第30話 余計な考え
煙が再び集まり、希珀は指定された場所へたどり着いた。
どうやら宇の読みは当たったらしい。タカゴウは確かに、味方が見えない状況で「戦技・リフレクション!」を使うことをためらっている。
希珀がもともと抱いていた不安は、完全に消えた。
希珀は頭を振って余計な考えを振り払い、すでにシヴァーナの前まで来ていた。
「あなた一人?」
希珀を前にしたシヴァーナに、不安な様子はなかった。
「どうやら私も侮られたものね」
「どうやって私を見つけたの」
希珀は刀を抜き、地面へ強く突き刺した。それから持ち上げてシヴァーナに見せる。それが彼女の答えだった。
刀には、すでに希珀に貫かれた蔓が刺さっていた。さっき地面の下から希珀を攻撃しようとしていたものだ。
「私の枝をたどってきたのね……」
シヴァーナは彼女の意図を理解した。
戦場の情報を把握するために散らしていた枝の大半は、希珀に斬られていた。
シヴァーナは、希珀を氷壁と木の牢の外側に締め出したつもりで油断していた。
今こうして希珀の姿を見て、ようやく合点がいった。
希珀はそれ以上何も言わず、素早くシヴァーナへ接近した。
だがすぐに、地面から伸び出した無数の枝に行く手を阻まれた。
普段のシヴァーナは、味方全員を補助し、戦場の隅々まで気を配らなければならないため、自分を守る枝は少ししか残していない。
今は視界こそ煙に遮られているが、そのぶん目の前の敵に全力で対応できる。
希珀を相手にして、彼女はむしろ少し楽だとさえ感じていた。
私は、あなたたちとは違うのだから。
私たちエルフ族の魔法使いは、魔法を覚えればそれでいいというものではない。
星月学にいるほかの多くのエルフと違い、シヴァーナは実はエルフ族最高の学校――
「ヴァリノール(Valinor)学」から合格通知を受け取っていた。
彼女は、自分がヴァリノール学でも優秀な成績を収めることを少しも疑っていなかった。
ヴァリノール学は、エルフ魔法の最高学府だ。
だが、そこでは魔法だけを見るわけではない。
エルフ族の魔法使いは、同時に体術の試験にも合格しなければならない。
シヴァーナは、自分の茨の蔓を操る技術と、優れた鞭の扱いによって、難なく合格通知を手に入れることができた。
だがシヴァーナは、外の世界を見てみたいという一心で、星月学へやってきた。
まさか星月学に来てすぐ、面倒に巻き込まれるとは思わなかった。
「おい、俺の凍天・雪原・氷晶・インペリアル・ブルーを壊しておいて、どう弁償するつもりだ?」
初めて人間の街へ来たシヴァーナは、明らかに当たり屋の不良たちに絡まれた。
彼女はその時、両親の言う通りエルフの森に残っていればよかったと、ただそれだけを悔やんだ。
「ドンッ」
先頭にいた不良が、星月学の男子学生に一発で地面へ叩き伏せられた。
「俺を殴りやがったな! 生徒会の奴らに言いつけて、どっちが悪いか判断してもらうからな!」
不良は口を押さえながら叫んだ。
男子学生は何も答えず、もう一発、不良の顎へ拳を叩き込んだ。今度はおそらく顎まで割れていた。
「まずい! アレス家の奴だ! 俺たちじゃ手を出せねえ!」
残りの二人の不良は、気を失った兄貴分を慌てて引きずって逃げていった。
「早く逃げてください。あの人たち、きっと生徒会を呼びに行きます!」
シヴァーナは目の前の男子が何者なのか知らず、自分のせいで彼が面倒に巻き込まれるのではないかと恐れた。
「呼ばせておけばいい」
男子はまるで気にせず、振り返ってシヴァーナを一瞥した。
「お前も強魔力者だろう。それは神から与えられた贈り物だ。お前より劣る凡人どもに、お前の進む道を塞がせるな」
あとになって、シヴァーナはようやく彼の正体を知った。
気づけばもう、こんなにも長い時間が過ぎていて、今では、彼のパーティーに入ってずいぶん長くなる。
目の前の希珀をなかなか捕まえられないとはいえ、希珀の攻撃もまた力が弱い。
そのおかげで、シヴァーナにはこれだけ考え事をする時間があった。
駄目だ。
隊長がどうなっているのか見に行かないと。
シヴァーナはそう考えながら、こっそり枝を背後の地面に潜り込ませた。土の中を潜行させ、タカゴウを見つけて、彼のそばへ助けに行くつもりだった。
「戦技・柳葉斬り」
希珀は、周囲の枝がわずかに減ったことを敏感に察した。
彼女はその機会を逃さず、手にした刀を振るった。
いくつもの斬撃が、緑色の鋭い柳の葉となり、彼女とシヴァーナの間を隔てる数本の枝を素早く断ち切った。
シヴァーナが慌てて補充しても、
希珀は枝の中心に隙間を見つけ、火の輪をくぐるように一気に入り込んだ。
そしてシヴァーナと向かい合う。
「茨の鞭!」
シヴァーナの背後で逃がそうとしていた枝が、この時すべて地面から飛び出した。
何本もの鞭のように、頭上から希珀の体へ容赦なく打ちつける。
希珀は後退して避けるしかなかった。
だが彼女は、この接近の機会を逃したくなかった。左右へ身を翻し、すべての枝を避けた。
シヴァーナの攻撃がすべて外れたその瞬間、希珀は高く跳び上がり、落下の勢いを乗せて、シヴァーナへ斬り下ろした。
「森林魔法・茨花の槍!」
外れた枝に、瞬く間にいくつもの赤い茨の花が咲いた。
花が開いたその瞬間、茨の枝が花の中から射出された。
これまでの茨の枝とは、速度も力もまるで比べものにならない。
数本の枝が長槍のように進路上のすべてを貫いた。
空中にいた希珀は避けきれず、体にいくつもの傷口を開けられ、とめどなく血を流した。
本当に表情のない顔ね、とシヴァーナは希珀と目を合わせた時の眼差しを思い出した。
そしてすぐに、辰巳凌とギルダも自分が入隊したばかりの頃、いつもそんなふうに自分のことを言っていたと思い出し、思わず少しおかしくなった。
シヴァーナの魔力試験の成績は、決して良いものではなかった。
魔力試験では、いくつかの難しい森林魔法を使うよう求められた。そこで主に問われるのは魔法そのものであり、彼女がそれまで主に練習してきた魔力操作とは大きく違っていた。
試験で求められた魔法の中には、彼女自身、もう長いこと詠唱していなかったものもあった。
そのため、本来使えるはずの魔法でさえ、緊張のせいでいくつも詠唱を間違えてしまった。
それでも、そんな試験報告書を持ったまま、シヴァーナはタカゴウのパーティーで運試しをしてみたいと思った。
できることなら、あの時自分を救ってくれた人に報いたかった。
タカゴウの勧誘席へ向かうと、シヴァーナは牧師服を着た女子がタカゴウと楽しそうに話しているのを見た。
あれは応募に来た回復役なのだろうか?
でも、あんなに楽しそうに話している。ずっと前から知り合いだったように見える。
きっと彼は、もうとっくに決めていたのだろう。
あるいは……
シヴァーナはそれ以上考えたくなくなり、背を向けて去ろうとした。
胸の中が、どこか空っぽになったような気がした。
「シヴァーナ!」
背後からタカゴウに呼ばれ、彼女は思わず振り返った。
一度しか会っていないのに、タカゴウは彼女の名前を覚えていた。
「あの……」
シヴァーナは何か言おうとしたが、どうしても言葉が出なかった。
「うちは治療士が足りない。治療士として来い」
タカゴウは直接、本題へ切り込んだ。
「えっ、じゃあ、さっきの人は?」
「ああ、あいつは辰巳凌の彼女だ。だが俺たちのパーティーには入っていない」
シヴァーナは思わず胸が弾んだが、その足取りはためらいに変わった。
「でも、私の魔力試験の成績は……」
シヴァーナは不安を抱えながらも、試験報告書をタカゴウへ差し出した。
だがタカゴウは、それを見ようともしなかった。
「言っただろう。凡人どもに、お前の進む道を塞がせるな」
シヴァーナはまだ何か言おうとした。
だがタカゴウは少し乱暴に彼女の手を取り、そのままパーティーのほかのメンバーのもとへ連れていった。
「紹介する。こいつがシヴァーナだ。こっちは辰巳凌、ギルダ、黒沢渉」
そうして、自分はわけも分からないままパーティーに入っていた。
その後のしばらくの間、シヴァーナはタカゴウの目が正しかったことを証明するため、いつも黙って必死に食らいついてきた。
こんなにも時間が経って、皆との関係も良くなった。だからこそ、自分はかえって気を抜いてしまったのだろうか。
そう思ったシヴァーナは、攻撃の速度を上げた。
一度希珀に当てられたのなら、二度目も、三度目も当てられる。
ここで希珀を倒して、タカゴウを助ける。
シヴァーナはすべての枝を動かした。だが、すぐに希珀を包囲しようとはしなかった。
そんな攻撃は、むしろ希珀に簡単にさばかれてしまうと分かっていたからだ。
今の彼女に必要なのは、攻撃の力と速さだった。
「森林魔法・茨の回廊」
枝が波のように次々と襲いかかる。一本一本の枝は、まず長槍のように希珀へ突き刺さる。
希珀が避ければ、その枝に咲いた花が一斉に開き、花の中心から棘が伸びて、槍の陣の中にいる希珀をあらゆる方向から攻撃する。
攻撃の波と波の間隔は、わずか数秒しかない。
すぐに彼女を防戦一方に追い込み、隙を作らせることができる。
希珀も、そのままではまずいと気づいた。
何度か攻撃を受けたあと、彼女はすぐにシヴァーナを中心に円を描くように素早く走り始めた。
シヴァーナは何度も方向を変えて追いかけ、あるいは進路を遮ろうとした。
だが、希珀が絶えず速度を変えるため、茨の枝の多くは彼女の前後をかすめるだけで、ほとんど有効な傷を与えられなかった。
シヴァーナは少し焦り始めた。
この相手は、学ぶのが速すぎる。
こんな短い時間で、すでに彼女の攻撃の規則性を見抜いていた。
ついさっきまで傷を与えられていた技が、今では彼女の動きを止めることすら難しくなっている。
彼女の中に、不吉な考えが浮かび始めた。
自分は負けるのではないか。
もし自分が負けたら、自分もタカゴウの足を引っ張る凡才なのではないか。
シヴァーナは機を見定め、七、八本の枝を一斉に射出した。
枝が触れる寸前、希珀はできる限りそれを斬り払った。
それこそが、シヴァーナの望んでいたものだった。
「ズッ」
ほかの枝よりも硬く、速い一本の棘が、突然希珀の死角から射出された。
希珀は不意を突かれ、とっさに対応できず、刀を弾かれ、そのまま右腹へ突き刺された。
「むっ!」
痛みに、希珀の眉がわずかに歪んだ。
だが、ここで足を止めるわけにはいかなかった。
彼女はありったけの力でその特殊な棘を斬り落とし、再び走り出した。
シヴァーナは彼女を見て、かすかに共感を覚えた。
この子もきっと、私と同じで、仲間に置いていかれたくないのだろう。
彼女は、希珀が名のある貴族だと知っている。
そんな彼女をあの平民のパーティーに入らせたのなら、あの隊長にはきっと何か彼女を引きつけるものがあるはずだ。
彼女のように強い女の子なら、口には出さなくても、心の中ではきっと、自分の隊長のために、タカゴウに一矢報いたいと思っているのだろう。
シヴァーナにも分からなかった。タカゴウはどうして、まったく知らない平民学生たちにまで、いつもあんな態度を取るのか。
彼女は一度、同級生とは仲良くした方がいいと彼に勧めたことがある。
「なぜ俺があいつらと仲良くしなければならない。俺はあいつらに好かれる必要などない」
その言葉を口にした時、タカゴウの身には、言葉にできない気迫があった。
「俺に必要なのは、あいつらが俺を恐れ、敬うことだ。その方が、俺は欲しいものを手に入れられる」
「ただし」
タカゴウの顔に、どこか不敵な笑みが浮かんだ。
「そのせいであいつらが俺を軽んじ、侮るというなら、少し痛い目を見せてやってもいい」
辰巳凌によると、タカゴウはまさにその性格のせいで生徒会に目をつけられ、学校から徒歩三十分も離れた、三部屋しかない小さなアパートに押し込められたらしい。
小さなアパートも悪くない、とシヴァーナはむしろ思っていた。
その方が、皆との距離が縮まる気がしたからだ。
タカゴウはきっと、そうは思っていなかった。
そのアパートに引っ越してからというもの、彼はほとんど毎日のように生徒会に喧嘩を売りに行った。
彼は帰ってくるたびに、感情が顔に出ていた。
口論に勝って帰ってきた時は、意気揚々として、得意げだった。
時々、沈んだ顔で帰ってきて、一人で黙り込んでいる時には、皆は彼を見てこっそり笑っていた。
きっと痛い目を見たのだと分かっていたからだ。
そしてある日、彼の機嫌が明らかにいつもより良かった。
まるで新しいおもちゃを手に入れた子どものように目を輝かせ、全員に向かって、自分たちが大きな家へ引っ越せる方法を見つけたと言って回った。
シヴァーナには、小さな家が大きな家より劣っているとは思えなかった。
だが、タカゴウがあんなに興奮している姿を見て、彼女はひそかに決意した。
必ず彼にあの大きな家を手に入れさせる、と。
だが、目の前のこの関門すら越えられないのなら、彼を助けるどころではない。
自分はただ、彼の足を引っ張る障害でしかない。
シヴァーナは再び杖で地面を突き、魔法陣を展開した。
希珀の直感が、新たな攻撃がすぐに来ると告げていた。
だが四方の枝は増えていない。シヴァーナも、何かを空へ撃ち上げる様子はない。
なら、考えられるのは……
希珀は魔力探知を地中へ伸ばした。だが、もう遅かった。
「森林魔法・棘の草原!」
地面から、びっしりと無数の棘が生え出した。
希珀は一瞬で足場を失い、跳び上がって避けるしかなくなった。
終わった、とシヴァーナは思った。
彼女には、希珀が空中ではそれほど自由に動けないことが分かっていた。
「森林魔法奥義・茨の処刑檻」
シヴァーナは、自分が操れるすべての枝を一斉に押し寄せさせ、希珀を球の中へ閉じ込めた。
茨の球の内側には、棘の花がびっしりと咲いていた。
その中にいる希珀が、まるで鉄の処女に閉じ込められたかのように、棘に体を貫かれるしかないことは、想像に難くなかった。
「ふう」
やり遂げたシヴァーナは、息をついた。自分が信じていた通り、覚悟の差で、自分が負けるはずはない。
「シュッ、シュッ、シュッ……」
希珀を包み込んだ茨の球の中から、突然、不自然な音が聞こえてきた。
シヴァーナが信じられない思いで見つめる中、全身傷だらけの希珀が、茨の球を四方へ斬り裂いた。
シヴァーナの驚いた目を見ながら、希珀は砕けた茨を足場にして勢いをつけ、シヴァーナへまっすぐ突っ込んできた。
シヴァーナはすぐに枝を動かして彼女を止めようとした。
だがその時になって、枝がさっき希珀にほとんど斬られていたことに気づく。
再生はまだ間に合わず、残った数本では到底彼女を止められない。
「まだ終わっていない!」
絶望の中で、シヴァーナは最後の切り札を使った。
「森林魔法奥義・古樹の守り!」
彼女の手にある杖が急速に成長し、枝分かれし、太い蔓が彼女を包み込んだ。
この杖は昼夜を問わず彼女の魔力を受け続けていた。
内に宿る力は、彼女が召喚できるどの枝よりも数十倍高い。
大魔法使いであろうと、歴戦の戦士であろうと、短時間でこの防御を破ることはできない。
副作用として、彼女は魔法を解除するまで戦闘能力を失う。
だが、タカゴウが助けに来るまで持ちこたえれば、彼女はまだ役割を果たせる。
「カチリ」
刀の切っ先が厚い樹皮を貫き、銀色の光が走った。
たった一振りで、彼女のすべての幻想は泡のように消え去った。
希珀の手にある刀は、シヴァーナが誇りとしていた防御を、いとも簡単に切り裂いた。
「ゴゴゴゴ……」
太い枝は滑らかな断面を残して切り裂かれ、上方の枝がすべて崩れ落ちた。
その中に隠れていたシヴァーナを露わにした。
シヴァーナは絶望したように自分の両手を見つめた。
「どうして……私の覚悟は、あなたに負けていないはずなのに」
希珀は彼女に背を向けていた。
体中の傷のせいで、息も絶え絶えだったが、それでもシヴァーナには、その声がかろうじて聞こえた。
「考えすぎ」
「さっき私と戦っている時、あなたはずっとほかの人のことを考えていた。それか、自分が負けるかもしれないことを考えていた。今だって、最後にどうあがくかを考えている」
シヴァーナは息をのんだ。
希珀は戦いの中で、彼女の考えを完全に読み取っていただけでなく、彼女が不意打ちを狙っていることまで見抜いていた。
だが、たとえ見抜かれていたとしても、このまま降伏するつもりはなかった。
彼女は魔力を動かした。一本の棘が、希珀の死角から射出され、うなじへまっすぐ向かった。
「ザンッ」
希珀は振り返りざまの一刀で棘を斬り落としただけでなく、そのまま彼女へ一直線に迫った。
シヴァーナは万策尽きた思いで目を閉じた。
シヴァーナが再び目を開けた時、自分の体に傷はなかった。
ただ服に一筋の切れ目が入り、その内側の璨星瓶が真っ二つに割れていた。
「私はあなたと違う。斬ることだけ考えていればいい」
希珀は最後の一言を残して煙の中へ消え、シヴァーナだけが一人、その場に膝をついて残された。




