第十章 ──帝国の闇へ
フェルシア王城の作戦室。
薄暗い室内に、地図と魔力灯の光が揺れていた。
「帝国領へ潜入する?」
カイが驚きの声を上げた。
アークは静かに頷く。
「帝国の変異獣は、魔法鳥の戦術を学習している。その仕組みを突き止めない限り、次は勝てない」
ミナが不安げに言う。
「でも、帝国領なんて……危険すぎるよ……」
「分かってる。だからこそ、俺が行く」
アークの声は静かだったが、決意が滲んでいた。
リュミエラが首を横に振る。
「アーク、一人では無理よ。カイ、ミナ、あなたたちも同行して」
「姫様……!」
リュミエラは二人を見つめる。
「あなたたちは、アークの目であり翼よ。彼を守り、支えてあげて」
その言葉に、カイとミナは強く頷いた。
◆
夜。
帝国軍の包囲網を抜け、三人は帝国領へ足を踏み入れた。
空気は重く、魔力が濃い。
まるで大地そのものが敵意を持っているようだった。
「ここが帝国領……」
ミナが震える声で呟く。
「気を抜くな。帝国の魔力はフェルシアとは違う。召喚術の匂いがする」
アークは周囲を警戒しながら進む。
やがて、森の奥に巨大な建物が見えてきた。
「あれが……ザイラスの研究施設……?」
カイが息を呑む。
黒い塔のような建物。
周囲には魔法陣が刻まれ、赤い光が脈動している。
「行くぞ。ここに変異獣の秘密があるはずだ」
◆
施設内部は冷たく、静まり返っていた。
壁には無数の魔力結晶が埋め込まれ、その中には"魔法鳥の残骸"が封じられていた。
「これ……全部……?」
ミナが青ざめる。
「フェルシアとの戦闘で回収された魔法鳥だ。ザイラスはこれを解析しているんだろう」
アークは結晶に手を触れた。
──その瞬間。
頭の奥に、鋭い痛みが走った。
「……っ……!」
「アークさん!?」
カイが支える。
アークの視界に、断片的な映像が流れ込んだ。
白い部屋。
光るパネル。
無数の無人兵器が空を飛ぶ映像。
そして──
自分がそれを設計している姿。
「……俺は……」
アークは震える声で呟いた。
「俺は……ここじゃない世界で……兵器を作っていた……?」
ミナが息を呑む。
「アークさん……それって……」
アークは頭を押さえた。
「分からない。でも、この施設の魔力波形。俺の魔力と同じだ」
カイが驚愕する。
「えっ……!? アークさんの魔力が……帝国の召喚術と……?」
「違う。帝国の召喚術が、俺の魔力に“似せている”んだ」
その言葉は、カイとミナの背筋を凍らせた。
◆
奥の部屋に、古びた書物が置かれていた。
表紙には、黒い紋章。
「帝国の禁忌文献……」
アークは震える手でページを開いた。
そこには、こう記されていた。
“黒き魔力を持つ者、異界より来たりて災厄を呼ぶ”
ミナが息を呑む。
「これって、アークさんのこと?」
「分からない。でも、俺の魔力はこの世界のものじゃない」
アークは拳を握りしめた。
「俺は、この世界に呼ばれたのか? それとも逃げてきたのか?」
その時、背後から声がした。
「ようこそ、異界の男」
三人が振り返る。
そこに立っていたのは──
ザイラス・ヴァル=グレインだった。
◆
ザイラスは黒いローブを揺らしながら、ゆっくりと歩み寄った。
「やはり来たな。お前の魔力はこの世界のものではない。異界の術式そのものだ」
アークは睨みつける。
「俺の何を知っている?」
「……知りたいか?」
ザイラスは笑った。
「ならば、私の研究材料になれ。お前の魔力はこの世界を変える。いや、破壊する力だ」
カイが叫ぶ。
「アークさんを渡すもんか!!」
ミナも震えながら前に出る。
「アークさんは……私たちの仲間よ!」
ザイラスは冷たく笑った。
「仲間? 異界の災厄を?」
アークは二人を庇い、前に出た。
「俺は災厄なんかじゃない。俺はこの世界で守るために戦う」
ザイラスの瞳が細くなる。
「ならば、証明してみせろ」
黒い魔力が渦を巻き、適応獣が姿を現した。
◆
「走れ!!」
アークが叫び、三人は施設の外へ飛び出した。
背後で、ザイラスの笑い声が響く。
「逃げろ、異界の男。次はお前の記憶を奪いに行く」
適応獣の咆哮が夜空を震わせた。
アークは走りながら、胸の奥で何かが崩れるのを感じた。
──俺は、この世界の人間じゃない。
だが、ミナが叫んだ。
「アークさん!! あなたは今ここにいる!! 私たちの仲間だよ!!」
カイも叫ぶ。
「アークさんがいなきゃ、俺たちは生きてない!! だから、絶対に帰るんだ!!」
アークは歯を食いしばった。
「……ああ、帰ろう。フェルシアへ……!」
三人は闇の中を走り抜けた。
背後では、ザイラスの狂気が静かに燃え続けていた。




