第48話
「外道め」
クルデーリスの紅い瞳に怒りが宿る。
その殺気に。
変異した異常個体ですら、一瞬動きを止めた。
「生物実験か」
「どこまで堕ちれば気が済む」
「先生……?」
アギト達は言葉を失う。
普段の穏やかな教師の姿はそこにはなかった。
怒り。
それも。
心の底から湧き上がるような怒りだった。
「全員下がれ」
「しかし!」
「下がれ!」
有無を言わせぬ声。
アギト達は思わず後退する。
「アギト!」
「う、うん!」
五人は巨大狼から距離を取る。
だが。
ドクン。
「っ……」
魔性紋の熱は収まらない。
『助けて』
『苦しい』
『痛い』
(なんなんだよ……)
アギトは胸を押さえる。
(なんで……)
(なんで魔物の声が聞こえるんだ)
その時。
クルデーリスが静かに口を開いた。
「もう隠れる必要もないだろう」
「出てこい」
「実験者」
静寂。
そして。
パチパチ。
拍手。
「流石だ」
「気付いていたか」
木々の間から、一人の男が現れる。
黒い髪。
赤黒い瞳
額には二本の角。
そして。
口元には余裕の笑み。
「初めまして」
「人間諸君」
「魔族……!」
ウェントスが声を上げる。
「魔族!?」
テラの顔が青ざめる。
「本物……?」
アクアも息を呑む。
人類の敵。
魔族。
今や教科書の中でしか見ない存在。
それが。
目の前にいた。
「ふむ」
「随分と怯えられているな」
「まあ当然か」
男は肩を竦める。
「私はゼルム」
「しがない研究者だ」
「研究者?」
ファウラが顔をしかめる。
「お前がやったのか!」
「その魔物を!」
「そうだが?」
「……!」
あまりにもあっさりと。
悪びれる様子もない。
「より強く」
「より優れた生命へ」
「進化させようと思ってな」
「ふざけんな!」
ファウラの拳に炎が灯る。
「進化だぁ!?」
「苦しんでるじゃねぇか!」
「必要な犠牲だ」
ゼルムは平然と言う。
「全ては魔人族の未来の為」
「人間には理解できまい」
「黙れ」
低い声。
クルデーリスだった。
「命を弄ぶ者に」
「未来を語る資格はない」
「怖い怖い」
ゼルムは笑う。
「だが」
「私は戦闘員ではない」
「今日は挨拶に来ただけだ」
「……何?」
「せいぜい楽しめ」
男の足元。
巨大な魔法陣が輝く。
「待て!」
クルデーリスが駆ける。
しかし。
遅い。
「さらばだ」
「クルデーリス」
「紫炎使い」
「!」
その言葉に。
銀髪の男の瞳が見開かれた。
「貴様……」
光。
そして。
ゼルムの姿は消えた。
静寂。
残されたのは。
苦しみ続ける異常個体だけ。
「……先生」
アギトが声を掛ける。
「紫炎使いって……」
「今は後だ」
クルデーリスは剣を構える。
その表情は険しい。
「まずは」
「この子を」
「救わなければならない」
『……助けて』
再び。
アギトの耳に声が響く。
そして。
巨大狼の額
紫色の結晶が。
不気味に脈動していた。
「先生!」
アギトが叫ぶ。
「あれです!」
「額の結晶!」
「壊せば!」
「……なるほど」
クルデーリスは小さく笑った。
「流石だ」
「アギト」
「ならば」
「頼めるか?」
「え?」
「君の炎で」
「この子を救ってやれ」
「!」
アギトは目を見開く。
だが。
次の瞬間。
巨大狼の背後。
森の奥。
さらに巨大な魔力が蠢く。
「……!」
クルデーリスの顔色が変わる。
そして。
遠く離れた木の上。
グリフォンは。
珍しく。
笑みを消していた。
「おいおい」
「冗談だろ」
「まだ出すのか」
「デーモンキング……」
「本気で始めるつもりか」
夜空の下。
校外実習。
そのたった一夜が。
後に。
第一次世界人魔大戦の引き金となった事件。
『紅月の夜』
として歴史に刻まれることを。
まだ。
誰も知らなかった。




