第42話
「楽しいです」
アギトがそう答えると。
夕陽に照らされた部屋の中で、クルデーリスは静かに目を閉じた。
「そうか」
「ならば良い」
その横顔には。
普段、生徒たちが見る厳格な表情とは違う、どこか穏やかな雰囲気があった。
「……?」
アギトは不思議そうに首を傾げる。
「どうかしましたか?」
「いや」
クルデーリスは窓の外へ視線を向けた。
赤く染まる空。
遠くから聞こえてくる生徒たちの笑い声。
「少し」
「懐かしくなっただけだ」
「懐かしい?」
「昔の話だ」
「……」
それ以上は語らない。
だが
その紅い瞳には、僅かな寂しさが浮かんでいた。
「アギト」
「はい」
「友人を大切にしろ」
「え?」
「失ってからでは遅い」
静かな声。
しかし。
その一言には、妙な重みがあった。
「クルデーリス様は……」
「友達がいたんですか?」
「……いた」
短い返事。
「昔な」
「今は?」
「死んだ」
「……」
アギトは思わず口を閉じた。
聞いてはいけないことだった。
そう思った。
だが。
「気にするな」
「戦争ではよくあることだ」
クルデーリスは静かに笑う。
しかし。
その笑顔は少し寂しかった。
「だから」
「お前には後悔して欲しくない」
「友人と笑える時間を」
「当たり前だと思うな」
夕陽が差し込む。
銀髪が赤く染まる。
「……はい」
アギトは小さく頷いた。
「ありがとうございます」
「うむ」
すると。
クルデーリスは机の引き出しを開いた。
中から取り出したのは、一冊の古びた本。
黒い表紙。
所々が擦り切れ、長い年月を感じさせる。
「これは?」
「魔法書だ」
「私が若い頃に使っていたもの」
「え?」
「やる」
「えぇ!?」
アギトの声が裏返る。
「い、いいんですか!?」
「構わん」
「だが」
クルデーリスの目が細くなる。
「まだ中は読むな」
「?」
「時が来たら分かる」
「は、はぁ……」
不思議な本だった。
しかし。
なぜか。
近くにあるだけで温かい。
そんな感覚がした。
「それと」
「明後日から校外実習が始まる」
「校外実習?」
「学園全体の行事だ」
「お前たち一年も参加する」
「!」
「楽しそうですね!」
「そうか」
クルデーリスは小さく笑う。
「……そうだな」
「きっと」
「楽しい」
その言葉を聞き。
アギトは深く頭を下げた。
「失礼しました!」
扉が閉まる。
一人残された部屋。
「……懐かしい炎か」
クルデーリスは窓の外を見上げる。
そして。
誰もいない部屋で。
小さく呟いた。
「全く」
「お前に似ている」
「紫炎使い」
夕暮れの風が吹く。
そして。
本棚の奥。
誰にも見えない場所に置かれた、一枚の写真。
そこには。
若き日のクルデーリス。
そして。
優しそうに笑う、一人の青年が写っていた。
その胸元には。
紫色の魔性紋が、静かに輝いていた。




