姫、頼られるのは嫌いじゃない。
真夜中に目が覚めて、外の静けさに安心した。
ユイを起こさないように廊下へ出て、おねえちゃんの部屋をちらりと見た。アスランは随分と寝ている。お腹が減らないのかな? 扉をこんこんと叩き、中を覗いた。
誰もいない。
窓が開いていて、清涼な風が流れてくる。
こんな時に窓を開けっ放しにするなんて、でも寝ていたから気付かなかったのかもしれない。こんなに大きく開けたら、入ってきてと言わんばかりだ。
部屋に入って、窓を閉めると、一瞬で部屋の中は暗くなった。
「夜這いか?」
気配が無かったが、優しく壁に押さえつけられた。
「アスランいたの?」
「ここ以外に、何処へ行く場所がある?」
服の中に手を入れられて、臍を触られたので手で払った。
「どうせ、遊びの癖に」
アスランの表情が見えないが、怒ったように見えた。
「そんなことないよ」
「馬鹿ね。体狙いなのがミエミエなのよ。普通、好きだったら、大事にしてくれるもんよ」
アスランを押し退けて部屋を出た。
「今まで会った女はみんな喜んでいたんだけどな……」とアスランは呟いた。
それはあなたの容姿が人並みはずれて優れているからです。
朝一番の、おとうさんの一言は意外だった。
「セシル。冒険者たちの手伝いをしてくれ」
おとうさんは蜂蜜と牛酪をたっぷりつけた麺麭を噛み締めながら言って、鼻歌交じりで葡萄酒を飲んだ。
「カルアたちは土地勘が無い。一方で魔弾の射手のほうはこの村を知っていて、森の様子もフェンリルで把握済みだ。圧倒的な不利だ。蟻地獄に蟻を落とすようなものだ。せめて、命綱ぐらいは用意しよう」
「でも、良いの?」
父親として、娘の安全が第一なのではないか?
愛されていないのか、私は。
「はっきり言って、セシルの代役になれるのがいない。俺もこの有様だ」怪我した両腕を忌々しそうに睨んだ。「ただ、猟銃は持っていくな。持って行けば、攻撃される可能性が高くなる。魔弾の射手も、怪我を治してくれた二人には攻撃がし辛いはずだ」おとうさんはユイと私を見た。「だが、忘れるな。首飾りと、回転式拳銃は持っていけ。それがあれば、どうにかなる」
「こんなのがどうにかなるかなぁ」
私の呟きにアヴィスは「くえっ」と鳴いてくれた。アスランもおとうさんのアヴィスに乗り、『それ』を取るのを手伝ってくれた。むしろ--。
「セシルは休んでいて。俺が全部やるから」
やさしさを見せ付けてくれる。
なんと、分かり易い男。
「お願いします」
ちなみに『それ』とは、熊の糞である。
麻縄に熊の糞をこすり付けて(アスランありがとう)、アヴィスを疾走させて、あらゆる道の要所に木から木へと縄を吊った。熊の臭いをつけた縄を張ることで、狼はその場所に近づくことが出来ない、命の危険にさらされれば、とうぜん縄を関係なく越えるが、普段の行動では文字通り縄張りなので入ることをしない。フェンリルや魔弾の射手ならすぐに狙いに気付くだろうけど、おそらく斥候には手下の狼を使うはずだ。数日はこの森に足止めが出来るだろう。
「という訳で、魔弾の射手に撃たれたくなかったので、広い範囲ですが縄を張ってきました」
教会で朝飯を食っていたカルアが私の臭いに面食らっていたが、表情は穏やかだった。
「なるほど、面白い手があるもんだな。お前らも見習えよ」カルアは仮面の仲間たちに言った。彼らと違ってカルアは顔を隠していない、七選帝侯を殺したとしても名声になると思っているのだろう。
「あれ、一人いないな? 何処行った」
仮面の一人が、外を指差した。
「外か。あいつ、協調性が無いな」
私はカルアに森の案内をすると告げると、喜んで承諾した。
教会の外に出ると、仮面の一人が左手で桶を持って歩いていた。
蒸気船に近寄ると、桶に布を突っ込んで、右手に挟み込んで、左手で布を絞って、左手で表面を拭いた。
「右手、不自由なんですか?」
私が近寄って聞くと、
「よく分かったね。右手、義手なの。魔弾の射手にやられたのよ」
女の人の声だった。
「あの人……ウィルといったよね。私の場合は手の甲を撃ちぬかれたの。壊死したのよ。ここにいる人たちはみんな同じ境遇、生き残ってしまって、その怒りを負の方向にしか向けられない愚かな人たちなのよ」
「今日、私、カルアさんたちを手伝うことにしたんです」
「そうなの。よろしくね。私の名前は--メイよ」
私たちは左手で握手をした。
※縄により強い動物の臭いをつけて張ると、縄張りの効果があります。一応、本当にあった方法。ちなみに、熊の糞は糞場という特定の場所があるため、セシルはその場所を知っていたので、簡単に採取することが出来ました。




