第5話 戦闘小隊
講堂内の話し声が、みるみる小さくなった。
ようやく、みんなが本当に聞きたかった話に入るらしい。
「星月学は、戦闘系の学科において大陸でも屈指の実績を誇ります。異なる分野を学ぶ学生たちが、それぞれの能力を最大限に発揮できるよう、本学では、固定メンバーによる戦闘小隊制度を採用しています。」
「一つの小隊は、四名から六名で構成されます。戦士、騎士、術師などの戦闘系学生が前衛を担当し、医療、感知、結界などの支援系学生が後方から補助します」
「戦闘系および支援系に所属する一年生は、全員、入学から二週間以内に小隊登録を済ませてください。既存の小隊へ加入するか、新たな小隊を結成するかは、自由に選べます。」
なるほど。
だが、俺には関係のない話だ。
俺は戦闘系でもなければ、支援系でもない。
遺跡考古学科を選んだのも、できるだけ戦闘から離れるためだった。
何しろ、殺したり殺されたりする生活には、もう心底うんざりしている。
やはり、あの学科を選んだのは正解だったらしい。
「また、研究系をはじめとする他学科の学生も、希望すれば特別隊員として小隊に参加できます」
オリティアは説明を続ける。
「遺跡、古代言語、錬金術、魔導器鑑定などを専門とする学生も、学外任務においては欠かせない存在です」
俺は椅子の背にもたれたまま、大して気にも留めなかった。
希望すれば参加できる。
裏を返せば、希望しなければ参加しなくてもいい。
俺の平穏な学院生活は、今のところまだ無事らしい。
説明を終えると、オリティアは壇上の左手を示した
幕の向こうから、数名の学生会役員が姿を現す。
羽衣先輩。
アンナ。
さっき講堂の入口で受付をしていた眼鏡の男子生徒。
そして、見るからに屈強そうな青年。
羽衣先輩は笑顔で客席へ手を振った。
屈強な青年も、それに合わせて得意げに決めポーズを取った
一方、アンナと眼鏡の男子生徒は――
こうして人前に立つことに慣れていないのか、二人とも中央で引きつった笑顔を浮かべることしかできずにいた。
まるで、無理やり展示台へ並べられた商品だ。
「彼らが、私の戦闘小隊の仲間です」
オリティアの声には、どこか誇らしさがにじんでいた。。
「学院の内外を問わず、私たちは互いに背中を預けられる戦友です」
「これからの二週間で、皆さんもきっと、自分にとってかけがえのない仲間を見つけられることでしょう」
講堂内に、たちまち熱を帯びたざわめきが広がった。
その時、オリティアの笑みがほんの少し深くなる。
「ちなみに、私たちの小隊も現在、新しい隊員を募集中です」
「興味のある方、特に戦士学科の学生は、ぜひ応募してくださいね」
その言葉が終わるや否や、最後列から椅子が激しく揺れる音が聞こえてきた。
振り返ってみる。
朝の自信満々な二人組が、手足を振り回し、ほとんど狂喜乱舞していた。
戦士学科の学生は、大半が男子だ。
学生会長、羽衣先輩、そしてアンナ。
美人の先輩三人と同じ小隊に入れるとなれば、多くの新入生が目の色を変えるのも無理はない。
だが、俺はもう戦闘には飽き飽きしている。
学生会長が戦闘小隊をどれほど熱く語ったところで、自分から首を突っ込む理由などなかった。
「それから、皆さんに一つ、お詫びしなければならないことがあります」
オリティアはそこで話題を切り替えた。
先ほどまで興奮気味に話していた新入生たちも、少しずつ静かになっていく。
「現在、皆さんは新入生用の仮寮で、個室を利用していると思います。後日、学生会の担当者が正式な寮への引っ越しをお手伝いします」
「しかし、今年は新入生の数が予想を上回り、学院内の寮だけでは全員を収容できない状況となっています」
講堂内に、不安げなざわめきが広がった。
「もちろん、すべての学生に必ず住居を用意します」
「ただし、一部の学生については、学院から離れた寮区へ入っていただく可能性があります」
オリティアはわずかに頭を下げた。
「これは学生会の準備不足です。この場を借りて、皆さんにお詫びします」
戦闘小隊の話で浮き立っていた空気が、瞬く間に緊張へと変わった。
学院から離れた寮。
言葉だけを聞けば、大したことではないように思える。
だが、毎朝の授業に間に合わせるため、一時間も二時間も早起きしなければならないとしたら――
それは学院生活そのものを破壊しかねない大惨事だ。
少なくとも、俺にとっては。
「ただし――」
オリティアは顔を上げた。
「今年末には、『帝国首席魔法戦技武道会』が開催されます。出場を目指す学生が訓練後に十分な休息を取れるよう、学院では等級の高い戦闘小隊を優先し、校舎に近い寮へ入居できるよう手配します」
「ええーっ?」
非戦闘系の新入生たちから、たちまち不満の声が上がった。
もっとも、その声も、近くにいた戦闘系学生たちに睨まれると、すぐに小さくなった。
なるほど。
最初に寮が足りないと不安を煽る。
そのあとで、校舎に近い寮を褒美として差し出す。
学生会長は、人を働かせる方法をよく分かっているらしい。
まあ、武道会という名目がなくても、学院は戦闘系学生を優先しただろう。
貴族家の跡継ぎは、たいてい戦闘系の学科に集まっているのだから。
俺は椅子の背にもたれながら、少し真剣に考え始めた。
学院に近い寮は、確かに魅力的だ。
だが、そのために高等級の小隊へ入り、日々の訓練に付き合わなければならないとなると――
実に残酷な選択だ。
もちろん、優秀なパーティーに入り、貴族たちにうまく取り入ることができるなら、それもかなり魅力的ではある。
まだ答えを出せずにいると、オリティアが再び口を開いた。
「二か月後、学院は一年生の戦闘小隊を対象に、古代遺跡の探索実習を行います」
講堂内のざわめきが、ぴたりと止まった。
古代遺跡?
俺は反射的に姿勢を正した。
「今回の探索は、戦闘小隊単位で行われます」
「参加小隊には、探索成果に応じて学院から報酬が支給されます。」
「さらに、遺跡内で発見した品については、登録と確認を終えた後、発見したパーティーのメンバーに分配されます」
オリティアは、まるで何でもないことのように穏やかな口調で、講堂全体を沸騰させるほどの発言をした。
一瞬の静寂。
その直後。
講堂中が爆発したような騒ぎになった。
「本当かよ?」
「遺跡で見つけた物が、俺たちの物になるのか?」
「学院、正気か?」
先ほどまでの反応が「すごい」で済んでいたとすれば、今はもう「マジかよ」に変わっていた。
入場してからずっと品位を保っていた貴族の学生たちでさえ、隣の者へ顔を向け、自分の聞き間違いではないかと確かめていた。
無理もない。
古代遺跡から発掘される魔法道具は、たとえありふれた破片であっても、収集家が高値をつける
まして、その中にいまだ解明されていない古代魔法が残されていたなら――
それこそ、一生に一度巡ってくるかどうかの大チャンスだ。
そもそも、古代魔法道具の流通自体、帝国法によって厳しく制限されている。
星月学は、学生を未開発の遺跡へ入れるだけではない。
そこで発見した品の所有まで認めるというのだ
もはや「金持ちの学院だから」の一言で説明できる話ではなかった。
俺は遠くにいる晦朔を見やった。
あいつは壇上脇の柱にもたれ、最初からすべて知っていたような落ち着いた顔をしている
なるほど。
わざわざ俺を眠りから叩き起こした理由は、これか。
言いたいことは、もう十分に伝わった。
この機会を逃すわけにはいかない。
どうやら、戦闘小隊には参加せざるを得ないらしい。
ただ。
すでに出来上がった小隊へ入り、見知らぬ隊長の命令に従うくらいなら――
俺には、もっといい考えがある。
晦朔に、ほんの少しだけ「協力」してもらえばいい。




