第50話
熱い。
苦しい。
息ができない。
視界が紫色に染まる。
「ぐっ……!」
アギトはその場に膝をついた。
「アギト!」
アクアが慌てて駆け寄る。
「大丈夫!?」
「来るな……!」
自分でも驚くほど切羽詰まった声だった。
熱い。
左胸。
魔性紋が焼けるように熱を持っている。
そして。
『助けて』
声。
『苦しい』
『痛い』
『助けて』
頭の中に直接流れ込んでくる。
「うるさい……」
「やめろ……」
「アギト!?」
ファウラが肩を掴もうとする。
その瞬間。
バチッ。
紫色の火花が散った。
「!」
「熱っ!?」
ファウラが思わず手を引っ込める。
「なんだ今の……」
「魔力?」
ウェントスの顔色が変わる。
「違う」
「こんなの知らない」
その時。
クルデーリスの表情も険しくなった。
「……まさか」
あり得ない。
あり得るはずがない。
だからこそ。
銀髪の男の脳裏に。
遠い昔の記憶が蘇る。
「いや」
「そんなはずは……」
ドクン。
再び。
魔性紋が脈打つ。
そして。
世界が変わった。
「……え?」
森がない。
夜空もない。
そこは。
暗闇。
冷たい。
寂しい。
何もない。
ただ。
一頭の狼がいた。
巨大な狼。
だが。
先程までの凶暴な姿ではない。
傷だらけの身体。
悲しそうな赤い瞳。
そして。
額に埋め込まれた紫色の結晶。
『聞こえるのか』
「!」
アギトが目を見開く。
『人間』
「お前……」
『私は』
『苦しい』
『助けてくれ』
声に敵意はなかった。
あるのは。
苦痛。
絶望。
そして。
諦め。
『もう』
『疲れた』
『殺してくれ』
「……」
アギトは拳を握る。
「嫌だ」
『?』
「殺さない」
『なぜだ』
「助ける」
狼の瞳が揺れる。
『助ける……?』
「そうだ」
「お前は敵なんかじゃない」
「苦しんでるだけだ」
『……』
「だから」
「助ける」
「絶対に」
その瞬間。
狼の赤い瞳から。
一筋の涙が流れた。
『……変な人間だ』
「よく言われる」
『ふっ』
かすかな笑み。
そして。
狼の姿が薄れていく。
『人間』
「なんだ?」
『ありがとう』
光。
紫色の世界が崩れていく。
『結晶を』
『壊せ』
『そうすれば』
『私は』
『解放される』
『だが』
『気を付けろ』
『奴は』
『まだ……』
そこで。
意識が戻った
「アギト!」
「!」
目を開く。
そこは元の森。
「よかった!」
アクアが泣きそうな顔をしていた。
「大丈夫か!?」
ファウラも安堵している。
「……先生」
アギトは立ち上がる。
そして。
異常個体を見つめた。
「結晶です」
「やっぱり」
「あれを壊せば」
「助けられます」
「!」
クルデーリスが目を見開く。
「何故分かる」
「分かるんです」
「声を聞いたから」
静寂。
「声?」
ウェントスが固まる。
「魔物の?」
「そんなのあり得ない!」
「でも」
アギトは巨大狼を見つめる。
「苦しんでる」
「だから」
「助けます」
その瞳に迷いはなかった。
そして。
それを見たクルデーリスは。
遠い昔。
一人の男を思い出していた。
「……全く」
小さく笑う。
「似ている」
「嫌になるほど」
だが。
次の瞬間。
空に浮かぶ巨大な魔法陣が。
眩い光を放った。
「!」
グリフォンの顔色が変わる。
「まずい!」
「間に合わない!」
遥か魔界。
デーモンキングが笑う。
「開け」
「地獄の門よ」
そして。
紅く染まる夜空に。
巨大な亀裂が走った。




