第73話
菓子を食べ終えたファウラが、紅茶を一口飲んだ。
「……苦い」
「砂糖を入れればいいだろ」
「入れた」
「どれだけ?」
「いっぱい」
「それで苦いのか?」
「うん」
ウェントスがカップを覗き込む。
「……これ、砂糖じゃなくて塩じゃないか?」
「え?」
「お前、何入れた?」
「……」
ファウラは黙った。
「ファウラ?」
アクアが心配そうに覗き込む。
「間違えた」
「でしょうね」
テラが笑う。
その様子を見ていたラクニマも、堪えきれずに笑った。
「随分と賑やかだな」
「すみません……」
アギトが頭を下げる。
「いや、構わないよ」
ラクニマはそう言って、空になったカップを置いた。
「むしろ、こうしている方が話しやすい」
「話しやすい?」
「王都のことだ」
ラクニマが窓の外を見る。
「君たちはまだ来たばかりだろう?」
「はい」
「なら、少し聞いていくといい」
窓の向こうには、コムニースの街並みが広がっている。
城から見下ろす王都は、昨日まで歩いていた場所とは少し違って見えた。
「マグナ王国は、決して大きな国ではない」
ラクニマが話し始める。
「だが、人の往来は多い。農作物を売りに来る者もいれば、魔導具を求めて来る者もいる。王都には地方から様々なものが集まる」
「だからあんなに店が多かったのか」
アギトが呟く。
「そうだ」
ラクニマは頷いた。
「王都は、国の中心であると同時に、人が集まる場所でもある」
「じゃあ、王都に来れば何でもある?」
「大抵のものはな」
ファウラが身を乗り出す。
「じゃあ食べ物も?」
「……ある」
「珍しいものも?」
「ある」
「お土産も?」
「あるだろうな」
「行こう!」
「まだ話の途中だぞ」
ウェントスが止める。
「だって気になるじゃん!」
「お前は本当に食べ物のことになると元気だな」
また笑いが起きる。
アギトはその光景を眺めながら、ふと窓の外へ目を向けた。
王都。
昨日まで、自分たちには関係のない場所だと思っていた。
けれど、こうして話を聞いていると少し違う。
ここにも、ここで暮らしている人がいる。
笑っている人もいれば、働いている人もいる。
自分たちと何も変わらない。
「……陛下」
「何だい?」
「一つ、聞いてもいいですか」
「もちろん」
「俺たちを呼んだことを、国民は知っているんですか?」
ラクニマの表情が、ほんの少しだけ変わった。
「知っている者もいる」
「全員では?」
「ない」
即答だった。
「理由は?」
アギトが続ける。
ラクニマは少し黙った。
「余計な混乱を避けるためだ」
「……混乱」
「君たちが痣持ちだから、と言えば分かるか?」
アギトは答えなかった。
ラクニマも、それ以上は言わない。
窓の外では、鐘が鳴った。
王都中に響く鐘の音。
それを聞きながら、アギトは黙って街を見ていた。
さっきまで賑やかだったファウラも、何も言わない。
しばらくして、ラクニマが口を開いた。
「今日は難しい話をするつもりはなかったんだがな」
「すみません」
「謝ることではない」
ラクニマは笑った。
「むしろ、聞いてくれてよかった」
その言葉の意味を、アギトはまだ理解できなかった。
ただ。
王都という場所が、昨日より少しだけ近く感じられた。




