3:『レッツ家事仕事』
「これはお料理の前にお掃除ね……」
トレイシーは腰に手を当て、自分以外誰も居ないキッチンを見回した。キッチンにはカップ麺のゴミやビールの缶やビンなどが放置されている。しかしトレイシーは、キッチンだけでなくリビングも掃除する気だった。リビングは一見片付いているが、部屋の角などにホコリが目立ったからだ。
「……よしっ」
トレイシーは腰にエプロンを巻いて、気合を入れるために太ももを軽くパンと叩く。
「お掃除開始っ!」
トレイシーの一人の戦いが、今幕を開けた。
「ふんふふんふふーん♪」
「……ついに始まったか……」
楽しそうにキッチンの掃除をするトレイシーを壁の陰からひょこっと顔を出して観察しながら、小声で話をする俺、デイブ、ショーンの3人。
「始まったって、何?そんなにヤバいの?」
ショーンは何も知らないため、不思議そうな顔で俺とデイブを見る。
「いや、まぁ……見方によっちゃヤバいか」
「覚悟しとけ。こりゃあ少なくともキッチンとリビングはピッカピカになるぞ」
自分から進んで掃除当番とか買って出た挙句、先生の机の上まで整理整頓しておくくらいだからな。
「へぇー……」
そんなにかぁ、とショーンは小さく言いながらまじまじとトレイシーを見た。
「……さ、俺らは自分の部屋に戻るか」
「なんで?」
ショーンはデイブの言葉に疑問符を浮かべる。その疑問に俺が答えた。
「自室に鍵かけとかねぇと、トレイシーにキレイさっぱり掃除されちまうかもしれねぇぞ」
まぁ、さすがに冗談だけどな。
「ひぇぇ……」
それを真に受けたのか、いち早くそそくさとショーンは自分の部屋へと戻って行った。
「……俺らも戻るか」
「そうだな」
俺らも壁の陰に顔を引っ込めて、静かに自室へと戻った。
トレイシーがキッチンの掃除を始めて、40分が経とうとしていた。
「……よーし、キッチンのお掃除は終わったわね!」
さて、次はリビングの掃除だと思うも束の間、テーブルの上に放置されていた物に、トレイシーは興味を惹かれていた。
「……わぁ、これ拳銃ってやつよね!」
外観はプラスチックなのにそれなりにずっしりくる重さのそれを、トレイシーはなんとなく手に持って構える。
「こんな感じで撃つのかしら……きゃあっ!?」
隠れ家2階、デイブと俺の部屋。
「……ん?グレン、お前拳銃は?」
「ん?……あっ、下に置き忘れたかも。取り行ってくるわ」
俺が立ち上がるとほぼ同時に1階から響く轟音。
「……!?!?」
「んなっ……!?」
慌てて俺とデイブは階段を駆け下りる。ショーンも少し遅れてついてきた。
「おいっ!」
テーブルの置いてある方を見ると、拳銃のグリップをがっしりと握り、床に尻餅をついて震えているトレイシーの姿があった。
「……バカ!何やってんだ!」
「ご……ごめんなさい……」
テーブルの上には拳銃と、弾が着弾したのだろう12ミリくらいの風穴が空いたフライパンが置かれていた。その向こうでは反省しているのか、少し青ざめた顔で俯いたトレイシーが見える。
「……はぁ……とにかく、もしかしたら怪我……いや、怪我どころじゃ済まなかったかもしれないんだからな。気を付けろよな」
デイブが諭すように柔らかく言う。……まぁ、俺が弾入れてたり、安全装置外してたのが悪いんだしな。
「……にしてもコレ……」
デイブが穴の空いたフライパンを手に取る。
「…………使い物にならねぇな」
「そうだな……」
トレイシーがまた申し訳なさそうに「ごめんなさい」と呟いた。
「どうする?フライパン他にあったっけ?」
俺の質問に、ショーンが顎に手を当てて少し考えてから答える。
「んー、多分もう一個あったとは思うけど……。でも今日はもう外食でいいんじゃない?」
「トレイシー、それでいいか?」
「う、うん……」
トレイシーも料理する気は失せてしまっているようだ。というか、これはリビング掃除もできそうにないな。
「んじゃ、ちょいと早いけど、行くか」
「おう」
俺たちは数分ほどトレイシーが落ち着くのを待ってから、全員で外食しに隠れ家を出た。
一方その頃、ゴミ捨て場の陰から家を出るデイブたちを観察する3人組が居た。
「……ヤツらの仲間に女がいるなんて聞いてないネ」
「俺らが帰ってる間に増えたんじゃないカ?」
「にしてもいい女じゃないカ?俺好みヨ」
「同感ネ。よし、さっさと帰って若頭に報告ネ」
そんな話をして3人組はその場を立ち去った。
「……ん?」
「どうしたグレン?」
俺がゴミ捨て場の方を見ていると、デイブがそれを不思議そうに聞いてきた。
「いや……今、なんか見られてた気がして」
「気のせいだろ。ほら、車に乗れ」
「はいはい」
まぁ、俺は特に気にすることなく車に乗りこんだ。
「出すぞー」
デイブは全員乗り込んだのをルームミラーで確認してから、エンジンを始動させてクラッチを踏み、ギアを入れる。そしてゆっくりと走り出した。




