第11話
授業が終わると同時に、教室の空気が一気に緩んだ。
緊張していた生徒たちもようやく肩の力が抜けたのか、あちこちで話し声が聞こえ始める。
「いやー、成功してよかった……」
「俺、ちょっと火が大きくなりすぎて焦った」
「でもメディクス先生、優しかったよな」
そんな声が飛び交う中、アギトだけは席に座ったまま動けずにいた。
(なんだったんだ……)
視線は自然と右手に落ちる。
あの感覚が、まだ指先に残っているような気がした。
ほんの少し魔力を流しただけ。
他のみんなと同じように、灯りをつけようとしただけだった。
それなのに。
(紫色……)
思い出した瞬間、胸の奥がざわつく。
「なあ、今の見たか?」
「紫色だったよな?」
「見間違いじゃないか?」
「でも確かに……」
小さな声が耳に入る。
悪意はない。
ただの噂話。
それでも、胸の奥が少し痛んだ。
(やっぱり……俺だけ違うのか?)
自然と拳に力が入る。
その時だった。
「アギト君」
優しい声が聞こえた。
顔を上げると、そこにはメディクスが立っていた。
「少し時間あるかな?」
「え?」
思わず声が漏れる。
「そんなに緊張しなくて大丈夫」
メディクスは苦笑した。
「ちょっと話したいだけだから」
「は、はい」
周囲の視線を感じながら席を立つ。
何か悪いことをしたのだろうか。
そんな不安を抱えたまま、アギトはメディクスの後を追った。
廊下を歩く。
窓の外では夕日が赤く輝き、長い影が床に伸びていた。
その間も、メディクスは何も言わない。
静かな足音だけが廊下に響く。
やがて二人は職員室へと辿り着いた。
「失礼します」
メディクスが扉を開ける。
中には何人かの教師がいた。
書類を読んでいる者。
誰かと話している者。
不思議な薬品のようなものを調合している者までいる。
「こっちだよ」
メディクスは奥の席へ向かうと、一つの椅子を指差した。
「座って」
「し、失礼します」
アギトは緊張しながら腰を下ろす。
するとメディクスは、机の上に置いてあったカップにお茶を注ぎ始めた。
「飲む?」
「え?」
「緊張してるでしょ?」
そう言って差し出された湯気の立つカップを、アギトはおずおずと受け取る。
「ありがとうございます……」
一口飲む。
ほんのり甘い味がした。
するとメディクスが柔らかく笑う。
「少しは落ち着いた?」
「はい……少しだけ」
「それならよかった」
そう言うと、メディクスは椅子に腰掛けた。
「さて」
優しい表情は変わらない。
だが、その瞳には教師としての真剣さが宿っていた。
「今日の授業で起きたことについて、君自身はどう思ってる?」
その質問に、アギトは俯く。
「……正直、よく分かりません」
「うん」
「初めて魔法を使いましたし、紫色になった理由も分からないです」
「そうか」
メディクスは小さく頷いた。
「なら、一つだけ安心してほしい」
アギトは顔を上げる。
「魔法は人によって個性がある」
「個性……ですか?」
「うん。同じ火属性でも、人によって色や性質が違うこともある」
「じゃあ……」
「珍しいことではあるけど、異常と決まったわけじゃない」
その言葉に、少しだけ胸が軽くなる。
「本当ですか?」
「もちろん」
メディクスは優しく笑った。
「だから焦らなくていい」
「昨日より今日、今日より明日」
「少しずつできることを増やしていけばいいんだよ」
アギトは小さく頷く。
「……はい」
その返事を聞き、メディクスは満足そうに微笑んだ。
しかし。
(嘘は言っていない)
心の中でそう呟く。
(でも……)
今日見た紫色の炎。
あれを見た瞬間、脳裏に浮かんだのは古い記録。
そして――
校長であるオブスキュリタスの険しい表情だった。
(まだ、この子には言えないね……)
メディクスは表情を変えないまま、静かに紅茶を口に運んだ。




