第23話 ドラゴン系魔法
午前9時。
小型訓練室前の休憩室。
「週末ずっと帰ってこなかったくせに、帰ってきた途端、朝っぱらからここに集まれじゃと。あやつ、何様のつもりじゃ」
アパシャが寝起きの悪さを隠しもせず、不満げにぶつぶつ言っていた。
「「あとで宇の前では言わない方がいい」」
希珀が親切に忠告する。
「わしがあやつを怖がるとでも? あやつが来て、またあの仏頂面をしておったら、わしが一発――」
その時、ちょうど俺が入ってきた。彼女は続きを一瞬で飲み込んだ。
「おはよう」
俺は肩にかけていたリュックを、何気なく下ろした。
「隊長、こんな朝早くからここに呼んで、何をするんですか?」
ヘルガが少し緊張した様子で尋ねた。
先週末、みんなはこのパーティーがこのまま解散するのではないかと、ずいぶん心配していた。
だが、俺がこれからやることは、彼女たちに「このまま解散した方がまだよかったかもしれない」と思わせるものになる。
「インタビューだ」
俺は短く答え、リュックから数枚の書類を取り出した。
「これはお前たちの個人ファイルだ。どこから手に入れたのかは聞かなくていい。聞かれても答えない」
神聖帝国の人間は、一人ひとり、生まれてから現在までの経歴が記録された個人ファイルを持っている。
住所、家柄、入学記録。
さらには、ある都市から別の都市へ移動した時のエルフ馬車の乗車券まで、すべて記録されている。
秘密裁判所には、全員分の個人ファイルの写しがある。先週末、俺は裁判所へ定例報告に戻ったついでに、彼女たちの個人ファイルを引っ張り出してきた。
「個人ファイルに基づいて、俺が質問する。お前たちは全部、正直に答えろ」
「なんだか、尋問みたいに聞こえるわね」
ミュイレンは空気を和らげようとして、無理に笑みを作った。
今日の彼女は、また香水がきつくなっていた。しかも匂いもさらに妙で、もはや香りと言っていいのかどうかも怪しい。
「その通り。尋問だ」
俺は隠さなかった。
「協力したくないなら、そのまま出ていっていい」
全員が黙り込んだ。あまりに突然のことで、出ていくとしても、どこへ行けばいいのか分からなかったのだろう。
俺が自分の慣れたやり方で問題を解決すると決めた以上、彼女たちに考える時間を与えないことも重要な一手だった。
彼女たちが俺のやり方を理解してくれるかどうかは分からない。
だが、俺は長い間考えた末に、彼女たちのことを何も知らないままでは、互いに信頼することなど不可能だと気づいた。
俺は、彼女たちの秘密を暴くことにした。
「仲間」になる前に、まず彼女たちの「共犯者」になる。
「一人ずつ聞いていく」
俺はリュックとファイルを手に取り、訓練室へ入った。
「アパシャ、お前が最初だ」
アパシャは扉を閉めた。彼女の表情を見る限り、少し怯えているのか、それとも俺を一発殴る算段をしているのか、判断がつかなかった。
「アパシャ。生年月日不明、出生地不明。要するに、星月学に来る前のことは何一つ分かっていない」
「そんなに変かの?」
アパシャは不機嫌そうに口をへの字に曲げた。
「変ではない」
俺は個人ファイルを閉じた。むしろ、裁判所の情報網がドラゴン族の集落にまで及んでいたら、その方が本気で怖い。
「お前が過去に何を経験したのか、話したいなら話してもいい。だが、俺もそこまで興味があるわけじゃない」
「俺が聞きたいのは、ドラゴン族がいったいどういう種族なのか、ということだ」
たとえ裁判所の資料をひっくり返しても、それらしい答えは見つからなかった。
「失礼を承知で言うが、お前たちについて調べられる公開資料は少なすぎる」
ドラゴン族は強大な魔法生物である以上、本来なら、多くの研究者の興味を引いていてもおかしくない。
しかし、ドラゴン族に関する資料そのものを、星月国と神聖教廷がそろって隠していた。
今調べられる公開資料は、非常に古い憶測と、それにまつわる伝説だけだった。
俺はアパシャが黙り込んでいるのを見て、隠したいのかもしれないと考えた。
「言えないのか? お前たちドラゴン族の秘密なのだろう」
「言えぬことではある」
アパシャは俺の考えを肯定した。
「じゃが、わしは話しても構わん。ただ、あまりにも長すぎる。おぬしが聞くのを面倒がりそうじゃし、わしもどこから話せばいいのか分からん」
面倒がっているのはお前の方だろう、と俺は心の中で突っ込んだ。
とはいえ、彼女が話してもいいと言うのなら、俺は遠慮なく聞いた。
「なら、前にタカゴウが言っていたドラゴン、偽竜、地竜、竜人あたりの違いから始めてくれ」
アパシャはまた黙った。
まさか後悔したのか?
俺がもう一度促そうとしたところで、彼女がため息をつくのが聞こえた。
「はあ。だから話したくなかったのじゃ」
彼女は呆れたように俺を見た。まるで、俺がとんでもなく馬鹿な質問をしたかのようだった。
「本物のドラゴンは翼を持つ。
偽竜は翼が退化した竜。
地竜は竜と動物の混血。
竜人は竜と人間の混血じゃ」
「それは知ってる」
それは確かに、公式資料に書かれている説明でもあった。
俺が自分の理解は間違っていなかったのだと思いかけた、その時だった。彼女はすぐに、予想外の答えを付け加えた。
「こう言えばよいかの。わしらドラゴン族から見れば、それらに違いなどない」
俺は一瞬、ぼんやりしてしまった。彼女の言っている意味が分からなかった。
「おぬしは不思議に思わんかったのか? なぜドラゴン族は、あらゆる生物との間に子を残せるのか」
そう言われて、俺は確かにその問題に気づいた。
一般的な書物には、竜は節操のない生き物だから、あらゆる生物と関係を持つのだと書かれている。
だが、よく考えてみれば、あらゆる動物と戯れられることと、あらゆる動物との間に子を作れることは、まったく別の話だ。
「それは、ドラゴン族の本質が龍血だからじゃ。龍血を持つものは、すべてドラゴン族なのじゃ」
アパシャは袖をまくり、腕を上げて俺に見せた。
黒い血が、彼女の腕の血管に沿ってゆっくりと流れていく。
血が通った場所では、皮膚の下で何かが目覚めたかのように、一枚一枚の鱗が整然と生えていった。
「なら、同じドラゴン族なのに、なぜタカゴウがお前をそいつらと比べた時、そんなに怒ったんだ?」
その言葉は、明らかにアパシャを怒らせた。
彼女は容赦なく問い返してくる。
「では、同じ動物として、おぬしとゾウリムシに何の違いがある?」
「悪い」
アパシャは俺に悪気がないことを分かっていたのか、そのまま続けた。
「龍血の含有量が足りぬ場合、ほかの動物の特徴が残る。そうして最後には、地竜や竜人になるのじゃ」
それで、確かにいくらかは理解できた。
だが、当然ながら、まだ解けていない疑問は多い。
「それじゃ、ドラゴン系魔法はどういうものなんだ?」
「急くでない」
アパシャは、授業中にすぐ口を挟む生徒を見る教師のような目で俺を見た。
「わしはまだ、ドラゴンと偽竜の違いを話し終えておらん」
また嫌そうな顔をされた。
「たしかに、どの竜の体にも龍血は流れておる。じゃが、龍血にも格というものがある。」
「本物のドラゴンは卵の中にいる頃から、毎日、母親の龍血で滋養を受ける。そのため、生まれた時点で一定量の真龍血を持っている。」
「一方で、盗まれた不運な“卵”にはその機会がない。」
「そうして、いわゆる偽竜に成り下がり、終生、地を這いながら本物のドラゴン族を見上げることになる」
そこまで言うと、アパシャは軽蔑するような目で虚空を見た。
地を這うしかない同族を思い出したのか、それとも彼らの未来を奪った卵泥棒を思い出したのかは分からない。
「要するに、ドラゴン族は生まれた後、一生をかけて龍血を純化していくのじゃ。体内の大半を占める偽竜血を、真龍血へと変えていく。
真龍血が増えるほど、力も強くなり、体も大きく成長できる」
「だから、わしが大部分の龍血を失った時、体はこの子どもの姿を保つしかなくなったのじゃ」
アパシャは諦めたように自分の体を見た。
「龍血の含有量が違えば、実力にも天と地ほどの差が出る」
「強いドラゴンなら、弱い者の龍血を無理やり共鳴させて、血脈支配を起こすこともできるのじゃ」
「おぬしも、あの畜生めも同じじゃ。もしおぬしらがドラゴン族で、わしの黄金瞳を見たなら、そろって跪かねばならん」
アパシャは不満げにつぶやいた。自分の実力にもかなり自信があるらしい。
「お前は大部分の龍血を失ったんじゃなかったのか? お前の説明だと、お前の方が俺たちに従うべきだろう」
俺はアパシャの理屈の穴を指摘した。
「その問題は少し範囲外じゃ。おぬしはまだそこまで習っておらん」
アパシャは、どこか満足そうな教師のように言った。
「おぬしは、わしがその精髄を保っているとだけ知っておればよい」
まだ気にはなったが、俺も別にドラゴン学者を目指しているわけではない。
「つまり、ドラゴン系魔法は龍血の魔力を使う魔法なんだな?」
「あるいは、龍血を消費して竜の力を使う魔法、と言うべきかの。消費が少ないものが偽竜典、多いものが龍典。そう考えれば分かりやすいじゃろう?」
たしかに。
だが、それは俺が本当に聞きたいことではなかった。
「なら、単刀直入に聞く。お前は一日に何回魔法を使える?」
「できれば一回も使いたくない」
アパシャはきっぱりと言った。
「タカゴウに煽られただけで魔法を撃ったお前が、よく言えたな」
「ただ、どうしても使わねばならぬなら、最大で三回じゃな」
アパシャは少し考え、それでも渋々そう言った。
「ただし言っておくが、わしらの魔法はドラゴン族を相手にするためのものじゃ。つまり対ドラゴン用の大技じゃ。周囲の者を巻き込まぬ保証はできん」
「それに、この体のせいで、一度魔法を使うたびに、わしは最低でも10分は魔力を集め直さねばならん」
アパシャはかなり譲歩してくれたように見えたが、俺はやはり突っ込まずにはいられなかった。
「一日三回と10分って、差がありすぎるだろ」
「一日三回でも満足できぬのか?」
アパシャが不機嫌そうに言った。
「そうだな。いや、違う」
話題が妙な方向へ向かい始めた気がする。
「まあいい。いったんここまでだ。ヘルガを呼んできてくれ」
「では、わしはもう戻って寝てもよいのか?」
これだけしか話していないのに、アパシャはもう疲れ切ったような顔をしていた。
もしかすると、彼女の言っていた龍血の純化というものは、本当にかなり気力を使うのかもしれない。
だが、それでも俺は彼女を逃がさなかった。
「駄目だ。戻ったら、使える魔法について、効果、範囲、威力を含めた情報をすべてレポートにまとめろ。明日までに提出だ」
「え?」
俺に交渉の余地がないことを悟ったのか、アパシャはぶつぶつ文句を言いながら、扉を閉めて出ていった。




