第38話
昼下がりの学園。
窓から差し込む柔らかな日差しが廊下を照らし、生徒たちの楽しげな声があちこちから聞こえてくる。
そんな中、アギトは一人、図書館へ向かっていた。
「魔法理論の本……あったかな」
ウェントスとの特訓が始まって数日。
制御の難しさを改めて痛感したアギトは、少しでも知識を増やそうと考えていた。
静かな図書館の扉を開ける。
本の匂い。
紙をめくる音。
そこだけ時間の流れが緩やかになったような、不思議な空間だった。
「……やっぱり」
予想通り。
窓際の席には、一人の少年が座っていた。
緑がかった黒髪
整った顔立ち。
そして、何冊もの本。
ウェントスだった。
「こんにちは」
「……君か」
本から目を離し、ウェントスが顔を上げる。
「珍しいね」
「勉強です」
「偉い」
「褒めてます?」
「事実」
「珍しい」
「何が?」
「素直」
「失礼」
僅かに眉をひそめる。
しかし、どこか機嫌は悪くなさそうだった。
「隣、いいですか?」
「好きにしたら」
「じゃあ失礼します」
アギトは向かいの席に腰を下ろす。
机の上を見ると、魔法理論や属性学の本が山積みになっていた。
「凄い量ですね」
「普通」
「普通じゃないですよ」
「そう?」
「そうです」
ウェントスは首を傾げた。
本当に自覚がないらしい。
すると。
「お?」
見覚えのある赤毛が扉から顔を出した。
「いたいた!」
「アギト!」
「ウェントス!」
「図書館で騒ぐな」
「ごめん」
「反省が早い」
「学習した!」
「偉い」
「褒めてる!?」
「褒めてない」
「どっちだよ!」
周囲の生徒がくすりと笑う。
ファウラは小声になりながら二人の元へ近づいた。
「アクアが探してたぞ」
「アクアさんが?」
「お菓子作ったんだって!」
「おお!」
「それを先に言え!」
「図書館で騒ぐな」
「ごめん」
「二回目」
「学習した!」
「してない」
ウェントスは呆れたようにため息をつく。
だが。
その口元は。
ほんの少しだけ緩んでいた。
「……ふっ」
「笑った!」
「笑ったな!」
「ウェントス君!」
いつの間にかアクアまで来ていた。
「こんにちは」
「こんにちは」
優しい笑顔。
手には小さな箱。
「クッキー作ってみたんだ」
「やった!」
「アクア最高!」
「大声」
「ごめん」
「三回目」
「成長してねぇ!」
アギトは思わず吹き出した。
静かな図書館。
差し込む午後の日差し。
友人たちの笑い声。
数週間前。
追放された自分には想像もできなかった光景だった。
(……悪くない)
いや。
悪くないどころか。
楽しい。
そう思った瞬間。
アギトは少しだけ驚いた。
自然に。
本当に自然に。
笑っていたからだ。
⸻
図書館の高い本棚の陰。
「……賑やか」
小柄な少女がひょこっと顔を出す。
茶色の髪。
小さな背丈。
そして。
彼女の肩には、小さなハンマーが掛けられていた。
「人間って面白いなぁ」
金色の瞳が楽しそうに細められる。
「うん!」
誰にも聞こえない声でそう呟くと。
少女は再び本棚の奥へ消えていった。




