大きさは変わらないよ」
「えっ!?」
「四人しかいないんだから十分だよ」
「広すぎたら掃除で一日終わるし、人が多いところは落ち着かないじゃん」と言ってくる姉は、本当に結婚したんだろうか。
広い家ならそれなりに人を雇えばいいし、多すぎて落ち着かないなら通いにしてもらえばいいじゃんと思ったけど言わないでおく。
「メイリア。貴女、まだ料理も掃除もしていたのですか?」
「おかあさま……」
急に口を閉じたオレを怪訝な顔で見る姉の後ろに、笑顔の表情のまま顔を引きつらせた母親が仁王立ちしていたからだ。
「どういうことですか、シュトレリウス様!?ファウム家の長男ともあろう方が、妻を厨房に立たせて掃除もさせているとは!」
バアンと扉を蹴破る勢いで入った母親は、そのまま黒い塊に向かって怒鳴り付けた。
おお、やっぱりこの姉の母親だ。
「オトシマエつけんか、ワレェ」とミレナの髪を引っ張って意地悪をした男の子に向かって言ったときの姉とそっくりだ。
母親は礼儀正しく椅子に座ってから抗議をしているし、何より表情は穏やかに見えるように微笑んでいるから全然違うけど。
ついでにこの時の姉はテーブルに足を乗せて、「あ?」と睨み付けまでしていた。……なんで姉は時々、ガラが悪くなるんだろう。
「母さん、落ち着いて」
「これが落ち着いていられますか!家のために結婚させてしまったようなものですけれど、これでは妻でなくて下働きではありませんかっ」
「え?」
や、やっぱり父ちゃんの作った借金のせいで、姉ちゃんは十歳も年上のオッサンに売られるように嫁いだんだ……。
ミレナにも売られたんだとは言ったけど、まさか本当だったとは信じられない。
足元をふらつかせながら、それでも扉の外で話を聞くために近付いた。
「あっあの、さ、最初はそうかもしれませんけど、今は違いますから!」
怒った母親に腕を捕まれた姉が、しどろもどろとしながらも、それは違うと言っていく。
「そ、それに友人もいない場所では家事くらいしか暇をつぶせないでしょう?」
「そもそも、そのおかげでリュレイラ様とお茶友達になれたりしたんだよ」
同じようにわたわたしながらも、父親も一緒になって悪いことではないからと弁解していく。
そんな親子三人を見ながら、相変わらず黒い塊は無言だ。
おい、こういう時こそお前が喋らんか。
「……メイリアの作る食事は美味しい」
「え?」
「ん?」
なんか言えやと突っ込んだからか、小さくポツリと黒い塊がやっと呟いた。
もっとデカい声は出ないのか。
それでも口数の少ないあいつの言葉に姉は真っ赤になってもっと焦って、落ち着かせるようにか頭を撫でていく。
その仕草が自然で、オレは初めて姉が誰かに甘えているところを見たことに気が付いた。
「だから言ったでしょ、母さん。この二人はものすっごーくゆっくりだけど、一応、一応、ほんのちょっとずつ夫婦になっているんだよ」
それは進んでいると言えるのかわからない、謎の父親のフォローらしき言葉だったけど。
母さんは呆れた溜息を吐いて。それでも家にいた頃とは違う姉の様子と二人の間に流れる空気に、納得したように頷いていった。
「……けれど、それと家事をすることは別ですからね」
あ、丸め込まれてはいないらしい。
「良い機会です。いつ産まれるのかわからない孫のことと一緒に、たっぷりと話し合いましょう」
どっかりと座り直した母親が、姉と黒い塊に向かって宣言をした。
「お母様、泣いて暮らしていたと聞いていたのですけど、たくましすぎませんか」
「家を存続させて下の二人を成人させるためとはいえ、この人の負債をすべて娘に押し付けてしまったのですよ?泣くこと以外にできることがないことも、わたしは母として情けなく思っています」
姉が家からいなくなって、塞ぎこんでいた母親だったけど。
姉の名前も出さなくなって、もう忘れてしまったのかとも思ってたのに……。
「母さん」
「あなたは、もっとしっかりしてちょうだい」
「はい、すみません……」
オレと同じく感激している父親には、ピシャリと言い放つ母親と姉はやっぱりそっくりだなと思った。
これからも逆らわないようにしよう。
「ふあ……」
最後まで話を聞いていたかったけど、途中でちっとも戻ってこないオレを探しに来たミレナのせいで扉から離されてしまった。
ちぇ……、もう十歳になったっつーのにさ。
「みんな、眠たそうねえ」
食堂に行ったら、夜通し話し合ったのかみんな眠そうな顔をしていた。
それでも話し合いは済んだようで、母親だけは今度こそ晴れやかな表情だったけれど。
「待って、ミレナ。頭に響く……」
うぅっとうめきながら、頭を抱える父親は二日酔いもあるみたいだ。
一緒に飲んでいたはずの黒い塊は、全然平気そうに見えるというのに。
「シュトレリウス君はザルなんだね」
「あーたぶん、ちょっと違いますよ、お父様。外からの物理的な攻撃は痛がりますけど、中はほら、魔力を閉じ込めているからか効かないんです」
「えぇ―何それ。魔法使いってうらやま……あいたたた」
魔力?魔法使い?
フツーの金持ちのオッサンじゃないのかとミレナと顔を合わせていたら、ご機嫌だった母親の顔が引きつった。
「メイリア。貴女まさか家にいた頃のように、シュトレリウス様を蹴ったり殴ったりしていたんじゃないでしょうね!?」
「お、おかあさま……」
姉の口の悪さもだけど、手の速さにもいつも小言を言っていた母親だ。
蹴るってことは、姉の気に障ることをコイツがしたんだ。それなら黒い塊の自業自得だとスープを飲んだら、挨拶をしないのが悪いと姉がぶちぶちと言っていった。
「手を出すなと言っているのです」
「手じゃなくて足だもん」
「年頃の娘が蹴り上げるのではありません!」
ポツリと訂正していく姉に、そういう意味じゃねえと母親がさらにブチ切れていった。
「……なんだか、懐かしいねえ」
「そうだな」
家を出るまで繰り返された、母親と姉のやり取りを懐かしくしているのはオレとミレナだけだ。
黒い塊は、もしかしたらポカンとして固まっているのかもしれない。
けっきょく全然喋らねえなあ、こいつ。
「うぅぅ……。母さんもメイリアも、ボリューム落としてぇ……」
「あなたはもっとしっかりしなさいと、昨夜も散々言ったでしょうっ」
「はいぃ、すみません」
頭を抱えた父親は、顔を真っ青にしながら母親に謝っていく。
こういう光景も、そういえば何度かあったな。
まさかその数日後に、姉がいなくなるなんて思わなかったけれど。
最後までロクにしゃべらなかった黒い塊は、そのまま馬車に乗り込む前にも小さくお辞儀をしていくだけだった。
おい、いい加減なんか喋れや。全然わからねえんだよ。
「魔法使いって、どういうことだよ姉ちゃん」
次はいつ帰ってくるのかわからないからと、ミレナと並んで姉に尋ねることにする。
こんな辺鄙なところにいないし、そもそも本の中の人物じゃないのか?
「ほら、お父様。やっぱりギルタもミレナも知らないじゃないですか」
「でも勤務先はお城で、仕事の内容は国を守っているんだろう?土地を守っている私たちと変わらないじゃないか」
「全然ちげーよ、父ちゃん」
一緒一緒と嬉しそうに言う父親だけど、土地と国なんて守る規模が違い過ぎるわ。
本当にいつでも呑気だな、この父ちゃんは。たぶん、それが良いところなんだろうけれど。
呆れているオレたちと黒い塊を見比べた姉は、「ローブ取っただけじゃわからないか」と不思議なことを呟いて首を傾げた。
「構わない」
「でも」
姉と視線を合わせただけで、何が言いたいのかわかったのか。
スッと伸ばした手のひらに、みるみる水のような丸い物体が現れて大きくなっていった。
「うわっ!?」
「えぇ?」
ソイツの大きい手のひらくらいの球体になったら、パアンッと弾けて何かが飛び散った。
「危ない!」
「うわぁ……きれい」
「え?」
最後の最後で皆殺しにされるのかとミレナを抱えるように腕を伸ばしたら、そのミレナは蜂蜜色の瞳を輝かせてきれいだと言っていった。
「……虹?」
細かい水を家の周辺に散らしたからか、大きな虹がかかっていた。
「今のが、魔法?」
「そうだな」
「これでみんなを守ってるの?」
「ああ」
とても短い言葉だけど、分厚そうな布を被ってるからこっちを見ているのかわかんないけど。
黒い塊はとてもわかりにくく、小さくだけど微笑んだみたいだった。
「つーか、なんで布なんて被ってんの?見えんの?」
「こっちからは見えないけど、ちゃんと見えてるんだって」
「こっそり覗き見とかイイ趣味だな」
「ギルタ、口!あいたたた……」
こっちからは見えないのに、向こうからは見えるなんて変態か。
それに本人が説明しないで、姉が当たり前のように言っていくところも気に食わない。
「オレはまだ認めてないからな」
フンッと腕を組んで顔を逸らしたら、横からクスクスと笑い声が聞こえた。
「やあねえ、ギルタ。素直に結婚おめでとうって言えばいいのにぃ」
「うるさいな、ミレナ。オレは目を合わせもしない奴を信用してないだけだ」
姉の結婚相手がこんなやつで、オレはまだ十歳の守られる立場の子供だってことも気に食わないんだ。
ぷいっと顔を逸らしたままのオレと姉に頭を動かしていた黒い塊が、観念したのか分厚い布を取っていった。
「まぶしいぃっっ」
「うわぁ、シュトレリウス君は本当に銀の髪なんだねえ」
「ああ、よかった。目と鼻と口がついているなら人間ね」
ミレナはまぶしいと目を細めて、呑気な父親は黒い塊が銀の髪だと言っていく。
母親はよっぽど悲観していたのか、なんか失礼なことを言ってるけど。
……母ちゃん、本人の目の前で人間で良かったとか言ってやるなよ。
布を取ったなら目を合わせてやるかと向き直ったら、日の光に反射して、まぶしい髪と呑気とは真逆の鋭い目元がやっと見えた。
「なんだ、驚かせやがって。ただ目つき悪いだけじゃねーか」
さっきの母親みたいなことを言ってしまったけど、隠していた理由が呆気なくてオレもやっとホッとしながら言った。
「じゃあね。次はあんまり間を置かないで来るようにするよ」
「またねぇ、お姉ちゃん」
「私はまた、お城に寄る時にでも行くよ」
「次はわたしも行って、畑などを耕していないかもチェックします」
「おかあさま……」
家でも自給自足と畑を耕していたご令嬢の姉は、やっぱり嫁ぎ先でも変わらずに畑に精を出しているらしい。
母親の言葉にちょっと顔を引きつらせ、すいっと視線を逸らしていった。
ウチから野菜の株やら種やら持っていった姉だもんな。絶対にしていると思った。
「それより、ウチの畑はどうなの?」
「そっちは任せろって言っただろ?オレとミレナが毎日世話してるよ」
一応、前よりは余裕があるみたいだけど。
それでも節約できるところはしたいし、何より姉が大切に守ってきた物だ。
「よしよし、じゃあこのままギルタに任せるからね」
「おう!」
頭を撫でるのは、十歳になったのに子供っぽい扱いだけど。
姉が笑っているし、何より頼まれたんだから立派に育てて美味しい野菜を作ってやらなくちゃな。
じゃあねと今度こそ手を振って、馬車に乗りこむ姉と黒い塊、もとい銀の釣り目のオッサンを見送った。
「行っちゃったぁ……」
「次は孫を連れてくるかなあ」
「あなた、それはつまり一年以上後になる、ということではありませんか」
「えぇー!新年には来ないのぉ!?」
ん?なんで結婚したのに一年以上後にしか孫が来ないと母親は嘆いているんだ?
「……」
本当に結婚して、あいつと姉は上手くいっているんだろうかと不安になってくる。
でも
『なあ、姉ちゃん。最初の頃と違うってことは、あいつが好きになったのか?』
あんな黒い布を被った姉よりも背は高くて無口で、銀の髪はまぶしいし、目つき悪いし。
それに姉よりも十歳も年上のオッサンだし、よくわかんないけど国を守ってる魔法使いという意味がわからん怪しさしかない男なんて。
『国を守ってるなら立派なんだろうけど、姉ちゃんを守らないならオレは許さないからな』
いくらで売られたのかわかんないけど、立派になって買い戻してやると意気込むオレに。
そのお金は将来のオレの相手に使えと言う姉は、なぜか嬉しそうに微笑んでいた。
「結局、お姉ちゃんは幸せになっているのか、わかんなかったなあ」
「大丈夫だ」
「え?」
きょとんとしているミレナに、それはたぶん、大丈夫だと言っていく。
「なあに、ギルタ。何か訊いたの?」
「泣かせたら殴りに行くって言っといたからな」
「えぇー」
「何よそれ」と不満そうに唇を尖らせるミレナには、そのうち教えてやろうと家に戻ることにした。
これはオレと姉の内緒話なんだ。
あいつにもまだ教えてやらん。
姉をちゃんと守っているとわかったら、その時に教えてやろう。
『姉ちゃん、あいつのどこが好きなんだ?』
『好っ!?』
飛び上がりそうに真っ赤になった姉だけど、見上げたまま待つオレに、小さく答えてくれた。
『か、かわいいところもあるけど、その、……カッコいいでしょ』
『どこが!?』
姉は目が悪かったのかと驚くオレに、今度こそ馬車に向かって走って逃げた。
追い駆けようとするオレに振り返った姉が、怒ったような真っ赤になった顔で一言だけ言い放つ。
『全部だよ!』
今度こそじゃあねと手を振って、馬車の中から伸びていた大きい手のひらをつかんで扉を閉めていった。
その時の姉はとても美しくて、誇らしそうに言い切る相手があの男だとは認めたくないけれど。
「フン。最後まで守りきったら認めてやらあ」
姉を守るのはオレだと思っていたけれど。
あんな表情をする相手なら、きっと幸せにもしてくれるんだろう。
もう消えた虹がかかっていた空を見上げて、しょうがないから姉は嫁にくれてやることにする。




