第12話
授業が終わった後の教室は、まだ少しざわついていた。
机を片付ける音、椅子を引く音、誰かの笑い声。
いつも通りの光景のはずなのに、アギトにはどこか遠く感じられた。
(……さっきの、紫)
水晶に灯った一瞬の色が、頭から離れない。
ただの失敗なのか。
それとも何か別の意味があるのか。
分からない。
分からないまま、胸の奥だけが落ち着かなかった。
「アギト」
名前を呼ばれて顔を上げる。
アウラだった。
階段の上からこちらを見下ろしている。
いつも通り軽い表情のはずなのに、どこか違って見えた。
「帰るの遅いじゃん」
「ちょっと……考え事してて」
「ふーん」
アウラはそれ以上聞かなかった。
代わりに、軽く手招きする。
「来なよ。外、ちょっと見せたいとこある」
「外?」
「うん」
断る理由もなかった。
アギトは鞄を持って席を立つ。
⸻
廊下は静かだった。
さっきまでの喧騒が嘘みたいに消えている。
窓から差し込む光だけが、床に細い線を描いていた。
歩きながら、アウラがぽつりと言う。
「さっきの授業さ」
「……うん」
「ちょっとだけ、変だったよね」
足が一瞬止まりかける。
アギトは何も言えなかった。
アウラは前を向いたまま続ける。
「普通はさ、あそこまで色変わらない」
「……そうなの?」
「うん。魔力が不安定でも、あんな“色”にはならない」
軽い口調なのに、言葉だけが重い。
(やっぱり、何かあるのか)
アギトは無意識に拳を握る。
⸻
外に出ると、空気が少し冷たかった。
魔王城の外縁部。訓練場のさらに奥。
誰もいない小さな中庭のような場所だった。
「ここ、あんまり来ない方がいいんだけどね」
アウラはそう言いながら、石の壁に背を預けた。
「でも、静かだから好きなんだ」
アギトも少し距離を取って立つ。
風が吹く。
草が揺れる音だけが聞こえた。
しばらく沈黙が続いたあと、アウラが口を開いた。
「アギトさ」
「……うん」
「前のこと、覚えてる?」
「前?」
「転生とか、その前」
その言葉に、胸が一瞬だけ冷たくなる。
アギトは視線を逸らした。
「……あんまり、はっきりとは」
「そっか」
アウラはそれ以上踏み込まなかった。
代わりに、小さく笑う。
「でもさ」
「?」
「“そういうの”って、たまに漏れるんだよね」
風が止まった気がした。
アギトはアウラを見る。
アウラは空を見ていた。
「魔力ってさ、嘘つけない時あるから」
「……どういう意味?」
「まだ分かんなくていいよ」
軽く言って、アウラは立ち上がる。
「でも一個だけ」
振り返る。
その目だけは、さっきまでと違っていた。
「無理に抑えようとすると、壊れる」
「……何を?」
アウラはすぐには答えなかった。
少し間を置いてから、いつもの調子に戻る。
「全部」
そして笑う。
「ま、今は気にしなくていいってこと」
⸻
帰り道。
アギトはずっと黙っていた。
(全部、ってなんだよ)
手を見る。
何も変わっていない。
でも、確かに何かが“ある”気がする。
言葉にできない違和感。
胸の奥の、ほんの小さな熱。
⸻
その夜。
学園の外れ。
メディクスは一人、報告書に目を落としていた。
「紫の反応……か」
机の上の水晶球が、微かに揺れる。
ほんの一瞬。
紫の残滓のような光が走る。
メディクスはそれを見ても、表情を変えなかった。
「まだ早いな」
小さく呟く。
⸻
同じ頃。
アウラは自室の窓から外を見ていた。
月が出ている。
その光の下で、指先にほんの少しだけ魔力を灯す。
紫ではない。
けれど、どこか近い色。
「……やっぱり、そういうことか」
誰にも聞こえない声だった。
⸻
アギトはベッドの上で天井を見ていた。
眠れない。
ただ、それだけだった。
(何かが、近づいてる気がする)
理由は分からない。
でも確かに、何かが少しずつ形になり始めていた。
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その日。
学園の夜は、いつもより静かだった。
しかし、その静けさは――
どこか“作られたもの”のようだった。




