第30話
休日が終わり、再び授業の日。
朝の教室はどこか騒がしかった。
「今日から実技らしいぞ」
「マジ?」
「楽しみ!」
一年B組の生徒たちは期待と不安でざわついている。
アギトもまた、少し緊張していた。
(ついにか……)
魔法。
この世界に来てから憧れ続けた力。
しかし。
同時に、紫色の炎のことも頭から離れない。
「あ、おはようアギト君」
「おはようございます」
隣の席のグレイが笑顔を向けてくる。
「緊張してる?」
「ちょっと」
「大丈夫だよ」
「最初はみんな失敗するから」
「グレイさんは?」
「ボク?」
グレイは少し考えた。
「初めての実技で教室一つ吹き飛ばしかけた」
「え?」
「怒られた」
「いや、怒られるレベルじゃ……」
「でも死者ゼロだからセーフ」
「アウトですよ!」
思わずツッコんでしまう。
そんなやり取りをしていると。
ガラッ。
「おはよう」
メディクス先生が入ってきた。
「今日は訓練場で実技を行います」
「ついに!」
誰かが声を上げる。
「ただし」
メディクスの笑顔が少しだけ怖くなる。
「死人は出さないように」
教室が静まり返った。
「冗談ですよ」
「たぶん」
「たぶん!?」
一同がざわつく。
「では移動しましょう」
⸻
訓練場。
広い。
とにかく広い。
そして。
あちこちに焦げ跡。
爆発したような穴。
砕けた岩。
「すご……」
アギトは思わず呟く。
「歴代の生徒たちの成果」
メディクスが説明する。
「壊しても修復班が直すので安心してください」
「安心できません」
「さて」
先生は手を叩く。
「今日は属性ごとに分かれて基礎訓練です」
「火属性!」
「水属性!」
「風属性!」
次々と呼ばれていく。
そして。
「業火属性」
静寂。
「……アギト君だけですね」
「え?」
周囲がざわつく。
「業火?」
「初めて聞いたぞ」
「珍しい属性なんだ」
メディクス先生も少し困った顔をしていた。
「まぁ、私も教えられないので」
「え?」
「え?」
「専門外です」
「ええ!?」
「大丈夫」
先生は笑う。
「特別講師を呼んであります」
その時。
訓練場の入り口から声が響いた。
「失礼する」
低い声。
銀髪。
整った顔立ち。
感情の読めない表情。
「クルデーリスさん!」
思わずアギトが声を上げる。
「久しいな」
「久しくないですよ!三週間前です!」
「そうか」
相変わらずだった。
メディクス先生が苦笑する。
「彼は火属性系統の扱いに長けています」
「今日だけ特別講師として来てもらいました」
「よろしくお願いします!」
「うむ」
クルデーリスは短く頷く。
そして。
「業火属性の者」
「前へ」
「は、はい!」
アギトが出る。
「まず質問だ」
「お前」
「自分の炎を見てどう思った?」
突然の質問だった。
「どうって……」
「綺麗だと思ったか」
「恐ろしいと思ったか」
「……」
アギトは思い出す。
あの紫色の炎。
教室の静寂。
ざわつく生徒たち。
そして。
夢の中の光景。
「……少し」
「怖かったです」
クルデーリスは頷く。
「そうか」
「なら安心だ」
「え?」
「恐怖を忘れた者から死ぬ」
その言葉に、アギトの背筋が伸びた。
「魔法は力だ」
「力は人を守る」
「同時に、人を殺す」
「故に」
「恐れろ」
「自分の力を」
いつも感情の見えないクルデーリスの声。
だが今だけは。
どこか優しさがあった。
「今日は小さな火球を作る」
「蝋燭程度でいい」
「決して欲張るな」
「はい!」
アギトは深呼吸する。
集中。
少しだけ。
少しだけ。
魔力を流す。
すると。
ポッ。
小さな炎が生まれた。
「おお!」
「成功だ!」
だが。
次の瞬間。
炎が揺らぐ。
橙色。
赤色。
そして。
紫。
「!!」
ドゴォォン!!
訓練場に爆炎が巻き起こった。
煙。
熱風。
悲鳴。
「きゃああ!」
「熱っ!」
「何だ!?」
煙の中。
アギトだけが呆然と立っていた。
「……え?」
そして。
煙を切り裂いて。
一人の男が現れる。
「ふむ」
クルデーリスだった。
片手で巨大な炎を握り潰している。
「威力だけなら満点だな」
「……」
「……え?」
「減点百点」
「マイナスなんですか!?」
その瞬間。
周囲から笑い声が起こった。
しかし
遠く。
訓練場を見下ろす塔の上。
赤い瞳の獣人は。
紫色の残り火を見つめながら。
静かに笑っていた。
「やっぱりだ」
「前の彼よりも」
「ずっと危うい」
そして。
誰にも聞こえない声で呟く。
「楽しみだぜ」
「アギト」




