第9話 完璧な計画(?)
一週間前。
晦朔は俺を誘った。
けれど、俺はそれに応えることができなかった。
彼は俺の目をまっすぐ見ていた。
俺はしばらく黙ったまま、その視線から逃げるように顔を背ける。
「悪いな」
そもそも、俺は最初から、楽をするつもりで星月学に入ったのだ。
そうでなければ、わざわざ非戦闘系の学科なんて選んでいない。
目指すものが違う以上、一緒にはやっていけない。
俺が彼と彼の小隊の足を引っ張る必要はなかった。
晦朔も、俺の言いたいことを察したらしい。
「能力のせいか?」
「一部はな」
晦朔は俺の能力を知っている。
そして、俺が目立ちたがらない理由も理解している。
「分かった」
晦朔はそれ以上、食い下がらなかった。
「入りたいパーティーはあるのか? 俺から話を通してやってもいい」
「実は……」
俺は少し言いづらそうに口を開いた。
「自分でパーティーを作りたいと思ってる」
「ふっ」
晦朔は爽やかに笑った。
「悪かった。俺が見くびっていた」
「お前みたいな奴が、人の下につくはずがないよな」
俺は否定も肯定もしなかった。
どうやら、少し誤解されているらしい。
だが、何はともあれ、手続きを通してくれるならそれでいい。
「隊長申請書は、俺が承認しておく」
晦朔は俺の方へ向き直り、手を差し出した。
「ただし、一つ忠告しておく」
「隊長は、そう簡単に務まるものじゃないぞ」
俺は頷き、その手を握った。
「なら、満足のいく隊員が見つかることを祈っている」
星明かりの下で、晦朔は俺の手を強く握った。
その笑みには、信頼と期待が混じっていた。
「これから、お前と戦える日を楽しみにしている」
「必ず、自信のある名簿を提出してみせる」
俺は胸を張って、そう請け合った。
そして現在。
「これのどこが自信のある名簿なんだよ!」
晦朔は怒りに任せて、俺が提出した名簿を机に叩きつけた。
どうやら、彼を待たせすぎるのはあまりいい考えではなかったらしい。
今の俺には、どうしても避けられない問題が二つある。
一つ。
俺は人前で全力を出して戦えない。
そうすれば、能力が露見する危険がある。
二つ。
俺は戦闘小隊に入らないわけにもいかない。
そうしなければ、遺跡探索に参加できないからだ。
魔法を使わなければ、俺は強い戦闘小隊に入ることが難しい。
特に、俺は非戦闘系の学科に所属している。
かといって、弱いパーティーに入れば、今度はパーティーの戦力に足を引っ張られて、深い階層までは潜れない。
それでは意味がない。
そこで、賢い俺はすぐに解決策を思いついた。
だったら、俺がリーダーになって、自分一人で動けばいい。。
そうすれば、俺は一人で自由に遺跡の中を歩き回れる。
自分の能力を使って、好きなように探索できる。
もちろん、パーティーの中に俺一人しかいなければ、規定に反するに決まっている。
そこで俺は考えた。
俺が非戦闘系の学生としてパーティーを作るのなら、同じように非戦闘系の学生を何人か連れてくるのも、十分合理的ではないか。
遺跡では、彼らに第一階層で大人しく待っていてもらえばいい。
晦朔はどうやら予想もしていなければ、納得もしていないらしい。
だから今、彼は担任教師のように、俺の狭い部屋の中でこちらを頭ごなしに叱りつけている。
晦朔は今日も制服を着ていた。
右胸にあるのは、羽根ペンを咥えた黒い鴉。
黒鴉は遠方の情報を運ぶ。
羽根ペンは人々の運命を裁く。
それが有名な「銜筆の鴉」だ。
星月国二大貴族の一つ、コルウス家の紋章。
帝国最高司法機関――帝国最高裁判所を掌握する一族である。
これは秘密組織の構成員が、貴族社会に潜り込むために用いる偽装身分だった。
そもそも、俺や晦朔のように秘密組織で働く人間は、たいてい貴族とは無縁の出自を持つ。
けれど星月学のような場所では、貴族の輪はひどく閉鎖的だ。
相応の家紋がなければ、彼らの茶会に近づくことすら難しい。
そこでコルウス家は、自らの家紋の使用権を提供した。
秘密組織の者が潜入任務に就く際、「銜筆の鴉」を身分の隠れ蓑として借りられるようにしたのである。
もちろん、この事実を知っているのは組織内部の人間だけだ。
各エージェントが学院へ入る前、組織はこの権利を使うかどうか確認する。
晦朔は使うことを選んだ。
俺は拒否した。
大陸有数の名門貴族の家紋を胸につけて学校生活を送るなんて、どこへ行っても目立つに決まっている。
ここが、俺と晦朔の考え方の違いだ。
彼は、自分の希少な魔法属性すら隠そうとしていない。
俺は、彼が怒る理由も分かっているつもりだった。
おそらく彼は最初、俺が強力なパーティーを作り、いつか彼の《蝕影》と互角に渡り合うことを期待していたのだろう。
そして名簿を開いた結果。
錬金材料管理学科。
園芸魔法学科。
劇場照明魔法学科。
一目見ただけで分かる。
そこに並んでいたのは、全員、争いとは無縁そうな平和な人材だった。
俺だって、立場が逆なら失望する。
俺の本来の計画は、募集期間の終了までこのまま引き延ばし、既成事実を作ることだった。
そうすれば、たとえ晦朔が文句を言ってきても、俺が単独行動する結末は変えられない。
だが俺は、どうやら彼の執念を甘く見ていたらしい。
「だから、お前は何を考えてるんだ。答えろ!」
晦朔はなおも言葉を叩きつけながら、ただでさえ広くない俺の部屋を重い足取りで歩き回っている。
「名簿に載っている連中には、一人一人確認した。」
「中には、お前が『入ってくれたら金を払う』と約束したって言ってる奴までいたぞ」
「本当か?」
俺の誇るべき創意工夫は、どうやら彼の許容範囲を下から突き破ってしまったらしい。
しかも彼は、本当に一人ずつ面と向かって確認したのか。
まさかこいつ、俺が非戦闘系の学科から隠れた実力者を何人も集められると本気で思っていたのだろうか。
俺はおずおずと手を上げた。
「言え」
晦朔は、俺がようやく口を開く気になったと見るや、寛大にも弁明の機会を与えてくれた。
「先に、俺の手についてるこれを外してくれないか?」
「さっき下で、羽衣先輩も驚いてたし」
これは本当だ。
さっきの羽衣先輩なんて、口がほとんど「O」の字になっていた。視線も俺の手と俺の顔の間をずっと行き来していた。
おそらく、晦朔が彼女の前でここまで怒るところを見たことがなかったから、あそこまで驚いたのだろう。
俺の言葉を聞いた瞬間、晦朔の額に浮かんだ青筋が、目に見えてぴくりと跳ねた。
「手を出せ」
俺は震えながら手を差し出した。
晦朔が手を高く上げる。
そして、思い切り振り下ろした。
ぱんっ!
俺は避けることすらできなかった。
掌に痛みが走るのと同時に、そこに浮かんでいた文字も黒い煙となって、ようやく消えた。
「痛い痛い痛い……!」
俺は反射的に手を引っ込めると、掌を押さえながらしゃがみ込み、丸くなって苦しげに呻いた。
そんな俺の大げさな反応を見て、晦朔の怒りも少しは収まったらしい。
彼はつま先で俺を軽く小突いた。
「演技はいい」
そしてベッドに腰を下ろし、足を組んだ。
「お前が名簿に書いた連中とは、全員話をしておいた」
「さっき全員、入隊申請を撤回したぞ」
「改めて、まともな奴を探せ」
「ちょっと待てよ!」
俺は床から勢いよく起き上がった。
あれだけ加入してくれる人材を探すのに、俺がどれほど努力したと思っているのか。
それをたった二言三言で、俺の満足のいくパーティーごと解散させるなんて。
別に金が惜しいわけではない。
断じて金ではない。俺の尊い労力である。
うん。
間違いない。
なおも反論しようとした俺を、晦朔は一睨みで黙らせた。
喉元まで出かかった言葉は、静かに飲み込まれる。
「お前が自分の情報を守りたいのは分かっている」
晦朔は低い声で言った。
「だが、これだけは譲れない」
「戦いたくないなら、遺跡のことは諦めろ」
「戦闘小隊を作りたいなら、きちんと作れ」
「二つに一つだ」
「それだけの話だ」
こちらにも、まったく言い分がないわけではない。
「俺だって、戦闘系の学生を募集してはいる」
「でも誰も応募してこないんだから、そこは俺のせいじゃないだろ」
「お前の募集条件が高すぎるだけじゃないのか?」
晦朔は、俺の机の上に置かれた募集ポスターを指差した。
そこにはこう書かれている。
本小隊の募集条件は、以下のいずれかを満たすこと。
一、魔力測定において、任意の単項目がS級に達していること。
二、総合評価がA級以上であること。
上記を満たさない者は、選考対象外とする。
これにも、俺なりのちょっとした思惑がある。
なぜなら、俺自身は測定でこの二つの条件をどちらも満たしていないからだ。
普通の学生がこのポスターを見れば、すぐにこう思うだろう。
この遺跡考古学科の隊長は、隊長権限を利用して強い隊員に乗っかろうとしている。
しかも本当に条件を満たす人材なら、すでに数多くの強豪小隊から勧誘されているはずだ。
誰が、隊長が戦闘系ですらないパーティーにわざわざ入りに来るというのか。
完璧。
またしても、完璧な計画だった。
「お前がちゃんとやれって言ったんだろ」
俺は仕方なさそうな顔をした。
「このくらいの条件なら、そこまで難しくないと思うけど」
「隊員がこの条件も満たせないなら、俺はどうやって上を目指せばいいんだ?」
心の中では別の算段がある。
だが、理屈としてはこの通りだ。
隊員がこの要求を満たすことは、一流の強豪パーティーとしては最低基準のはずだった。
晦朔はものすごく嫌そうな顔で俺を睨んだ。
しかし、それ以上は何も言わなかった。
どうやら俺は、ようやく彼を黙らせる理屈を見つけたらしい。
長い沈黙の末、晦朔が口を開いた。
「つまり、お前の言い分はこうだ」
「人を探したくないわけではない」
「ただ、応募してきた人間が公開条件に合わなかった」
「そして条件に合う人間は来なかった」
「そういうことか?」
俺は頭の中で慎重に考えた。
罠はなさそうだ。
そこで、力強く頷いた。
「つまり、条件さえ満たしていれば、お前は加入を認める」
「そういうことだな?」
俺はもう一度、力強く頷いた。
この条件を満たす人材なんて、どこのパーティーだって喉から手が出るほど欲しがる逸材ばかりだ。
さすがの生徒会副会長でも、そんな人材を無理やり俺のパーティーにねじ込むことはできないだろう。
「よし!」
晦朔は立ち上がった。
「なら、決まりだ」
「これから一週間以内に、お前の条件を満たす人間が入隊を申請してきた場合、お前は一人たりとも拒否できない」
「その代わり、一週間たっても誰もここに来なかったら、お前が一人でやることにも口は出さない」
「何かあれば、俺が責任を持つ」
「言ったな!」
俺は彼の手を握った。
ふん。
晦朔はきっと想像もできないだろう。
俺が人を追い払うために、どれほど多くの小細工を用意できるのかを。
晦朔は疑いようもなく、負けることが決まった賭けを始めてしまったのだ。
ようやく災厄そのものの晦朔を送り出したあと、俺は思わず一人で笑みを漏らした。
一週間後、苦々しい顔をする晦朔を想像するだけで、今夜の陰鬱な気分はすべて吹き飛んでいく。
明日は募集ブースをどんな形に変えてやろうか。
そんなことを考えながら、俺は軽やかな気分でベッドに入った。




