第26話 不気味な戦い
入学したばかりの俺が今の俺を見たら、「こいつ、頭がおかしくなったのか」と思うだろうか。
あの頃の俺は、ただ一人で穏やかに、この数年を、魔法学園で穏やかに過ごしたかっただけだった。
なのに今の俺は、面倒な連中をどうやって生き延びさせるかを真剣に考えている。
いつから俺は、彼女たちを自分の生活の一部として受け入れると決めたのだろう。
たぶん、あの目を見て約束した時からだ。
「必ず、君がそいつを殺すのを手伝う」
龍星城の城主、叶華公爵の娘として、希珀は幼い頃から龍星城で暮らし、貴族として何不自由ない生活を送ってきた。
幼い頃は母親について魔法を学び、その後、戦技の才能を見出されて父親に師事するようになった。
一年前、ヨハナ家を突然の変事が襲った。
それ以来、ヨハナ家に残された子どもは彼女一人だけになった。
希珀の個人ファイルには、ほかの誰よりも詳しい記録が載っている。
だが、その経歴だけでは、彼女の持つ違和感を完全には説明できない。
無理に言うなら、やはり彼女の魔力測定レポートと、小隊試験での動きから話すべきだろう。
彼女はすべての攻撃を軽々と避けられるのに、なぜ辰巳凌にあれほど簡単に押さえ込まれたのか。
彼女というパズルから、大きなピースが一つ欠けているように感じていた。
そのせいで、攻撃と回避がまるで噛み合っていない。
希珀は今、広い訓練スペースで俺と向かい合って立っている。
彼女はいつも通り静かで、待たされても焦る様子はなかった。
「希珀、俺と一戦できるか」
彼女が本当に何か能力を隠しているのなら、実戦ほどそれを引き出しやすいものはない。
希珀はむしろ嬉しそうにうなずいた。もともと今は彼女の訓練時間なのだから、模擬戦に変わるならそれはそれで都合がいいのだろう。
「ダガーは使えるか?」
希珀は少し迷ったが、それでもダガーを受け取った。
「じゃあ、行くぞ」
俺は地面を蹴り、ダガーで彼女の胸元をまっすぐ突いた。
希珀は後退しなかった。
ただ軽く手を上げただけで、俺の刃を横へ受け流した。
「戦技・4連撃!」
これは俺が片手のダガーで繰り出せる最速の戦技だ。途切れることのない四つの斬撃が、素早く希珀へ襲いかかる。
希珀は慌てることなく、小刻みな足さばきで体を揺らして最初の二撃を避け、優雅に半歩下がって三撃目の横薙ぎをかわし、最後に左へ一回転して、突きを避けた。
俺はすぐにダガーを引き戻し、追撃に移ろうとした。
だがその時には、希珀の手にあるダガーがすでに高く頭上へ掲げられていた。
「戦技・落花」
希珀が一刀を振り下ろす。
俺は慌てて後退して避けた。幸い、彼女の攻撃は速くなかった。そうでなければ、この一合で勝負は決まっていたはずだ。
俺は構えを整え直した。希珀も礼儀正しく、その場で待っている。
「ふう」
俺は息を吐き、再び攻撃に出た。
一度。
もう一度。
三度目。
三、四合ほど打ち合ったところで、俺は彼女と辰巳凌がなぜあれほど互いに膠着していたのかを理解した。
彼女と戦うのは、まるで綿を殴っているようだった。
俺の攻撃はまったく彼女に届かない。だが、彼女の攻撃にも力が足りない。
額に細かな汗が浮かんでいるのを見なければ、彼女がわざと俺をからかっているのではないかと本気で疑っていた。
ん?
何度か打ち合ったあと、俺は重要な盲点に気づいた。
彼女の攻撃と回避は、まるで同じ人間の動きに見えない。
まさか、これが噂に聞く「痛いのが嫌だから才能を全部回避に振りました」というやつなのか?
星月流派の戦技は、もともと迅速で力強く、大きく踏み込む動きが多い。辰巳凌の戦技のように、一瞬で訓練場全体を横切ることすらある。
ヨハナ家の戦技も、同じ星月流派の系統だ。
希珀自身の筋力が足りないせいで、彼女の戦技はかなり平凡だった。
ただ、攻撃を避ける時のあの身のこなしだけは違う。
足さばきの細かさ、動きの優雅さ。
それはほかの星月流派の戦技とは、まったく比べものにならなかった。
絶対にヨハナ家の家伝流派ではない。
ヨハナ家当主のあの大柄で武骨な姿を思い浮かべると、彼が小刻みな足さばきで左右にくねくね動きながら相手の攻撃を避ける滑稽な光景など、
とても想像できなかった。
となると、残る可能性は二つしかない。一つは、彼女自身が研究して、この新しい身のこなしを作り出した可能性。
もう一つは、この身のこなしを別の師匠から学んだ可能性だ。
もし後者なら、この回避速度はおそらくまだ限界ではない。
しかも、彼女にはそれに対応する別の攻撃手段があるはずだ。
「ふう。終わり?」
希珀は少し息を乱しながら、ダガーを下ろして休もうとした。
「覚えているか。俺は、お前があの男を殺すのを手伝うと言った」
俺は冷たい目で彼女を見た。
「その程度の実力で足りると思っているのか?」
希珀は何も言わなかった。ただ、表情が少し陰った。
俺は場の端からもう一本のダガーを取った。
「ここからの戦いは、このパーティーとは関係ない。俺たち二人だけの秘密だ」
「俺は全力でお前を殺しにいく。お前も同じ覚悟で来い。」
希珀にも、俺から放たれる気配が変わったのが分かったのだろう。彼女の目つきは明らかに鋭くなった。
「魔力強化」
俺は静かに詠唱した。
魔力が手、足、関節、筋肉と神経の接続部へ集まり、同時に大脳皮質全体を覆う。
この状態では、命令は神経を通って伝わる必要がない。
大脳が指令を出した瞬間、空間魔力がそれを直接四肢の末端へ送り届ける。
外見に大きな変化はない。だが、俺の反応と速度は全体的に数倍まで引き上げられる。
「行くぞ」
俺は一瞬で希珀との距離を詰めた。
強化の幅は、高位の祝福魔法ですら及ばない。
希珀にとっても予想外だったのだろう。彼女は慌てて地面を蹴り、後退した。
だが、逃がすものか。俺は大きく一歩で、再び彼女の目の前まで迫った。
「戦技・4連撃」
同じ四連撃でも、今度の速度と力は先ほどとはまるで違う。しかも今回は両手での攻撃だ。彼女が身を翻すための空間を直接封じる。
さっきまでの数合で、俺はすでに彼女の回避速度の限界を見積もっていた。
勝負はすぐにつく。
彼女の足運びには、もう先ほどの余裕はなかった。小刻みな歩法は消え、彼女は逃げ場を探すように、大きく後退し続ける。
俺はさらに一歩踏み込み、回転から両手のダガーを振り下ろして、彼女を隅へ追い込んだ。
希珀は俺が体を起こす瞬間を捉え、横へ大きく跳んで距離を取った。
一方的に避け続ければ、また隅へ追い込まれるだけだと分かったのだろう。
彼女はダガーを横に構え、攻撃の準備をした。
「戦技・柳葉斬り」
俺は彼女に機会を与えなかった。すぐに踵落としを振り下ろし、彼女の戦技を中断させる。
彼女は慌てて体を横へ滑らせた。
さらに後退しようとする彼女を見て、俺は続けざまに足払いを放つ。
彼女は跳び上がって宙返りするしかなかった。
好機だ。
俺は右手で彼女へ突きを放つ動きを見せ、そのままダガーを手放した。
手を離した瞬間、魔力の光が閃き、ダガーは一気に加速する。
刃先が空気と高速で擦れ、灼熱の赤い光を放つ。ダガーは流星のように、希珀の心臓へ一直線に向かった。
「アクセル飛刀!」
ダガーは一瞬で彼女の心臓へ迫った。希珀は反応すら間に合っていないように見える。
俺は少し後悔した。彼女を追い詰めることばかり考えていたが、空中にいる状態では、どんな能力であれ発動できないのではないか。
だが、次の光景の異様さは、今までの人生で見たことがないものだった。
ダガーは確かに希珀の心臓に届いた。
だが、彼女の皮膚を貫くことはなかった。
希珀は、風に吹き上げられた白い絹のように滑っていった。
いや、絹でさえ確実に貫かれるはずだ。
希珀はむしろ幽霊のように、あらゆる実体をすり抜けられる存在に見えた。
俺が反応した時には、希珀はすでに着地していた。俺は一瞬も待たず、もう片方の手にあったダガーも投げた。
「アクセル飛刀!」
同じ異様さだった。希珀はまたも幽霊のようになり、飛ぶ刃とすれ違う。
ただし、今度はそのまま俺へ向かって滑るように迫ってきた。
俺の手にはもう武器がない。腕を上げて防御するしかなかった。
希珀が白い影のように俺の目の前へ迫ってきた時、彼女はダガーを振り上げなかった。
代わりに、わずかな笑みを浮かべた。
「殺す覚悟……?」
突然、あたりが静まり返った。
音が消えただけではない。空気そのものが、いや、空間全体が、この瞬間に凍りついたようだった。
目の前の希珀の微笑みが、突然、鬼のような獰猛な笑みに変わった!
俺は本能的に逃げようとした。だが、体は銅像にでもなったかのように固まり、指一本動かすこともできなかった。
大声で助けを呼ぼうとした。
だが心臓も、肺も、喉も、胸腔の中にあるすべての内臓も、無数の手に掴まれて握り潰されているようだった。中の空気と血液を、根こそぎ搾り出されていく。
次の瞬間、俺の魂が突然、体の外へ弾き出されたかのようだった。
目の前で、自分の首に一本の血の線が端から端へ走っていくのを見た。
そこから血が噴き出した。
俺の頭が肩から滑り落ちた。
視界の端から黒い縁がゆっくりと中心へ広がっていく。
その時、俺は理解した。
これが死だ。
「はっ!」
さっきの悪夢から目を覚ました時、俺の全身は冷や汗でびっしょりだった。
周囲を見回すと、俺はまだその場に立っていた。
慌てて首と頭に触れる。どうやら、頭はまだちゃんと首の上にあるらしい。
振り返ると、希珀はすでにダガーを机の上に置き、水を飲んでいた。
「今のは何だったんだ?」
心臓は今も狂ったように跳ねている。俺は呼吸を必死に整えながら、希珀に尋ねた。
「人を殺したこと、ある?」
希珀は直接答えず、妙な質問を投げ返してきた。
「ああ」
彼女が何を言いたいのか分からなかったが、俺は正直に答えた。
「なら、今夜は悪夢を見ないはず」
希珀は安心したように微笑んだ。
確かに悪夢は見ないだろう。
そもそも今夜、俺は眠れない気がする。
「これが、お前の能力なのか?」
「まだある」
希珀は周囲を見回した。
「硬くて、斬っていいものある?」
「秘密にしておくつもりだと思っていた」
今の希珀の表情は、以前ぬいぐるみを紹介してくれた時とほとんど同じだった。
目が少し輝いている。
口調も普段より少し早口だ。
突然の興奮に、俺は少し意外だった。
「秘密にしてくれるって言った」
希珀は俺をとても信頼しているような顔をした。
「それに、一番見られたくないものは、もう見られた」
俺はリュックの中を漁った。見た目にはリュックを漁っているだけだが、実際には隠し金庫から一本の鉄の棒を取り出した。
これは以前、古代遺物の山を押収した時に、ついでにくすねたものだ。本当は新しいダガーを何本か打つために使うつもりだったが、職人に、この材質は硬すぎて魔法では鍛錬も鍛造もできないと言われた。
今の俺に思いつく中では、これが一番硬いものだった。さっきの異様な体験のあとでは、少しも油断する気になれない。
「こう持って」
希珀は俺に見せるようにして、棒を横向きに体の前へ構えさせた。
俺は両手で鉄の棒をしっかり固定した。彼女が何をするつもりなのか分からない。
希珀は机の上の木製ダガーを手に取り、小さな魔法の杖を振るように、鉄の棒へ向かって軽く一振りした。
そして、そのままダガーを置いた。
うん。
何か起きたのか?
希珀は、俺が何も分かっていない様子を見て、少しおかしそうにした。
「握りすぎ」
俺は鉄の棒を下ろそうとした。
だが、その瞬間、手応えがおかしいことに気づいた。
鉄の棒は、滑らかな切断面に沿って二本に分かれていた。
希珀は俺がその場でフリーズしているのを見ると、機嫌よさそうに立ち去ろうとした。
「必ず秘密は守る!」
今日見た異様な現象が尋常ではないことに気づき、俺は希珀が出ていく前に、慌ててもう一度そう約束した。
「ありがとう」
希珀は振り返った。目元には、まだ笑みが残っていた。
「私も、あなたの秘密は守る」
「俺に何の秘密があるんだ」
「どこからともなく取り出せるあのダガーと、あの妙な加速」
希珀は疑問点を一つずつ挙げた。
「どうやってるかは分からない。でも、少なくともあなたの戦技じゃない」
「それは、俺が金属系だから――」
俺は反論しかけて、問題に気づいた。
金属のダガーならまだいい。
では、木製ダガーはどう説明する?
「それに、誰がリュックにそんな硬い棒を入れて持ち歩くの」
希珀は反論できないほど正確なツッコミを残して、訓練室を出ていった。
俺は一人その場に残され、苦笑するしかなかった。




