第54話
紅い月が森を照らす。
裂けた空。
未だ閉じる気配を見せない巨大な門。
世界そのものが悲鳴を上げているかのような異様な光景。
だが。
今、アギト達が見ているのは。
もっと身近な。
目の前で苦しむ一匹の命だった。
「グルル……」
巨大な狼が唸る。
だが。
先程までの凶暴さはない。
赤い瞳には。
苦痛と恐怖。
そして。
僅かな希望が宿っていた。
「先生」
アギトは狼を見つめる。
「俺が結晶を壊します」
「……正気か?」
クルデーリスが尋ねる。
「ああ」
「やります」
「失敗すれば死ぬぞ」
「それでも」
迷いはなかった。
「助けるって決めたから」
静寂。
そして。
クルデーリスは小さく笑う。
「そうだったな」
「君はそういう子だ」
銀髪が夜風に揺れる。
「ならば」
「教師として」
「生徒の背中を押そう」
紫炎が剣を包む。
「総員」
「アギトの援護を行う」
「はい!」
「おう!」
「了解!」
それぞれが武器を構える。
恐怖は消えていない。
だが。
仲間達の瞳から逃げる意思も消えていた。
「行くぞ!」
ファウラが駆け出す。
「うおおおおお!」
炎の拳。
巨大狼の注意を引く。
「こっちだ!」
「グオオオ!」
「今だ!」
アクアの水流。
テラの防壁。
ウェントスの風刃。
四人の魔法が連携し。
巨大狼の動きを封じていく。
「アギト!」
「はい!」
走る。
一直線に。
紫色の結晶へ。
『人間』
声。
狼の声。
『ありがとう』
「礼は」
アギトは笑った。
「助かってから言ってくれ!」
その時。
ドクン。
魔性紋が脈打った。
「!」
そして。
空の門から。
無数の赤い瞳が。
ゆっくりと。
こちらを見下ろしていた。




