姫、先頭で歩く。
朝食後の寒風が部屋を通り抜けて、一葉の枯れ葉が毛布に落ちた。おとうさんの部屋の中には私と、お父さんと、カルアがいた。おとうさんは症状が安定した為、ユイは自分の家(?)に戻って寝ていた。
「なあ、ウィル。銀狼に弱点があると思うか?」
カルアが森へ行く前に、おとうさんを尋ねてきのだ。同じ家に私がいるのを意外そうにしていたが、特に何も言わなかった。私も森へいく前に、身支度をしているところだった。
「そうだな」おとうさんは天を仰いだ。「あえて言うなら、人間のように振舞うってところかな。フェンリルは味方の死体を回収する。俺たちだって味方の死体を回収するけど、普通の動物ならまずしない、フェンリルは人間の真似をしているんだろうな」
「弱点ではないな」
「そうか? すべての物事には長所と短所がある。それは短所かも知れないぞ」
「そう言っといて、なんも思いついていないだろ」
「いや、セシルには伝授した。ただ、使うかどうかはセシルに任せたから、効果的に使わないと意味が無いからな」
狼が人間っぽいか……私たちは人間の枠を越えることは出来ない。だから、フェンリルも人間のように見える。他の動物の内面を見ることは出来ない、他人の心を読むことが出来ないのと同じことだ。
「ところで、この女、娘か?」
おとうさんが私をチラッと見た。
「そうだよ。セシルだ。セシル、この悪人面は本物の悪人だ。カルアは危険だから気をつけろよ」
「気にいらねえ、自己紹介だな。母親は誰だ?」
「セイラ」
「はあ? じゃあ、父親は……」
「そゆこと」
カルアがお菓子を貰った子供のような満面の笑みを浮かべた。
「……なんだよ、超面白い事態じゃねぇかっ! 最高に、超絶に、呆れるほど面白い」
「それ以上喋るな。事情をまだ話していない」
カルアが私を見て、肩をばんばんと叩いた。
「期待しているぜ、セシル。ウィル直伝の秘策楽しみにしているぞ」
カルアは愉快そうに笑いながら、部屋から出て行った。
「ねえ、カルアは何が面白いって言ったの?」
ほとんど意味が分からない会話だった。流行り病で死んだ両親は有名人だったのだろうか。
「まだ、教えることは出来ない」
「どうして」
「セシルがまだ子どもだからだ。分別をつけるのには、まだ若すぎる」
おとうさんの表情が凍てつき寒々とした冷気が漂うようだった。
「いいもん。カルアに聞くから」
「後悔するぞ」
おとうさんは口の端をあげて笑い、頭を押さえつけるような声音をだした。
「カルアにはセシルがセイラの娘だと知らせたのは……餞別だ。死ぬ前に、希望くらい与えてやったのさ。その希望は、セシルには毒だ。なあ、頼む。俺のことを父親と思っているなら、言うことを聞いてくれ」
「分かったよ、おとうさん」
おとうさんはカルアが死ぬと思っていた。私には死ぬような人には見えない、彼は平然と闘い、私たちの前で笑いながら武勇伝を語ってくれそうな未来が見えていた。
カルアがいなくなったので、おとうさんの部屋から出て、自分の部屋で回転式銃を懐に入れて、短刀と猟刀を砥石で丹念に鋭角にした。肌が出ない服装で、歩き易い革靴を選んだ。顔は隠さず、帽子もかぶらない、カチュアに私と分かって貰うためだ。
おとうさんはカチュアは撃たないだろうといった。
それは正しいのかもしれない。
だけど真実とは限らない。
起きていないから、まだ真実に達していない。
これは賭けだ。
「で、なんでアスランもいるの?」
アスランが討伐隊の集合場所に、私と同じように動き易い格好で立っていた。猟師というと、動物の毛皮ばかりかぶっている印象があるかもしれないけど、動き易さを重視すれば単純な服のほうが断然有利だ。なにしろ、動き易いからだ。
「セシルを守る。接近戦は任せなさい」
相手、銃持っているから、接近戦ほとんど無いけど。
「守ってくれるのは嬉しいけど、剣は不利だと思うよ」
森の中では剣は長すぎる。私やカルアが持ち歩いているような短刀のような短いほうがやり易い。
「これね」アスランは剣を抜いてかざした。鞘に入っていた刀身は、半分ほどで切断されていた。「剣を折っておいた。切れ味は悪くなったけど、これくらいの長さなら、やりあえるよ」
アスランはニコニコしながら、私の横に引っ付いてきた。
「おいおい、ボウズ、邪魔すんなよ」
「大丈夫です。足手まといにはなりませんから」
仮面の冒険者の一人がくすっと笑った。今朝話したメイさんだった。外見はほとんど区別がつかないが、右手の動きでなんとなく区別がついた。
「さて、では行きますか」
私を先頭に討伐隊は森に入った。ここから、私の運命が変わるとは知らずに――。
その頃のおとうさん。
「おーい、エロネコ」
おとうさんはルナを探していた。おとうさんは気付いていたが、昨日冒険者が来てから一度も姿を現していなかったのだ。だが、彼は屋根裏に隠れていた。身を震わせ、肉球から汗を流して、一心不乱に生きることだけを考えていた。
彼は恐怖していた。
魔弾の射手に挑む勇気が彼には無かった。そして恐怖し、動きを止めた。彼の中だけで、バラバラだった映像が再構築されていた。彼は猫だから伝えることが出来ない、彼が理解しても、人間は理解しない、彼は人間がとても愚かだと震えながら思っていた――かもしれない。




