第18話 対戦、バトルラム1
「「「戦羊が開幕から大技を放った! 四人同時に、宇の小隊の希珀さんへ猛攻を仕掛けます!」」」
その光景を見て、司会者の声も一気に熱を帯びた。
「「「この発動速度、間違いなくカウントダウンの段階から詠唱を始めていましたね。経験豊富と言うべきか、それとも手段を選ばないと言うべきか!」」」
シルヴァナの杖が希珀へ向けられる。
それに応じるように、棘だらけの蔓が数本、地面から飛び出した。
そこにギアンダの放った氷矢が混ざり、電光石火の速さで希珀へ飛んでいく。
続くのは黒沢渉の斬撃。
刀には、赤と緑がまだらに混じった不吉な魔力が絡みついていた。
彼は双刀を胸の前で交差させ、X字の横斬りを放とうとしている。
最後は、俺と正面に向き合う辰巳の突きだ。
槍先が魔力をまとって伸び、希珀の心臓を真っ直ぐ狙う。
「ヘルガ!」
俺は大声でヘルガの名前を呼んだ。
ヘルガもすぐに察してくれた。
「祝福魔法・防御!」
なんで防御だ。
俺は心の中で悪態をついた。
これはおそらく、ヘルガの戦闘経験不足と見るしかない。
明らかに行動を制限してくる二つの魔法を前に、どれほど強い防御をもらっても、時間稼ぎにしかならない。
正解は“速度祝福”だった。
最初の二つの魔法攻撃さえ避けられれば、その後の刺突と斬撃は、たとえ受けても治療魔法で十分に立て直せる。
だが、今さらヘルガにそれを説明している時間はない。
二人の前衛が希珀へ向かって走り込むのに合わせ、俺も一気に踏み込んだ。
狙うのは、二人の魔法使いとの距離を詰めること。
すぐに仕留められなくてもいい。
奴らを邪魔できれば、希珀への圧力は少しでも下がる。
「そうはさせるか!」
タカゴウが叫びながら、俺の前に立ちはだかった。
俺は逆手に持ったダガーで、彼の足場がまだ固まりきっていないうちに、動きの中から隙を探す。
だが、タカゴウも、ただの道楽息子ではない。
一瞬で左手の盾を胸の前へ滑り込ませた。
「ガン――!」
ダガーが盾にぶつかる。
盾はびくともしない。
むしろ、手のひらの付け根がじんと痺れた。
「「「宇の小隊の隊長、戦羊の後衛へ攻撃を仕掛け、味方の救援を狙います!」」」
「「「しかし、それも戦羊の想定内だったようです!」」
「「「これは希珀さん、危ない!」」」
間一髪。
希珀の顔には、ほんの少しの動揺もなかった。
シルヴァナとギアンダの攻撃が命中する直前、彼女は大きく一歩後ろへ下がり、魔法攻撃を避けた。
その時にはもう、辰巳の槍先が目前に迫っていた。
希珀は続けて身を横へ滑らせ、槍先をかわす。
さらに足を上げ、辰巳の伸びた槍の柄を地面に踏みつけた。
「まだ終わっていません!」
シルヴァナが叫び、枝を振るう。
「森林魔法・茨花弾!」
無数のつぼみが枝から離れ、弾丸のように希珀へ飛ぶ。
つぼみは、希珀にあっさり避けられた。
だが、地面に落ちたそれらは消えなかった。
むしろ、手のひらほどの赤い花を咲かせる。
明らかに、何らかの罠だ。
シルヴァナの目的は、希珀の退路を塞ぐこと。
絶えず回避を続けていたせいで、希珀の足元で長槍を押さえる力がわずかに緩んだ。
辰巳はその隙を逃さず、力任せに槍を跳ね上げる。
刺し傷を避けるため、希珀は槍を踏み台にして空へ跳んだ。
しかし、黒沢渉はすでに高く跳び上がっていた。
希珀は、ちょうど彼の斬撃へ飛び込む形になる。
「死ね!」
黒沢渉は両手の刀を横に構えた。
二つの鋭い斬撃が、まるで鋏のように希珀の細い首を断とうとする。
だが、希珀の抜刀の方が速かった。
空中で、そのまま刀を抜いて迎撃する。
「ガキン!」
黒沢渉が弾き飛ばされた。
希珀もまた、シルヴァナの罠の中へ戻される。
彼らは連携技で希珀を完全に抑え込むつもりだったのだろう。
だが、希珀はつま先で軽く地面を突いただけで体勢を整えた。
しかも、彼女が降り立ったのは花と花の隙間。
寸分のずれもなく、どの罠も発動させていない。
希珀の刀が、陽光を受けて星のように瞬いた。
星塵銀で鍛えられた高級武器だ。
「「「素晴らしい! 実に素晴らしい!」」」
司会者の声は、今にも拡声器を突き破りそうだった。
「「「戦羊全員による連携攻撃を、希珀さんがまるで散歩でもするように捌いてみせました!」」」
「「「戦羊は実質、攻撃の一手を無駄にした形です!」」」
「「「宇の小隊はこの隙をどう反撃へ繋げるのでしょうか!」」」
「キン! キン!」
俺はなおもタカゴウと対峙していた。
俺の攻撃は、ことごとくタカゴウに受け止められている。
彼は表面上の放蕩貴族というだけではない。
おそらく、厳しい訓練も受けている。
希珀の動きは、俺にとって嬉しい誤算だった。
ならば、俺が彼女の足を引っ張るわけにはいかない。
俺は休みなく隙を探した。
俺の武器の方が軽く、細かく動ける。
絶え間ない攻撃の中で、タカゴウはついに焦りを見せ、一瞬、隙を晒した。
「ギン!」
俺はその隙間を縫って、彼の腕へダガーを突き込む。
だが、攻撃は鎧に深い傷を残しただけで、本人までは届かなかった。
「ちっ」
突然攻撃を通されたことで、タカゴウはわずかに苛立った。
慌てて一歩下がり、再び迎撃の構えを取る。
俺はすぐには追撃しなかった。
「ヘルガ、力を上げろ」
「はい!」
背後からヘルガの返事が聞こえる。
「祝福魔法・剛力!」
俺は小さく前腕を動かしてみた。
感覚としては、中級祝福魔法程度。
俺たち裁判所の牧師にも及ばない。
初めてヘルガに会った夜の、あの震えるほどの衝撃はまるでない。
とはいえ、窮地を救う一手とまではいかないが、ないよりはずっといい。
俺はすぐさま再び踏み込み、タカゴウと斬り結んだ。
タカゴウは腕を上げ、自分から迎撃してくる。
だが、それが逆に俺へ機会を与えた。
反撃の一手で、彼の重心が崩れる。
「ガン!」
「ザッ、ザッ、ザッ――!」
俺は機を逃さず、鎧の薄い部分を数度切り裂いた。
血が噴き出す。
タカゴウは一瞬で、反撃と防御の能力を失った。
俺が致命の一撃を入れようとしたその時、彼の背後からしなやかな枝が数本伸びた。
枝は激しく振るわれ、俺を押し退ける。
続いて、それらは逆にタカゴウへ絡みついた。
緑の魔力が枝を伝ってタカゴウの体へ流れ込み、傷を素早く癒やしていく。
ほんの一瞬で、タカゴウの傷は回復した。
やはり、そう簡単にはいかないか。
俺はそう思った。
同格のパーティー戦において、牧師はしばしば最重要の役割を果たす。
双方がぶつかり合えば、自然と消耗戦になる。
その時、牧師の治療と祝福が、天秤を自分たちの側へ傾ける。
相手のエルフのドルイドは祝福魔法こそ使えない。
だが、戦場を制御しながら同時に治療するそのやり方は、より厄介だった。
対して、こちらのヘルガは明らかに戦闘経験が足りない。
祝福魔法も平凡だ。
あとは、彼女の治療魔法が多少なりとも突出していることに期待するしかない。
「「「おおっと! ここで双方隊長による初の一騎打ちです!」」」
「「「この一手は、宇の小隊の隊長が一枚上手だったように見えます!」」」
「「「しかしシルヴァナさんの治療魔法により、両者は再び振り出しへ!」」」
「「「次の一合、勝負の行方はまだ読めません!」」」
「躾もされていない小汚い畜生にしては、礼儀はあるようだな。俺の回復を待ってくれるとは」
タカゴウの体に絡みついていた枝が、ゆっくりと外れていく。
「安心しろ。あとで殴る時は、女の子みたいに丁寧に扱ってやるよ」
「俺の仕事は、お前を足止めすることだけだ。動かなければ、それで終わりだ」
俺は再びダガーを構え、彼へ攻撃を仕掛けた。
だが、先ほどとは違う。
今度は、シルヴァナの枝も戦闘に加わっていた。
タカゴウが隙を見せるたび、枝がすぐにその隙を塞ぐ。
俺は追撃の機会を、何度も捨てざるを得なかった。
しばらくして、タカゴウはようやく俺の意図に気づいた。
俺の体に隠されていたミュイレンの存在に、ようやく気づいたのだ。
俺の背後へ、元素が流れ込んでいる。
それはミュイレンの杖の先端へ集まり、巨大な火球を形作っていた。
この爆炎術が二人の魔法使いのどちらかに命中すれば、おそらく即座に退場だ。
ただし――
詠唱が遅すぎる。
「ギアンダ!」
タカゴウがギアンダへ警告する。
だが、彼女はすでに詠唱を始めていた。
「遅すぎです、隊長」
ギアンダは呆れたように言った。
「「「また来ました! 私が最も期待している、魔法使い同士の詠唱勝負です!」」」
「「「緊迫した時間制限の中、両陣営の魔法使い、どちらが先に魔法を完成させるのでしょうか!」」」
二人の魔法使いが一秒を争って詠唱する中、希珀はなおも罠の中で辰巳と黒沢渉の連携攻撃を捌いていた。
希珀はまるでバレエダンサーのようだった。
罠陣の中を舞うように身を翻し、黒沢渉の攻撃を巧みにかわしている。
シルヴァナの花の罠も、彼女を完全には縛れていなかった。
その時、黒沢渉と辰巳もまた、希珀の問題に気づいた。
二人は無言で視線を交わす。
黒沢渉が背中に隠した手で、シルヴァナへ合図を送った。
そして、再び同時に攻撃を仕掛ける。
「戦技・狼牙斬!」
黒沢渉は逆手に刀を握り、一気に跳び上がった。
上方から、希珀へ深く突き込む。
その瞬間、希珀の周囲に咲いていた茨花がいくつか炸裂した。
花の中から棘だらけの蔓が伸び、彼女の退路を一時的に塞ぐ。
希珀は刀で黒沢渉の攻撃を受け止めるしかなかった。
「ガキン!」
希珀は再び黒沢渉の攻撃を弾き返す。
その瞬間、彼女は黒沢渉が不敵に笑うのを見た。
彼の本当の狙いは、希珀を倒すことではない。
希珀が受け止めた力を利用し、一気にミュイレンのそばへ跳ぶことだった。
希珀はその意図に気づき、追撃しようとする。
だが、辰巳の攻撃が続けざまに迫った。
「戦技・銀蛇!」
辰巳の長槍が再び伸びる。
希珀は身を横へかわそうとした。
だが、今回の槍先は空中で軌道を曲げた。
方向を修正し、再び希珀へ襲いかかる。
希珀はそれを予想していなかった。
やむなく鞘で受け止める。
だが、槍先は重く鋭い。
鞘を弾き飛ばし、そのまま希珀の右腰を刺した。
「っ……」
希珀が苦しげに小さく息を漏らす。
だが、すぐに体勢を立て直した。
刀を一振りし、周囲の茨をすべて斬り払う。
しかし、黒沢渉はすでに遠い。
希珀を振り切った黒沢渉は、迷いなくミュイレンへ跳んでいく。
だが、彼を追う者は希珀だけではなかった。
「待てい!」
後方から一喝が響いた。
アパシャの両手はすでに鋭い爪へ変わっていた。
ドラゴンの力を乗せ、そのまま黒沢渉へ叩きつけにいく。
この刹那、戦場のすべての動きが一点に圧縮された。
詠唱中のミュイレン。
魔法を完成させかけているギアンダ。
ミュイレンを止めようとする黒沢渉。
黒沢渉を追うアパシャ。
誰が先に届くか。
それだけで、戦局は大きく動く。
いや、勝敗そのものを決めかねない。
戦場全体が見えていない者なら、まだ迷ったかもしれない。
だが、戦闘経験のある者たちは、すでに答えを出していた。
ギアンダはミュイレンより速い。
そして、アパシャは黒沢渉より速い。
ギアンダはつい先ほどまで、希珀への包囲攻撃に参加していた。
理屈の上では、ミュイレンの詠唱の方がずっと早く始まっている。
だが、ギアンダは卓越した詠唱速度で、じわじわと追いついてきた。
このままでは、ミュイレンよりも先に魔法が完成する。
俺は機を見てタカゴウを弾き返し、半歩下がった。
そして、手にしたダガーをギアンダへ投げる。
タカゴウの反応も速い。
すぐに体勢を立て直し、ダガーを叩き落とそうと手を上げた。
その手がダガーに届く寸前、刃に紫色の魔力が走る。
次の瞬間。
ダガーはほとんど音速に近い速度で空を裂き、ギアンダへ飛んだ。
「なに?」
タカゴウは、俺がそんな手を隠しているとは思っていなかった。
ただ、ダガーがギアンダへ飛んでいくのを見送るしかない。
アクセル飛刀。
原理は単純だ。
視界の外で、ダガーを“空間転送”と“転送門”で落下させ続け、速度を稼ぐ。
投げる瞬間に、手元のダガーとそれを“空間転移”で入れ替える。
それだけで、普通の飛刀は突然、音速近くまで加速する。
もちろん、手で投げる動作はただの目くらましだ。普通の人間が突然加速する飛刀を見れば、俺が金属を操る戦技を使ったと誤解する。
俺の攻撃は十分に速かった。
だが、シルヴァナもまた、瞬時に四人の攻撃順を見切っていた。
彼女はすでに備えていた。
タカゴウが俺の飛刀を止められなかったと見るや、シルヴァナはすぐに藤を動かし、ギアンダの背中を強く押した。
ダガーは璨星瓶を外れた。
命中したのは、ギアンダの左肩だけだった。
シルヴァナには二つの対応があった。
直接藤で壁を作れば、ギアンダは傷一つ負わなかっただろう。
だが、シルヴァナはそうしなかった。
ギアンダなら、傷を負い、体勢を崩しても、詠唱を完成させられる。
彼女はそう信じていた。
ギアンダは、その期待を裏切らなかった。
倒れ込む寸前。
魔法が完成する。
「蒼藍魔法・氷瀑流!」
彼女の前に、巨大な青い魔法陣が現れた。
次の瞬間、激流が滝のように奔り出す。
最前線の水流は、千軍万馬の勢いで一直線に押し寄せた。
残った飛沫はすぐに周囲へ広がり、凍りつき、無数の氷槍へ変わる。
それは行く手にあるすべてを凍らせる。
そして、貫く。
惜しむべきは、先ほどの一押しで発動位置がずれていたことだ。
ミュイレンを直接狙えば、間にいるタカゴウを巻き込む。
だからギアンダは狙いを変えた。
アパシャを凍らせ、黒沢渉への攻撃を止めるつもりだった。
だが――!
その経路の途中には、希珀と辰巳がいる。
辰巳はきっとこの攻撃を避けられる。
なら、この魔法が最初に命中する可能性が高いのは、希珀だ。
これは好機だ。
希珀には、ヘルガがかけた防御祝福が残っている。
彼女がこの魔法を受け止めれば、一連の連鎖でミュイレンの爆炎術が相手後衛に命中する。
一人か二人は退場させられるはずだ。
そして。
希珀は避けた。
%……&*$%……#$!!
「ドン!」
氷瀑流がアパシャに直撃した。
彼女の体は凍りつき、飛び散った氷柱がさらに全身を串刺しにする。
まるで巨大な獣用の罠のように、彼女をその場へ縛りつけた。
黒沢渉は双刀を振るい、ミュイレンへ攻撃を仕掛ける。
ミュイレンは詠唱を止め、受け止めざるを得なかった。
戦局が一気に崩れていくのを見て、俺も焦り始めた。
タカゴウはその隙を見逃さない。
二つの盾を一つに合わせる。
盾の模様が、瞬時に法陣へ変化した。
その中央に浮かぶ紋様は、彼の胸に刻まれた羊の頭とまったく同じだった。
「戦技・牡羊インパクト!」
タカゴウの盾から、強烈な衝撃波が放たれる。
俺は高く跳んで避けるつもりだった。
だが、地面から突然藤が伸び、俺の体を強く引き戻した。
「轟!」
強烈な衝撃が全身を一瞬で駆け抜ける。
五臓六腑が、まるで何千頭もの暴牛に踏み荒らされたように揺さぶられた。
自分がまだ立っているのか。
それとも、もう倒れているのか。
一瞬、それさえ分からなくなる。
耳と口元から、血が流れ落ちた。
「「「戦羊、完璧な連携です!」」」
「「「本来は宇の小隊が隙を突いた見事な反撃でしたが、戦羊は自分たちの実力と互いの連携で、逆に宇の小隊のメンバーへ重傷を負わせました!」」」
マイク越しに、司会者が興奮して拳を振る音まで聞こえた。
「「「これで戦局は完全に戦羊へ傾いた!」」」
「「「宇の小隊に、ここから巻き返す一手は残されているのでしょうか!?」」」




