第25話
「……誰?」
「グリフォンって」
アウラの声に、アギトの心臓が大きく跳ねた。
「え?」
「今、寝言で言ってた」
「グリフォンって誰?」
いつもの笑顔はない。
アウラは真剣な表情でこちらを見ていた。
「俺も……知らないです」
「夢に出てきたんです」
「夢?」
アウラの目が僅かに揺れる。
「どんな夢?」
「知らない男がいて……」
「紫色の炎があって……」
「あと、獣人みたいな人が」
「そいつがグリフォンって」
その瞬間。
アウラの顔色が変わった。
「……嘘」
「え?」
「獣人?」
「赤い目?」
「はい」
「……」
アウラは黙り込んだ。
「アウラ先輩?」
「……ありえない」
小さな声。
「死んだはず」
「?」
「いや」
アウラは首を振る。
「忘れて」
「でも」
「忘れて」
珍しく強い口調だった。
「ごめん」
「ちょっと、一人にして」
そう言い残し、アウラは部屋を飛び出した。
「アウラ先輩!」
呼び止める声も届かない。
バタン。
扉が閉まる。
「なんなんだ……?」
朝から頭が混乱していた。
夢。
グリフォン。
そして。
アウラの反応。
どれも普通じゃない。
⸻
一方その頃。
魔王城の最上階。
魔王オブスキュリタスの執務室。
「魔王様」
クルデーリスが頭を下げる。
「侵入者の痕跡はありません」
「そうか」
オブスキュリタスは難しい顔をしていた。
机の上には一冊の古い本。
『災厄の魔人』
そう記された本を眺めながら、小さくため息をつく。
「五百年か」
「随分と長い昼寝だったな」
「魔王様?」
クルデーリスが怪訝そうな顔をする。
「……クルデーリス」
「はっ」
「もし」
「死んだと思っていた者が目の前に現れたらどうする?」
珍しい質問だった。
クルデーリスは少し考える。
「まず本物か疑います」
「次に敵か味方か確認します」
「敵なら?」
「殺します」
「……そうか」
「魔王様?」
「いや」
「独り言だ」
しかし。
オブスキュリタスの脳裏には、ある男の姿が浮かんでいた。
『戦争なんざ、全部ぶっ壊せば終わりだろ?』
赤い瞳。
獣の耳。
豪快な笑み。
そして。
誰よりも強かった風属性。
「グリフォン……」
「なぜ生きている」
五百年前。
勇者との戦いの後。
確かに奴は死んだ。
いや。
死んだはずだった。
⸻
その頃。
城の中庭。
アウラは一人、ベンチに座っていた。
震えている。
「なんで……」
「なんで今になって」
握り締めた手が白くなる。
「もう終わったはずじゃん」
「もう……」
「忘れたかったのに」
そして。
誰もいないはずの中庭に。
声が響いた。
「ひでぇなぁ」
「忘れるなんて」
「!?」
アウラが立ち上がる。
そこには。
黒いローブ。
赤い瞳。
そして。
獣人の男。
「久しぶりだな」
「泣き虫」
アウラの顔から血の気が引いた。
「……グリフォン」
男は笑う。
「あぁ」
「五百年ぶりだ」
「チビ助」
「なんで……」
「なんで生きてるの……?」
「さぁ?」
「俺にも分からねぇ」
「気付いたら生きてた」
軽い調子。
昔と変わらない。
それが逆に恐ろしい。
「……嘘」
「お前は」
「死んだ」
「確かに死んだ」
「だから俺も驚いてる」
グリフォンは笑う。
そして。
「なぁ」
「アイツに似てるな」
その一言で。
アウラの瞳が揺れる。
「……!」
「アギト」
「前の紫炎使いそっくりだ」
「やめて」
「声も似てる」
「やめて」
「性格も優男」
「やめて!」
叫び声が響く。
グリフォンは笑みを消した。
「……まだ引きずってんのか」
「当たり前だよ!」
アウラの目から涙が零れる。
「目の前で死んだんだよ!」
「幼馴染だったんだよ!」
「ずっと一緒だったんだよ!」
「なのに……!」
「なんで……!」
「なんでまた……!」
「同じ炎なの……!」
静寂。
しばらくして。
グリフォンは小さく息を吐いた。
「安心しろ」
「?」
「今度は」
赤い瞳が細くなる。
「前より面白くなる」
その言葉に。
アウラは初めて。
心の底から恐怖を覚えた。




