第77話
日が落ちる頃には、王都の景色が昼間とは別物になっていた。
通りのあちこちに吊るされた灯りが、一つ、また一つと明かりを灯していく。
「わあ……」
ファウラが足を止めた。
目の前には、昼間にはなかった屋台が並んでいる。
焼いた肉の香ばしい匂い。
甘い菓子の匂い。
どこかで鳴っている楽器の音。
人の数も昼間とは比べ物にならない。
「前夜祭って、こんなに人が来るんだな」
アギトが周囲を見回す。
「明日の収穫祭が本番なんだけどね。前夜祭から来る人も多いんだって」
アクアが昼間にもらった地図を片手に答えた。
「ならば、食事を確保する必要があるな」
テラが屋台へ視線を向ける。
「お前、さっき食べたばっかだろ」
「祭りとは、そういうものだ」
「どういうものだよ……」
ウェントスが呆れたように笑う。
その横で、ファウラは別の屋台を見つけたらしい。
「あっ、あれ!」
「ん?」
「あのお菓子!」
指差した先には、細長い棒に何かを巻きつけた菓子が並んでいた。
「食べたい!」
「即答だな」
「だって祭りだよ?」
「まあ……いいけど」
アギトが財布を取り出す。
「やった!」
ファウラが小さく跳ねた。
五人で屋台の前に並ぶ。
店主が慣れた手つきで菓子を包んでいく。
「王都は初めてかい?」
「そうです」
アギトが答える。
「じゃあ、今日は楽しんでいきな。明日はもっと人が増えるからな」
「明日も来ていいのか?」
「祭りなんだから、来るのは自由さ」
店主は笑った。
その言葉に、アギトも笑う。
「じゃあ、明日も来ようかな」
「私も!」
「僕も」
「俺も異論はない」
「……全員来る気じゃん」
ウェントスが苦笑する。
そんなやり取りをしている間にも、人の波は途切れない。
家族連れ。
友人同士。
仕事帰りらしい人。
遠くから来たらしい旅人。
誰もが祭りを楽しんでいた。
王都は賑やかだった。
昼間に見た王城や魔法省とは違う。
ここにいる人たちは、王国のことを難しく考えているわけじゃない。
明日の仕事のこと。
今日食べるもののこと。
隣を歩く誰かのこと。
そんな普通のことを考えている。
「……なんか、いいな」
アギトが呟いた。
「何が?」
「こういうの」
手にした菓子を見ながら、アギトは言う。
「王都って、もっと堅苦しいところかと思ってた」
「王城だけ見たら、そう思うかもね」
アクアが笑う。
「でも、ここにいる人たちにとっては、ただの生活の場所なんだよ」
「そっか」
アギトは人混みを眺めた。
知らない人ばかりなのに、不思議と嫌な感じはしない。
むしろ――。
「……楽しいな」
ファウラが隣から顔を覗き込んだ。
「アギト、笑ってる」
「え?」
「笑ってるよ」
「……そうか?」
「うん」
ファウラも笑った。
「じゃあ、もっと楽しもうよ」
「そうだな」
その声に、遠くで祭囃子が重なった。
五人は人の流れに混ざって、通りの奥へ進んでいく。
その背中を、少し離れた場所から見ている者がいた。
灰色の外套。
人混みに紛れてしまえば、誰も気に留めない程度の格好だった。
男は五人を追わなかった。
ただ、彼らがどちらへ進んだのかだけを確認する。
そして――。
「予定通り」
小さく呟いた。
男の視線の先。
祭りの通りを横切るように、一本の道がある。
そこだけ、人の流れが妙に少なかった。
理由を知る者は、ほとんどいない。
少なくとも、五人は知らなかった。
アギトたちは、その道とは反対側へ進んでいった。




