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魔法異端見聞録  作者: トミー
第1章学園篇前半
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第12話

授業が終わった後の教室は、まだ少しざわついていた。

机を片付ける音、椅子を引く音、誰かの笑い声。

いつも通りの光景のはずなのに、アギトにはどこか遠く感じられた。


(……さっきの、紫)


水晶に灯った一瞬の色が、頭から離れない。


ただの失敗なのか。


それとも何か別の意味があるのか。


分からない。


分からないまま、胸の奥だけが落ち着かなかった。


「アギト」


名前を呼ばれて顔を上げる。


アウラだった。


階段の上からこちらを見下ろしている。

いつも通り軽い表情のはずなのに、どこか違って見えた。


「帰るの遅いじゃん」


「ちょっと……考え事してて」


「ふーん」


アウラはそれ以上聞かなかった。

代わりに、軽く手招きする。


「来なよ。外、ちょっと見せたいとこある」


「外?」


「うん」


断る理由もなかった。

アギトは鞄を持って席を立つ。



廊下は静かだった。

さっきまでの喧騒が嘘みたいに消えている。

窓から差し込む光だけが、床に細い線を描いていた。

歩きながら、アウラがぽつりと言う。


「さっきの授業さ」


「……うん」


「ちょっとだけ、変だったよね」


足が一瞬止まりかける。

アギトは何も言えなかった。

アウラは前を向いたまま続ける。


「普通はさ、あそこまで色変わらない」


「……そうなの?」


「うん。魔力が不安定でも、あんな“色”にはならない」


軽い口調なのに、言葉だけが重い。


(やっぱり、何かあるのか)


アギトは無意識に拳を握る。



外に出ると、空気が少し冷たかった。

魔王城の外縁部。訓練場のさらに奥。

誰もいない小さな中庭のような場所だった。


「ここ、あんまり来ない方がいいんだけどね」


アウラはそう言いながら、石の壁に背を預けた。


「でも、静かだから好きなんだ」


アギトも少し距離を取って立つ。


風が吹く。


草が揺れる音だけが聞こえた。

しばらく沈黙が続いたあと、アウラが口を開いた。


「アギトさ」


「……うん」


「前のこと、覚えてる?」


「前?」


「転生とか、その前」


その言葉に、胸が一瞬だけ冷たくなる。

アギトは視線を逸らした。


「……あんまり、はっきりとは」


「そっか」


アウラはそれ以上踏み込まなかった。

代わりに、小さく笑う。


「でもさ」


「?」


「“そういうの”って、たまに漏れるんだよね」


風が止まった気がした。

アギトはアウラを見る。

アウラは空を見ていた。


「魔力ってさ、嘘つけない時あるから」


「……どういう意味?」


「まだ分かんなくていいよ」


軽く言って、アウラは立ち上がる。


「でも一個だけ」


振り返る。


その目だけは、さっきまでと違っていた。


「無理に抑えようとすると、壊れる」


「……何を?」


アウラはすぐには答えなかった。

少し間を置いてから、いつもの調子に戻る。


「全部」


そして笑う。


「ま、今は気にしなくていいってこと」



帰り道。


アギトはずっと黙っていた。


(全部、ってなんだよ)


手を見る。


何も変わっていない。

でも、確かに何かが“ある”気がする。

言葉にできない違和感。

胸の奥の、ほんの小さな熱。



その夜。

学園の外れ。

メディクスは一人、報告書に目を落としていた。


「紫の反応……か」


机の上の水晶球が、微かに揺れる。

ほんの一瞬。

紫の残滓のような光が走る。

メディクスはそれを見ても、表情を変えなかった。


「まだ早いな」


小さく呟く。



同じ頃。


アウラは自室の窓から外を見ていた。

月が出ている。

その光の下で、指先にほんの少しだけ魔力を灯す。

紫ではない。

けれど、どこか近い色。


「……やっぱり、そういうことか」


誰にも聞こえない声だった。



アギトはベッドの上で天井を見ていた。

眠れない。

ただ、それだけだった。


(何かが、近づいてる気がする)


理由は分からない。

でも確かに、何かが少しずつ形になり始めていた。



その日。


学園の夜は、いつもより静かだった。

しかし、その静けさは――


どこか“作られたもの”のようだった。

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