第20話 完敗
「「「なんということでしょう! 大逆転です!」」」
司会者も、まさかここで思わぬ展開が待っているとは思っていなかったらしい。
戦局が、突然ひっくり返った。
「「「戦羊、完全に罠にはまりました! 三人の近接職がすべて引き離され、宇さんが戦羊の後衛へ、まさに無人の野を行く勢いで切り込んでいます!」」」
「「「もし戦羊にまだ切り札がないのなら、宇の小隊の勝利は目前です!」」」
希珀と辰巳は、互いに決め手を欠いている。
黒沢渉も、予想外にもミュイレンとの苦戦に引きずり込まれていた。
アパシャはすでに傷だらけだが、タカゴウも彼女へ軽々しく背中を預けるわけにはいかない。
ヘルガは何もできていない。
だが、シルヴァナは彼女を拘束し続けるために、意識を割かなければならない。
まして今は、ギアンダの助けもない。
時間は、すでに俺たちの側へ来ている。
俺はただ、辛抱強く待てばいい。
ギアンダが隙を見せる瞬間。
あるいは、シルヴァナのアイスブロックが切れる瞬間。
そのどちらかが来れば、一撃で終わらせられる。
タカゴウが俺の粘り強さを完全に見誤っていたように。
俺もまた、タカゴウの頭の回転を見誤っていた。
この時、彼の頭は凄まじい速さで回転していた。
この状況を崩すための手を、必死に探していたのだ。
タカゴウは分かっている。
戦羊が本当に得意なのは、もともと自分たちから攻めることではない。
防御からの反撃だ。
だから彼は、宇の小隊の誰かに、もう一度こちらから攻撃させる必要があった。
「おいおい、これがドラゴンの攻撃か?」
タカゴウはアパシャの一撃を受け止めたあと、挑発を始めた。
「思っていたより、ずいぶん痛くもかゆくもないな」
「強がるでない」
アパシャは怠そうに答えた。
「わしはおぬしを足止めするだけでよい。おぬしを倒すような面倒事は、あとで宇に任せるわ」
「なあ、お前、本当にドラゴンなのか?」
タカゴウは顎に手を当て、わざとらしく首を傾げた。
「学校でお前の龍身を見た奴はいないって聞いたぞ。まさか、何かの亜竜種が偽っているだけじゃないだろうな?」
「低俗な人間ごときが、わしの真の姿を見ようなど」
アパシャは冷笑した。
「身の程知らずにもほどがある」
「おやおや、どうして急に怒る?」
タカゴウは、見ているこちらが不安になるほど命知らずな顔でアパシャを見た。
その反応を観察しながら、さらに言葉を重ねる。
「図星を突かれたか?」
「俺は一応、星月国王室が飼っているドラゴンを見たことがあるんだ」
「そいつらが言うにはな。お前みたいな混血の竜人が、よく街で他人の好奇心を利用して詐欺まがいのことをしているらしいぞ」
「人に飼われた下等なドラゴンの言葉で、わしを評するつもりか?」
彼女の声は、まだ平静を保っていた。
だが、その虹彩の周囲には、ドラゴン特有の黄金色の炎が燃え始めている。
瞳孔も、少しずつ細長く変わっていた。
「そもそもお前、ドラゴン特有のドラゴン魔法なんて聞いたこともないんじゃないか?」
タカゴウはさらに手を広げ、知識をひけらかすように続けた。
「亜竜種はもちろん、偽竜種でさえドラゴン魔法を使えるらしいぞ」
「地竜ですら、ドラゴン魔法を使った記録がある」
「ドラゴン魔法の一つも使えないくせに、自分をドラゴンだと名乗るのか?」
「笑わせるな」
アパシャは、ついに怒りを抑えきれなくなった。
両眼が完全に黄金色の龍眼へ変わる。
その場にいた全員が、彼女から放たれる古く重い魔力を感じ取った。
「アパシャ、挑発に乗らないで!」
横で二人の会話を聞いていたミュイレンが、すぐに声を上げた。
だが、もう遅い。
今のアパシャには、何も届いていなかった。
「そこまで死にたいのなら」
アパシャがゆっくりと手を上げる。
「おぬしの神に祈るがよい。手元の小瓶が、どうか役に立ちますようにとな」
アパシャの体からあふれた魔力が、彼女の背後に集まっていく。
おぼろげに、十メートル近いドラゴンの影が現れた。
やがてその全身の輪郭が形を成す。
広げられた双翼は、会場全体を覆い尽くすほどだった。
アパシャが手を上げる。
背後のドラゴンの影も、それに合わせて爪を持ち上げた。
「龍典――爪撃!」
影の爪が振り下ろされる。
人の背丈ほどもあるドラゴンの爪が、信じられない速度で落ちた。
爪先が衝撃波を引き裂くように走らせ、空気そのものに肉眼で見える裂け目を刻む。
勝った。
タカゴウは、そう確信した。
タカゴウは盾を合わせる。
避けもせず、アパシャの攻撃を正面から受け止めた。
「戦技――リフレクション!」
アパシャの攻撃が弾かれる。
衝撃波は二つに分かれた。
一つはミュイレンへ。
もう一つはヘルガへ飛ぶ。
「何っ!?」
アパシャはそこで、ようやくタカゴウの狙いに気づいた。
だが、もう遅い。
「「ズドォン!」」
二つの爆発音が響いた。
ミュイレンとヘルガは衝撃波に吹き飛ばされ、会場を囲む壁へ叩きつけられる。
二人の璨星瓶も、同時に砕け散った。
「「「えっ、今のは何ですか!? 私はいったい何を見たんですか!?」」」
司会者は、この再びの大逆転をどう表現すればいいのか、一瞬言葉を失っていた。
「「「アパシャさんがドラゴンの奥義を放った結果、逆に宇の小隊から一瞬で二人を退場させてしまいました!」」」
「「「なんということでしょう、逆転に次ぐ逆転! これはもはや武道会級の戦いです!」」」
「わしを謀ったな!」
騙されたと気づいたアパシャは、怒りに任せて叫んだ。
だが、強力なドラゴン魔法を使った直後の彼女は、速度も力も明らかに落ちている。
再び攻撃を仕掛けるも、その一撃はタカゴウにあっさり弾かれた。
それでも前へ出ようとしたアパシャの前に、黒沢渉が立ちはだかる。
彼は連続する軽い斬撃で、彼女をその場に押さえ込んだ。
「全員!」
タカゴウが戦羊へ命令を飛ばす。
「終わらせろ!」
「戦技・狼牙斬!」
「戦技・牡羊蹂躙!」
黒沢渉が跳び上がり、斬撃を振り下ろす。
同時にタカゴウも、脚の傷を無視して戦技を発動した。
二人の攻撃はアパシャへ命中し、その体を大きく吹き飛ばす。
「森林魔法・茨縛り!」
「蒼藍魔法・氷槍!」
シルヴァナが枝を操り、空中のアパシャを幾重にも絡め取る。
そして、強く引いた。
アパシャの体が、地面へ叩き戻される。
ギアンダもその瞬間を逃さない。
巨大な氷の槍を撃ち出した。
氷槍が突き刺さり、寒気が爆ぜる。
アパシャは完全に氷塊の中へ封じ込められた。
「アパシャ!!」
俺と希珀は、ほとんど同時に彼女を助けに向かおうとした。
「森林魔法・茨の牢!」
「戦技・流星突き!」
希珀の周囲に仕掛けられていた罠を、シルヴァナが自ら起動した。
一瞬で、茨の枝が四方八方から湧き上がり、彼女をその中へ閉じ込めた。
同時に、辰巳が会場の反対側から、最大射程の槍撃を放つ。
シルヴァナとギアンダを妨害しようとした俺を、正面から止めに来たのだ。
「「「これが戦羊のチームコンビネーションですか!」」」
司会者は、ほとんど羨望混じりの叫びを上げた。
「「「なんという見事な連携!」」」
「「「宇の小隊は、これで残り二人!」」」
「「「彼らはまだ、無意味な抵抗を続けるのでしょうか!」」」
確かに。
もう、あがく意味はほとんどない。
俺は深く腰を落とし、後方へ大きく跳んだ。
俺を止めようとした辰巳を蹴り払い、ちょうど茨を斬り開いた希珀の隣へ着地する。
「俺の意見は、降参だ」
俺は希珀を見る。
「お前はどう思う?」
希珀も、こくりとうなずいた。
俺たちは同時に、璨星瓶を握り潰した。
「「「一人の退場者も出さず、宇の小隊を撃破しました!」」」
「「「これは文句なし、戦羊の完勝です!」」」
司会者が興奮気味に、試合終了を告げる。
「「「ただいま通知が入りました。戦羊の総合評価はAランク!」」」
「「「両陣営の素晴らしい戦いに、感謝いたします!」」」
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
全員が疲れ切っていた。
俺たちは一言も発さず、沈んだ空気のまま宿舎へ戻った。
「そういえば」
「お前、俺に一発殴らせる約束があったよな。今、回収してもいいか?」
俺はミュイレンへ言った。
当然だが、俺の冗談はこの最悪な空気を変えなかった。
今は冗談を言うべきタイミングではない。
そして何より、ミュイレンを冗談の相手にするべきではなかった。
俺の一言は、見事にミュイレンの地雷を踏み抜いた。
彼女は瞬間的に爆発し、ヘルガへ向かって怒鳴る。
「治療魔法が使えないって、どういうことよ!」
「使えないものは使えないんです!」
ヘルガも顔を上げた。
俺たちを騙していたことへの後ろめたさはあるのだろう。
だが、彼女も今は明らかに機嫌が悪い。
「学べないものは学べないんです。どうしろっていうんですか!」
「治療もできないくせに、牧師を名乗るつもり!?」
その言葉は、間違いなくヘルガを一番傷つけるものだった。
彼女の目に、みるみる涙が浮かぶ。
それでも、ヘルガは口では負けようとしなかった。
「ミュイレンさんだって、まともな魔法なんて一つも撃ててないじゃないですか!」
「役立たず魔法使い! 役立たず!」
「私は邪魔されただけでしょ!」
ミュイレンにも、少し引け目はあったのだろう。
それでも、彼女にはまだ正当な理由がある。
「あんたと違ってね! 祝福魔法だってろくに二つも使えてなかったじゃない!」
「あんた、いったい何の役に立つのよ!」
「私はあなたの臭いで邪魔されたんです!」
「ベトベトン! 魔法を使う時はもっと臭くなります! 臭くて目も開けられませんでした!」
言い負かされ始めたヘルガは、ついに無理やりな言いがかりを始めた。
「はあ?」
ミュイレンの顔色が変わった。
「あんたみたいな胸だけ無駄に大きいピギー子が、何を――」
そこまで言いかけて、ミュイレンはぎりぎりで言葉を飲み込んだ。
俺は、ミュイレンの気持ちも分かる。
彼女は自分を賭けるような形で、ヘルガを加入させたのだ。
そのヘルガのさっきの働きは、不十分どころの話ではない。
はっきり言って、まったく役に立っていなかった。
誰だって怒るだろう。
「はあ? 今、私をピギーって言いました?」
ヘルガには、ミュイレンが引いた理由など分からない。
ミュイレンが一瞬引いたのを見て、逆に勢いを増した。
「ベトベトン!」
「ドン!」
希珀が刀の鞘を強く床へ突いた。
その大きな音に、二人は同時に口を閉じる。
空気の中に、かすかな殺気まで混じっていた。
「訓練してくる」
希珀はそれだけ言って、部屋の外へ出ていった。
「何もないなら、わしも寝る」
アパシャの傷は重い。
あの魔法の消耗も、彼女にとってかなり大きかったのだろう。
そう言い残して、彼女も自分の部屋へ戻っていった。
「ふん」
ヘルガもミュイレンへ鼻を鳴らし、部屋へ戻る。
そして、扉を強く叩き閉めた。
「まだ私にふんって言うの!?」
ミュイレンも二言三言悪態をつき、階上へ消えた。
本当にまだ怒っているのか。
それとも、俺と二人きりになって質問されるのを避けたかったのか。
そのあたりは、何とも言えない。
いずれにせよ、今夜は先に休ませてやるべきだろう。
問い詰めたいことが多すぎて、逆にどこから手をつければいいのか分からない。
俺は自分の装備を放り出し、夕飯を食べに外へ出ようとした。
ちょうどその時、俺の様子を見に来た晦朔と鉢合わせた。
「よお」
晦朔が軽く手を上げる。
よりにもよって、俺が今一番問い詰めたい相手と最初に出くわした。
「失せろ」
俺は殺意を押し殺した。
「やっぱり、隊長って大変だろ?」
俺は大変だと分かっていたから、一人がいいと言っていたのだ。
「お前は、俺がこういう目に遭うのを見たかっただけだろ」
「満足したか?」
俺は不機嫌な顔のまま言った。
「ほら」
晦朔は俺に封筒を差し出した。
「お前たちの測定結果だ。さっき、ついでに取ってきた」
俺はそれを受け取るなり、空間転送で部屋の食卓へ放り込んだ。
「見ないのか?」
「こんなものを見て、飯がまずくなるのはごめんだ」
開けなくても分かる。
中にいい結果など入っているはずがない。
「さっき、何か揉めている声が聞こえたけど」
晦朔は俺たちの部屋へ視線を向けた。
「お前のパーティーメンバーを慰めに行かなくていいのか?」
「俺があいつらを慰めたら、誰が俺を慰めるんだよ?」
俺は晦朔の絡みにうんざりしてきた。
「そもそも、お前のせいだろ」
「俺のところに、あんなクセ者四人をまとめて放り込みやがって」
「いやいや、奇人変人に出会うのも、学園生活に欠かせない経験だろ?」
晦朔は軽く冗談を言った。
だが俺が何の反応も示さないのを見ると、少しだけ真面目な顔に戻る。
「本当に耐えられないなら、一か月後、俺がこのパーティーを解散させる」
俺は黙った。
「ただ、この一か月だけは、真面目に彼女たちを受け入れる努力をしてみてほしい」
晦朔は俺を見る。
「俺には、彼女たち一人一人にまだ可能性があるように見える」
俺は肯定も否定もせず、軽く手を振った。
「飯を食いに行く」
「ついてくるな」
「今は、お前と話す気分じゃない」




