第10話 アーマージャイアント祭り その3
──消失済み──
地面から突き出た針のような細い岩。
アズマが進んだ道の先にそれはあった。
「やっぱりこっちが当たりか。ホントに言ったとおりになるとは、さすがじゃっくんと言うべきかな」
やれやれと額をかきつつアズマは道を外れた。
その目印となる岩から東へ五十八歩、南へ七歩のところ。そのあたりがあの鋼の巨人が発掘されたところらしい。
「さて」
その位置についたアズマは腰から鞘に入ったままの刀を引き抜く。
柄を逆手に持ち、アズマは刀を地面に下ろした。
「八百万の歴史を刻め。リアクター」
とん。と鞘の先端が地面につくのと同時に、刀の内に存在する機鎧。その動力炉、『ヤオヨロズリアクター』が大きく作動する。
大地から光が集まり、鞘の先端へと吸い上げられてゆく。
その光の奔流は刀を登り、柄を通過し、さらにアズマの手を通じて頭へと吸いこまれていった。
『ヤオヨロズリアクター』
アズマの持つ刀。および機鎧のエネルギー源となる動力炉。
この世に存在する全てのものと反応し、エネルギーを生み出す、世界が存在する限りエネルギーを生み出す永久機関。
それは、そのエネルギーを生み出すのと同時に、そこにある存在の歴史も記録してゆく情報の箱舟でもある。
そうして蓄えられた情報にアクセスし、この場で起きた歴史をアズマも垣間見ることが出来るのだ。
今、この時からこの大地が生まれた瞬間までの歴史がアズマの頭の中を駆け抜ける。
目をつむったアズマの体が、一瞬震えた。
まるで、雷が彼の頭に落ちたかのようだ。
鼻からどす黒い血が一筋流れ、アズマはまるで今まで息をとめていたかのように大きく息をはき、そして飲みこんだ。
鼻から流れた血を拭い、アズマは少しだけよろめいた。
「……あー、今回はちょっと、かっこつけすぎたか」
よろめいたアズマは頭に手を当て、なにかを振り払うよう小さく頭を振った。
ほんの一瞬の出来事であったが、普段のアズマからは想像もできないほど疲労しているように見えた。
それも当然だろう。
今、この瞬間からアズマの立つ大地が生まれた瞬間までの全ての歴史がアズマの頭の中へ押しこまれたのだ。その膨大な情報を瞬時に受け止め、頭で処理することは容易なことではない。
むしろ、処理しきれず脳が焼ききれていないことを驚愕すべきだ。
しかし、それだけの歴史をただ頭の中に得ただけでは意味がない。
頭に入ったのはあくまで知識。情報でしかないからだ。
それは事実を羅列しただけで答えは教えてくれないし謎解きもしてくれない。
これを使ってなにかを察し、謎を解き答えを出せるのはそれを手にした者の知恵が必要だ。
永劫とも思える膨大な時の情報。その中にある刹那の瞬間を見つけ、観察し、必要な情報を抜き出し謎を解く。それが出来なければ、この知識はなんの役にも立たないものだ。
「……あぁ、ダメか」
ゆっくりと目を開いたアズマはどこか残念そうに呟いた。
それは、無意味だったことを意味している。
「やっぱりキーは誰かに拾われてもうないかー」
いつも通り、かるーい雰囲気の言葉がアズマの口から飛び出す。
声は明るいが、肩が少し落ちているので残念がってはいるようだ。
アズマはしっかりと、脳内に流れた膨大な知識の中からその瞬間を見つけ出していた。
情報という濁流の中にたゆたう砂粒を探し出し、きちんとその探し物の行方を把握したのである。
アズマの見た光景。
その中には、ここで青く光る水晶が露出しているのを見つけた旅人がそれを掘り返し、小躍りしてジャイアントシティとは別の方へと走ってゆく光景だった。
それは、クレインがあの半壊の巨人を発掘するだいぶ前の話だ。
こうなるとさしものアズマもお手上げである。
得て見た情報はこの地のもののみ。
ここから離れ、追っていくとなるとこの旅人のあとを追い、同じことを何度も繰り返さなければならない。
追うことは不可能ではないが、それは物理的に時間がかかる作業だった。
これを行うならむしろ、その旅人の人相書きを作ってそちらを捜した方が速いかもしれないレベルである。
「しゃーない。ひとまず報告に戻ろうか」
ペンダントを探すにしても旅人を探すにしても、皆に一言言ってからではないとはぐれたり迷子になったり心配されたりしてしまう。
それはさすがに遠慮したかったので、アズマは刀を腰に戻し、一度戻ることにした。
「さて。じゃっくんを待つか、それともむかえに行くか……って、ん?」
思考ついでに視線をぐるりと回していると、遠くに土煙があがっているのに気づいた。
──魔剣グラムの力──
「……ふむ。明日の祭りの前に、一仕事しておきましょうか。せっかくの祭りを邪魔され、本当に中止にされても困りますからね」
カレン達とわかれ、明後日の方へと向かっていたジークが小さく呟いた。
彼が全く関係のない方向へ進んだ目的。それが彼の進む先にはある……
「おう。てめぇら、準備はいいか!?」
「へい!」
荒野に生まれた小さな丘。
そこからジャイアントシティを見おろす一団があった。
その数は約六十人。
ボサボサの髪や荒れた肌。そして薄汚い服装の男達。
全員が馬に乗り、カウボーイの格好をしているが、それは全うな仕事をしている男達の姿ではなかった。
「団長、あれがジャイアントシティみたいですぜ!」
「あぁ。見えてるよ。いいかてめぇら、街のヤツ等は誰一人として殺すんじゃねぇぞ! なにかするならこの土地の秘密を聞きだしてからだ。絶対なにか知っている。この街に眠る巨人か、かの『アーマージャイアント』の秘密をな!」
「おおー!」
団長と呼ばれた半身が機械の男の声に、団員である男達は拳を振り上げ答えを返した。
巨人伝説が蔓延したかつてはこうして街を襲い、その秘密を暴こうというものも多かった。
しかし何度も何度繰り返され、何度掘り返したかもわからぬほどの年月が流れた今、この街を襲いその秘密を聞き出そうというものはほとんどいないのが現状だった。
だが、それでもたまにこの街が巨人の秘密を独占していると邪推しやってくる者もいなくはない。
今回は巨人伝説だけでなく『アーマージャイアント』生誕の地という話が加わり、ひょっとしてという希望の光を見てしまった。
それが、今回ジャイアントシティを狙うこの一団というわけだ。
「誰も見つけることの出来なかった遺跡。あの『アーマージャイアント』の秘密! こいつを手に入れることができりゃ俺達は間違いなく歴史に名を残す! いくぞてめぇら!」
「うおおおー!」
団長の掛け声と共に、団員達は一斉に馬の腹を蹴り丘を駆け下りる機械の男の背に続いた。
ひひーん!
だが、その駆け下りる一団の前を邪魔するかのごとく横切る白馬が一頭。
突然の出現に、先頭を走る団長の馬が足を上げ立ち止まった。
それにより、後続の団員達の馬も足をとめてしまう。
「な、なんだいきなり、あぶねぇじゃねえか!」
突然とび出してきた白馬に、団長が怒鳴る。
その白馬は一団から距離をとるようにして半円を描き、一団の真正面に停止した。
ひらり。
真っ赤なマントをひるがえし、その白馬から一人の男が降りる。
肩に赤いマントをかけた、まるで絵本からとび出してきたかのような王子を思わせる貴族の姿。
そこに現れたのは、ジーク・マッケンジーだった。
「なっ、んだ……?」
その姿を見て、団長は困惑する。
それもそうだろう。いきなり目の前におとぎ話の王子様が現れたのだ。それは夢か幻かと思ってしまう。
いくら西部が無法地帯で服装も自由。このならず者の一団の団長なんて顔の半分を機械にしたような男で、そんなヤツ等さえ平然と闊歩しているこの場所においても、その格好の男は困惑の対象だった。
この銃器全盛の時代に銃を腰に帯びず、あまつさえ前世紀の遺物である剣を持って平然と立っているのだから、そりゃ困惑もするだろう。
サムライのように全く知らない存在の格好ではなく、彼等でも知っている王子様のような格好をしているのもその混乱に拍車をかける。
すらり。
男がその腰にある剣を抜いた。
男の装備に銃は見れない。
つまりこの男は、マシンソルジャーをふくむこの一団に対してあの剣一本で戦いを挑もうとしているのである。
「な、なんだお前、まさかそれでオレ達と戦おうってのか?」
今は銃全盛の時代だ。
剣なんて弾を避ける盾にもなりはしない。
しかもこの団長。
この男は機械の体を持つマシンソルジャーでもあるのだ。
生半可な一撃など、機械と化したその目が全てを見切って鋼の右腕で殴り飛ばしてしまうのである!
男はさわやかに笑う。
「明日、祭りがあります。そのために今日あの街を襲われては困るのですよ。ですから、帰っていただきたい」
いうにこと欠いて、この中世かぶれは降伏勧告をしてきた。
確かにこのならず者の集団を見ればなにをしにきたのか聞かずともわかる。
だからと言って、帰れといって帰るわけがなかった。
「馬鹿を言ってんじゃねぇ! 団長の姿が見えねぇのか! 団長はマシンソルジャーなんだぞ! いくらてめぇが剣の腕に自身があろうと、俺達の持つ銃にはかなわねぇし、例え近づけたとしても団長の目と右手にかなうわけもねぇ!」
「そうだそうだ! てめぇこそ帰れ!」
「ついでにその剣を置いていけば命だけは助けてやるぞ!」
団員達が口々にジークに向かって声を上げた。
あんな剣一本しか持たない相手に負けるなんて欠片も思っていない。
銃も持たず集団を相手にしたものなんて笑われる。
これはこの新大陸共通の態度と言えた。
「てぇわけだ。死にたいならいくらでも相手になるぜ?」
団長が機械の腕を動かし、その手をジークへむけた。
手首が変形し、そこから連発式の小型ガトリングがせり出してくる。
銃弾は普通のライフル弾だが、弾倉にある分で分間六十発放てる特注品だ。
その団長を見て、ジークは興味深そうにうなずいた。
「これが、この国で生まれたマシンソルジャー。実に興味深い。戦えるのをたのしみにしてましたよ」
ジークは口元を緩ませ、その剣を天にかかげた。
刹那、風が渦を巻き、烈風が吹き荒れ、一柱の竜巻が立ち上がる。
ゴゥと男達の隙間を風が吹きぬけ、その土ぼこりに男達は手で目を覆った。
ガシャン。
なにか金属が動いたような音が響く。
「なっ……!?」
団員の誰かが驚きの声を上げる。
次々と視界を取り戻し、前を向いた団員達がそれを見て、言葉を失った。
そこには、ブルーメタルの鎧に身を固めた巨人がいたのだ。
手には巨大な槍を持ち、剣を収めた盾を持っている。
それは……
その姿は……!
男達は目を見開き、心の中では信じられないという思いが渦巻いた。
それは、西部にいる者なら、いや、新大陸にいる者ならば誰もが聞いたことのある異形だった。
その名は……
「ア、『アーマージャイアント』!?」
団長が叫んだ。
巨大な人型。鎧の巨人から連想される単語。
それは、それ以外になかった。
噂にあった色の違いは些細なことである。
だって巨人がそんなにいてたまるものか。
実際に巨人が現れたのならば、それは誰もが伝説の英雄だと想像する。
ならず者達は飛び上がらんほど驚いた。
「こっ、ここここにいたなんて、噂はマぅジだったのか……!」
団長が歓喜とも恐怖とも取れる、震える口をなんとか回しながら言い切った。
ここにあの巨人がいるのだから、伝説は嘘ではない。むしろどこかにその秘密を解き明かす遺産があっても不思議はない。彼がそう確信した瞬間でもあった。
「こんなのハリボテだ! 騙されるんじゃねぇ!」
手柄を焦ったのか、団員二人が馬の腹を蹴り鎧に向け走り出した。
二人は今街でアーマージャイアント祭りなるものが行われようとしているのを知っている。
彼等はそのハリボテを持ち出し、アーマージャイアントここにありとハッタリをかましていると考えたのだ。
男は左右二手に分かれ、二方向から銃を……
「ふっ」
ジークは鎧と化したグラムの中で笑った。
ひゅん!
風が舞う。
疾風が吹きぬけ、巨大な金属の塊がその大きさからは信じられない速度で動いた。
近づく馬の一方へ一瞬にして近づき、その手に持つ槍を払った。
巨大な鋼の塊。
それが馬ごと男の体を跳ね上げる。
ゴシャッ!
音が、遅れて聞こえた。
ついぞ、もう一方から近づこうとする男もその体が宙を舞う。
ならず者達の一団に、そのスイングの風がふわりと届く。
ゴシャ、ゴシャッと、二度なにかが地面に落ちた音が響いた。
馬の下敷きになった男はピクリとも動かず、その馬の足だけがピクピクと動いており、もう一人は馬と共にもう助からないとすぐにわかるレベルで大変なことになっていた。
唖然とする一団に向け、巨人がその手にある槍をむけた。
直後、槍が形を変える。
先端が傘のように広がり、それがとじて柄の部分を覆ってゆく。
それはいわゆるランス(突撃槍)へと姿を変えた。
さらにその先端が音を立て回転をはじめる。さながら、ドリルのごとく!
──ぞっ
想像したくない未来を、ならず者の一団は感じ取った。
そのランスの回転を見て、音を聞いて、その背筋に恐怖が走ったのだ。
グラムの足元では風が渦を巻き、まるで車輪のようなものが現れたのが見えた。
それはどういう理屈なのか、小さくその鎧を浮かび上がらせる。
「うっ、撃て! 撃てえぇぇぇ!」
団長がそう叫んだ。
彼は悟っていた。
この一撃は馬では逃げられないと。
出来ることはやられるより前にやるしかないと!
だが、彼等の放った銃弾はすべてその青き鎧に弾かれる。
ちっぽけな銃弾など、その鎧に傷さえつけることはできなかった。
「征け、グラム」
ジークの言葉と共に、渦巻く槍を構えたグラムはその一団へと向け突撃した。
それはまるで、横に進む竜巻のようであった。
グラムが走り抜けたそこに残ったのは、えぐれた荒野と吹き飛ばされた岩と共に大地へ降り注ぐならず者達……
「あ、あ……ああ……」
生き残った男達が悲鳴にも近い声を上げる。
その声は、喉が引きつり声にもならない。
一団を蹂躙したその一撃は、一瞬にして団の三分の二を消し飛ばした。
残ったのは二十人いるかいないかだ。
「こ、こんなの。こんなの勝てるかぁ!」
「『アーマージャイアント』だ! ホンモノだぁ!」
団員が悲鳴を上げ、そのまま馬で、さらに馬を投げ出して逃げ出す。
それが引き金となり、残った男達も蜘蛛の子を散らすかのように逃げ出した。
その中にはなんとか生き残った団長の姿もある。
「ふっ。他愛もありませんね」
ジークはそう呟き、逃げた者を見送った。
これだけ脅しておけばジークがいる間にまた街を襲うなんてことはないだろう。
団員もほぼなく、壊滅状態でもあるから、残りはこの地を治める者に任せてよいだろうとジークは判断した。
ジークは鎧を剣に戻し、大地に降り立った。
「……ところで、いつまで見ているつもりですか?」
ジャックは剣に戻ったグラムで岩陰を指した。
「あらー。見破られてましたか」
そこからひょっこりと顔を出したのは、アズマ。
両手をあげ、敵意はないということを示すよう姿を現す。
サムライとナイト。二人の異物が西部の荒野で顔をあわせることとなった。
「君は……」
アズマを見た瞬間、ジークの顔色が変わった。
ぴりりと、空気も緊迫感を持った冷たいものへと変わる。
ジークはその口元を少しだけ吊り上げ、改めてその手に握ったグラムを握りなおした。
「その腰にあるモノを抜きなさい」
「え? なぜに?」
アズマはすでに戦う気はないと両手をあげている。
だというのに、武器を抜けとはいかなることだ。
「君が強いから。いえ。こう言った方がいいでしょう。君がさっきの盗賊の仲間の可能性がある。世に混乱をもたらすのなら、私が成敗してやろうということです」
本音がすでに出ていながら、ジークははっきりと言い切った。
リゥがいたならば、ジークの言動に驚いただろう。初見でアズマを強いと言い切った男は今までいなかったからだ。
「……」
その本音と建前を聞き、アズマは無言で手を下ろした。
その瞳は、真剣そのものだ。
「こいつを抜けば、あなたは間違いなく後悔しますよ。それでもいいんですか?」
静かに、諭すようにアズマは口を開く。
だが、その説得などジークの耳には届かなかった。
ゆっくりと首を横に振り、さあと言わんばかりに一歩前に出てアズマとの間合いをさらにつめた。
このままアズマが刀を抜かないのなら、ジークの方から一太刀斬りかかれる間合いにまでやってきている。
抜かねばどうなるかというプレッシャーがジークからさらに強まった。
アズマは苦笑いをし、腰にある刀へと手をかけた。
カチリと鯉口を切り、刀を引き抜く。
きゅっぽん。
すでに何度響かせたかわからない、空気が抜けるような音と共にそれは引き抜かれた。
そこに、刀身はなかった……
サムライの魂と呼ばれる刀。
それは、そこになかった。
「さあ、いくらでもかかってくるがよいさ!」
なんかやけくそ気味にアズマが叫んだ。
「……」
「……」
沈黙が場を支配する。
ひゅうー。と熱いはずの太陽の下冷たい風が吹き抜け、タンブルウィードがかさかさと彼等の足元を駆け抜ける。
「これは、申し訳ないことを……」
「ほら後悔した!」
「本当に申し訳ない」
笑ってはいけないとでも思ったのだろうか。ジークは必死に笑いをこらえながら、その剣を鞘へと戻した……
キィン!
と思った刹那。
空気を切り裂き、白刃が煌いた。
太陽の下綺麗な光の弧を描き、魔剣グラムが振りぬかれる。
一瞬の旋風。
その一撃は、抜刀に適さぬ直剣とは思えぬほどの速度だった。
弾丸が通り過ぎたかと思えるほどの速度。
それは、彼の圧倒的な背筋と膂力に裏打ちされた一撃であった。
その切っ先は、棒立ちでピクリとも動かないアズマの鼻先一寸を通り過ぎる。
紙一重。
まさにその言葉がぴったりなほどの隙間しかない一閃。
だが、ジークは嬉しそうに口元をほころばせた。
「危ないじゃないですか。さすがの俺でもかわさなきゃ死んでましたよ」
のほほん。と背後で音がするんじゃないかと思うほど、のほほんとアズマは答えた。
だがその言葉は、のほほんでは済まされない一言だ。
紙一重で通り過ぎたグラムの刃。
それは、アズマがギリギリを見切って身をかわした結果だった。
ジークはアズマの首を落とすつもりで剣を振るったのだが、アズマはそれを刹那の見切りでかわしていたのである。
あの時アズマは棒立ちで動けなかったのではない。ジークが剣を振るった時すでにアズマはかわし終えていたのだ!
振った時にはすでに目標はそこにいない。
軌道修正も許さないほど完璧なタイミングでの見切りは、自身が目測を誤り空振りをしたのかと勘違いしてしまうほどだ。
その回避に気づかずまぐれや自分の目測誤りと勘違いするならそれまで。その見切りの完璧さに気づける力ある者ならば、その凄さに、それだけで畏れを感じることとなるだろう。
たった一度の攻防。これだけで彼の強さがどれほどなのか、はっきり理解できるはずだ。
だが……
にいぃ。
ジークの口元が、さらにほころび、むしろ喜びに吊り上る。
今までは一応平静を装おうとしていたが、それさえ振り切り、その歓喜が表に出てきてしまっている。
おさえきれない喜びが、ジーク全体を覆っているのがはっきりとわかった。
「やはり君は、サムライだ。ダイモンズ事変を終息させた子連れサムライの子ザムライに違いない! 十年前の活躍、聞きおよんでいますよ! 欧州で名を聞かなくなったと思えば、こんなところに来ていたのですね。ここで出会えるとは、きっとなにかの運命なのでしょう。これは神に感謝するしかありませんね!」
心底嬉しそうに、彼は両手を広げた。
自分の一撃をかわし、それでもこれほどの余裕を見せる剣士。
ジークはその剣士と出会えたことに喜びを感じているようだった。
アズマのしたことは、逆効果であった。
アズマは珍しく、めんどくせぇ。という表情を浮かべている。
自分と同等の実力を持つかもしれない相手。
その遭遇は、力をもてあました存在には大きな喜びである。
こういう手合いはなにを言っても結局戦いに結び付けられ、言葉を発するだけ無駄である場合が多々あるのを知っているからだ。
アズマはそういう場合、相手の主張を煙に巻いてさっさと逃げるに限ると考えている。
だが、アズマは会話を続けなければいけない要素を見つけてしまった。
ジークがアズマの首を薙ごうと力任せに振りぬいた結果、彼の服が少しばかり乱れた。
その結果、彼の胸元から青い水晶が印象的なペンダントが零れ落ちたのが見えたからだ。
それこそが、アズマとジャックが探しに来たクレイン博士の巨人を起動させるためのキー。
それを、このジークが持っていたのである。
「それは?」
「ああ、これはさる御方からいただいた物です。この地に行くのなら、この地で出土したこれは役に立つだろうと」
ジークは首元にこぼれたペンダントの鎖を指でつまみ、青い水晶のペンダントヘッドを揺らした。
それは、この地に行くのならとカレンの祖父、ジョンから選別でもらったお土産であった。
ジークはそのペンダントへ視線を落とし、嬉しそうに笑う。
その笑顔は、子供が素敵な物を見つけたというような無邪気な笑顔だった。
ジークもアズマがそれを必要としていることに気づいたからだ。
「君はこれの真の価値を知っていると。そして、今これを欲している……」
「それを察してくれるなら、いただけると嬉しいな」
いろんなことを察せていないように、アズマも無邪気にペンダントをねだった。
二人共、一見すると無邪気な笑顔を浮かべている。
だが、その裏では冷たい計算が渦を巻いているのがわかった。
「もちろん君に上げるのはやぶさかではありませんよ。でも、条件がある。……そんなに露骨に嫌な顔をしないでください。可愛い顔が台無しですよ」
さらに嫌な顔をされたようだ。
「こほん。簡単なことです。明日、そのジャイアントシティで祭りがあります。その祭りに君も参加し、私に勝ったならばこのペンダントを君にプレゼントしましょう」
にっと、キザッたらしく笑った。
だが、その笑顔はとてもはまっていて、その笑顔を向けられた女性は間違いなく目がハートになるほどのものだった。
さわやかで、それでいてキザでさらに少年のようでもある。
「なぜに祭り?」
「どうしてもそれに参加しなければいけなくてね。でも、このままでは少々張り合いがなさそうなんです。君も、持っているのでしょう? あの鎧を……」
じっと、ジークはアズマの腰にある刀を見つめた。
「俺はまあいいけど、そこまでしてあんたが俺に当たる前に負けたりしたらどうなるの?」
「ふっ。その時はわびとして君にこれを進呈しよう。そんなことはありえないがね!」
ふふっ。とジークは笑った。
それは、負ける可能性など欠片もないという自信の表れだった。
当然である。同じ機鎧を持たぬ者に機鎧に乗る者が負けるわけがないのだ。
アズマはなにか察したようにうんとうなずいた。
「わかりました。受けましょう」
「ふふっ。君との戦い、楽しみにしていますよ」
嬉しそうにジークがいい、魔剣グラムを鞘へと戻した。
ぴぃぃ。
ジークが口笛を吹く。
すると、彼の愛馬が軽快な足音を立て近寄ってきた。
彼の鎧が顕現したさい、あの馬からさっさと避難していたのだ。
その白馬へひらりとまたがり、右肩の赤いマントをひるがえす。
「では、明日その祭りであおう! 私の名はジーク。覚えておいてくれたまえ!」
「はーい。俺はアズマ。それじゃ、ばいばい」
アズマの自己紹介を聞きながら、ジークは愛馬を走らせそこから去っていった。
まるで風のような速さで、小さく土煙を上げながらその場から消えてゆく。
ひらひらと手を振りながら、アズマは笑顔を崩さなかった。
「いやー、まさかキーが見つかるとは思わなかったな。あの人の言葉で言うなら、こりゃ運命ってヤツかね」
笑顔だったのは、ジークがキーとなるペンダントを持っていたからだ。
あそこで拾われたキーがどうめぐってジークの元へとわたったのかはわからないが、探すまでもなく出会えたのだから笑顔になるのも当然のことだろう。
なぜならアズマとて、負ける気など欠片もなかったからだ。
──合流──
ジャックがカレン達を連れ、アズマとわかれた道へ戻ると、アズマも同じくそこへ戻ってきていた。
「あ、じゃっくーん」
「おう。アズマ。なんでもう戻ってきたんだ?」
分かれ道に近づいたところでジャックに気づいたアズマが手を上げ自分の存在を主張する。
それに気づいたジャックは、まさかあいつの方にも目印がなかったのか? と最悪の事態を思い浮かべたが、ジャックの予測は当たってはいなかった。
「そりゃ、探し物を見つけたからに決まってるじゃん」
「マジか。嘘なら首まで埋めるかんな」
今リゥはいない。ゆえにたまにテキトーをぶっこんでくるアズマの嘘を確かめる手段はジャックになかった。なのでとりあえずこう警告する。
「首まで埋めたら頭にはちゃんと被り物をかぶせてね!」
なぜかノリノリのアズマであった。
嬉しそうに親指を立てている。
「……」
……本当でも埋めてやろうかと思うジャックであった。
「あれ? なぜお二人と?」
後ろにいたカレンとメリッサに気づき、アズマはそちらへも手をあげた。
カレン達も、アズマに小さく会釈を返す。
「ああ。ちょうどいい。まずお前に伝えることがある」
「あ、俺もじゃっくんに伝えとかなきゃいけないことあるんだ」
そうだ。と二人は同時に口を開いた。
「祭りに出るぞ」
「祭りに出るよ」
「「は?」」
二人は同時に出た言葉に、二人は顔をあわせて声を上げた。
……
…………
………………
「明日の祭りに出るよー!」
「明日の祭りに出るぞー!」
クレイン宅前。
あの鋼の巨人をいじるクレインとそれを見ているリゥに向け、アズマとジャックが同時に声を上げた。
「……は?」
いきなりどういうことじゃ? と言いたげなリゥが二人を見る。
ちなみになぜリゥとクレインが外にいたのかというと、クローディアの整備を手伝ったことがあると知ったクレインがリゥに手伝いを頼んだからだ。
「いやいや、なにやらあっちもこっちも色々事情を抱えているみたいだから、説明を一回にまとめるために一度こっちに戻ってきたんだよ。いきなり祭りに出るなんて、意味わかんないでしょ?」
「ああ、なんとなく察せたわ。ついでにアズマ一人で祭り出でると言ってもいつも通りテキトーなこと言うなと言われるだけじゃから、ジャックと一緒に言った。というのまで察せたわ」
「そこまで察してくれるとはありがたい! というわけだから、明日祭りに出るんだよ」
「じゃからその理由を説明しろ!」
手伝うため持っていたスパナをアズマに投げつけた。
リゥが察せたのは事情を一度で説明するため戻ってきたということだけで、その内容まではわからない。
だというのにまた祭りに出るというのは何事だ。とスパナを投げつけたのだ。
すこーんと見事に中身の入っていないような軽い音がアズマの頭からひびいたそうな。
「ったく」
「あはは」
「こちらもいつも通りですね」
「って、カレン!? なぜ一緒に……」
「それもふくめて、今から説明するよ」
おふざけしてスパナに倒れたアズマに半眼の視線を向け、ジャックは呆れつつ口を開いた。
ついでに倒れたアズマに蹴りをいれ、お前もちゃんと話せとうながす。
こうして彼等は、なぜ明日祭りに出なければならないのかを、各々が置かれた状況を説明しあった。
カレンの婚約者問題。
クレインの巨人に欠けた最後のパーツ。
そのどちらにも登場するのは、ジークという男。
そして、そのジークという男は明日のアーマージャイアント祭りに出場し、優勝を狙っている。
つまり……
「つまり、そのジークという婚約者候補を明日の祭りで優勝させねば問題は一挙解決するわけじゃな?」
「そうらしい」
「そうみてーだな」
「そのようですわね」
どちらにもジークが関わっていて、アズマもジャックもカレンもその偶然に驚いたような声を上げた。
しかしこの偶然により、祭りの中止を狙うことや、ジークを闇討ちするなどのことはことはできない。
あの巨人の起動キーであるペンダントは、祭りでの勝利が必須となるからだ。
(……確かに偶然ではありますが、ジーク様にそのペンダントを渡しておいたということは、遺産に関してなにかの匂いを感じたということでしょうね。だんな様は)
ジークが持っていたペンダントが誰かからのもらい物だということで、メリッサはそのお方に心当たりがあった。
機鎧を持つジークならば、その真の価値を理解し、遺産や遺跡を見つけてくるだろうと目論んだのだろうとメリッサは推理する。
「つーわけだ。明日の祭り参加することになった」
「そうか。そのジークという男を蹴散らさねばならんのだな。まあ、アズマが出るなら安心か」
ジャックの言葉に、リゥがやれやれと肩をすくめた。
アズマの説明では盗賊の一団など軽く蹴散らすほどの強さのようだが、アズマならば敗北はないとリゥは信じている。
「おいおい。アズマだけかよ。いや、つーか、アズマ出るのか?」
「え? 出ちゃダメなの?」
「いや、秘密にしてんじゃねーの?」
アズマがきょとんと返事を返し、ジャックは驚いた顔を見せた。
てっきりジャックに全部丸投げして「がんばってー」と言うものだと思ったからだ。
自分と当たる前に負けたらペンダントよこせなんて約束、そのためにしたとしか思えない。
「そもそも俺は秘密になんてしてないよ。堂々としてるよ! ただ、言っても誰も信じてくれないってだけで!」
アズマはえっへんと胸を張った。
「……おい、カレン」
メリッサの背に隠れ、ジャックから距離をとっていたカレンに声をかける。
「にゃ、にゃんです?」
いきなりジャックに声をかけられたので、かんだ。
「ここにいるこいつ。アズマ」
「はい」
「実はこいつの正体、あの伝説の『アーマージャイアント』なんだよ。すげーだろ?」
「そりゃあ、祭りに出る方は皆自称アーマージャイアントでしょう?」
なにを言ってますの? と言われてしまった。
「ほらこうなる」
アズマがさらに自慢するよう顔を空に向け、鼻をつんと立てた。
「いや、誇れることじゃないじゃろ……」
リゥが呆れたように言った。
アズマは一見すると変なかっこうしたただの少年にしか見えない。
サムライという存在を知っていればその生身の強さを推測は出来るが、それがまさかあの巨大な鎧を持っていて、しかもその鎧を用いて伝説の英雄をやっていたなど、その外見から想像できるわけがなかった。
「まあ、明日になればわかるじゃろ」
「そりゃそうだな」
「? ? なんなんですの?」
いきなり納得した二人に向け、仲間はずれになったカレンが不満そうにぷくーっと頬を膨らませた。
明日、実物の『アーマージャイアント』を見れば、ひょっとするとカレンや聡い人はなにか気づくかもしれない。
が、明日はジークもジャックも機鎧を出すから、その関係でアズマが『アーマージャイアント』だと結び付けられる人がどれほどいるか。それは誰にもわからなかった。
ゆえに、カレンにはアズマが明日なにを持って祭りに出場するか、秘密にすることとなった。
これは二人のちょっとした悪戯心からである。
アズマの機鎧を見た時、カレンがどんな反応するのか見たいという。
「ふふ。つまり、明日になればついにこの子が動き出すということか!」
話を聞いたクレインが嬉しそうにうなずいた。
「そうなりますね」
クレインの助手先生であるアズマが答えた。
「ワシ、ちょっとワクワクしてきたぞい」
家の前に鎮座する巨人を見上げ、クレインはわくわくと胸を高鳴らせた。
この老人は祭りに興味はない。
あるのはこの巨人が自由に走り回り、動いているのが見れるかどうかだけだ。
彼が祭りを楽しめるようになるためには、あの巨人を動かさなければならない。
「というわけなら、あとは明日の祭りがはじまるまでは自由じゃ。エントリーの時間に遅刻しなければなにをしていてもよいじゃろう。よいな!」
「はーい」
「わかった」
「わかりましたわ!」
「はい」
「うむ!」
リゥの仕切りに、場にいた五人全員が答えを返した。
カレンの運命も、クレインの庭先にある巨人が動くのかも、すべては明日の祭りにかかっている……!




