第41話
夕陽はすっかり傾き、図書館の窓から差し込む光も赤みを帯びていた。
先程までの賑やかな空気とは違い。
アギトの手の中にある紙切れが、妙な重みを持っているように感じられる。
『明日、放課後。一人で来い。』
たった一行。
それだけだった。
「クルデーリス様から?」
アクアが心配そうに顔を覗き込む。
「みたいです」
「何かした?」
「してませんよ!」
「じゃあ怒られる!」
「なんでですか!?」
ファウラが真顔で頷く。
「先生に呼ばれる時は大体怒られる!」
「偏見です!」
「まあ、あの人なら違うと思うけど」
テラが首を傾げる。
「アギト、期待されてるんじゃない?」
「そうでしょうか」
「……」
ウェントスだけが静かだった。
長い睫毛の下の瞳が、紙に向けられている。
「どうかしました?」
「いや」
「少し珍しいと思って」
「珍しい?」
「クルデーリス様は必要以上に他人と関わらない」
「それに」
「わざわざ軍用の伝書鳥を使うことも少ない」
「そうなんですか」
「うん」
「だから」
「少し気になる」
珍しく、ウェントスの声に僅かな真剣さが混じっていた。
「まぁ!」
ファウラが立ち上がる。
「何にせよ!」
「明日になれば分かる!」
「雑ですね」
「人生は勢い!」
「それでよく生きてますね」
「よく言われる!」
「褒めてません」
「最近それしか言われてなくない?」
また笑い声が上がる。
その笑顔を見ながら。
アギトは小さく笑った。
「……そうですね」
「考えても仕方ないですし」
「今日は帰りましょうか」
「うん!」
「賛成!」
「お腹空いた!」
「テラさん、さっき食べましたよ?」
「別腹!」
「便利ですね」
「便利!」
「胸張ることじゃない」
ウェントスが呆れたように呟く。
しかし。
その口元は少しだけ緩んでいた。
⸻
翌日。
放課後。
夕焼けに染まる廊下を、アギトは一人歩いていた。
窓の外では、生徒たちの楽しそうな声が聞こえる。
だが。
今向かっている先は訓練場でも食堂でもない。
学園の奥。
一般生徒が滅多に近寄らない区域。
幹部専用棟。
重厚な扉の前に立つ。
「失礼します」
コンコン。
「入れ」
低く落ち着いた声。
扉を開く。
広い部屋。
本棚。
机。
そして。
窓際に立つ、一人の男。
月のような銀髪。
整った顔立ち。
赤い夕陽を背に受ける姿は、どこか幻想的ですらあった。
「来たか」
「はい」
「呼び出して申し訳ない」
「いえ」
「……」
静寂。
クルデーリスはアギトを見つめる。
その紅い瞳には。
威圧感はあれど。
敵意は感じられない。
「単刀直入に聞こう」
「アギト」
「お前」
「今の学園生活は楽しいか?」
「……え?」
予想していなかった質問。
思わず間の抜けた声が漏れる。
「楽しいかと聞いている」
「え、えっと……」
アギトの脳裏に浮かぶ。
太陽みたいに笑うファウラ。
優しく微笑むアクア。
不器用ながらも付き合ってくれるウェントス。
元気いっぱいのテラ。
そして。
賑やかな日々。
「……はい」
自然と。
笑みが零れた。
「楽しいです」
その答えを聞いて。
クルデーリスは。
ほんの僅かに。
本当に僅かに。
優しく目を細めた。
「そうか」
「ならば良い」
「?」
「……」
夕陽が差し込む部屋。
銀髪の幹部は。
どこか懐かしいものを見るような目をしていた。
まるで。
誰かの面影を重ねるように。




