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第10話 アーマージャイアント祭り その4


──宣戦布告──




「さて。時間もあるし、ちょっと出かけてくるわ」


 クレイン宅前で行われたアーマージャイアント祭り出場理由報告会議も終わると、ジャックがそう宣言した。

 出かける。ということは今日はクレインさんちに泊まる気満々ということでもある。


「どこに行くんじゃ?」


「ああ。せっかくだから敵情視察してこようと思ってよ。この道路に置いてあるあれこれ見ておくのも対策になるし、なによりそのジークというヤツも気になるからな」


 リゥの問いに、ジャックは答える。


「お前等も一緒に来るか?」



 出場者はアズマも一緒。なら一緒にというのはジャックの発想だった。



「いや、ワシはアズマに聞きたいことがあるからパスじゃ。当然アズマもワシの質問に答える義務がありパスじゃな」

「え? 別にいっひょてででで……!」


 質問くらいなら一緒に行けばいいじゃん。なんて言おうとしたアズマのほっぺがリゥに引っ張られた。

 しかもそのリゥは、アズマの頬を引っ張る手は勝手に動いてるんじゃないかと思うほど、ジャックを見ていて笑顔であった。


「そうじゃ。ジャックはそのジークとやらは知らんじゃろうから、誰か案内がいた方がいいな。それがいい!」


「え? いや、なんかすげぇわかりや……」

「いや、必要じゃ!」


 アズマと同じくとても場違いな格好をしていることを聞いていたジャックがそういおうとするがその途中でリゥにさえぎられてしまった。



「絶対必要じゃ。じゃがアズマはだめ。じゃから、カレンと一緒に行くといい!」



「ふえぇ!?」



 驚いた声を上げたのはカレンだった。



「い、いや……」


 そして、なぜかジャックも渋った。



(ん……?)

 それにリゥも違和感を覚える。



「ほ、ほら。こいつと一緒だと俺がその祭りに出場して優勝邪魔するってのがバレるじゃねーか。ワザワザ相手に情報与えてもしかたねーだろ。だから、カレンはダメだ」


 ジャックの方も焦りながらダメだと言う。



 それを見たリゥも、ジャックの変化を感じ取った。


 いつものジャックならこんな言い訳をせず、もっとストレートに嫌なら嫌。来るなら来いと言ってくる。

 だというのに、どこかカレンを避けるような、それでいてどこか遠慮しているような、戸惑いを感じさせる。


 ちらりと、メリッサへ視線を向ける。


 するとリゥと目があったカレンおつきのメイドはそれに間違いありませんという意味をこめ、こくりとうなずいた。


 それはつまり、リゥの考えが間違っていないという肯定。


 となると、ここで無理に二人きりにすると逆効果にもなりかねないとリゥは思った。

 それは、メリッサも同じ考えであった。



(となれば、ここは私がダメ押しで引き離した方が安全でしょう)

 メリッサもそう判断し、宿を取りに行くから別行動をすると助け舟を出そうと口を……



「い、いえ。ジャックだとそれでも間違えるかもしれませんからね。私が一緒に行って差し上げますわ!」



「なっ!?」

(お嬢様!?)


 だが、メリッサが口を開く前に、カレンが自分からさらなる一歩を踏み出した。



「ジャック一人に任せては、ただのカカシもそうだと見間違えるかもしれませんからね」

「なんだと? いくら俺でもガンマンと騎士を見間違えるとかありえねーぞ」


「あら、そうでしたか? ではちゃんと証明していただかないとなりませんね」


「ああいいだろう。ついて来い!」


「はいはい。見つけたら一人で行くのですよ。おねえさんはそこまで面倒見切れませんから」


「誰がおねえさんだ。年下の癖に!」


「安心なさい。精神年齢は圧倒的年上ですわ」


「なんだとぉ?」


「なんですー?」


 肩を少し怒らせ、ジャックは隣に並んだカレンを連れ歩き出した。


 ジャックの姿はもういつものジャックと変わらない。

 カレンも、少しだけ目はグルグルしているが、それでもジャックと一緒にいようと頑張っているのがわかった。



 その光景を、リゥとメリッサはぽかんと見送るしか出来なかった。



 そして二人は顔を見合わせ、小さく笑いあった。

 どうやらただの杞憂だったようだ。


 カレンだって、いつまでも熱暴走しているだけの女の子ではない。


 いつまで暴走せず頑張れるかはわからないが、それまでは彼女の判断を尊重し、彼女達は見守ることにする。



「どうやら心配事はなくなったようだね」


 見守る二人に、アズマが話しかけてきた。

 彼もどこか満足そうにうなずいている。


「まあ、心配と言えば心配じゃがな」

「ええ。心配ではありますね」



「なら話は早い。それじゃ、早速追いかけようか! そして影から見守ってみよう!」



 なぜかアズマは懐から布を取り出し、いわゆるほっかむり。彼の生まれた国では昔ながらの泥棒スタイルをした。

 楽しそうに笑うアズマを見て、リゥもメリッサも苦笑する。


「言うと思ったよ」


「そうですね。早速追いましょう。さあリゥ様。見失ってしまいますよ」


 メリッサもノリノリでアズマと同じ格好をしていた。



「……その格好までするとは予想外じゃ」


 メリッサの姿を見て、リゥはさらに苦笑した。



「する?」

「せんわ!」


 アズマから差し出された布をぺしっと叩き落とした。


「きっと似合うよ」

「似合いますよ!」


 なぜかほっかむり二人組が並んで親指を立てた。



「むしろ目立つ怪しい一団の出来上がりじゃろうが! アホか!」



 二人にハリセンを振り下ろす。

 非常にいい音が二人の頭から鳴り響いた。


 ほっかむりをした異邦人とメイド。そこにエルフが加わったらそりゃ誰もが振り向く一団となるだろう。

 いくら、西部といえども。



「いたーい」

「痛いです」


「自業自得じゃ! もういい。行くぞ!」


「あ、結局リゥも来るんだ」


「どうせやめろといってもやめんじゃろ? 言えば自重するのか?」


「ノーだね!」

 ほっかむりの小僧はすがすがしいまでの笑顔で答えを返した。


「ならお前について行ってアホでテキトーなことするのをとめた方がマシじゃ。それに、ワシもその使い手とやらは気になるからな」


「もー。素直じゃないなー。気になるなら素直に気になるっていいなよー」


「やかましい。行くぞ!」


「はーい」


 こうしてほっかむりした二人とリゥはジャックとカレンのあとを追い歩き……



「……いや、せめてその布ははずせ」



 ……格好を戻した二人は歩き出した。



「それじゃ俺達もちょっと行ってきますねー」


「うむ。ワシはこの子の整備をしておるからのう」



 アズマとリゥがクレインに手を振り、三人も街の喧騒の中へ消えていった。




 ……




 …………




「あれか?」


「ええ。あれですわ」



 酒場の入り口。


 そこでジャックとカレンはそこのテーブルに座り、食事をしているジークを見つけた。

 発見の理由は簡単である。その酒場の馬止めに、信じられないほど美しい白馬がとまっていたからだ。


 この情報はカレンから教えてもらったことであり、それがなかったら他の食堂なども見てまわる羽目になっていたかもしれない。



「……ありゃあ確かにどっかの王子様とか貴族とか騎士様とかだな」



 その姿は聞いていた通りで、とてもじゃないが他の人間と間違えようのない姿だった。


 ここは西部のどこにでもあるような酒場だというのに、そのジークの周りだけは別の世界が広がっているように見える。

 優雅にナイフをふるい、皿の肉を切り分ける姿。

 それだけの動作だというのに、どこか気品があふれ、背後からは後光が差しているようにも見える。


 ぴんと伸びた背筋だけでも周りの者達とオーラが完全に違った。



「よし、それじゃちょっと行ってくるか」

「え? 顔を見るだけじゃないんですの?」



「挨拶くらいしてくるさ。お前はここにいろ。別に俺の方はかまわないが、あいつを倒す可能性は高い方がいいだろ?」


 会話をして相手を知れば対策も取りやすくなる。

 だが、それをするとこちらも相手に情報を与えることとなる。その際、それが明日の対戦者かもしれないとわかっているのといないのとでは警戒度が段違いだ。


 だからジャックは、カレンと一緒に行って自分が参加者だと悟られるのを避けた。


 一応の話だが、それだけ彼も負けられないと思っているのだろう。



 ジャックはスイングドアを開け、酒場の中へと入っていった。




「今思ったんだけど」


 酒場の窓からこっそりのぞくカレンを視界に捕らえ、さらに酒場の中にいるジークが見える物陰にトーテムポールのように連なった三人組の一人。アズマがふと声を上げた。

 ちなみにそこは、カレンからは道一本離れているが、万一彼女に危険が迫ったとしても即座に対処可能な位置である。


「なにをじゃ?」

 一番下に位置するアズマの頭にあごを置いていたリゥが口を開いた。


「あのジークって人。仮にも婚約者としてこっちに来たのなら、じゃっくんが幼なじみだと調べて顔を把握していても不思議はないよね?」


「不思議はありませんね」


 ジークに近づくジャックを見ながら、一番上のメリッサが答えを返した。



「となると、お嬢様が一緒じゃなくともその幼なじみがこのタイミングで近づいてきたらなにかあると勘ぐられてもしゃーない気がするんだけど……」



「……」

「……」


 アズマの心配の言葉に、リゥもメリッサも黙った。

 二人とも今思い当たった。という顔をしている。


「だ、大丈夫です。いくらあの機鎧乗りがジャック様の情報を持っていたとしても、その情報は東部にいた頃のジャック様のもの。今のジャック様の情報。すなわち機鎧を持っているなんて想像もできないはずです。ですから、素直に祭りで決着をつけるなど、うかつなことを言わなければ大丈夫です。ええ!」


 メリッサが自信満々で自信のないことを言った。

 ある種希望的観測でもあったが、さすがに自分でほのめかさない限りは機鎧を持っているとまでは読まれることはないだろう。


「なら、まあ、安心、かな?」

「……不安な物言いじゃのう」


 首をひねったアズマに、リゥがため息と共に不安をあおる。


 どの道ここまで来たら彼等の出来ることはこうしてひっそりと見守るということだけだ。



 アズマもリゥも黙り、ジャックの方へと意識を向けた。



 この距離ではさすがに声は聞こえない。

 だが、アズマもメリッサも読唇術が使えるため、あの場の会話を把握しリゥに伝えることは十分に可能だった。


 もっとも、なぜかアズマは口元が見えなくともまるで聞こえているかのように会話を解説できるようだ。不思議である。




 酒場に入ったジャックは、一度バーテンのいるカウンターへむかい、なけなしの金をはたいて一本の中身の入った酒瓶とコップを二つ手に入れた。

 酒場で酒瓶を手に入れたのだから、中身は当然酒だろう。


 ジャックは酒を使い、ジークと相席し酔わせて話を聞く腹積もりなのだ。


 ちなみにだが、この地の成人年齢は十八であり、飲酒の許可もそこからだ。なので同じ十八歳のジャックが酒を口にすることはなんの問題もないので安心してほしい。

 もっともジャックは自称アウトローなのでそんな年齢制限気にしないと言うだろうが。


「よう。相席いいかい?」

「はい?」


 ジャックはさりげなくジークの方へ声をかけた。

 今酒場に人はジークとジャック。そしてバーテンしかいない。


 街の者は明日の祭りのためオレアーマージャイアントの最後の仕上げにとりかかっているためだ。

 祭りを見物する旅人も、店先や庭先においてあるオレアーマージャイアントの見物に行っていたりして昼間から飲んだくれているような者はこの街には一人もいないようだ。


 ゆえにジャックは、一人で飲むのは寂しいからという理由で相席を求めようとしたのである。



 不意に声をかけられたジークが顔を上げた。

 それに、コップと酒瓶を持ち上げジャックが笑う。



「君は、ジャック・ストレインですね?」



 ジャックと目をあわせたジークは少し驚いたあと、その顔を見てはっきりと本名を口にした。


 アズマの予想通り、ジークはジャックのこともきっちり把握しているようだ。


 本名を呼ばれたジャックの方は、まさか自分を知っているとは予想外だったようで口元を引くつかせている。



「カレンさんの幼なじみである君がその婚約者候補になんの御用でしょう?」



 ジャックをじっと見つめ、ジークは優しく微笑んだ。


 その態度には大人の余裕が見え、ジャックの考えなどお見通しというようにも見えた。



「ちっ」

 ジャックは舌打ちをし、許可も取らずジークの真正面の椅子へどっかりと腰を下ろした。



「別にたいした用事はねーよ。あいつの幼なじみとして、あんたがあれに相応しいかどうかを見極めにやってきたってことだ」



「ほう。それは光栄ですね。それで、幼なじみのあなたから見て、私はそのお眼鏡にかないましたか?」


 ジークはわざと『幼なじみ』という言葉を強調した。

 まるで『幼なじみ』の君は関係ないと言わんばかりの言い方だった。



「はっ。ダメだな。全然ダメだ。諦めてさっさと国に帰ったほうがいい」



 だがジャックも負けてはいない。

 無関係だと言うのも関係ないと、はっきりきっぱりと言い切った。



「ふふっ。そうですか。ならばどうすれば君に……いや。明日、私はこの街で開催される祭りで優勝すれば婚約者と認められると彼女に言われている。つまり、優勝すれば君にも認められる。と考えていいですね?」



 ジャックを見るジークがにこりと微笑んだ。


 それはむしろ、認めないのであれば優勝を阻止してみろというジーク側からの挑発。

 これで参加すると宣言するのなら、ジャックがジークに祭りで勝てるだけのなにかがあるという計算もふくめた言葉だった。


 そのさわやかな笑いに、ジャックはむっとした表情に変わる。


「ふん。面白いこと言うじゃねえか。だがな……!」


 ジャックは手にした酒瓶とコップをテーブルの隅に置き、テーブルのど真ん中にどん。と右肘を置いた。

 そして、右手を握手するようにジークの前へと差し出す。


「なんですかこれは?」

「見りゃわかるだろ。腕相撲だ。まさか知らねーのか?」


「いえ。それは知っていますが、なぜ腕相撲をしなければならないのか。ということが」


「俺に認められたいってのなら相手しろってことだよ。それとも、逃げるのか?」


「……ふっ。いいでしょう」


 一瞬呆気に取られたが、ジークはすぐ小さく笑い、自分の前に置かれた皿をどかす。

 さらにテーブルの上に一枚ハンカチを敷き、そこに自分の右肘を乗せた。



「相手になりますよ」



 ジークはジャックの右手をがしりと掴んだ。



 腕相撲のはじまりである!



「……ふっ!」

「……っ!」



 残った手でテーブルの端をつかみ、二人は同時に力をこめた!




「……」

「……」

 突然はじまった腕相撲に、離れたところでそれを観察していたリゥとメリッサも呆れる。


「なんのために偵察に行ったんじゃあいつは……」


 呆れた声をあげる。

 うかつなことは口走ってはいないが、必要のない喧嘩をしては自分の情報も与える結果となってしまう。相手の腕力がわかったとしても、これでは結局イーブン。いや、下手するとジャックという刺客がいると理解されていれば油断は消え、むしろこちら側にはマイナスとなった可能性すらあるからだ。


 これでは本末転倒である。



 ちなみにだが、酒場の窓からのぞくカレンは自分のために動いているジャックの雄姿を見て心の中できゃーきゃーと黄色い声援を送っていた。

 ある意味、とっても幸せなひと時であった。



「まあ、じゃっくんだからねぇ」


 どうしようもないね。と諦め気味な言葉を発したのはアズマだ。



「……」


 リゥが、じっとジークを見る。



「どったの?」


 黙って腕相撲を注視したリゥに、視線を上げたアズマが声を上げた。



「いや。あのジークという男。どれほどの実力があるのかと思ってな」


「わかった?」


「ワシにはさっぱりじゃ」

 やれやれと肩をすくめた。


 武人ではないリゥには遠くからジークを見てもその強さはさっぱりわからなかった。


 外からでは、彼は筋骨粒々にも見えないし、恐ろしい雰囲気も発していないからだ。

 座っているだけでは、王子様のような優男にしか見えない。



 正直、ジャックの方がこのまま腕相撲で勝ちそうではある。



 だが、肝心のジークの表情は余裕そのものだった。


 リゥには、どっちが強くて、どっちが腕相撲で勝つのかさっぱりわからなかった。



 なので……



「ヤツは、強いのか?」



 なので、その実力のわかる人間に聞く。


 リゥとしてはアズマとメリッサ。どちらかならわかると思っての質問だ。


「強いよー」

「強いですね。かなり」


 答えは、両方から返ってきた。



「純粋なパワー。腕相撲という点で言えばほぼ互角ですが、戦いとなると、機鎧を持ち出されれば当然として、生身でも銃があってやっと勝ち目が見えてくる強さですね。あの剣を抜かれたら銃を持つジャック様でも勝てるかどうか……」

「腕相撲は六、四でじゃっくんが負けるかな。戦いは銃を持ったじゃっくんで五分五分ってとこだね」



 アズマとメリッサ。どちらもほぼ同じ評価であった。


 パワーはほぼ互角。それでいて銃を持ってやっと互角とは人間とは思えない相手である。

 ならば腕相撲ならともかく、銃や飛び道具の使えない明日はかなり厳しい戦いになるということになる。



「……」

 リゥはアゴに手を当て思わず考えこんだ。

 だが、聞かずして答えは得られないと思い、意を決して口を開いた。


「……なら、お前なら?」

 アゴの下にいるアズマに声をかける。


「そうだね。俺でも勝てないかもしれないね」


「なっ!?」


 アズマの答えに、リゥは驚きの声を上げてしまった。

 サムライであるアズマが負けるなんて考えたくなかったからだ。



「だから、保険をかけようと思う」

「保険、じゃと……?」



「そう。万一俺達が負ける可能性を考慮して、リゥが竹馬に乗って高さを稼いで布を被って出るのさ! リゥアーマージャイアントとして!」



「ちょっと待てなんじゃその保険! 竹馬ってなんじゃー!?」



 竹馬とは竹で作られた馬である。と言ってしまうと身もフタもないが、棒に足場をつけた遊具のことだ。

 欧州においてはスティルツなどとも言われ、足に装着してその脚の長さをかさ上げする棒状の器具としても使われることもある。

 長い物では高さ五メートルにもおよび、主にパレードなどで使われるが、一部地域では移動手段としても使われているらしい。



「こんなかんじで脚の長さをかさ上げする道具。これで高さを稼いで両手も使えばきっと戦えるよ!」


 地面にわかりやすい絵を描き、アズマは笑顔でそう言った。

 イメージ映像。シーツを被ったオバケインリゥである。



「戦えるか阿呆! そもそも欠片も負けると思っていないくせにワシに無茶ブリするなー!」


「あ、ばれーたー」



 瞳を覗きこみ『負けるかもしれないから保険』というアズマの嘘を見破ったリゥはテキトー言ってふざけるアズマの額をぺちぺちと叩く。

 これはふざけたことに対してだけではなく、サムライが負けるかもしれないなんて思い描かせるなという抗議の行動でもあった。



「……一つ、よろしいですか?」



 アズマとリゥのおふざけの中、控えめにメリッサが声をかける。



「ん? もしかしてメリッサさんが竹馬に乗ってくれるの?」


「それはいざという時考えていますが、それではありません」



「……いざという時はやるのか」

 やれるという自信があることにリゥは驚いた。



「じゃあ、なんです?」


「こちらに戻ってからずっと疑問だったのですが、聞いていますとアズマ様は当然のように祭りに参加できるような口ぶりに聞こえます。ひょっとしてアズマ様も機鎧を所有しておられるのですか?」


「してるよー」

「うむ。こいつも持っておる。なければこいつこそ竹馬で出ると言い出したじゃろうな」


「なんならそれで出て勝ってくるけど?」


「勝つならそれで出てもかまわんぞ」


「なら、出るしか……!」


 ふむ。とアズマは真面目にそれを考えはじめた。


「本気で考えようとするな。明日に関してはジャックが必勝でないのだから」

「やーん」


 真面目な顔をしたアズマの額をまたリゥがぺちっと叩いた。


「お前だって竹馬の話のってきたじゃーん」

「結果は一緒じゃ」


「……それもそうだ」


 リゥがどう答えていようとどの道このようにふざけるなと怒られ竹馬は使えないのだから結果は一緒だった。

 アズマはおお。と納得の拳を叩き、ケラケラと笑う。



「……なるほど」


 そのやりとりを見てなのか、メリッサはなにか納得したようにうなずいた。



(先ほどジャック様がカレンお嬢様に言ったジャック様のジョーク。彼が『アーマージャイアント』であるという言葉。その彼は、本当に機鎧を持っている……)


 彼女は、あの言葉があながち間違いない。いやむしろ、信憑性がかなり高いと確信する。


 機鎧ならば子供が乗ってもその性能次第では大人顔負けの活躍が出来る。

 しかも彼はサムライ。そのサムライが乗るというのだから、それはまさに鬼に金棒。虎に翼。サムライに刀だ。


 これだけそろえば、あの伝説も十分に納得がいく。



 だが、メリッサの中でアズマの正体が『アーマージャイアント』であろうとなかろうとそれはどうでもよかった。

 むしろ、メリッサが。ひいてはリッチフィールド家が把握していない機鎧を持っているという点について確かめなければならないことがあった。



(……確認しなければなりませんね)



 幸い今、目の前には嘘を見破れる秘術が使えるエルフのリゥがいる。ならばその言葉に偽りを乗せることはできない。

 このチャンスを逃す手は彼女になかった。



「不躾な質問をいたしますが、アズマ様は、いつこの新大陸に来たのですか?」


 それは、唐突な質問だった。

 今までの流れや今回のジークとは全く関係のない、アズマの所在という質問。


「メリッサ?」


 リゥが困惑の声を上げた。

 アズマに問うメリッサの雰囲気は、いつもと違っていた。

 いつものカレンの背後でにこにこと微笑みながら冷静に立つ彼女ではない。


 今の彼女は、普段は表に出さない感情を表に出しているように見えた。



「いつから。んーと、南北戦争の途中からだから、五、六年前になるかな」



 だが、アズマの態度は変わらない。

 指折り数え、人懐っこく笑う。


 メリッサの雰囲気など気づいていないかのように、いつもと変わらぬ態度と言動だ。


 勘のいいアズマが気づいていないはずがない。彼は、気にしていないのだ。問題にしていないのだ。


 メリッサはちらりとリゥを見た。

 リゥはアズマの瞳を見て、それに嘘はないという意味でうなずいた。


「……そうですか」


 メリッサはどこか安堵したように。それでいて落胆したかのような息をはき、肩の力を抜いた。



「どういうことじゃ?」


 当然の疑問をリゥが口にする。

 突然そのようなことを聞くのだから、なにか理由があるのは明確だった。



「いえ。十五年前新大陸にいなかったのならいいのです。今は、それしかお答えできません」


「……そうか」

「十五年前、ね……って、十五年?」


「……ん?」


 メリッサがほっと発した言葉に、アズマもメリッサも引っかかった。



「そもそもさ。十五年前だと俺赤ん坊だよ?」



「……っ!?」

 アズマの発言に、メリッサの動きがとまった。


「……」

「……」

 固まったメリッサを、二人は見つめる。



「そうでしたっ!」


 メリッサ今気づいた! と驚いた顔をした。


 つまりアズマはその聞きたいことと全く関係がないということだった。



(……意外にぽんこつなんじゃな)

 長命種のエルフであるリゥも、一瞬十五年前といわれて不思議に思わなかったことは秘密である。



(機鎧を持っているという事実だけに目が行ってしまい、アズマ様本人のことをすっかり見落としていました……)


 メリッサは恥ずかしそうに顔を両手で押さえた。


 いつも冷静沈着である彼女の、珍しい姿である。



 リゥとアズマはそんなメリッサを見て顔を合わせ、二人で苦笑いをするしかなかった。

 メリッサもこれ以上言えないと言っていたし、これ以上それについて聞くのも野暮というものだろう。



 とりあえずメリッサは、十五年前という時、新大陸であったことについてなにか聞きたかったということはわかった。


 メリッサにかかわりがあることなのか、それともリッチフィールド家に関わりがあることなのかはアズマにもリゥにもわからない。

 ただ、アズマがそれと無関係であるということははっきりとし、無関係であるからこそ話せないというのもわかった。


 わざわざメリッサが十五年前という単語をだしたことから、調べればすぐにわかるということでもあるのだろう……



 ちなみにだが、カレンの両親が事故死した件は十五年前のことである。全然関係ないけど、ホントにまったく全然関係ないんだけど、一応補足しておこう。



「あ、動きがあったみたい」



 アズマが声を上げた。


 二人が酒場へ視線を戻すと、ジャックとジークの腕相撲に動きがあったところだった。




 空気がこわばり、テーブルがきしむ音を立てる。


 拮抗していた両者に変化が訪れた。



 じりじりと、ジークの腕がさがってゆく。



 拮抗が崩れると、その後の崩壊は早かった。


 ジャックがさらに力をこめるのと同時に、その勝負は終わりを告げる。



「よし、勝ったぞ!」


「勝ちましたわー!」



 建物に隠れて見ていたリゥと、酒場の窓に張り付いていたどこかのお嬢様の声が響いた。



「分が悪かったようじゃがジャックは勝ったぞ。これなら……」


「あらー。あれ、じゃっくん怒るね」

「ええ。怒りますね」


「……む? なぜじゃ?」



 一人喜んだリゥだったが、他の二人の反応が想像と違ったので困惑する。



「それはね……」




 腕相撲に勝利したジャックが酒場から出てきた。


「やりましたわねジャック。これで明日も……」



 入り口の影に隠れていたカレンが影から顔を出さずに声を出す。

 下手に顔を見るとまたいつもの暴走がはじまってしまうからだ。


「……」


 だが、ジャックから答えは帰ってこない。



「ジャック……?」



 いないのかと思い、カレンはおずおずと顔を出した。


 そこには、怒りに拳を震わせるジャックの姿があった。



「ジャ、ジャック!? いつも不細工な顔がさらに不細工になってますわよ!? どうしたのですか!?」


 その怒った顔もかっこいい。なんて思ったが、顔を見て飛び出す言葉はやっぱり本心とは程遠かった。



「うるせえ。今はお前のこと怒ってる余裕はねえ。あのヤロウ、明日絶対ぶっ倒したやる。今日、あんな舐めた真似したことを後悔させてやる!」



「ど、どういうことです?」

 物影に戻り、ジャックの顔を見ないようにしてカレンが聞いた。


 腕相撲に勝利したというのに、なぜそんなにお怒りなのだ。



「あいつはな。あのヤロウは最後わざと力を抜いたんだよ。わざと負けたんだ!」



「ええー!?」


 その言葉を聞いたカレンも驚いた。

 真剣勝負の場で手を抜かれていたというのなら、ジャックが怒るのも当然だからだ。



 アズマとメリッサも最後に力を抜いたのがわかったから、二人は素直に喜べず、ジャックはお怒りだとリゥに言ったのである。



(しかもあのヤロウ……!)

 終わった直後、ジークに問いただそうとした時、彼はこうジャックに言ったのだ。



「レディが君を応援しているようですからね。君を立ててあげた方がいいでしょう?」


 ジークはにこりと微笑んだ。

 さらに。


「それに、レディにもお伝えください。隠れるならばもう少し静かに。と」



 ジャックはあの時、よく殴りかからなかったものだと後で思う。



 そんなこと、カレンには言えない。

 自分が勝ちを譲る理由になったとか、そのせいで勝ちをもらったとか、男の子のジャックが言えるわけがなかった!


 それは、ジャックにとってこの上ない屈辱だった。


 カレンを理由に勝ちを譲られた挙句、まるで本来は勝って当然だったという態度をとられたのだから、ジャックが怒り心頭になるのも無理はないだろう。



「あのヤロウ覚えとけ。明日絶対ぶっ倒す。もうカレンのことだけじゃねえ。絶対絶対ぶっ倒して、俺を怒らせたことを後悔させてやる!」


 ぎりりと歯軋りをし、ジャックはカレンを置いて歩き出した。



「あ、ま、待って!」



 肩を怒らせ、拍車を大きく鳴らし歩くジャックの足音を聞いたかレンが追いかける。




「……そりゃあ、怒って当然じゃな」


 ジャック達を見守り、真相を知ったリゥもそう呟いた。



 明日の祭り、ジャック対ジークは間違いなく荒れた戦いとなるだろう。


 この邂逅で、彼女はそれを確信した。





 きぃきぃと、酒場のスイングドアが揺れている。


 ウエイターが空いた皿やコップを回収するためテーブルにやってきた。



 ジークはウエイターが酒瓶をとろうとした時、それを手で制す。



「それは飲みますから、コップと一緒に置いておいてください」



 この酒は安酒でいかにも貴族、騎士、王子様といったジークが飲むには相応しくない酒だ。

 だというのに彼は、ウエイターに笑顔まで見せてそれを持って行かせなかったのである。


 テーブルが片付くと、ジークは改めてその酒瓶を手にした。


 封をあけ、コップに注ぐ。



「……実に粗暴な味だ」



 一口それを口にふくみ、ジークは呟いた。

 強いアルコールのみが主張し、たいした味も深い匂いもない。ただ酔えればいいという代物だった。


 まさに、これが西部だと主張するかのような、暴力的で頭を揺らすような酒だ。



「でも、嫌いじゃない……」



 ジークは手にしたコップを水平にくるりと回し、中の酒が渦を巻くのを見る。

 その小さな渦を見て、ジークはふくみ笑いを浮かべる。



「明日、予測どおり彼も機鎧を持ち戦えるというのなら、本当に楽しみですね。堂々と力を振るえる。こんなにうれしいことはありません」



 ジークは小さく呟いた。




──確信──




 夜。


 荒野に建てられたほったて小屋。



 明らかに人が住んでいない場所にある小屋だというのに、開けっ放しになった窓からは灯りがもれていた。

 荒野にぽつんと光るその光は、迷子になった星のようにも見える。



 ゆらりゆらりと天井につるされたランプの光が揺れる室内には、昼間ジークによって蹴散らされた一団が集まっていた。


 生き残った人数は二十人ほどいたはずだが、合流ポイントであるこの小屋に戻ってきたのは十人にも満たない人数だった。



 これでは、このアウトローの一団は壊滅したと断言してもいいだろう。



 だというのに、小屋の上手に座る団長は目を輝かせ、まるで宝探しを夢見る少年のような瞳でテーブルの上に広げられた地図を前ににやにやと笑みを浮かべている。



「だ、団長……?」

「なんだ?」


 手下の一人がおずおずと団長に声をかけた。


「俺達も、ここで降ろさせてもらいます。もう、田舎帰って真面目に牧場やり直しますんで……」


 せっかく戻ってきた団員だというのに、団長へ諦めの言葉を告げる。


 彼等は圧倒的な強さを見せたジークを見て、心が折れたのだ。

 悪党としてやってゆく自信は失われ、普通の男に戻ろうと心変わりしたのである。



 ただ、問題はこの団長が許してくれるかどうかである。



 団長は体の半分を機械と化したマシンソルジャー。戦うことが人生と言ってもいい存在だ。


 通常ならば団を抜けるとなればなにをされるかわかったものではない。ここに戻ってこなかった者達も、同じように心が折れ、さらに団長が恐ろしかったため戻ってさえこなかった者達なのだ。


 むしろわざわざ戻ってきてこう馬鹿正直に辞めることを告げる彼等がある意味で愚かなのだろう。



「ああそうかい。いいぜ。好きにしな」



 だが、団長から発せられた言葉は、拍子抜けするほどあっさりとした許可だった。


 団員になどまるで興味もないように、一瞬だけ視線を向けたかと思えばすぐ視線を地図へと戻してしまっている。

 いなくなる者達になどまったく欠片も興味がなさそうだった。



 男達はほっと胸を撫で下ろし、小屋から去ってゆく。


 一人。また一人と小屋から団員が消えてゆく。



 気づけば、そこに残っているのは団長一人になっていた。



「くくっ。ははは。いらねぇ。団員なんてもう一人もいらねぇよ! 馬鹿なヤツ等だ。ここに『アーマージャイアント』がいたんだぞ。オレの仮説は間違っていなかったんだぞ! ここに遺産があるのは、遺跡があるのは間違いねぇ! それが伝説の力の源だ!」


 どこか負け惜しみにも近かったが、団長は確信していた。

 笑顔に歪むその顔は、ただの強がりか、それとも真の愉悦か。



「ここの地にあるはずだ。いるのはあの鎧。あの鎧さえ見つかれば、遺産さえあればオレは無敵だ。そう、オレが

『アーマージャイアント』だ!」


 広げた地図を見回す。

 ああは言ったものの、肝心の遺跡の情報など欠片もない。


 ただただ、地図を見つめるだけだ。



 きいぃぃん。



「……」


 団長の耳に、耳鳴りが響いた。

 それは、半身が機械である彼だから聞こえたささやき。


 遠く遠くから、それを望んだから聞こえた、過去からのいざないだった。



「ふっ、ふひっ。ふへへ」



 団長の口元が緩む。


 団長は笑い、その手の人差し指を立て、それを地図へと落とした。




 ずぼっと紙を突きぬけ下の机にまで穴が開く。


「ふふっ。ふへへ」



 団長だった男はフラフラと小屋から出て行く。


 まるでなにかに導かれるかのように。



 小屋の中に残されるのは荒野の岩山を示す場所に穴の開いた地図と、ランプの光に惹かれやってきた蛾のみだった。


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