ペアレンツ(後半戦)
僕は歳をとった。
ただそれだけの、物語。
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「で、なんの用だよ」
不機嫌そうに、彼女は言った。
くたびれた黒の三角帽の鍔をいじるのが彼女の癖だ。
そして、その仕草は彼女が考えているときによく見られることを僕は知っている。
魔女ルックの、粗暴な仕草の女の子。
――フローレス・ディガロ。小手先の魔女。僕の部下の中で、一番器用に仕事をこなす女性だ。
僕らは、王都の料理店『フォー・アイリー』の社長室で対面していた。
僕が呼びつけ、呼び出した。
「――ディガロちゃん。アンが家出したこと、もう知ってるでしょ?」
「知るかよ。いや、家出をしたことは知っているけどよ……あえて、あえてだ。この先の展開を予想して、あえて、もう一度こう言わせてもらうぜ。知るかよ」
僕は、はは、と笑った。
「見くびるなよ、ディガロちゃん。これでも僕は子離れが出来ている親なんだよね」
「へえ」
「ちょっと連れ戻してきてよ」
「子離れ出来てねえじゃん」
ディガロちゃんはすごく嫌そうな顔をした。
「つーかよ、結局それ、俺に責任押し付けてねえ? 自分で迎えに行けよ。嫌われるのが怖い、なんて言わないよな?」
「……いや、行きたいんだけどねえ」
やむにやまれぬ事情がある。
「ほら、来週末にね。王城主催の野外食事会があるんだけど、それで」
「……仕事のほうが大事ってか。つくづく嫌われる親父の特徴備えてんな社長」
「――面目ない」
「俺に言うなよ」
ため息をついて、ディガロちゃんは言う。
「やればいいんだろ、やれば。社長、あんたとアイリーさんには返しても返しきれない恩があるんだ。――子守りくらいなら喜んでやるっての」
ありがとう、と僕は頭を下げた。
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野外での食事というと、日本生まれであれば多くの人がそれを想像する。
白熱する炭。
熱で変形し、炭で黒く染まる鉄網。
その上でじっくりと焼かれ、旨みを滲ませる肉、野菜、その他もろもろの食材たち。
味付けに使うのは生姜、にんにくやトマトなどの野菜をふんだんに使ったタレ。
塩コショウ。
醤油で食べるのが好きという人もいる。
噛めば熱と味が広がり、口内が至福で満たされる。
焼いて食う。ただそれだけのシンプルなもので、それは人類の食の原初へと還ることでもある。
だから、美味い。無条件に美味い。
生命礼賛を孕んだこの料理にして調理法を、僕らはこう呼ぶ。
つまり、バーベキューと。
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バーベキューという呼び名はアメリカ合衆国南部で生まれた。
スペイン語で丸焼きを意味する単語が語源だ。
「豚を一匹、丸焼きにした料理のことをバーベキューっていってたんだよ」
「その話、たぶん前にも聞いたぞダーリン。調理設備の乏しかったその時代のその土地では、煙や匂いの出る丸焼きは野外でやることが多く、また量が多いため一家だけでは食べきれず多くの人々が集まってそれを食べたのが始まりなんだっけ」
「さすがハニーだ」
アイリーは得意げに笑い、
「私はダーリンの言ったことならなんだって覚えているからな」
四十路を越えても我が妻はかわいい。
毎度のごとく、僕らは厨房で話し合っていた。
「……で、それが僕の生まれた国――日本に来て、大きく意味を変えたんだよね。野外でする焼肉のことをバーベキューと呼ぶようになった、と」
本来ならば、文字通り丸焼きこそがバーベキューなのである。
けれど、日本では流行らなかった。
まるまる一匹の豚が流通に流れないことが大きな理由ではないかと思うけれど、おそらく一番の理由は日本が日本であるからだろうと思う。
日本という国の性質、人柄、そういったものがあわさった結果として、日本式バーベキューは野外での焼肉となってしまったのだ。
まあ、それはさておき、今回僕がプロデュースするのは由緒正しきアメリカ式――丸焼きだ。
「今週はまるまる下準備にあてて、本番前日から調理に入るよ。長丁場になるから、いろいろ迷惑をかける」
「問題ない。ダーリンの苦労は私の苦労だし、私の苦労はダーリンの苦労。だから、私にかける迷惑は私の迷惑でもあるから――その分、私も迷惑をかけるよ」
でも、とアイリーは言葉を継いだ。
「アンにかける迷惑は、また別のことだから」
「ああ、うん、わかってる。――いや、どうだろう」
ひょっとしたら、僕は何一つわかっていないのかもしれない。
けれど、
「――まあ、結論は出るよ。アンが帰ってきたら――アンも、アンなりの答えを見つけるだろうさ」
それがどんな答えであれ、アンが考えて出したアン自身の答えならば、僕はそれに対して正面から向き合おう。
たとえ嫌われようとも、それが父親だと思うから。
アイリーは小さく頷いて、僕の肩に頭を預けた。
それからの数日間は王城の役員、警備隊との話し合いと設営に費やした。
特に問題もなく準備は進み、そして、本番当日の朝。
「……ただいま帰りました。ご迷惑をおかけして申し訳ありませんでした」
家の扉を開けて、愛しき息子が帰ってきた。
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とりあえず一発殴るとかそういう父親っぽいことをするべきかな、とか色々前もって考えていたことはあったけれど、しかし、アンを目の前にして僕がとった行動は、
「おかえり」
そう言って、抱きしめることだった。
「心配はしてなかったけど、どうかな。面白かったかい?」
「……僕は、親父のそういう『何もかも手のひらの上にある』みたいなとこが嫌いだ」
「あんまり買いかぶらないでくれ。僕はただ、臆病で――それだけさ」
「……よくわからない」
「そっか」
「だから、これからはもっといろいろ知ろうと思うから。――だから、これからいろいろ教えてください。父さん」
「ああ。任せろ。僕の知ってることなら、なんだって――教えてやるさ」
アンを離す。今度は、隣にいたアイリーがアンを抱きしめた。
「聡い子だ、本当に」
「……母さん」
「ちゃんと避妊はしたか?」
「台無しだよ母さん……!」
さすがアイリーだ。なにがさすがなのかはわからないけどさすがだ。
ぐい、とアンがアイリーを押して、もう一度こっちを向いた。
「あのさ、納品したんだけど、どうして魔術師を専属で雇わないの? そっちのほうが安く済むんじゃないの?」
いきなりの質問だ。
「……本当、いい経験してきたみたいだね、アン。一皮剥けたってとこかな」
「そうありたいと思って、そうありたいから行動してる。――もう黙ってるだけは嫌だから」
「うん。それがいい。その答えを、僕は誇らしく思うよ」
「私もだ」
さて、
「じゃあ、アン。一緒に城壁北門に来なさい。――そこに、僕の仕事があるから。見て学べ、とは言わないけれど、アンが考えるための材料の一つになればいいと思う。一緒にご飯を食べながら、聞きたいことはなんでも聞けばいいさ」
言いつつ、思う。
僕はやはり、どこまで行っても料理人でしかないのだ。
妻を想い、息子を想い、友を想い、しかし、その手段はいつだって料理に彩られていた。
だから、
「アン。――ご苦労様。アンが運んでくれたものは、僕が責任をもってきちんと美味しく料理するよ」
今回も、僕はそうなのだ。
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当然の話ではあるけれど、食糧に限らず多くのものは輸送すれば高くなる。
輸送量が物の価値に上乗せされるからだ。
そして、それは輸送手段が確立されていなければいないほど高くなる。
遠くにあるから手に入りづらいものは高価なのだ。たとえ、それが生産地ではありふれたものだとしても。
「いわゆる『手間』というやつでね、魚介類なんかは足が早いから、どうしても輸送には向かない。だから高い。けれど、安価で手ごろな大量輸送手段さえ作ってしまえば――その値段は大きく下げられる。……どう? 肉、美味しい?」
「美味しいよ。……でもさ、親父。魔術師を雇って冷凍魔法をかけ続けさせるというのは、けっこうギャラが高いんじゃないの?」
「そうだ。その通り。でもね、アン。商売っていうのは安いだけじゃだめなんだ」
アンの皿にタレを足してやる。
特製のタレはにんにく、しょうがと野菜類だけでなく、炒って摩り下ろしたゴマとおろしリンゴを加えてある。
アメリカ式ならば、焼く前に味をつけるのが一般的だけれど、今回僕は日本式のタレに浸ける方式をとった。
城壁の外に設営したこの大がかりな会場には、四つの大型焼き網と八つの普通の焼き網が設置してある。
そして、テーブルは二十。うちの料理店から連れてきた料理人が焼いて、ウェイターがそれぞれテーブルへ分配するというやりかただ。立食形式である。
立食パーティは王侯貴族の交流会の基本だけれど、こうして外で催すのは初めてなのだそうだ。
「いいかい、アン。ギルドから仕事を回されてくるのは、おおよそドロップアウト組だ。彼らは冒険者やハンターよりも安く雇える……当たり前だね。命の危険がない仕事を率先して受けられるわけだから。この時点で僕は、ギルドへの仲介料と雇った魔術師へのギャラを払うことが確定しているわけだけれど、それ以外の仕事、つまり現場での梱包や馬車の手配なんかは全部うちの商会が受け持っている。ここに魔術師とギルドを挟み込むわけだから、まあ、効率は悪いよね」
けれど、
「効率は悪いけれど――効率以上に、見返りがあるんだ。わかるかい?」
「……いや、わからない」
アンは首を横に振り、しかし、
「あたしはわかるわよ、おじさん」
滑らかに、声が割って入ってきた。ジェイシー・ウォールドちゃんだ。
皿を手にあっちこっちのテーブルを行ったり来たりしているらしい。さすがウォールド家。
「んふ、こっちのテーブルは貝類ないのね……。さては誰かが食い荒らしたのね?」
「うん、さっき、シロ姉が全部食べていった」
「うふふふシロ姉め、魔物胃袋で食べても太らないからってはしゃぎすぎよね」
「ああ、うん、それで、ジェイシー?」
アンが、キープしていたホタテをジェイシーちゃんの皿に落として、言う。
「どういうこと?」
「あら、ホタテありがとう。――簡単よ。イメージ戦略ですわよね? おじさん」
ふむ。いい線は突いてる。
「社会奉仕としての一面は、もちろんあるとも。けど、それだけじゃない。――わかるかい? そもそもギルドそのものが半分以上僕の出資でできてるからね。社会奉仕とかそっち方面の印象は、すでに最高値に近いんだよね」
「じゃあ……アン、わかる?」
問われ、アンは顎に手を遣って考え込み、ややあって、
「……向上させるのは社会に対する親父のイメージじゃない、親父に対する魔術師のイメージだ」
そう呟いた。
「ギルドを看板にして、親父は魔術師全体のヤサカ商会に対する――親父に対する好感度を上げた。つまり、コネと信頼だ。これ以降、魔術師を使う仕事をするとき、親父の名前が出るならば――意識的に、みんなこう思うはずだ。『ああ、ヤサカ商会の仕事なら安心だ。だって、彼らは俺たち魔術師のためになってくれた人だもの』と」
「……それで、アン。そこまでわかったところで、さらにその先、僕が何を考えているか――わかるかい?」
おそらく、わからないだろう。
こればかりは、この世界で生まれ育ったアンにはわからない。
普通ならば不可能だと一蹴されることだろう。
けれど、僕は断言する。可能だと。
僕だからこそ、断言できるのだ。不可能と言い捨てるには、早すぎると。
「……アン。ジェイシーちゃんも。空を、見てみなよ」
「……空?」
上を指さし、笑ってみせる。太陽がまぶしく輝き、雲どころか遮るものは何もない。
「ああ、すごいだろう。空だ。空――人々が焦がれ続けた、大いなる空だ」
「……それが、どうしたの?」
「空だよ。ああ、空だ。――わかるかい? 空はね、行くことさえできれば最高の道なんだ」
なんせ、障害物がない。直線距離でどこへだって行ける。
つまりそれは、
「空輸の概念さ。空中輸送――つまり、僕は空を飛びたいと思っている。より正確に言えば、空に行く道を作りたいと、そう思ている」
魔術師は空を飛ぶことがある。
戦闘や移動に、自分自身を飛ばす魔法を扱うことがままある。
けれど、それらによって自分以外の「なにか」を長距離飛ばすということはほぼない。
「親父……そんなの無理だよ。手練れの魔術師だって、自分を浮かべるだけで精一杯だって聞くのに」
「可能か不可能かという話はひとまず置いておくんだ。まず論じるべき点はね、アン。それによってどのような利点、不利点が発生するか、ということさ」
いいかい、と言いつつ、野菜を皿からつまんで食む。
木炭の発する遠赤外線によってじっくりと火を通されたピーマンを、タレと一緒に口に運ぶ。
まず、熱を感じ、ほのかな甘みと確かな苦みとタレの味を感じ、噛めば噛むほどにじわりと味が溢れ、混ざり、至福が満ちる。
次に、玉ねぎ。串に刺した柵切りの玉ねぎは火を通されることによって甘みを増し、わずかな焦げが苦みのアクセントをつける。
「空路を使うことによって、短縮できるものがある。さて、なんでしょうか? 正解者には肉をあげよう」
二人して考え出した。アンは真面目さゆえだろうけれど、ジェイシーちゃんはただ肉が欲しいだけのように思える。
そして、アンが、
「時間」
短く答えた。
「正解だ。さっきも言ったね。空は直線だと。文字通りの直線さ。障害物も迂回路もなく、ただ、直線で進むことができる。仮に空でも馬と同等の速度を出せるならば、それだけで地上の交易路を圧倒することが可能だ」
そしてそれは、遠くにあるものが近くなるということでもある。
移動にかかる時間が減るということなのだから。
「逆に、地上に負ける点もある。おそらくコストでは圧倒的に負けるだろうね。空を行くには必ず魔術師が必要になるだろうし、それは一人二人で足りるものじゃないだろうし」
「……つまり、おじさんは――その「いつか必要になる魔術師たち」を集めるために、わざわざギルドを隠れ蓑に印象アップなんてしているわけ?」
「そうだね。まあ、そうなるかもしれない」
「……ふうん。空、ねえ。アン、どう?」
「美味しいよ? 甘辛いタレが抜群に肉汁と歯ごたえにマッチしてて」
「肉の話じゃないわよ……空の話よ」
「ああ、空? 空ね……親父の話は面白いし、興味深いけれど、それよりも僕は――」
アンは、どこか熱を帯びた瞳で、こう言った。
「――僕自身が、空を飛んでみたいと思うかな」
● ● ●
野外食事会は成功に終わり、そして、僕らは日常へと帰った。
その日常は、以前とは少々違う点もあれば、同じ点もあり、そういった意味ではとても日常らしい日常だった。
僕の息子、アン――アントナン・ヤサカは、あれ以来、よく質問をするようになった。
アイリーは息子とガールフレンドの交流に茶々を入れ、ウォールド家の面々はいつも通り、いつも以上によくご飯を食べた。
ああ。
ああ、これが――幸せというやつなのかもしれない。
日々代わり映えのある生活。
眼を開いてよく見てみれば、日常は新鮮な発見に溢れている。
新鮮な発見がなくとも、旧来の楽しみだってたくさんあるのだ。
だから、僕は幸せで――そして、最高だった。
大した話ではない。
愛する妻がいて、愛する息子がいて、親愛なる友がいて、そうやって日々を過ごしていく。
いずれは、綻んでしまうのだろう。
けれど、それはただの綻びではなく、新しい何かを迎えるための綻びなのだ。
人間関係は絶えず変化する。しかし、自らそれを受け入れ、楽しむことができるならば、その変化は必ず良い変化となってくれるだろう。
そうやって生きてきて、そうやって生きていく。
――さて、では、このあたりで話を締めさせていただこうと思う。
これからも僕は波乱万丈な日常を送るだろう。大なり小なり、いろいろあることだろう。
おじさんは引退し、これからの物語を語るのは新進気鋭の若手たちだ。
日々を一生懸命に生き、夢に向かって羽ばたかんとする将来無謀な冒険者たちだ。
食えよ。
動けよ。
たまには休んで、友と語らい遊ぶがいいさ。
そして、また食って、動いて、疲れたら止まって――。
それを終わりまで繰り返していけば、いつかきっとたどり着くところがあるだろう。
君たちは――僕だって――そこを目指して動けばいい。
そこに何があるのかを知っている人はいないだろう。
僕は料理を作る。
作り続ける。
そのためには万難を排し、神にだって牙を剥く。
そう生きると決めたのだ。ずっと前、彼女と一緒になったときに。
彼女が僕の料理を好きだと言ってくれたときに。
僕は店に立つ。
扉を開ける。
本日もまた、並ぶ人々がいる。
僕が勝負すべき好敵手たちが、いる。
だから、さあ、鬨の声を上げよう。
精一杯、一生懸命、全力で――僕を貫くんだ。
いらっしゃいませと、ただ一言。
声高々に叫んだのなら、――思えば日本からずいぶん遠くまで来たもので――僕の非日常に溢れた日常が始まるのだ。
『異世界料理店フォー・アイリー』 了




