勇者と猫
全てが破壊しつくされた村の中心の広場。年に一度開かれる豊作祭の次の日の光景だ。
井戸は破壊され、家は倒壊し煙が燻っている。精を感じさせないこの空間で、ただ一人、ポツンとたたずむ少女がいた。年端もいかぬその少女は、自分の村に何が起きたのか理解することもできずただ茫然とあたりを眺めている。
「ゆうしゃ、さま……」
不意に、少女が俺の名前を呼んだ。こちらに目を向けず、家のあった場所をまっすぐ見つめて。少女にどんな顔を向けていいのか分からなかった俺はそれがありがたかった。
「おかーさんと、おとーさんと、おねーちゃん……もう、あえないの?」
「……ああ」
「なんで、どうして……もう、もうあえないの?」
「……すまない」
「ゆうしゃさま、おねがいがあるの」
そこで初めて少女は俺に目を向けた。煤に汚れたその顔に、一筋の涙が流れる。
「わたしは、なにもできないけど。ここをこんなふうにしたやつを、ゆるさないで」
「……ああ」
強い生命を感じさせるその瞳には、様々な感情が見て取れた。
一人身になった絶望、明日自分も死ぬかもしれない恐怖、そして、隠し切れない俺への怒り。
なぜ誰も助けてくれなかったのか。そう強く罵られているようで、俺は少女の顔を長く見続けることはできなかった。
俺は勇者だ。神ではない。なんの罪もない人々を救うこともできないし、小さい少女を笑顔にすることすらできない。
俺は背負うことしかできない。残された人の期待を。怒りを。絶望を。
逃げることは許されない。逃げる場所もない。勇者は一人しかいないから。
☆
ザラザラした感触が頬に当たる。目を開けると、飼い猫のマルがペロペロと舐めていた。
マルを撫でつつ起き上がる。見上げれば木々の隙間からわずかに見える太陽が西に傾いている。茜色に染まる空を眺め欠伸をした。
「……少し、寝すぎたな。もう夕方か」
「にゃあ」
少し怒ったように鳴くマル。この猫を拾ってから一月近く経つが、なかなかどうして頭がいい。俺の言葉を理解しているように思える。
「じゃあ、帰ろうか。今日は美味しいものでも食べよう」
「んにゃう」
ゴロゴロと喉を鳴らすマル。ご機嫌だ。なんとなく嬉しい気分になりつつ、無造作に腰に下げてある剣を抜き放ち背後にいる何かを切り裂いた。
「カヒュッ」
ボトリ、と首から上が地面に落ちる。音を立てぬ襲撃者は断末魔も上げることなく静かに逝った。
「……臨時収入も入ったことだしな」
遅れて体が倒れこむ。別の意思を持っているかのように何度か痙攣し、やがて動かなくなった。緑色の血が勢いよく噴出している様を眺めつつ、首を傾げた。
「……見たことのない魔物だ」
魔物の顔をジッと見る。ゴブリンのような顔付きだが、気配を消す程度の知能もある。
魔人……と呼ぶには弱すぎる。それに、俺に挑む時点で頭がいいとは言えない。
まあ倒してしまったのだからいいだろうと思考を切り上げ、ゴブリンもどきを逆さにして木にくくる。
「賢い魔物、ってくらいか。初めて見るな」
「にゃう」
腹が減ったとばかりに肩に乗り首筋を叩くマル。ポーチから干し肉を出し手に乗せて差し出すも、顔をそむけてしまう。
「腹が減ってたんじゃなかったのか?」
「……」
夕飯はもっといいものにしろ。そんな様子のマルに苦笑しつつ、血が抜けきったゴブリンもどきを麻袋に詰め込んだ。
「さて帰るか、マル」
「にゃ」
周囲を探るも、魔物の気配はなかった。それでも警戒は怠らず森を出る。
……そういえば、夢に出てきた少女は元気だろうか。いや、とっくに死んでいるだろうな。願わくば、少女の人生に祝福あらんことを。
そうして森を抜けしばらく歩くと、城壁とその向こうにある街が見えてきた。
魔法都市ニブルヘッヅ。その歴史は浅く、勇者が魔王を打倒した後、だいたい百五十年前に出来たらしい。その名の通り魔法が盛んで、この国最大の魔法学校が存在する、らしい。俺が一週間程度酒場を渡り歩いて集めた情報だから合っているかは微妙なところだが。
「おう、ユウか。今日も薬草刈りか?」
ニブルヘッヅに到着すると、城壁の脇に立つ男――門兵のマースに声を掛けられた。夕方の担当らしく、毎日顔を合わせているうちに挨拶する仲になった。
「ああ。今日は大量だ」
「すげぇ量だな。それが全部薬草か……ッ!」
報告も必要かと思いゴブリンもどきの腕を麻袋から引き出せば、マースは大きく息をのみ驚愕に目を見開いた。
「そっ、そいつは!?」
「森で襲ってきたから狩った。いい臨時収入だ」
マースはこちらが心配になるほど恐れ戦き、酷い汗を掻いている。
「か、狩った……? お前がか?」
「ああ。この腰の剣が飾りに見えるか?」
腰の剣を少し抜けば、マースが軽く首を振った。
「ああ、ああ。薬草刈りが戦える力を持っているなんて思わなかったからな……勇者様が通りかかったって言ったほうが説得力があるぜ」
「……なんだそりゃ。それでこいつはなんて魔物だ? 初めて見る種類だが」
「ちょっとまってろ」
マースは麻袋からゴブリンもどきの頭を持ち出し、じっくりと眺めた。なんとなく腰が引けている。
「おいおい、冗談だろ……こいつぁラドロアじゃねえか」
「ラドロア……?」
「知らないで倒したのか!? こいつはゴブリンの変異種だ。知能が高くて力も強い。こいつ一匹で村が一つ壊滅したなんて話も聞いた。出現したらギルドで緊急招集がかけられるレベルだ……死の象徴なんて二つ名もある」
「そんなこと……」
ないだろう、とは言えなかった。顔が青ざめ、震え、尋常じゃない汗を流すマースを見て、冗談を言っているようには見えなかったからだ。
「……まあ、さっさと倒せてよかったな。被害はゼロだ」
「本当に、お前が倒したのか?」
「どうだろうな。寝起きだったから記憶が曖昧だ。もしかしたら通りすがりの勇者様が倒してくれたのかも」
「あのなぁ……」
ようやく落ち着いてきたマースに別れを告げ、ギルドへ向かった。思わぬ足止めを食らったとマルは怒り気味だ。面倒だから無視しつつ、少し歩調を速めた。
ラドロア。死の象徴。なんともまあ、安い象徴だ。こんなものが死であるのなら、俺が戦ってきた者たちはなんなんだ?
なんとなくモヤモヤした気分になり、思わずため息を吐いた。




