第7話「最初の冒険(その1)」
廃工場からの帰り道、ハイジの暴走が始まった。彼女の気質は、これから私たちを散々振り回す事になるのだが、これが記念すべき一回目だったと言える。
「同胞団よ!」
私はフリッツと顔を見合わせる。彼は首をひねって言った。
「そんな高級店は入れないぞ? 旨いんだろうけど」
「何でレストランの話になるのよ! そうじゃなくて、最近流行ってる政治団体よ」
ハイジは怒るが、実際フリッツの頓珍漢な答えも無理はないと思う。私も何度かその名前を聞いただけで、詳しい話を聞きたいと思ったことはなかった。
「うちの先生も何人か会員よね」
ヴィルヘルミナ先輩が、矛先をフリッツから逸らすように言った。相変わらず気遣いの人である。
「そうなんです! 学園長も幹部なんです! 代表のでっかい写真とか、生徒に掃除させて感じ悪いの!」
多分に私怨が入っているように思うが、感じが悪いというのは同意だった。そんな大事な写真なら、自分が手入れをすればいい。人の本は燃やすくせに。
「私も誘われたっけ。勉強になるからって」
「僕も言われたかも。技術書なんかより代表の本を読めって」
ヴィルヘルミナ先輩もキャルも、金持ちや優等生たちは勧誘を受けているらしい。面倒くさいことだ。自分の成績が低空飛行で良かった。
当時の私は興味を持たなかったが、同胞団――シャフトとは慈善団体とか政治結社とか、そう言うふんわりとした「良いことをしよう」という集団だった。普通の慈善団体と違うのは、最新鋭のロボット開発チームを小規模ながら持っていることだ。彼らは新型のロボットを市警察に貸与することで、はぐれロボットの駆除に貢献していた。街の子供たちは、白く塗装されたロボットに憧れを抱く……者もいる。
「別に悪い連中じゃないだろ? ロボットもかっこいいし。キャルも好きなんじゃね?」
フリッツに水を向けられたキャルは、何故か視線を落とした。ロボットについてだけ饒舌な、さっきまでの彼はいない。
「なんか、違うんだよね。あの人たち」
彼が感じた違和感こそが、シャフトの「本質」に関わるものだったのだが、私たちはまだ、その正体に気付くことはなかった。
ともかくとして、シャフトの運動は多岐にわたり、街の見回りからゴミ捨てに文化活動と、色々こなす「良い人たち」であった。
この前年、市議会に議席を得て、運動は一気に広がった。ちょっとしたステータスとして、教師などの知識階級には、積極的に参加する者が多かった。
一方で、あれこれと注文を付けて回るおせっかいぶりを嫌がる者も多い。傲慢な振る舞いをする会員たちも目立ち始めた。
とは言え白銀暦15年初夏の時点では、彼らの活動はまだ穏健なもので、後の動乱を想像する者など、私を含めいなかった。
「ね? 怪しくない?」
「何が?」
すっかりスイッチが入ったハイジに、フリッツが首をかしげる。これに関してはその通り。彼女の言うことは飛躍どころか、配線がちゃんとつながっていない。
「だって、学園長に反対してる人って、ほとんど非会員じゃない」
「そう言えば、ターラー先生とかそうだね」
ターラーと言うのは、私たち中等部二学年の学園主任だ。やたら規律に厳しいので煙たがられるが、勝手な根拠で生徒に罰を与える教師には、躊躇せず抗議するので、一目置かれてもいた。特に高学年からの信頼は高い。そして彼は、自分の頭越しに生徒を締め付ける学園長とそりが合わない。昨日の焚書騒ぎも、ターラーが出張中だからやられたのではないか、そう話す者もいる。
「ブックスさんが言ってたの、シャフトのことだと思うのよ!」
「ハイジちゃん、ちょっと落ち着いて」
しかしヴィルヘルミナ先輩も、こうなったハイジを止められなかった。
「キャル、ちょっと紙とペン貸して」
「う、うん」
戸惑うキャルからノートと鉛筆を受け取り、容赦なく地面に置いて何やら名前を書き出す。
「一年の学園主任は会員。体育教師もそうだけど、昨日積極的に準備したのは会員だったわ。あとターラー先生と仲のいいマイエ先生は非会員でしょ。だから昨日は門の見張りやらされてた」
彼女の記憶力は凄いもので、昨日あの場にいた教師たちを全てシャフト会員と非会員に分類してしまった。そしてそれは、確かにハイジの主張と合致した。
「姉さん、なんでこんな事覚えてるの?」
「だって、会員は変な三色リボン付けてるでしょ? 普通覚えてない?」
「ねーよ!」
全員で頭を抱える。変な方向性に優秀さを発揮した優等生が、こんなに厄介なものだとは。
「私! 今からシャフトの事務所へ行ってみる!」
「行ってどうするんだよ? お前も会員になるのか?」
「なんないわよ。興味あるふりして見学に行くの。それで色々聞きだすのよ!」
ハイジがとんでもないことを言いだし、全員が拒否反応を見せた。
「待ってよ、迷惑だよ姉さん」
止めるキャルを意に介さず、彼女はすっかり気分は探偵気分らしい。私は付き合っていられないと背を向けた。
「俺は政治とか、どうでもいいわ」
とっとと帰ろう。帰って何か楽しいことがあるわけではないが、変な所へ行って無駄な話を聞くよりマシだ。
しかしこのモードに入ったハイジは、人を動かす言葉を探し当ててくる。たちの悪いことに。
「フリッツ! シャフトは神殿の拳闘大会に年齢制限かけるってママが話してたわ!」
「んだと! んなもん許せるわけねぇだろ!」
「キャル! 新任の司書も会員よ! 技術書が図書館から消えるわよ!」
「……それは許せない!」
洗脳は次々と行われてゆく。
「カルロはどうする? 別に良いのよ? 後退も戦術のうちだから」
「……」
そこには満面の笑みがあった。行きたくないのだが、私には私のプライドがあり、焚書への憤りがあった。
彼女達を放置するというのも、なんだか負けた気がする。そこをつつかれた私は、結局ハイジの軍門に下った。
「ちょっと見たら直ぐ帰るからな」
「分かってるって!」
爛々と目を輝かせる彼女は、どう見ても全然わかっていない。
「みんな、落ち着きましょう? ね?」
そして最後まで粘っていたヴィルヘルミナ先輩も、殺し文句の直撃を受けた。
「大丈夫です先輩。後は私たちで戦いますから」
彼女は大きくため息をつくと、言った。
「放っておけるわけ無いでしょう? 私も行きます」




