第27話 怪物たちの腕相撲
朝。星月学の訓練場。
俺たちのパーティーが少しずつまともなパーティーに近づいていくにつれて、まともなパーティーらしい役職が必要になってきた。
たとえば、副隊長だ。
一番簡単な方法は、もちろん直接一対一で決闘させ、戦闘能力が一番高い者を選ぶことだ。
だが、怪我をして数日後の戦羊との再戦に影響が出たら、さすがに割に合わない。
「じゃあ、腕相撲にしない?」
ミュイレンの提案は、意外にも全員の支持を得た。
この訓練場は、小隊試験で使った場所より少し小さいだけだった。
場の中央には分厚い鉄製のテーブルが一つ置かれ、その下には大きな台座があり、横には椅子が二つ用意されている。
「おいおい、腕相撲にこんな広い場所って、ちょっと大げさじゃない?」
ミュイレンは場内をくるりと回りながら歩き、少し驚いた様子で言った。
「お前たちがこのあと殴り合いもしたいなら、この広さは必要だ」
確かに少し広い。
だが、どうせ借りられるなら、狭いより広い方がいい。
「ふわぁ、いつ始めるのじゃ。早く始めて早く終わらせて、帰って寝るのじゃ」
アパシャはあくびをしながら言った。
「じゃあ、先にくじを引こう」
俺は握った拳を差し出した。拳の隙間から、四本の白い紐の端が出ている。
「一人一本、しっかり掴め」
「ヘルガも参加するの?」
「できます。私、腕相撲は強いです」
ヘルガは腕まくりをして、力こぶを作るような動きをした。
ミュイレンは微笑ましそうにヘルガを見ていた。
まるで子どもの遊びを見守っているようだった。
俺は少しミュイレンがかわいそうになった。明らかに、彼女はまだヘルガの恐ろしさを知らない。
希珀とアパシャは迷わず端の二本を選び、ミュイレンが先に適当に一本を選んだ。残りはヘルガに回った。
「そのまま引け」
紐が引かれると、組み合わせが決まった。
ミュイレン対希珀。
アパシャ対ヘルガ。
「よりによって牧師を引いたか」
アパシャは少し残念そうに言った。
「まあよい。どれも同じじゃ」
「じゃあ、ミュイレンと希珀からだ。アパシャ、お前がカウントを頼む」
そう言い終えると、俺は急いで場の端まで下がった。
この行動は、希珀以外の全員から白い目で見られた。
「隊長、すごく臆病ですね」
純粋なヘルガまで、思わずそう突っ込んだ。
構わない。俺は少しばかりの名誉のために、自分を危険にさらす人間ではない。
場の中央で、ミュイレンと希珀が手を組んだ。二人の魔力も、ゆっくり腕に集まっていくのが分かる。
「全力で来てね、希珀。私、かなり強いから」
ミュイレンは笑って希珀に言った。自分が魔法使いだからといって希珀が油断し、勝負があっさり終わることを恐れているのだろう。
だが、その心配は明らかに余計だった。希珀の顔から、真剣な表情が消えることはなかった。
「準備しろ。一発勝負だ」
俺は遠くから二人に指示した。
アパシャは二人の組んだ手の上に手を置き、気だるげな声でカウントした。
「三、二、一、始め」
ミュイレンが先に力を込めた。組まれた手が、一瞬で希珀の方へ二、三センチほど倒れる。
だが希珀の反応も速く、どうにか体勢を安定させた。
その角度は、すでにミュイレンの方が力を入れやすい位置だった。
勝利の天秤は、すでにミュイレンの方へ傾いたように見える。
それでも希珀は、しぶとくその位置で拮抗を保ち、ミュイレンに一ミリも押し込ませなかった。
「ふう――」
二人が力を入れ始めると、体から放たれる魔力が地面に幾重もの波紋を生み、外へ広がっていった。
強い!
ミュイレンは思わず心の中でそう呟いた。
彼女は短期決戦にするため、最初から全力を出していた。
それなのに、希珀はそれを受け止めただけでなく、彼女と力比べまでしている。
希珀の顔を見ても、楽をしている様子はまったくなかった。
もともと白い顔には赤みが差し始め、表情からも余裕が少し消えている。歯を食いしばり、力を込めているのが分かった。
勝負は双方の予想に反して膠着した。どちらかの力が明らかに上回らないのなら、ここからは気力の勝負になる。
「頑張って! 頑張って!」
ヘルガは横で二人を応援していた。
ミュイレンが希珀を押さえ込もうとすればするほど、返ってくる抵抗は大きくなる。
かすかに、逆に押し返されそうな気配すらあった。
数十秒が過ぎても、両者の力は減るどころか増していった。
今の希珀とミュイレンは、まるで賭け卓に座る賭博師だった。毎回、相手を退かせるために賭け金を上乗せする。
だが、そのたびに相手はすぐに追いつき、さらに逆に上乗せしてくる。
賭けられたチップが増え続けるにつれ、二人の前に残された選択肢は一つだけに見えた。
All in or nothing!
ミュイレンは目の前の人間を見た。自分が誇りとしてきた力でさえ勝利を得られないなど、彼女には信じられなかった。
口の中に苦味が広がる。魔族が人間に敗れ、屈辱的に大陸から追放されたことを思い出した。
魔法の技量で劣るだけなら、まだ納得できたかもしれない。
だが今、肉体での勝負にまで負けるなど、彼女には到底受け入れられなかった。
ここは今、ミュイレンだけの闘技場だった。誰もいないはずの背後に、数えきれない同族の期待を背負っているように思えた。
気力と覚悟の勝負だというのなら、彼女は負けたくなかった。
ミュイレンの体から黒緑色の魔力が漏れ始める。目の中には血走った線が広がり、二本の犬歯が肉眼でも分かる速度で伸びていく。
背中には、何かが制服を突き破ろうとしている気配があった。
止まっていた天秤が再び動き出した。希珀がどれほど必死に抵抗しても、流れがゆっくりとミュイレンの方へ傾いていく事実は変えられないようだった。
希珀の額には、大粒の汗が浮かび始めた。彼女にも負けられない理由はいくつもある。だが、それで力の差が埋まるわけではない。
彼女は、自分の手が悲鳴を上げ始めているのを感じていた。意志が一秒でも緩めば、その瞬間に勝負は決まる。
「怖いです」
ヘルガの声が、突然ミュイレンの耳に届いた。
ミュイレンはヘルガの顔に気づいた。そこにある恐怖を読み取ってしまった。
それは、普段友達を見る時の目ではなかった。
まるで、見知らぬ危険な何かを見るような目だった。
ミュイレンの体から放たれる気配は、ヘルガに恐怖を与えただけではない。本能的な嫌悪すら抱かせていた。
ヘルガの表情に、ミュイレンの胸が突然ぎゅっと締めつけられた。彼女はその瞬間、自分の思い込みから目を覚ました。
さっきまで自分は、何か実体のないものを追いかけようとしていたらしい。
だがその何かは、彼女がようやく手に入れた本当に大切な居場所まで、奪ってしまうものだった。
今の彼女が背負っているのは、いわゆる名誉だけではない。
仲間の想いも、そこにある。
彼女は俺を一度見た。
彼女は前にも、衝動のせいでせっかく手に入れた友情を葬りかけた。そして俺は、彼女にもう一度、やり直す機会を与えた。
同じ過ちを繰り返すわけにはいかない。
ミュイレンは深く息を吸った。
背後の幻影は、頭の中の雑念とともに煙のように消えた。
体を包んでいた不吉な魔力も風に溶け、力もそれにつれて弱まっていく。
「ぱんっ」
希珀が手首を押し返した。今度のミュイレンには、もう抵抗するだけの力は残っていなかった。
「勝者は希珀。おめでとう」
希珀は横で休んでいた。彼女はすぐに無表情へ戻ったが、右手がかすかに震えているのは分かった。
「惜しかったのう。さっきは勝てそうじゃったのに」
アパシャはミュイレン本人よりも悔しそうだった。
一方のミュイレンは気にしていないように笑い、ヘルガの方へ歩いていった。
「さっき、怖がらせたよね。ごめん」
ミュイレンは申し訳なさそうな顔でヘルガに言った。
ヘルガは首を横に振り、同じようにミュイレンへ謝った。
「私が邪魔しちゃいましたよね。さっき、一瞬だけ、ミュイレンがミュイレンじゃないみたいに感じて、急に怖くなって……ごめんなさい」
ミュイレンは笑ってヘルガの頭を撫でた。
「ヘルガのせいじゃないよ。私が少し熱くなりすぎただけ」
「ああああ、わしはおぬしら人間のそういう甘ったるい空気が一番嫌いなのじゃ! 続けるのか、続けぬのか!」
アパシャが甘ったるい空気を破り、叫びながら二人の間に飛び込んだ。
「席につけ。ミュイレン、今度はお前がカウントだ」
俺はもう一度二人を座らせると、その場を離れた。今回はそのまま観客席まで跳んだ。
「宇って、ほんと……」
ミュイレンは呆れきった目で俺を見た。彼女の目には、俺の行動は大げさどころの話ではないように映っているのだろう。
「祝福魔法を使ってもいいですか?」
ヘルガはおずおずとアパシャに確認した。
「二つでも三つでも使っておけ。でないと、わしがおぬしを傷つける」
アパシャは大きく腕を回してほぐしながら、どうでもよさそうに言った。
ヘルガの足元に、いくつもの白い魔法陣が素早く走った。それから、彼女はアパシャの小さな手を握った。
アパシャは口では少し侮るようなことを言っていたが、実力を温存するつもりはなかった。
ましてや、負けるつもりなどない。
「それじゃ、構えて。用意――」
ミュイレンは手に伝わってくるアパシャの力を感じ、少し不安そうにヘルガを見た。だが、すぐに無駄な考えを打ち消した。
「始め! ――あれ?」
「ドォン!」
ミュイレンが開始を告げた瞬間、自分の体が一瞬宙に浮いたような感覚に襲われた。強烈な衝撃波が、危うく彼女を吹き飛ばしかける。
ようやく体勢を立て直して周囲を確認できた時、周りの地面はすべてひび割れていた。
自分がまるで爆発後の深い穴の中に立っているようだった。地面の亀裂は、ほとんど場の端にまで伸びている。
ミュイレンは一瞬、自分がどこかの戦場へ転移させられたのかと思った。だが、目の前の凹んだテーブルと、腕相撲を続けている見慣れた二つの顔を見て、認めるしかなかった。
さっきの爆発は、ただ二人が力を入れ始めた余波にすぎない。
「何これ」
ヘルガもアパシャも、その力はミュイレンの認識をはるかに超えていた。
さっきまで自分がすべてを懸けていた努力が、まるでピエロみたいに滑稽に思えてくる。
アパシャの顔には、当然のように驚きが浮かんだ。だがそれも数秒だけで、すぐに強敵に出会った興奮へ変わった。
ヘルガの表情は完全に鬼気迫っていた。ギャグ漫画の登場人物にも負けないほどだった。
「ヘルガよ、おぬしは実にわしを喜ばせる!」
アパシャの黒い龍血が、血管に沿って全身へ流れ始める。
「ならば、わしもこれ以上手加減はせぬ!」
細かな鱗がアパシャの体に生え始め、龍血に沿ってゆっくり四肢と顔へ広がっていく。
ほどなくして、アパシャの手にはびっしりと鱗が生えそろい、力も数倍に膨れ上がった。
アパシャの指は完全に鋭い龍爪へ変わり、爪先がヘルガの白く柔らかな腕へかすかに食い込む。アパシャが力を入れるにつれ、細い血痕が何本か刻まれた。
アパシャは目を閉じた。
再び目を開いた時、その瞳の中で燃える金色の炎の光に、誰もまともに目を合わせられなかった。
それは、彼女がドラゴン族に君臨するための黄金瞳だった。
「ヘルガ……」
ヘルガが苦しんでいる姿を見て、ミュイレンは思わず胸を痛めた。
結局のところ、ヘルガは祝福魔法の補助があってようやく戦えるだけで、身体そのものは普通の人間だ。魔法がわずかでも緩めば、その腕は一瞬で引き千切られる。
「きゃあ――!」
ヘルガはついに耐えきれず、苦しげに、ギャグ漫画で限界まで追い込まれた人物のような声を上げた。
ヘルガの叫びに続き、彼女の足元には再び次々と白い魔法陣が走った。そこから放たれる気勢と魔力は、またしてもアパシャと互角になった。
「おい、中で何が起きてるんだ?」
「誰か中で戦ってるのか?」
訓練場の外側から、いくつかのざわめきが聞こえてきた。
二人の放つ気勢があまりにも強く、近くを通りかかったほかの生徒たちまで驚かせてしまったらしい。
幸い、俺は事前に誰も入れないよう言っておいた。
もし彼らが、この尋常ではない魔力の波動が、ただのメンバー同士による和気あいあいとした腕相撲大会から出ているものだと知ったら、いったいどんな顔をするのだろう。
場面が再び拮抗していくにつれ、アパシャの背後には、うっすらと巨大なドラゴンの影が浮かび上がった。
俺の記憶が正しければ、これは彼女がドラゴン系魔法を使おうとしている兆候だ。
「ヘルガ、決めて!」
ミュイレンもアパシャの意図を見抜いたらしく、すぐに大声でヘルガを急かした。
「きゃあああああああ!」
ヘルガの足元に、それまでよりさらに大きな白い魔法陣が現れた。今度は彼女の体も、魔法陣の光に合わせて白く輝き出す。
ヘルガの力が一気に跳ね上がり、アパシャの不意を突いた。
「ドン!」
アパシャの手が重くテーブルに押しつけられ、そこに凹みを作った。
「やった! 勝ちまし……あう、痛い」
ヘルガはようやく得た勝利に両手を上げて喜ぼうとした。
だがすぐに、腕の痛みで手を上げた瞬間に縮こまってしまう。
彼女は腕を押さえながら、めそめそし始めた。
ミュイレンは急いで歩み寄り、彼女の腕を揉んでほぐした。
「お前、手を抜いたんじゃないだろうな」
俺は彼女たちの前まで歩いていき、同じように手をぶんぶん振っているアパシャに尋ねた。
「そう見えるかの?」
アパシャは不機嫌そうに俺を睨んだ。人間に負けたという事実が、彼女にも相当こたえているようだった。




