第6話「伝説の怪盗団」
むかしむかし、その昔。まだ滅びの時代が来る前。人々は蒸気魔法の力で、豊かな生活を送っていました。でも、悲しいニュースは消えません。どこかで誰かが泣いているのです。
『社会から悪いものを取り除こう!』
優しい人が言いました。街をきれいにするために漫画を焼こうと。子供たちがまねをして暴力を振るったら大変だからです。漫画が無ければ、暴力を振るう人はいなくなるはずです。その人は子供たちから漫画を取り上げ、火にくべました。でも街はきれいになりません。
『もっともっと燃やしてしまおう。次は小説を燃やそう』
人々にはもう、何の楽しみも無くなってしまったのです。
そこに立ち上がったのが、正義の怪盗団でした。怪盗団は、勇敢なるウサギたち、ブレイブ・ラビッツを名乗って、大人たちに反旗を翻しました。
『しょくん、ブレイブ・ラビッツのお出ましだよ?』
私たちはジョシュア氏の言葉を静かに聞いていた。内容に特段の感想はなかった。ただ彼の熱心な語り口に、フリッツとキャルは留飲を下げているようだった。
「素敵! ぜひ詳しく!」
ハイジが食いついた。彼女はこう言うものを好きそうではある。ジョシュア氏は苦笑と共に話を続けた。
「じゃあ彼らの”作戦”なんかどうだ? 漫画を燃やした団体が、慈善事業で浜辺のゴミ拾いをしようとしたんだ」
「ふーん。本は燃やすのにゴミ拾いはするんだ」
「そりゃあな。活動するのにイメージは大事だからな。それで、ラビッツはどうしたと思う?」
全員が首を傾げた。ジョシュア氏はそれを満足そうに眺め、ネタばらしする。
「そいつらがゴミ拾いする前日に人を集めて、ごみを全部拾ってしまったんだ。それで『ごみは頂きました。きれい好きのブレイブ・ラビッツより』って砂に書いて退散した。まあ翌日来た連中は赤っ恥だったろうよ」
「素敵!」
またもやハイジが食いついた。この場の全員が呆気にとられる。
「ユーモアで戦うなんて最高じゃないの! 他に何をやったの!?」
「そうだなぁ。焚書前日に魔法で薪や松明を全部氷漬けにして、実行できなくしたりな」
なんだかラビッツの嫌がらせをハイジが寸評する場になってしまったが。その怪盗団の「作戦」は確かに溜飲が下がるものだったし、昨日の教師たちにやってくれたらそれなりに痛快だったと思う。
「まあ、そんなこんなでブレイブ・ラビッツは言ったわけだ。『好きなことは好きだと言っていい。誰かに決めてもらう必要なんかない』ってな」
そしてジョシュア氏はこう閉じた。
「人々が目を覚ました時、ラビッツは何処かに去っていた。街の偉い人は、法律に定めた。『検閲は、これをしてはならない』ってな」
ジョシュア氏は本を閉じる。そんなに上手くいくかと反発もあった。それでも私にとっては、初めて真剣に向き合う「物語」だった。
「なー、けんえつって何だ?」
当然のように、フリッツが首をかしげる。が、私もよく分からない。それを認めるのはシャクだったので、何も言わないでやり過ごす。
「国や街の偉い人が、本とか映画を『作っちゃいけません』と言って禁止することよ」
ハイジが丁寧に解説した後、余計な一言を告げた。
「子供ねぇ」
案の定、フリッツがムッとする。
「ハイジちゃん。だーめ。もっと優しくね?」
ヴィルヘルミナ先輩が、それこそ優しく注意して、ハイジはばつの悪そうな顔をする。人の悪いことに、ジョシュア氏はそれをにこやかに見守っていた。
「先生、検閲って、何でやるんですか? それは偉い人が批判されたくないからって言うのは分かるけど、漫画とか技術書は関係ないですよね?」
キャルが口にした疑問に、皆そう言えばという顔をする。新聞とかニュース映画とか、標的になりそうなものは山ほどありそうなものだ。なぜ漫画を狙うのか。それは誰も答えられない。
「そりゃな、新聞やニュース映画は”最終目標”だからだよ」
ジョシュア氏は頭を掻いた。何やら微妙な問題である事は伝わってきた。
「最終目標? なんで? いきなりやればいいじゃないか?」
フリッツが問い返すが、ハイジがポンと手を叩いた。
「つまり、軍隊で言う”飛び石作戦”というやつね!」
飛び石作戦。正面から攻撃をしたら守りを固められるから、別のところを攻める。そんな戦術だが、当時の私には、当然ながら分からない。それでも何か、社会の裏側に触れる興奮は、確かにあった。
「ほう、面白い発想をするな。だけど近い。いきなり新聞を禁止にしようとしたらどうする? 何か企んでるだろうと思われるだろ? だから漫画みたいな”無難そうなもの”を禁止して、少しずつ慣らしておくんだ。最後に新聞を禁止したら、もう誰も逆らうものはいなくなるって寸法さ」
私たちは呆けた。半分は嘘くさいと思った。しかし、彼の言ったことを否定する根拠も見当たらない。
「黒幕は誰なんです!?」
ハイジが身を乗り出す。黒幕、なんてそれこそ漫画の世界だ。ジョシュア氏は苦笑して、ぽりぽりと頬を掻いた。
「俺、どこの党が良いとか悪いとか、そう言うのを教えるのは専門外だからな。まあ興味があるなら新聞でも読んでみろよ。読ませてくれる教師とかいるだろ?」
彼はもったいぶってそう言った。気取りやがってと思ったが、確かに押し付けては来ない。
「でも、私許せないわ! ミナ先輩もそうですよね?」
「……ええ、ありがとう」
後で知ったのだが、ハイジがヴィルヘルミナ先輩に話を振ったのは、美術部のスケッチブックも何冊かやられたからだそうだ。ハイジは彼女のファンを自認していたから、憤りもひとしおだったことだろう。被害者本人の反応が妙に淡白だったのが気にはなったが。
「少女老いやすく学なりがたしだ。そう言わず調べてみろよ」
ジョシュア氏はこれで話はお終いとばかり、また棚を漁って、今度は普通の漫画を持ってきてくれた。
初めの一日はそうして過ぎて行く。だがこの後にはちょっとした、いや大変なイベントが待っていたわけだが。




