第10話 アーマージャイアント祭り その2
──カレンと婚約者──
太陽の光がきらめく西部の荒野。
ごつごつとした岩と細かく砕けた石を切り開くように描かれた一本のライン。
ジャイアントシティへとむかう街道に、一台の馬車が停まった。
駅馬車や乗合馬車などではない。豪華で豪奢で頑丈なつくりの馬車だ。こんな馬車が走っていれば、一般人なら間違いなくこれは金持ち所有の馬車だと判断して道を開けるし、二流のアウトローならお宝だ。と思い襲おうとするだろう。
だが、一流のアウトローならこの馬車を見たら即座に背を向け逃げ出す。
相手になどしない。
なぜなら、相手にするには危険すぎるエンブレムが入っているからだ。
下手に手を出せば、命はおろかその名誉すら危うい。
そんな存在が、この馬車の所有者だからだ。
その馬車の持ち主の名は、リッチフィールド家。
この新大陸では知らぬものはいない大商会。鉛筆から墓石までなんでも手に入るリッチフィールド商会がこの馬車の持ち主なのである。
下手に手を出せば、得た金以上の賞金がかけられ、仲間であるはずのアウトローにさえ狩られることになりかねない。
一時的にリッチフィールドに喧嘩を売ったと悪名は売れるだろうが、すぐ身の程知らずのただの馬鹿と言われるようになるのが目に見えている。
そんな馬車を襲おうと考えるなど、リスクと報酬の大きさに目のくらんだ二流のやることか、真に実力とカリスマ性を兼ね備えた、アウトローの規格を大きく超えたアウトローくらいしかいないだろう。
たいていの場合、自分が後者の存在だと信じた三流だった。という結果に落ち着くが……
そんな馬車が、ジャイアントシティからはまだ距離がある荒野のど真ん中で停まった。
もしここにそれを見ている者がいれば、なぜこんななにもないところで停まったのだろうと疑問に思うほどなにもないところだ。
かちゃりと馬車の扉が開き、そこから銀の髪をボブカットにし、冷たいアイスブルーの瞳を持つ美しい容姿のメイドが姿を現した。
熱く照らす太陽の光に一瞬目を細め、手でひさしをつくりながら馬車にすえつけられたステップを降りる。
彼女。メリッサは大地におりると振り返り、小さくお辞儀をしてその手を馬車の方へと向けた。
メリッサが馬車の入り口へ手を伸ばすと、そこからもう一人女性が現れた。
胸に真紅のバラの刺繍をあしらった赤いドレスを纏い、ふわりと広がる腰まである金色の髪を揺らす十代後半という、女と少女のちょうど中間の年齢の淑女。
彼女こそが先のエンブレムが象徴するリッチフィールド家直系の者。カレン・リッチフィールドその人だ。
シルクの手袋をした指がメリッサの手を握り、ステップを降りる。
ふわりとスカートを小さくはためかせ、彼女はほこりの舞う西部へと足をおろした。
それと同時に、強い日差しを避けられるようメリッサが日傘を広げ、馬車を運転していた御者がメリッサが運ぶトランクを一つおろした。
メリッサが御者へ視線をむけると、その馬車はゆっくりとUターンしジャイアントシティとは逆の方へと走って消えてゆく。
「さて……」
馬車がいなくなるのを確認したカレンがゆっくりと腕を組み、遠くに見えるジャイアントシティを見据えた。
「ジャック達が次に通過するのはあの街ですわね!」
「はい。リゥ様からの電報によれば、すでにあの街に到着しているはずです」
カレンの言葉に、隣に立つメリッサがうやうやしくうなずいた。
彼女の目的は、あのジャックを捕まえて下僕。もとい気の置けない関係になることが目的だった。
そのため、彼女は西部を旅するジャック一行を追っている。
かつてはジャックが向かう先を様々な情報から取捨選択し、知恵を絞り、推測して追っていたのだが、今はその仲間として旅をするリゥから電報がもらえ、その移動経路の特定が格段に楽になった。
以前はその足取りを完全に特定するのに三ヶ月もかかっていたというのに、今はこうして街の到着とほぼ同時に追えるようになったのである。
そしてこれが、彼女達がジャイアントシティの手前でリッチフィールド商会の馬車を降りた理由。
大商会であるリッチフィールド商会の馬車が街につけば、たちまち噂となり、話題にあがってしまう。それを耳にすれば、追われている自覚のあるジャックが逃げ出してしまう可能性があったからだ。
ゆえに馬車をおり、ジャックに見つからないようひっそりと街へむかうというわけなのである。
「ふふっ。今度こそ。今度こそですわね!」
「はい。今度こそです」
「今度こそ、ジャックを私の、私の……じ、じじ、従僕にっ!」
「……」
「……」
強く握ったカレンの拳がへにゃっと落下した。
私のジャックと言おうとして、言えなかったからだ。
本人がいないというのに、それだけでテンパってなにを言っているかわからなくなってしまった。
本人を前にしたらこれよりさらに酷くなり、彼女は「下僕になれ」とかそういったことを浴びせかけてしまう。
わざわざ危険な西部に来るほどジャックを想っているというのに、それに反して出る言葉はひどいものなのだった。
ゆえにジャックは、そんな彼女から逃げていってしまう。
そりゃそうだ。自分に暴言を吐いて下僕にするという高飛車な女、マトモに相手したくなくて当然だ。
これが、彼女がひっそりとジャックを追う理由なのだ。
メリッサが小さくため息をついた。
「それでお嬢様。今回はどのような策でジャック様をお嬢様の元へと? 今回行われる祭りを利用いたしますか?」
「残念ですが、祭りを利用するのは一度やっていますから警戒されるでしょうからきゃっかですわ」
メリッサの提案ともいえる言葉をカレンはあっさりと切り捨てた。
カレンもこの街に来るまでにこの地の情報は色々集めている。なのでこの地が『アーマージャイアント』生誕の地を自称し、アーマージャイアント祭りなるものを開催しようとしていることは把握していた。
祭りとは人を集めるのには非常によい手段である。
人が集まれば、そこにジャックがいる可能性も格段に上がるからだ。
だが、言ったとおりすでに一度その手段(第6話参照)は使ってしまっている。なによりこの祭りはオレアーマージャイアントなる巨大な人形を作らねばならない。
ジャックがその気になれば『機鎧』と呼ばれる巨大な人型の鎧を持っているが、それを使って目立ってまで出場する理由はない。
リッチフィールド商会は物理的に存在する商品だけでなく、こういった祭りの企画、立案、実行もあつかっている。
その理由となる賞金をカレンが出してもよいが、それは前の祭りと手段完全に一致してしまう。
今まで賞金も出なかった祭りがいきなり賞金つきになるなど、さすがのジャックも怪しむだろうとカレンは今回の祭りはジャック捕縛作戦に使えないと判断したのである。
「とりあえず策は街を見てから考えましょう。まずはジャックを補足し、そこからゆっくりと糸を絡めて行けばよいのですから!」
この街で全てを終わらせる必要はない。
じっくりゆっくりと、蜘蛛の糸で絡めとるようにジャックを捕らえてゆけばよいのだ。
「ふふっ。待っているがいいわジャック。この私の策に溺れるのを……!」
笑うカレン。そのイメージは悪い顔をしてマリオネットのジャックを糸で絡めている姿だ。
実際にそれが上手くいくかは、まあ、神のみぞ知るというヤツだが。
「では行きますよメリッサ!」
「はい」
背後で小さく頭をさげたメイドの気配を感じ取り、彼女は意気揚々と歩き出した。
しかし、二人がジャイアントシティへ歩き出そうとしたその時。
ひひぃぃぃん!
街道の先から、馬のいななく声が聞こえた。
直後、規則正しい蹄鉄の音が響き、真っ白な馬体が彼女達の真上を飛ぶように横切った。
その速度、一般的な馬と一線を隠すほどの速さであった。
疾風のような速度で、馬とその上に乗る何者かが彼女達を追い越したのである。
(速い……!)
メリッサは自分達を追い抜いていった白馬を視線で追う。
それの白馬は速度のみならず、毛並みも並の馬とは違う美しさを持っていた。手入れも良く行き届いており、馬具もきらびやかな一級品が使われているのがわかる。
太陽の下でキラキラと輝くかのようなたたずまいをひと目見ただけで千頭に一頭いるかいないかの名馬であることがわかった。
だが、それだけの名馬を操るということは乗る者にもそれだけの腕を要求するということである。
すなわち、その馬をあれほど操れるということは、それに乗る者も只者でないことを意味していた。
西部において馬は生活必需品とはいえ、馬具や馬にこれほどの手入れを施すものは滅多にいない。
ならず者であるアウトローはさらにそれには無頓着だ。
白馬をここまで綺麗に手入れするほどの者なら、うらぶれてアウトローなどに堕ちたりはしないからだ。
そりゃ自らの意思でアウトローとなり、確固たる信念を持った悪党ならばやる可能性はゼロではないが、それならばその存在はたいそう名を聞く大悪党に違いない。
当然メリッサはそんな大悪党知らない。ゆえに、そんな者は今いない。
二人を追い越した白馬は、数歩街道を進むとその道を二人の行く手を塞ぐようにして立ちふさがった。
メリッサが警戒の色を見せる。
いくら知らないとはいえ、それが悪党ではないとは限らない。
真の悪党とは、大々的に名を売らないものだからだ。
しかし、ひらりと白馬から降りた男は悪党とイメージするには、難しい存在だった。
右肩にかけられた赤い肩マントがひらめく。
照りつける西部の日差しをきらりと反射させるかのように美しい金の髪を揺らし、その男は優雅に大地へと降り立った。
その男は、この西部においてとても場違いな格好をしていた。
西部には似つかわしくない欧州貴族が纏うような金糸を散りばめられた服を身にまとい、ブーツには拍車さえついていない。
しかもその腰には銃ではなく時代遅れの剣を帯びてさえいる。
それは、おとぎ話にある王子様がそのまま絵本からとび出してきたかのようであった。
アズマという異質を見たことがなければ、それを見た二人は唖然として固まっていたかもしれない。
そういう意味では、あのサムライと同じといえた。
二人を見た男はにこりと微笑んだ。
年のころは二十代中盤だろうか。青い瞳に端正な甘いマスクとつんと伸びた鼻先に、世の女の子は一発KO。その姿はまさに、誰もが理想と思い浮かべる細身の男性像そのもの。
「はじめまして。レディ」
そんな男が、うやうやしく左手を胸に当て礼をした。
どこか芝居がかってキザったらしい礼だったが、非常にサマになっているためいやらしさは微塵も感じられなかった。
「私はジーク・マッケンジー。あなたの祖父が開催しました婚約者リーグを勝ち抜き、めでたくその権利を射止めた者です。以後お見知りおきを」
ジークと名乗った青年は顔を上げ、さわやかにカレンを見た。
「そうですか」
ジークの言葉に、カレンは平然とした顔で答える。
しかし、心の中ではついに来たか。と頭を抱えていた。
大陸随一の商会の血縁者なのだ。好きな人と結ばれるという方が間違っている。
家が決めた相手、家のための結婚。
そのいつかがくることはカレンも覚悟していた。
だが、そのいつかがまさかこの西部の地に来ている今だとは考えてはいなかった。こんな場所に婚約者を送りつけられるとはカレンはおろかメリッサですら予想外である。
彼女が西部にジャックを追ってきたのは、この地にいればそういったことは強制されないと考えていたからでもあった。
例えリッチフィールドをとりしきる祖父が強引に決めたとしても、こんな辺境の地までわざわざやって来て、こうして挨拶するような気骨のある者が現れるなど想定していない。
「こちらが、あなたのお爺様が直々にしたためたという手紙になります。一読を」
ジークは懐から手紙を取り出し、カレンへと渡す。
カレンは動揺を必死に表に出さないよう笑顔を作りながらそれを受け取った。
ちらりと視線をその手紙に落とす。
蝋封によって封じられたそれに、いったいいかなる理不尽が書かれているのだろうか?
いや、そうとも限らない。
こうして婚約者候補を送ってきた祖父だが、彼はカレンの結婚推進派とは言えないからだ。
さらに商会内部にはカレンを婚姻の道具として使い、商会の更なる発展を望む者もいたが、ここしばらくの西部におけるカレンの活躍で、その声も小さくなったと聞いている。
一応カレンは、リッチフィールド商会の西部販売拡大部門のいち責任者であり、建前上の目的は西部での販売拡大だった。
ただのジャックの追っかけだと思うことなかれ。彼女は実際に行く先々で祭りの計画からの販路拡大から、鉱山を当初より安い値で入手し、さらに高い価値を生み出すことにも成功したりときちんと成果を出している。
ゆえに、商会内部でも彼女の評価はうなぎのぼりであり、そう簡単に結婚を促せる雰囲気ではなくなってきているのだ。
となると、この手紙はカレンにとって希望となる可能性も十分にある。
とはいえ、あの老人こそが商会の中で最も理不尽な命令を下す存在なのだから、それは希望的観測でしかない。
結局のところこの封をあけ、中身を確認しないことにははじまらなかった。
ここは場所が悪い。と言い宿かどこかへ移動してから中身を読むこともカレンの脳裏にはよぎったが、それだとこの男と移動の時間も一緒にいなければいけないのでそれならばここで読み上げひとまずお別れした方がいいだろうという打算が働いた。
カレンは封をとき、中の手紙に目を通す。
手紙自体はとても短いものだった。
装飾の言葉もない。ただ数行伝えたいことが書いてあるだけだ。
『あんまりにも婚約者にしろという連中が多い上しつこいから条件を出してやった。婚約者リーグを開催し、それに生き残った一名をお前のところへ送る。婚約者となる最期の条件ということで、お前の望みをかなえさせる。という課題をクリアさせろ。これで実現不可能な条件を提示し、きっぱり諦めさせてやれ。そうすればしばらくはこんな面倒なことしなくてすむ』
シンプルだが、それはカレンにとって渡りに船の手紙だった。
崖に突き落とされたのかと思ったら背中に気球がついていたような逆転劇である。
(さすがお爺様! 信じてましたわ!)
そもそも婚約者をこの段階で立てるのならばカレンが西部に来させる理由がない。
カレンを西部で自由にさせているということは、カレンがジャックを連れて帰る可能性があり、それを認めてもいいと考えているからに他ならないからだ!
「ふふっ。ふふふふふ……」
手紙を読み、カレンは不適に笑い出した。
にやりと笑い、手紙に同封されていた一枚のカード。家紋であるエンブレムのついた裏に『最終試練』と書いてあるカードをジークに突き出した。
「お爺様からの手紙は、私が私の婚約者に相応しいかテストしろとのことでした! ですから私の望む結果が出せなければ即失格! この婚約はなかったことになります!」
「な、なんですって!?」
今までにこにこと事態をうかがっていたジークが驚きの顔を見せた。
さすがの彼も、まさかここでテストを受けることになるとは思ってもいなかったようだ。
「そうですか。確かにあなたに認められず婚約するというのは本意ではありません。ですが私とて婚約者リーグで唯一生き残った男。あなたに認められるためならばどのようなことでもいたしますよレディ!」
(……どうでもいいですが、生き残ったって、比喩ですよね、だんな様)
二人の会話を聞き、メリッサはそんなことを思った。
いくらあの祖父がぶっ飛んだ人間でも、人死を出すような試験を出すとは……思えたから不安だった。
一方カレンはカードを左手にもち右手の肘にあて、その右手をアゴに当てつつそのテストに考えをめぐらせていた。
(絶対に実現不可能。死んで生き返れなんてのは明らかにNG。これではただの横暴で、カドが立つだけですわ。となると、一見すると出来そうだけど絶対に不可能な試練。これに限りますわね)
カレンの頭の中には二つのプランがあった。一つは達成までにとてつもない年月がかかる条件を出すこと。これならばそれを必死に実行している間はこの話はただひたすら先延ばしにされる。
これのメリットは他に新しい婚約者が……追加される可能性は、否定できない。が、大きく先延ばしには出来る。
もう一つは一見すると達成できるように見えて実際には不可能な条件を出すこと。相手にやると言わせて実行できなかったことをネチネチと責めて諦めさせるという、今後のためにはぜひとりたい手段だった。
どうせ他にまた婚約者が追加される可能性が消えないのならば、こちらの条件を出して失格させるのが望ましいだろう。
デメリットは失敗させてももう一度婚約者候補として現れる可能性が否定できないこと。
だが、カレンにとって婚約者『候補』さえ自分には存在して欲しくない。そう思っていた。
その候補にあがるのは一人だけで十分。むしろ一人しかいらないのだ。
ゆえに彼女は、一見すると達成できるように見えて実際には達成不可能な条件がないか頭をフル回転させる!
(……これね!)
この間二秒あったかないか。一度目をつむり、開いた時にはその計画は完成していた。
(ふふっ。これなら完璧。いくらあの方が婚約者リーグなるものを勝ち抜いてきたとしても、達成は物理的に不可能!)
「決まりました」
カレンは手を解き、口を開いた。
「なんでしょう?」
にこりと、動揺もなくジークは微笑む。
なにが来ても自分は達成できる。そんな自信にあふれた笑顔だった。
(ふふっ。残念ね。この知将カレンの頭脳にかかればその自信なんて粉みじんなの! 私に勝てるとすれば頭脳最強の英雄、『クレイジーコマンダー』様くらいしかいないわ!)
ちなみに、彼女が敬愛する『クレイジーコマンダー』の説明は今回省略します。
「条件は簡単よ! 明日あの街で行われる祭り。その祭りで優勝して来ればいいわ! それが出来たら認めてあげる!」
「おお、確かにそれは簡単ですね」
カレンの出した条件に、ジークは少し拍子抜けだ。という表情を浮かべた。
だが、その表情にカレンは満足そうに心の中で悪いにやりを浮かべる。
(かかりましたわ! あそこの祭りはアーマージャイアントを模した人形をぶつけあわせる祭り! その参加にはアーマージャイアントを模した巨大人形が必要! 前もって私にテストを受けさせられるとわかっていたなら用意していた可能性もありますが、彼はこの手紙の内容は知らない。ここではじめて聞いて明日いきなりなんて用意するのは不可能! そんな物を来たばかりの彼が用意できるはずがない! 私の勝ちですわ!)
カレンは勝利を確信した。
だが、ジークは余裕を浮かべ、くすりと笑う。
「あの街の祭りは確か、この国の英雄『アーマージャイアント』を模した人形を作り、ぶつけあわせて頭につけた印を落とすというものでしたか」
確か。と彼は明日の祭りのことを口にする。
さすがにここに来る前に下調べはしてあったようだ。
「さすがに参加させられるとは思ってもいませんでした……」
これは困った。と苦笑する。
(よしっ!)
その言葉にカレンは心の中でガッツポーズをとる。
「……が」
(へ?)
ジークはカレンとメリッサから離れるよう後ろへ三歩さがった。
そこは、街道ではなく荒野の中。
馬からもカレン達からも遠ざかった、荒れ果てた大地の上。
「その祭りに優勝する。というのは本当に簡単ですよ。レディ」
そう言いながら、ジークは腰の剣を抜き放った。
「っ!」
一瞬メリッサはジークの行動に警戒したが、彼の立つ場所ではいくらその剣を振ろうとその刃が誰かに届く場所ではないことに気づいた。
むしろなにかデモンストレーションをするのだろうと考えたのだが、ジークの持つ剣をはっきりと見たことにより、別の衝撃を受けた。
(あれは!)
ジークはそのまま、その引き抜いた剣を太陽の輝く空へとかかげる。
「なぜなら……」
ジークのこの言葉と共に、その理由が顕現した。
ゴゥッ!
風が揺らめき、烈風が吹きすさみ一柱の竜巻が立ち上がった。
メリッサの手から傘が飛び、カレンが髪を手で押さえた。
土煙が舞い、一瞬彼女達の視界が風にうばわれる。
地から天へと風が吹き抜け、唐突に渦が消えた。
ひらりひらりと舞った傘が地面へと落ちる。
「うそっ……」
それを見つけたカレンが信じられないと驚きの声を上げた。
その驚きに、肩まで震えている。
ジークの立っていた場所。
そこには、彼のかわりに巨人がいた。
全高十メートルはある美しいブルーメタリックの西洋鎧を纏った巨大な騎士がそこにいたのだ。
その手には、剣をおさめた盾と槍が握られている。
カレンは自身の目を疑ったが、それはすぐに現実だと気づいた。
あれはジークが呼び出した巨大な鎧であることを即座に理解する。
なぜなら彼女は、あれが機鎧と呼ばれる巨大な大鎧の存在を知っているからだ。
人が乗りこみ巨人のようになれる鎧の存在を知っているからだ!
「そんなっ……」
それを見て、カレンがよろめく。
まさかの予想外が自身を襲うとは思っていなかったからだ。
これでは自身の計画が完全にパーである……
(おや、驚くのは当然かとは思いますが、思ったより驚きが少ない……?)
ただ優勝されてしまう。というショックしか感じさせないカレンを見て、ジークは首をひねる。
それにあわせ、外の機鎧も首をひねった。
人機一体。それは、搭乗者の動きをそのままトレースし、それでいてその強さ、正確さを何倍、いや何十倍にもあげるまさに巨大な鎧であった。
こんな遺産級の代物を見せられれば、普通ならば泡を食って慌てるはずだ。
だというのにこんな態度になるということ。それはつまり……
(まあ、リッチフィールド家の令嬢ならば知っていて不思議はありませんか。もっとも私がそれを持っていたとは夢にも思っていなかったようですが)
可愛らしいところもあるものだ。とジークは心の中でふふふと笑った。
再び風が吹き、その鎧の姿を覆い隠す。
しばしの烈風が吹き抜けると、そこには一本の剣を持つジークしかいなくなっていた。
それが、ジークがその鎧の持ち主である証だ。
「私は、あの英雄『アーマージャイアント』ではありませんが、その祭りに出場するくらいの鎧は持っています。ゆえに、ハリボテがいくら出てこようと負ける道理がありません」
手も振り上げられぬただの人形を相手に、人と同じ動きが出来、頭につけた印のカードに手を伸ばせる存在がどうして負けよう。
それがわからぬカレンではなかろうと、ジークは優しく微笑みかけた。
「ですから、ここで私を認めてしまえば……」
「……いいえ。まだです。あなたが優勝できなければ認めません。絶対に、絶対に認めません!」
きゅっと拳を握り、カレンは反論した。
ただの負け惜しみかもしれないが、それでも彼女はこの場でそれを認めるということは絶対にしないという意思をジークに感じさせた。
やれやれ。とジークは控えめに肩をすくめる。
しかし彼女のこの態度は、約束は必ず守るという意味でもあった。
「ならば、明日の祭りが中止となったとしても、それで条件が達成できなかったとこの約束を反故にするのは無しと明言いただけますか? 私とて聖人君子ではありませんからね。そのような納得のいかない敗北には抗議させていただきます」
「……わかりましたわ」
心の中でカレンは舌打ちをした。
即座に浮かんだ明日の言い訳をいの一番に潰されたのだから。
「それはよかった。では、明日の私の雄姿、とくと御覧あれ!」
ジークはひらりと馬にまたがり、そして荒野へむけて走り去った。
ジャイアントシティへではなく、街道とは垂直の別方向へ。
そのまま白馬は岩山の影へと消えていってしまった。
気丈にもそれを見送り、その背中を睨みつけていたカレンは、その姿が見えなくなったとたんふにゃっと口元を弱らせた。
「ううー」
悔しそうに唇を噛み、カレンはメリッサを振り返った。
手を握り、ぷるぷると肩を震わせ涙をこらえている。
自身渾身の策があっさり破られたことにより、悔しさが破裂しかけているようだ。
彼女の祖父であるリッチフィールド商会の主、ジョン・リッチフィールドは彼女の祖父ではあるが、商売人だ。
商売人に最も必要なのは信用である。政治家と違い、決められた約束は必ず守る。契約は必ず厳守する。でなければ物は買ってもらえない。
その世界で生きてきて成功してきた祖父であるがゆえ、今回の件でジークが祭りに優勝し、カレンの出した条件をクリアしたというのなら、どれだけ不本意だろうとその約束は必ず守るだろう。
その祖父の背中を見て育ってきたカレンはそれを知っている。
ずっとつかえてきたメリッサも知っている。
だからこそ、現状のジーク優勝確定というのは絶望的な状況だった……
(相手のことも考え、実現できそうでできない条件を出したのでしょうが、それが仇になってしまいましたね。その一歩足りないところがお嬢様の愛おしいところですけど)
「ふっ。ふふふふふふ」
唐突にカレンが笑い出した。
「お嬢様?」
拳を握り、それをプルプルさせながら笑っているのだ。
悔しさのあまり明目を通りこして自棄になってしまったのだろうか?
「これも実は、失敗に見せかけた更なる策略のはじまりなのです! こ、これでジャックに依頼して、祭りに優勝してもらう! これでそのお礼としてジャックに私をあげる! ほら、完璧です!」
カレンはぐっと拳をにぎり、さらにそれを天に突き上げた。
「確かにそれはよき策かと思われます……」
ジャックにお願いするところで色々と難問があるかもしれないが、現状あの青い鎧の巨人に対抗するためには、同じ巨人。黒い機鎧を持つジャックに頼る以外ない。
優勝と約束したのだから、それを阻止し、さらにジャックと会う口実という点では非常に都合が良かった。
(問題は、そのジャック様が勝てるかですが……)
メリッサはジークの持つあの機鎧がどのような物か心当たりがあった。
その名は、『魔剣グラム』
それは竜殺しの剣にして円卓が十三機の一体。
欧州において現存の確認される五体の機鎧がウチの一機である。
それが伝説として世に姿を現したのは、かつて欧州を荒らしまわったという邪竜を屠ったからである。
その竜殺しの剣と言われる力の源。それは人を超え、神にも巨人にも対抗できる機鎧と呼ばれる鎧を顕現させられることにあった。
その伝説の剣を受け継ぎ、その機鎧の力を自在に操れるのならば、彼の実力はかの『アーマージャイアント』に匹敵しても不思議はない!
(そんな人をお嬢様の婚約者に選ぶなんて! いえ。お嬢様の格を考えれば当然の人選! 血筋、家柄、そしてお嬢様を守れるだけの実力全てがそろっています!)
なんて人を当て馬に繰り出してきたのだとメリッサは戦慄する。
この巨人の街へ立ち寄ったこのタイミングでの登場に、カレンが墓穴を掘ることまで計算していたのではないかとさえ錯覚する。
だが、あの老人のことだから、ありえないとも言い切れなかった。
(……ですがそれをお嬢様に言って不安にさせてもしかたがないことですね)
この新大陸における『アーマージャイアント』と同じく欧州大陸における伝説の存在。
それを教えたとしても事実は変わらない。ただカレンを不安にさせるだけなのだから、今伝えてもしかたがないことだろう。
それを知るのはジャックの方でよい。
なにより、ジャックが勝てばよいのだ。
それよりむしろ、カレンがこのピンチをジャックへ正しく伝え、協力を要請できるかの方が心配だった。
カレンにとってみれば、そちらの方が大きな問題だろう。
メリッサはそれに思い当たり、ちょっとだけめまいを覚えたそうな。
「さあメリッサ、行きますわよ! なんとかしてジャックに接触し、明日の祭りで優勝してもらうのです!」
「はい」
一縷の希望であるジャックと接触するため、カレンとメリッサはジャイアントシティ目指して歩き出した。
──過去と未来のお話──
アズマとジャックがキーを探しに行き、クレイン宅に残されたリゥとクレイン。
彼女達は灯りのともった地下室で椅子に座り、クローディアという共通の家族の話題で盛り上がっていた。
「幼いクローディアが料理を作った時、卵焼きを作ろうとして失敗したのだが、それはスクランブルエッグだと主張していたことがあってなぁ」
「ふふっ。それなら今でもたまにやらかすぞ。共に住まう子供達からも呆れられておる」
クレインの言葉に、リゥが笑って答える。
「ははっ。まだやっとるのか」
クレインも、大人になったであろう孫娘の姿を思い浮かべ、微笑ましく笑う。
二人は、孫と恩人談義に華を咲かせている。
リゥは今まで知らなかったクローディアの一面を。クレインは失ったと思っていた孫の今を。
彼等はそれを、自分のことのように話し合った。
長い時間話し合い、ふと話題が途切れた。
次の話題をどうするかと思い、天井を見上げたリゥの脳裏に、ふと外にいる巨人のことが浮かんだ。
「クローディアとは関係ないかもしれないが、一ついいか?」
「なにかね?」
「なぜ、そこまで必死に遺産を?」
ただ動くのを見たい。というのは嘘ではないだろうが、本当にそれだけなのか。とリゥは思ったのだ。
クローディアの祖父だと知った今、それ以外になにかあるのではないかと彼女は感じたのである。
「なぜ、か……」
老人は椅子の背に体を預け、遠くを見た。
「息子。クローディアの父の夢だったから。かのう……」
彼の息子の願い。
それは、『遺人』の遺産を再起動させ、そして自分達の手でそれを再現し、人々の平和を護るため役立たせたいというものだった。
もちろん、自身が研究者だから。という理由もある。
「ゆえにワシは、これをなんとかして動かしたいのだよ。意固地になってあればかりいじっているのも、それが理由さね」
「そうか……」
リゥはクレインの言葉を聞き、どこか納得したような声を上げた。
(だから祭りに目もくれず、自分を犠牲にしてでもこれを動かそうとしているのか)
彼が祭りに興味がないと言った理由。
一刻も早く、人々を守る守護者を作り上げたいと思ったからだ。
それは、孫のクローディアと同じ願い。父も描いた、夢……
だが、そのせいで祭りにも出ず、人の温かみも忘れようとしている。
これをどうにかするには、結局はあの巨人を動かす以外にない。
孫の生存を知り、さらに巨人を動かせたならば、この老人はやっと前に進みだせるのかもしれない……
(やはり、あの巨人を動かすしかないようじゃ。頼んだぞ、アズマ)
ほんの少しでいいから手がかりを持って帰ってきて欲しい。
リゥは天井を見つめながら、それを祈った。
「……あの子が動いたら、今度はクローディアに会いに行ってみようかの」
「それがいい」
ポツリと呟いたクレインの言葉に、リゥは優しく答えた。
すでにこの老人は、ほんの少しだけ前に進んでいるようにも見えた。
「あ、そうそう。思い出したのだが……」
「ほほう」
クレインが新たなクローディア話を思い出した。
どうやら彼等のクローディア談義はもうしばらく終わらないようだ……
──邂逅──
一方、アズマと別れ、別方向へと向かったジャック。
「ん?」
「あっ」
大岩を避けるよう作られたゆるいカーブを抜けたところで、ジャイアントシティへと歩くカレンとメリッサとばったりと鉢合わせした。
「カレン?」
「ジャッ!?」
ばったり鉢合わせした二人は驚きの声を上げる。
メリッサでさえ、おやまあ。と予想外という表情を浮かべているのだから、この邂逅が全くの偶然であることを証明しているだろう。
今回カレンの抱えた婚約者問題。その解決のためには黒い機鎧を持つジャックの協力は必要不可欠。
そのためにカレンとメリッサはジャイアントシティへむかっていたわけだが、こうして街に入る前に遭遇してしまうというのは完全な想定外。
カレンはジャックを目の前にするとおめめをぐるぐるにしてなにを口にしてしまうかわからない厄介な恋の病にかかっている。
それゆえジャックと面と向かって話をするには気合と覚悟を決める手順と準備が必要なのだ。
その心の準備もなく、不意打ち的に顔をあわせたとなれば、一体どうなるか。
「ジャッ、じゃっ、じゃじゃじゃじゃや……邪魔あぁぁぁぁ!」
答えは、おめめをぐるぐる回したカレンの絶叫だった。
「なっ!? 天下の往来歩いていていきなり邪魔だと言われる筋合いねーぞ!」
いきなりの暴言に、さすがのジャックもムカッと来たようだ。
(またやっちゃったー!)
心の中で頭を抱えるが、カレンの口は止まらない。止められない。
おろおろしたカレンはさらに混乱と緊張と興奮を深め、心にもない言葉を発してゆく。
「うるさいですわ。いきなりジャックの犯罪級の顔を見せられたこちらの身になってください。それが想像もできないなんてだからむしろ怒っていいのはこちら! そもそも、い、いきなりなぜここに!」
「いや、意味わかんねーよ」
まったく。とジャックはめんどくさそうに頭をかいた。
それでも、ぴんとなにかに気づいたのか、視線をメリッサへと向ける。
「ちょっと、私を見なさいー!」
見て欲しいというのは本音だが、言い方が完全に思い通りにならないカレンを尻目に、ジャックは口を開く。
「一つ質問があるんですが、この先に針みたいに突き出た岩、ありませんでした?」
「針のように? ありませんでしたね」
「そっか。メリッサさんが気づかなかったってことは、こっちは外れか……」
カレンが騒ぐのを無視しつつ、ジャックはやれやれと帽子の上から頭をかいた。
彼等の探した目的地。それはどうやらこちらじゃなかったようだ。
戻った時、ほらやっぱり。とほくそ笑むアズマの姿が思い浮かぶ。
ジャックが行く方が外れと言ったアズマの言葉が当たった形だからだ。
そんな未来予想図にジャックは心の中で舌打ちをする。
「ならこの先に用はねーな」
ジャックはそう呟き、きびすを返した。
そしてこっちを見なさいから色々と文句を言っていたカレンに向け。
「邪魔だってのならこっちから去ってやるよ。じゃーな」
手をひらひらと揺らし、ジャックは来た道を戻りはじめた。
「あっ……」
ジャックが遠ざかり、さらに背を向けて顔が見えなくなったことで少しだけ冷静さを取り戻したカレンは落胆の声をあげた。
冷静さが戻ったことで今自分のしでかしたことが致命的であることに気づく。
このまま行かせては、またいつもの通りの喧嘩別れだ。
そしてその別れは、下手をすれば今生の別れとなってしまう可能性もあった。
ジャックの協力も取り付けられず、ジークとの婚約が成立すればカレンが西部にいる理由がなくなる。そうなれば、祖父は間違いなく彼女を東部へ呼び戻すだろう。
西部と東部。この後ジャックの宣言どおり西部に名をとどろかせる悪党になったとしても、その彼とカレンが会うことは間違いなくありえない。可能性はゼロと言っていい。
その分岐点は、間違いなく今。
彼女はそれを確信する。
──そんなの。
(そんなの……)
──いやっ!
冷静な心の中に葛藤と慕情と激情が渦を巻き、目玉をぐるぐると回した彼女はジャックの背中へと手を伸ばした。
全ての感情が最高潮に達し、それどころかオーバーしたカレンの中から発せられた想い。
それが、彼女の中から言葉となってとび出す。
それは……
「助けて!」
あふれ出たのは、素直な言葉。
たった一言の言葉だったが、ここしばらくの二人の関係からは伝えてことのない心からの言葉だった。
その素直な願いは。
その悲痛な叫びは……
「……ったく。しゃーねーな」
……ジャックの心に、届いた。
ジャックがぴたりと足をとめ、めんどくさそうに頭をかいた。
「どう困ってんだ? 聞いてやるから言ってみろ」
そう言いながら、ジャックは振り返ろうとする。
「ふ、振り返っちゃダメ! そのまみゃ聞いて!」
あたふたとカレンがうろたえた声を出す。
言葉さえかみかみだ。
目を半分グルグルさせながら、カレンはジャックが近づこうとするのを制する。
振り返り近づかれればカレンはまた緊張、興奮し目をグルグルと回転させ心にもない憎まれ口を叩いてしまうだろう。
それを防ぐため、彼女はジャックにそのままでいてもらうことを選択したのだ。
「そのままで。そのままで聞いて!」
ジャックには見えないが、両手を前に出しそのまま、そのままと手を上下させる。
その必死な声に、ジャックもなんとも複雑な顔で首筋をかいておとなしくなった。
「あのね。あの……」
おとなしくその場にとどまったジャックに向け、両手を胸の前できゅっと握ったカレンはしどろもどろながら現状を語る。
祖父の命で婚約者候補が来たこと。
最終試練で自分が認める条件としてアーマージャイアント祭りの優勝を提示したら、相手は機鎧を持っていて楽勝だと言われてしまったこと。
そしてこのままでは、望まぬ結婚をさせられてしまうことを必死に語った。
(あのね、あの……。か)
カレンの必死の説明を聞きながら、ジャックはこのフレーズに懐かしいものを感じていた。
カレンが家庭の事情で東部の大学へ行く前までは、彼女はジャックの後ろについてきては、その背中にそう話しかけていたのを思い出した。
(あのころはこんな感じで後ろからオロオロと話しかけられていたっけな)
なんだか昔に戻ったようで懐かしく、そしてこれからやっぱり彼女は昔と変わっていないのかもしれないと思った。
「だから、助けて! 力を貸して欲しいの!」
事情の説明が終わり、ジャックは背中で彼女が頭を下げた気配を感じた。
「ったくよ」
くるりとふりかえり、問答無用でカレンへと近づいた。
「へっ? え? ちょっ」
いきなりの接近に、カレンはわたわたと慌てる。
手をわたわたと振り回し、目をグルグルと回した。
そんな慌てたカレンをどこか面白そうに見ながら、ジャックはカレンが逃げられないよう、その手を握った。
「下手な策打って失敗とか、間抜けすぎんだろ」
「うっ、うるさいわね! 普通あんな鎧持っているとか思わないでしょ!」
「そいつは確かにそうだ」
カレンの反論に、ジャックは納得したようにうなずいた。
ジャックだってその状況で相手が機鎧を持っているとは考えたりしないだろう。
「なんなの。馬鹿にしたいの!? ばーかばーか!」
カレンがぷんすかと頬を膨らませた。
こうなると彼女はもう、ジャックのよく知る最近の元気で生意気なカレンだった。
「ワケがわからねえな」
その姿を見て、ジャックは小さくつぶやいた。
「え?」
じっと自分を見つめ、そう呟いたジャックにカレンの瞳は揺れる。
「だがな。わかった。俺も勝手に結婚させられるだとか、人にレールをしかれるのは大っ嫌いだ。だから、しゃーねーから手伝ってやるよ」
ジャックは、にっと笑った。
「ほっ、ほん……なの当たり前ですわ! だってジャックは、私の下僕なんですから!」
カレンは一瞬驚き、「本当?」と声に出そうとしたのか、そこでついに力尽きたのか、出たのはいつもの憎まれ口だった。
(やはり、ジャック様が近すぎましたか)
近くにいつつも気配を消し、背景に徹していたメリッサが思う。
それでも、助けてと言えたのだから、十分な成長だろうとメリッサは満足していた。
このままいつも通り、喧嘩に発展するのだろうか。
メリッサはそう予測する。
だが──
「はいはい。そうだな。今はそうしておいてやるよ」
やれやれと、呆れたようにジャックも答えた。
ここで口論してもしかたがないと判断したからだ。
近づくなと言われた約束を破り近づいてしまったジャックも、今のカレンからなにかいい返事が返ってくるとは思っていなかった。
だが──
「だから、だから……」
「ん?」
(ん?)
急に、カレンの声のトーンが変わった。
カレンが、ジャックをじっと見て拳を握る。
さっきまでぐるぐる回っていた目玉は、今はしっかりとジャックの目を見ていた。
澄んだ青い目が、ジャックの瞳を捕らえる。
──この時カレンは、二人の予想を超えた。
「……ありがとう」
それは、消え入りそうな小さな声だったが、花が咲いたような笑顔と共に、カレンは確かにそう言った。
言った直後、彼女は恥ずかしそうに目を伏せる。
その頬は紅に染まり、瞳はその興奮で潤んでいた。
感極まり、緊張も興奮も振り切った結果、再び素直な気持ちがあふれたのだ。
ドキッ。
その可憐なカレンに、ジャックの胸は思わず高鳴った。
こんなにもこの少女は可愛かったのかと、美しかったのかと驚いた。
あまりに近くにいて、その魅力が見えていなかったジャックが、はじめて見せたカレンの表情に、さすがの彼もくらりと来てしまったのだ。
「れ、礼なら明日俺が勝って阻止できてからにしろ! まだはじまってもいねーんだぞ!」
ジャック自身も、感じたことのないはじめての感情に驚き、困惑する。
ゆえに、彼もどぎまぎしながら、カレンから視線を逸らした。
「そ、そうですわね! 絶対に勝ってもらわなきゃいけないのですから!」
カレンも自分がジャックにどれほどのクリティカルヒットを与えたのかわかっていない。
再び目をグルグルさせながら、地面を見つめる。
あさってな方向を見ながら、二人は会話を進めている状態になった。
「と、とりあえず俺もやることあるから、お前等はひとまず街にいろ。そこまで案内してやる!」
「た、頼みましたわ! ちゃんと案内するのですよ。忠犬のごとく!」
「誰が犬だ。ふざけんな!」
「あら、犬が嫌ならば……」
「さらにグレードを下げようとするんじゃねぇ!」
視線は街に向け、互いを見ないようにしつつ、口だけは達者な応酬を重ねながら二人は歩き出した。
(……)
それを、背景の一部となり見守っていたメリッサが、生暖かい目を向けている。
(まさかあそこでさらに感謝の言葉を放てるとは、お嬢様ここに来てさらに一段階グレードをあげましたね)
もう駆け寄って「よくやった! よく頑張った!」とカレンを抱きしめて高い高いしてくるくると回りたい心情だったが、それをやるのは完全に野暮。ついでに今の甘酸っぱい雰囲気を完全にぶち壊す行為なの自重した。
(怪我の功名。雨降って地固まる。災い転じて福となす。今回の一件がここまでの結果を生むなんて、誰が予測していましたか)
カレンが追い詰められ、必死になったからこそカレンだけでなくジャックにも小さな変化が見られた。
今まで欠片も意識していなかったジャックがあの憎まれ口しか言えないカレンを意識する時がくるなど、メリッサにとってみればまさに奇跡。大逆転ホームランな気分だ(それでもまだ逆転には程遠い得点差があるが)
こんな素敵な一場面に立ち会えるとは、まさにメイド冥利に尽きるというものである。
(これでこれからジャック様も少しはお嬢様のことを意識してくれればよいのですが……)
これから先。という点でどうなるのかはわからないが、今自分達を見ないようにして歩く二人のあとを追うことにした。




