第59話
校外実習から三日。
紅月の夜事件。
そう呼ばれるようになったあの出来事は、王国内で大きな話題になっていた。
もちろん。
一般市民に知らされているのはごく一部。
空が裂けたことも。
巨大な門も。
門の向こうの存在も。
全て。
王国上層部によって秘匿されていた。
それでも。
「異常個体の大量発生」
「未確認の魔力反応」
「紅い月」
などの噂は、人々の間で囁かれていた。
そして。
当事者であるアギト達は。
「ふわぁ……」
「眠い……」
「お前まだ眠いのか」
「だって眠いんだもん」
「知らん」
「冷た!」
朝からいつも通りだった。
「ファウラさん、校外実習の後からずっとそんな感じですね」
「疲れたんだよ~」
アクアの言葉に、ファウラは机に突っ伏したまま答える。
「アギト君は元気ですね」
「そうかな?」
「そうだよ」
ウェントスが呆れたようにため息をつく。
「普通、空が裂けたり、喋る魔物に会ったりしたら少しくらい引きずるだろ」
「うーん」
アギトは少し考えた。
「でも」
「助けられたから」
「それで良かったかなって」
「……」
ウェントスは目を逸らした。
「やっぱ変な奴」
「酷い」
「褒めてる」
「褒めてるの!?」
そんなやり取りに。
「ふふっ」
アクアが笑い。
「仲良しですね」
テラも微笑む。
「どこが!」
「どこがだ!」
今日も声が揃った。
「息ぴったりですね」
「だからどこが!」
「だからどこがだ!」
「ほら!」
「「……」」
「……」
「……」
ファウラとウェントスは顔を見合わせ。
「うわ」
「最悪」
また声が揃った。
「ははは!」
アギトは思わず笑った。
そんな。
平和な朝。
ガラッ。
教室の扉が開く。
「失礼する」
「!」
入ってきたのはクルデーリス。
しかし。
「……誰?」
ファウラが首を傾げる。
クルデーリスの隣には、一人の女性が立っていた。
長い金髪。
白と青を基調とした気品ある制服。
胸元に輝く王国の紋章。
そして。
どこか近寄りがたい雰囲気。
「初めまして」
女性は優雅に一礼した。
「王国魔法省所属」
「リーベラ・ルクスと申します」
教室がざわつく。
「魔法省!?」
「王都の!?」
「すげぇ……」
生徒達の声。
だが。
リーベラは真っ直ぐアギト達を見る。
「アギトさん」
「ファウラさん」
「アクアさん」
「ウェントスさん」
「テラさん」
「五名に、王都から正式な招待状が届いています」
「……え?」
五人が固まる。
「王都?」
「何で?」
「俺達が?」
「もしかして表彰!?」
ファウラの目が輝く。
「褒賞金!?」
「お前現金だな……」
ウェントスが呆れる。
すると。
リーベラは小さく笑った。
「それもあります」
「やったー!」
「あるのかよ」
「しかし」
彼女の表情が真剣になる。
「紅月の夜事件」
「その詳細を、王国上層部は重く見ています」
「皆さんには事情聴取も兼ねて」
「王都へ来ていただきます」
教室の空気が変わる。
紅月の夜。
空に現れた門。
そして。
あの赤黒い瞳。
「……」
アギトは無意識に左胸に触れた。
魔性紋。
あの時。
確かに何かが起きていた。
その様子を。
窓際に立つクルデーリスが静かに見つめる。
(王都が動いたか)
(予想より早いな)
脳裏に浮かぶ。
白髪の老人。
五百年前から変わらぬ友。
そして。
王都に眠る数々の秘密。
「面倒なことになりそうだ」
銀髪の教師は。
誰にも聞こえないように小さく呟いた。




