第22話 鬱屈
正直に言えば、今回の件は全部俺が原因だった。
もし俺があの時、余計なことに首を突っ込まなければ、タカゴウに目をつけられることもなかったし、その後の一連の面倒事も起きなかった。
それなのに、元凶である俺が、彼女たちに腹を立てている。
……これは、いったい何なんだ。
ただ、俺は気づいてしまったのだ。
自分の望んでいたもの。
あの悠々自適な学園生活も、自由な遺跡探索も、
どんどん遠ざかっているのだと。
家の前まで歩いてきた俺は、足を止めた。
「お前たちは先に入ってろ」
「隊長、怒らないでよ。隊長を賭けの対象にしたのは私が悪かった。謝るから」
ミュイレンは振り返り、俺の服の裾を引っ張った。
顔には申し訳なさがにじんでいた。
「ミュイレンちゃんも、隊長がいじめられてるのを見て、助けてあげたかったんです」
ヘルガも、ミュイレンを何とかフォローしようとしていた。
「私たちは、ちゃんと準備すれば負けない」
希珀はきっぱりと言った。
俺は答えなかった。
いや、答えたくなかった。
彼女たちの言葉には、何の説得力もない。
「少し、一人にしてくれ」
「言いたいことがあるならはっきり言え。口は何のためについておる」
アパシャも焦っていたのだろう。そう言って、俺を怒鳴りつけた。
俺は彼女たちを無視して、そのまま外へ歩いていった。
残された彼女たちは、ただどうしていいか分からない様子だった。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
俺は学校の公園で、夕方までずっと座っていた。
近くで楽しそうに笑い合う生徒たちを見ていた。
彼らは、俺が望んでいた学園生活を送っていた。
みんな、悩みなどないかのように、自分のやりたいことをしている。
ベンチでぼうっとしている俺だけが、その中から取り残されていた。
俺は、彼女たちが弱いから怒っているのか?
そもそも俺は、強いメンバーがそろうことなど期待していなかった。
彼女たちは弱い。
弱すぎるほど弱い。
それなのに、その自覚がないまま、
いつだって、逆に俺のために前へ出ようとする。
彼女たちは、自分たちが俺を守れると思っているのか?
俺には、その考えが理解できなかった。
それ以上に、危険だと思った。
もし遺跡の中なら、その甘さは命取りになる。
「よお、宇の坊主じゃねえか」
向こうから、制服姿の金髪の「小学生」が、アイスクリーム片手に歩いてきた。
この学校で、そんな体格の女子は、アパシャを除けば魔法部長のリズくらいしかいない。
リズはアイスクリームをなめながら、俺に手を振った。
「誰かに頼まれて、俺を説得しに来たのか」
俺は、彼女たちが俺の帰りを待ちきれず、晦朔に助けを求めたのだと思った。
「お前、私がそんな暇に見えるか?」
リズは俺にジト目を向けた。
俺が一人でベンチに座ってふてくされているのを見ると、リズの野次馬根性に一気に火がついた。
「聞いた感じ、誰かと揉めたみたいだな。お姉さんが聞いてやってもいいぞ」
リズは得意げに、自分の小さな胸をぽんと叩いた。
俺はそこでようやく気づいた。
ここは、リズが仕事帰りに寮へ戻る時の通り道だった。
本当に偶然だったらしい。
「何でもない。俺の問題だ」
俺も何を言えばいいのか分からなかった。
一人で、この感情を何とか消化するつもりだった。
リズの表情から、だんだん我慢の色が消えていった。
話が途中で途切れるのは、トイレの途中で紙がなくなるようなものだ。
かなり腹が立つ。
「行くぞ。ちょっとついてこい」
「どこへ?」
今の俺は動きたくなかった。
けれど、リズの言葉には妙に逆らいがたい響きがあり、結局、俺は足を動かしてしまった。
「来れば分かる。そんなに時間はかからねえ」
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
リズが俺を連れてきたのは、訓練場だった。
外の空は、もう暗くなっている。
「こんなところに連れてきて、何をするつもりだ?」
俺はわけが分からなかった。
「ひとつ教えてやる」
リズはアイスの部分を食べ終え、コーンをかじり始めていた。
「ほら、かかってこい」
「は?」
世の中には、戦うことでしか分かり合えない交流があるらしい。
殴り合っているうちに心が通じるとか。
殴り合っているうちに事情も全部分かるとか。
殴り合っているうちに兄弟だの仲間だの、関係がよくなるとか。
俺には、正直あまり理解できないやり方だ。
リズが何を考えているのかは分からなかった。
ただ、一発やり合って鬱憤を晴らすこと自体は、別に嫌ではない。
問題は、リズがまだアイスクリームのコーンを食べていることだった。
食べ終わるまで待つべきかどうか、俺は少し迷った。
だが、リズはどうやら短気らしい。
俺がその場に立ったまま動かないのを見ると、片手を上げ、すぐに魔力を集め始めた。
「来ないなら、こっちから行くぞ」
「雨神魔法·三連装艦砲!」
巨大な青い魔法陣が、リズの頭上に展開された。
紺碧の海水が、魔法陣の四隅から噴水のように噴き出し、中心へ落ちていく。
水は地面に落ちることなく、鋼鉄のような輪郭を形作っていった。
砲座。装甲。砲身。
本物の艦砲よりさらに大げさな三連装砲塔が、そうして「印刷」されるように現れた。
三本の砲身が、ゆっくりと下がっていく。
この砲塔、本物の艦砲より大きいくらいだ。
まさか、威力まで本物と同じなんてことはないよな?
砲身がゆっくり下がるにつれて、胸の中の嫌な予感も少しずつ強くなっていった。
そして砲身が俺を正面に捉えた瞬間、俺はもう疑うのをやめた。
この威力、間違いなく本物の艦砲並みだ。
「発射!」
リズが大声で命じると、三本の砲身が同時に咆哮した。
「ズドォン!」
俺は全力で砲弾の射線から飛び退こうとした。
だが、それでも爆発に巻き込まれ、吹き飛ばされた。
リズは明らかに、俺に息をつく暇を与えるつもりがないらしい。
俺が起き上がろうとするのを見るなり、彼女は次の攻撃に移った。
「待て、リズ部長! 話せば分か――」
リズは俺の悲鳴を無視して、詠唱を終えた。
「雨神魔法·魚雷!」
新たな青い魔法陣が展開される。
その中央から、水で形作られた魚雷が頭を出した。
弾頭には、悪趣味なサメの笑顔が描かれている。
「発射!」
魚雷は空気を裂いて、一直線に俺へ飛んできた。
魚雷と言うが、ここには水など一滴もない。
だからあれは、魚雷というより、魚雷の名を借りたミサイルだ。
俺は慌てて屋根へ跳び上がり、魚雷をかわしたと思った。
「ドカン!」
魚雷が爆発し、破片が四方へ飛び散った。
それでも破片は俺の体に降りかかってきた。
その破片には、水の感触などまるでなかった。
硬さは金属と何ら変わらない。
一瞬で、俺の体にいくつもの切り傷が刻まれた。
このまま逃げ回るだけでは、リズはまず見逃してくれない。
そう気づいた。
リズの魔法を止めなければ、俺はすぐに粉々に吹き飛ばされる。
俺は袖口から二本のダガーを滑り出させ、屋根の上を跳びながらリズへ接近した。
「雨神魔法·高射砲、二基!」
リズの左右に、またしても二基の水の砲塔が素早く現れた。
砲塔は高速で弾丸を吐き出し、交差する弾幕となって俺の前進を阻む。
高射砲塔の旋回速度は速すぎた。
このままでは、すぐに弾幕に飲み込まれる。
この連射速度で一発でも食らえば、さっきの砲弾を受けた時と大して変わらない。
俺はポケットから――正確には俺の小金庫から、ビー玉ほどの煙幕弾を一つ素早く取り出し、前方へ投げた。
この煙幕弾は、始源魔法協会の最新作の一つだ。
たった三発で、訓練場全体を覆えるほどの代物だった。
一発だけでも、場内は一気に薄暗くなった。
俺は煙幕に紛れ、一瞬で距離を詰めた。
どれほど強大な魔法使いであろうと、白兵戦の間合いなら、まず俺の相手ではない。
煙幕を抜けた瞬間、俺はすでにリズを間合いに捉えていた。
リズの周囲に、防御らしいものは何もない。
絶好の機会だった。
両手のダガーが魔力をまとい、紫色の光を放つ。
「戦技――二連斬!」
次の瞬間には、刃が彼女に届く。
そう思ったのに、リズの顔には驚きどころか、退屈そうな色さえ浮かんでいた。
そのとき、俺はようやく見えた。
俺の周囲には、いつの間にか十数個の透明な水球が漂っていた。
魔力反応はほとんどない。
「雨神魔法·水雷!」
十数個の球体が、その声に応じるように爆発した。
俺はぼろ布のように吹き飛ばされ、視界が真っ暗になった。
最後に残った思考は、一つだけだった。
この手の大型魔法には、クールタイムという概念がないのか?
意識が戻ると、リズはもうコーンまで食べ終え、指についたクリームをなめていた。
訓練場も、再び明るさを取り戻している。
俺がようやく目を覚ましたのを見ると、リズは回復薬を一本差し出してきた。
俺も遠慮はしなかった。
上体を起こし、瓶の蓋を噛んで開け、そのまま飲み干した。
リズは俺のそばにしゃがみ込み、尋ねた。
「分かったか?」
「分かるわけないだろ」
俺は正直に答えた。
人に殴られて分かることなど、せいぜい相手を怒らせてはいけないということくらいだ。
「分からなくて正解だ」
リズはなぜか満足そうだった。
「何があったのかも言わない奴を、私がどうやって助けるんだよ」
つまり、面白い噂話が聞けなかった腹いせに、俺を一発ぶん殴ったってことか?
「お前、仲間たちと意地を張り合ってるんだろ?」
リズは、おそらく晦朔から俺たちのパーティーの魔力測定の結果を聞いていたのだろう。
俺ももう隠す気になれず、うなずいた。
「お前の性格だと、何かあっても一人で勝手に考え込むタイプだろ」
俺が黙っていると。
リズは、自分の読みが当たったと見たらしい。
「お前の事情は知らねえけど、私も昔はよくそういうことで腹を立ててた」
リズは機嫌よさそうに、自分の話をし始めた。
「あいつらが馬鹿なことをしたり、私の言うことを聞かなかったりすると、すぐ一人でふてくされてたんだ」
「晦朔たちと?」
「違う」
リズは首を横に振った。
「私の船員たちのことだ」
「私はいつも、あいつらに理解のある上司のふりをしてた。」
「だから、あいつらがどんな馬鹿なことをしても、許してきた。けど、自分の問題は、あいつらに一度も打ち明けなかった」
「そのうち、私は親しみやすい上司でいたかったはずなのに、あいつらとの距離はどんどん開いていった」
俺はリズの話を真剣に聞いていた。
そこに、少しだけ共感を覚えていた。
「後になって気づいたんだ。私が勝手にあいつらを許していたのは、私が傲慢だったからだってな」
「私は、自分なら何でも一人で処理できると思っていた。そして、あいつらに対しては――」
リズは俺を見た。
「私は、一度もあいつらを人間として見ていなかった。私の中で、あいつらは船を動かすための道具でしかなかったんだ」
「道具だからこそ、道具に問題があれば使う側が全部責任を負うべきだ。」
「逆に、使う側の問題を道具のせいにするわけにはいかないだろ?」
リズの言葉に、俺は目が覚める思いがした。
俺はようやく、自分がどうしてこんなに苛立っていたのかを理解した。
彼女たちは俺を友達だと思っていた。
だから、俺のために前へ出ようとした。
俺と一緒に責任を背負おうとした。
だが、俺は彼女たちをただの同僚だと思っていた。
俺に面倒を持ち込まなければ、それでいい。
その微妙な差こそが、俺の中でずっと引っかかっていた違和感の正体だった。
距離感か。
リズは、俺が何かに気づいたような顔をしているのを見ると、満足げにうなずいた。
今日もまた、後輩に「頼れるお姉さん」役をしてやった、という顔だった。
感謝はしている。
それでも、俺は思わず一つ聞かずにはいられなかった。
「あんたがそれに気づいた時も、誰かに一発殴られたのか?」
俺の問いには、少しだけ恨みが混じっていた。
「いや。誰が私に勝てるんだよ」
リズは当然のように言った。
「じゃあ、気づいた後はどうしたんだ?」
「あ? 気づいたならそれでいいだろ」
リズは少し不思議そうに答えた。
「気づいたうえで、あいつらを道具として扱えば、余計な心理的負担なんてなくなるじゃねえか」
そういうことなのか。
俺は苦笑しながらリズの背中を見送った。
そして、自分のやり方で問題を解決しようと決めた。




