第29話
夕暮れ。
街から戻ったアギトとアウラは、寮への帰り道をゆっくり歩いていた。
空は赤く染まり、魔王城の影が長く伸びている。
「……ごめんね」
不意にアウラが呟いた。
「え?」
「せっかくの休日だったのに」
「途中で変な空気にしちゃって」
アギトは少し笑った。
「別に気にしてませんよ」
「本当?」
「はい」
「優しいねぇ」
アウラはいつものように笑った。
だが。
その笑顔の奥にある寂しさは消えていなかった。
「アウラ先輩」
「ん?」
「その人」
「グリフォンさんって」
「昔の知り合いなんですよね?」
足が止まる。
「……」
「言いたくないなら大丈夫です」
「いや」
アウラは小さく首を振った。
「少しだけ話す」
風が吹く。
「ボクがまだ子供だった頃」
「とっても優しい人がいたんだ」
「優しい?」
「うん」
「困ってる人を放っておけなくて」
「すぐ笑って」
「自分より他人の心配ばっかりする人」
アギトは思わず苦笑した。
「なんか、お人好しですね」
「でしょ?」
アウラは微笑んだ。
「本当に馬鹿だった」
「でも」
「大好きだった」
「!」
アギトの目が丸くなる。
「恋愛とかじゃないよ?」
「家族みたいなもの」
「幼馴染だったから」
そう言うアウラの顔は、とても懐かしそうだった。
「そして」
「グリフォンは」
「その人のライバルだった」
「ライバル?」
「喧嘩ばっかりしてた」
「でも」
「仲は悪くなかったと思う」
少しだけ。
アウラの声が震える。
「……あの日までは」
「?」
「ごめん」
「今日はここまで」
それ以上は話さなかった。
話せなかった。
あの日。
紫炎。
勇者。
そして。
幼馴染の最期。
それは今でも、アウラの心に深い傷として残っていた。
⸻
夜。
アギトが眠りについた頃。
魔王城の屋上。
アウラは一人で星空を見上げていた。
「……変わってないね」
「お前も」
「泣き虫」
「!」
振り向く。
そこにいたのは。
赤い瞳。
獣の耳。
そして。
五百年前と変わらない笑顔。
「グリフォン……」
「追い返すなよ」
「ここ魔王城なんだけど」
「知ってる」
「侵入してきたの!?」
「失礼な」
「散歩だ」
「散歩で魔王城の屋上来る奴いる!?」
「いる」
「ここに」
「……」
アウラは頭を抱えた。
「昔から変わってないね」
「お互い様だ」
グリフォンは隣に座る。
「なぁ」
「アイツのこと」
「まだ忘れられないか?」
「当たり前でしょ」
「五百年だよ?」
「忘れられるわけない」
「そうか」
「グリフォン」
「なんで生きてるの?」
「知らん」
「嘘」
「半分本当」
赤い瞳が夜空を見上げる。
「気付いたら生きてた」
「気付いたら」
「五百年経ってた」
「……」
「そんで」
「また紫炎が現れた」
「だから会いに来た」
「アギト君を?」
「ああ」
「止めるため?」
グリフォンは少し考える。
「……さぁな」
「は?」
「俺にも分からん」
「何それ」
「本当に分からねぇんだ」
「アイツに似てるから」
「嬉しいのか」
「怖いのか」
「期待してるのか」
「それとも」
「全部か」
アウラは黙っていた。
すると。
グリフォンが笑う。
「まぁ」
「前の彼よりは長生きしてほしいな」
「!」
アウラの表情が凍る。
「……そんな言い方」
「すんな」
「ん?」
「そんな言い方するな!!」
思わず叫ぶ。
「アイツは!」
「アイツは!」
「……」
「……ごめん」
涙が零れる。
「ごめん」
「怒鳴るつもりじゃ……」
しかし。
グリフォンは怒っていなかった。
「いや」
「いい」
「怒れ」
「俺は怒られる資格がある」
「……」
「だって」
グリフォンは寂しそうに笑った。
「俺は」
「アイツの最期を見届けてねぇからな」
その言葉に。
アウラの瞳が揺れる。
そして。
五百年ぶりに。
初めて。
アウラは思った。
(この人も……)
(苦しんでたんだ)
と。
⸻
その頃。
誰もいない地下深く。
無数の鎖に封じられた闇の中。
『……』
『グリフォン』
『哀れな獣よ』
低い声が響く。
『貴様は知らぬ』
『既に契約は始まっていることを』
二つの赤い瞳が不気味に輝く。
『紫炎の少年』
『その絶望こそ』
『我が王の目覚めに必要なのだから』
闇の中で。
悪魔は静かに笑った。




