第81話
「記録にない……」
アギトは、その言葉をもう一度口の中で転がした。
「魔法省って、こういうのを調べるところじゃないのか?」
「魔法に関することなら、ある程度は」
サテラは答えながら、手元の書類を見直した。
「ですが、すべてを把握しているわけではありません。王都に存在するすべての人間や組織、そのすべての紋章を記録しているわけではありませんから」
「じゃあ、普通にどこかの組織の紋章って可能性もある?」
ウェントスが尋ねる。
「否定はできません」
「ふーん……」
ウェントスは腕を組んだ。
「それなら、そこまで変な話でもないんじゃないか?」
「でも」
アクアが布を見る。
「祭りの途中であんなことをする理由は?」
誰も答えなかった。
屋台の細工。
偽の火事。
人の流れ。
そして逃げた男。
どれも一つずつなら、大したことではない。
けれど、全部が同じ場所で起きた。
アギトは赤い布に目を落とす。
「……偶然じゃないと思う」
「私もそう思います」
サテラが頷いた。
「ですから、これはこちらで預からせてください」
「分かった」
アギトが布を渡そうとした、そのときだった。
「サテラ」
廊下の向こうから声がした。
五人が振り向く。
そこにいたのは、アルバート・クラヴィスだった。
「陛下への報告は?」
「これからです」
「そうか」
アルバートは五人へ視線を向け、それからサテラの手元へ目を移す。
「……それは?」
「祭りの会場で見つかったものです」
サテラが説明する。
アルバートは布を受け取り、刺繍を眺めた。
数秒。
「知らないな」
その答えは、あまりにもあっさりしていた。
「アルバートさんでも?」
ファウラが聞く。
「ああ。少なくとも私は見覚えがない」
アルバートは布を返した。
「だが、知らないということは、存在しないという意味ではない」
その言葉に、アギトは少しだけ眉を寄せた。
記録にもない。
魔法省の人間にも分からない。
なら、あの紋章はいったい何なのか。
「……変な祭りになったな」
ウェントスが呟いた。
誰も笑わなかった。




