第十一章 ──皇太子の影と光
帝国領からの逃走を続けて三日。
アーク、カイ、ミナの三人は、国境近くの廃教会に身を潜めていた。
夜の冷気が石壁を伝い、静寂が満ちる。
「アークさん、本当に大丈夫?」
ミナが心配そうに覗き込む。
「大丈夫だ。ただ、頭の奥が少しざわつくだけだ」
アークは額を押さえた。
帝国施設で見た自分の記憶の断片が、まだ脳裏に焼き付いている。
その時、教会の扉が静かに軋んだ。
カイが剣を抜く。
「誰だ……!」
「待て。こちらに敵意はない」
現れたのは、黒い外套を纏った青年だった。
整った顔立ち、鋭い瞳。
だが、その瞳には戦場の冷たさではなく、深い憂いが宿っていた。
「あなたは……?」
アークが問うと、青年は静かに名乗った。
「レオンハルト・グレイン。帝国皇太子です」
ミナが息を呑む。
「皇太子……!?」
カイが剣を構え直す。
「何の用だ! 俺たちを捕まえに来たのか!」
「違います」
レオンハルトは首を振った。
「私は……あなたたちを助けに来ました」
◆
教会の奥、朽ちた祭壇の前で四人は向かい合った。
レオンハルトは外套を脱ぎ、静かに語り始めた。
「帝国は……今、二つに割れています。父である皇帝と軍部、そしてザイラスは召喚術による支配を望んでいる。しかし私は、この戦争を終わらせたい」
アークは目を細めた。
「なぜ俺たちにそんなことを?」
「あなたの魔力を見たからです」
レオンハルトの瞳がアークを射抜く。
「あなたの魔力波形は、この世界のものではない。召喚術でも、魔術でもない。異界の術式そのものです」
アークの胸がざわつく。
「……やはり……俺は……」
「あなたは、この世界に呼ばれたのかもしれない」
レオンハルトは続けた。
「ザイラスは、あなたの魔力を兵器化しようとしている。あなたが帝国に捕まれば、この世界はあなたの力で滅びる」
ミナが震える声で言う。
「そんな……アークさんはそんな人じゃない!」
レオンハルトは優しく微笑んだ。
「分かっています。あなたたちが信じているのなら、彼は誰かを守るために戦う人なのでしょう」
アークは拳を握りしめた。
「……俺は自分が何者か分からない。でも、フェルシアを守りたい。それだけは確かだ」
レオンハルトは深く頷いた。
「だからこそ、私はあなたに会いに来たのです」
◆
レオンハルトは懐から一通の封書を取り出した。
「これはフェルシア王女リュミエラ殿からの密書です」
「リュミエラ……?」
アークは封書を受け取り、震える手で開いた。
そこには、彼女の筆跡でこう記されていた。
“アーク。
あなたがどこから来たとしても、私はあなたを信じます。
必ず帰ってきて。
あなたの帰りを、待っています。”
アークの胸が熱くなった。
「……リュミエラ……」
レオンハルトは静かに言った。
「彼女はあなたを信じています。王女としてではなく、一人の人間として」
ミナが微笑む。
「姫様……やっぱりすごい人だね」
カイも頷いた。
「アークさん、帰ろう。フェルシアに」
◆
レオンハルトはアークに向き直った。
「アーク。私は帝国を変えたい。召喚術に依存した古い帝国を終わらせたい」
「……俺に何を求める?」
「あなたの知識です。魔法鳥の技術は、召喚術を超える可能性を持っている。それは帝国を変える鍵になる」
アークは息を呑んだ。
「俺の技術を帝国に渡せと言うのか?」
「違います」
レオンハルトは首を振った。
「私はあなたとフェルシアに勝ってほしい。その上で、和平を結びたい」
カイが驚く。
「皇太子なのに……自分の国が負けてもいいのか?」
「負けてもいいとは思っていません。ただ、滅びるよりはマシだと思っています」
レオンハルトの瞳は、真剣だった。
「帝国はザイラスの狂気に飲まれつつある。このままでは国が滅ぶ」
アークは静かに言った。
「……分かった。俺はフェルシアのために戦う。そしてあなたの願いも叶える方法を探す」
レオンハルトは微笑んだ。
「ありがとう。あなたなら、この世界を変えられる」
◆
レオンハルトは外套を羽織り、扉へ向かった。
「アーク。次に会う時は敵としてかもしれません。それでも……私はあなたを信じます」
「俺もだ。あなたは敵じゃない」
レオンハルトは振り返り、静かに言った。
「ザイラスは切り札を準備しているようです。次の戦いは地獄になるでしょう」
アークは頷いた。
「それでも……俺たちは負けない」
レオンハルトは微笑み、闇の中へ消えた。
残されたアークはリュミエラの手紙を胸に抱き、呟いた。
「……帰るよ、リュミエラ。必ず……」
そして三人はフェルシアへ向けて歩き出した。




