第15話 新居2
俺たちは、それぞれ自分の部屋へ戻った。
もしかして、俺は募集の時、少しやりすぎたのだろうか。
あいつら、裏でこっそり俺を仲間外れにしたりしないよな。
そんなことを考えながら、どうやって自分の印象を回復するべきか悩んでいると、玄関の方から呼び鈴の音が聞こえた。
ぴんぽーん。
俺が扉を開けると、外に立っていたのは数人の生徒会メンバーだった。
その後ろには、新しい荷物が山のように積まれている。
「こんにちは。宇さんでよろしいですか?」
男子学生の一人が、礼儀正しく尋ねてきた。
「はい。これは誰の荷物ですか?」
「アパシャさんの荷物です」
男子学生は丁寧に答える。
「本人が受け取りに出られないので、宇さんに代理で受け取ってほしいとのことでした。聞いていませんか?」
地面にはかなりの量の荷物が置かれていた。
その中でも一番大きな旅行袋は、ほかの荷物より一回り大きい。
しかも上には、「天地無用」と「取扱注意」の札まで貼られている。
俺はだいたい事情を察した。
「たぶん、うっかり忘れていました」
俺はそれらしい顔でそう答えた。
生徒会のメンバーがせっかくここまで荷物を運んできてくれた以上、今さら持ち帰ってもらうのも申し訳ない。
男子学生は小山のように積まれた荷物を見て、少し困ったような顔をした。
「あの、彼女から伝言もありまして」
「この荷物を部屋まで運んでほしいそうです」
「よければ、お手伝いしましょうか?」
「大丈夫です。こっちにも仲間がいるので」
俺は彼の好意を断った。
「ただ、あの旅行袋だけ玄関の段差の上まで運んでもらえると助かります」
そう言って、俺は一番大きな旅行袋を指差した。
玄関前には数段の階段がある。
彼は慎重にその袋を持ち上げ、階段の上、扉の前に置いてくれた。
「本当にありがとうございます」
俺は生徒会のメンバーに心から礼を言い、彼らが去っていくのを見送った。
完全に視界から消えたことを確認してから、俺はゆっくりと笑顔を引っ込める。
そして、その旅行袋の上に、そっと足を置いた。
次の瞬間。
俺はそれを階段から蹴り落とした。
「ぎゃっ!」
袋がごろごろと転がり落ちると、中からくぐもった悲鳴が聞こえた。
続いて、袋の中で何かがもぞもぞと動き始める。
その動きはだんだん大きくなり、最後には激しい抵抗へと変わった。
じじじじじ――。
中の誰かがようやくファスナーを見つけたらしい。
ファスナーが開くと、ぼさぼさの人影が中から這い出してきた。
「おいこら、部屋まで運べと言ったじゃろうが!」
アパシャは完全に怒り心頭だった。
「自分で運べ。怠けすぎだろ」
俺は相手をするのも面倒で、そのまま踵を返そうとした。
背後でアパシャがぎゃあぎゃあ騒ぎ始める。
「逃げるでない! わしは高貴なるドラゴンじゃぞ!」
「それをおぬし、よくもわしをゴミみたいに扱いおったな!」
アパシャは袋の中で手足をばたつかせ、俺に向かって威嚇していた。
「そこに直れ! 今すぐ成敗して――あいたっ!」
彼女はそのまま俺に飛びかかって噛みつこうとしたらしい。
だが袋の中で長く丸まっていたせいで、足がうまく動かなかったのだろう。
一歩踏み出した瞬間、袋に足を取られ、そのまま見事に転んだ。
「どうしたんですか?」
玄関の騒ぎを聞きつけたのか、二階からヘルガが降りてきた。
そして、地面に倒れているアパシャを見るなり、慌てて駆け寄って助け起こす。
アパシャはヘルガの姿を見た瞬間、さっきまでの凶悪な顔を引っ込め、大声で嘘泣きを始めた。
「うわああん! ヘルガ、聞いてくれ!」
「あやつ、わしを階段から蹴り落としたのじゃ!」
涙一つ出ていないその嘘泣きで騙されるのは、ヘルガくらいだろう。
「よしよし、泣かないでくださいね」
ヘルガはアパシャを胸に抱き寄せた。
アパシャもその流れに乗り、顔をヘルガの胸元へ埋める。
「宇さんも、本当にもう」
ヘルガは俺の方を向き、真面目な顔で説教してきた。
「いつも女の子をいじめてばかりです」
「エイディスさんが言ってました」
「女の子は大事にするもので、いじめるものじゃないんですよ!」
アパシャは、その胸元に埋めた顔を半分だけこちらへ向けた。
そして、勝ち誇った小悪党みたいに、にやぁっといやらしい笑みを浮かべた。
俺は軽蔑の目で彼女を見た。
アパシャの中身は、絶対におっさんだ。
天然ボケのヘルガだけが、胸元をいいように使われているとも知らず、にこにこと笑っている。
「勝手にしろ」
俺は部屋へ戻った。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
希珀が到着したのは、夕方になってからだった。
見るからに鍛錬帰りだった。
少し意外だったが、彼女の荷物はかなり多かった。
俺も一緒に運んだが、それでも三、四往復はする羽目になった。
「ここでいい」
「ありがとう」
礼を言うなり、希珀は扉を閉めた。
その速さは、まるで泥棒を警戒しているみたいだった。
どうやら、誰かに荷物を見られるのがかなり嫌らしい。
ただ、彼女の表情からは、何を考えているのかまったく分からない。
そのうち機会があれば聞けばいい。
そう思って振り返った瞬間。
俺は、にやにやと悪だくみ顔をしているミュイレンと鉢合わせた。
その顔を見る限り、ろくなことではない。
「えー、ちょっと待ってよ」
ミュイレンが俺を呼び止めた。
「気にならないの? あの子の荷物の中身」
俺の理性は、今すぐここから離れろと警告していた。
だが、忌々しい条件反射で、俺は振り返ってしまった。
「顔に書いてあるよ?」
ミュイレンの笑みがさらに深くなる。
「何がしたいんだ」
逃げ切れないと悟った俺は、仕方なく彼女と向き合った。
ついでに心の中で突っ込む。
お前、自分のプライバシーは見られたくないくせに、他人の荷物にはずいぶん興味津々だな。
「私、知ってるんだよね」
ミュイレンは、わざとらしく声をひそめる。
「あの子のバッグに何が入ってるのか」
俺は、きちんと詐欺対策の訓練を受けている。
この程度の誘導に引っかかるわけがない。
「信じない。じゃあな」
「へえ」
ミュイレンは指先で髪を弄びながら、何でもないことのように続けた。
「じゃあ、あの子がどうしてそんなに急いであなたを追い出したのか、知りたくない?」
「だって、あの荷物の中身って、ぜんぶ“人には見せられないもの”なんだよ?」
実に見事な焦らし方である。
分かっている。
俺は分かっている。
だが、あえて乗ることにした。
「変な噂を流すなよ」
俺は表面上の冷静さを必死に保った。
ミュイレンは、俺がなかなか近づいてこないのを見ると、逆に髪を弄びながらこちらへ歩いてきた。
「この前ご飯を食べに行った時、あの子がこっそり教えてくれたの」
「男の子には分からないかもしれないけどさ」
「希珀みたいな子って、表では何にも興味なさそうに見えて、実は裏に別の顔があったりするんだよ」
「それと荷物に何の関係がある」
魚が針にかかったことを確信したのだろう。
ミュイレンは急いで糸を引こうとはしなかった。
首を少し傾げ、唇をほんの少し尖らせる。
そして、にこっと笑って俺の顔を覗き込んだ。
「中身はね」
「女子的に言うとさ――」
「“小さなおもちゃ”かな」
俺は誓って言う。
俺の考えは純粋だった。
ただ、憎むべき生理反応で、思わずごくりと喉が鳴った。
そして当然、そのすべてはミュイレンの目から逃れられない。
「ねえ、今あの子、自分の部屋に鍵かけてこもってるよね?」
ミュイレンは階段の方へ歩き出した。
「何してると思う?」
「荷物の整理だろ。ほかに何がある」
「さあ?」
ミュイレンは、すべて分かっていると言わんばかりの笑みを浮かべ、階段の上へ消えていった。
俺は彼女が馬鹿なことをしないか心配になり、慌てて後を追った。
息を殺して二階へ上がると、ミュイレンが希珀の部屋の扉にぴったり張りついていた。
片耳を扉に当て、中の音を聞いている。
彼女の表情はだんだん恍惚としていった。
まるで、この世のものとは思えない天上の音楽を聴いているようだ。
やがて彼女は薄く目を開け、俺を見て、口だけを動かした。
聞きたくないの?
俺の心臓が嫌な音を立てた。
ミュイレンの誘惑技術は、伝説のサキュバスよりよほど危険である。
この大陸でここ数十年、魔族の活動記録が存在していなければ、俺は今この場で彼女を逮捕して、徹底的に調査していたに違いない。
まあ、ミュイレンの気持ちも分からなくはない。
募集の時、彼女は俺に散々やられた。
だからどこかで一矢報いたいと思っているのだろう。
だが、世の中にはこういう言葉がある。
上級者の狩人ほど、獲物の顔をして現れる。
俺を出し抜こうなんて、そう簡単にはいかない。
俺は扉の錠の内側に、小さな転移門を開いた。
そして、そっとかんぬきを外す。
次の瞬間。
扉に寄りかかっていたミュイレンは完全に油断していたせいで、そのまま部屋の中へ倒れ込んだ。
「きゃっ!」
「ミュイレン?」
希珀も、さすがに驚いたらしい。
俺はこの隙に逃げようとした。
だがミュイレンは、一切その機会を与えてくれなかった。
「宇だよ! 宇が私に行けって言ったの!」
「宇さん?」
裏切りが早すぎる。
希珀に名前を呼ばれてしまっては、もう逃げるわけにもいかない。
俺は仕方なく、慎重に彼女の部屋へ近づいた。
部屋の中には、色とりどりのぬいぐるみが所狭しと並べられていた。
その数は、正直かなり圧巻だった。
俺が入った時、ミュイレンは床に正座して謝っているところだった。
希珀はというと、床いっぱいのぬいぐるみに囲まれながら、一つ一つ丁寧に並べていた。
「ミュイレンが、君には小さなおもちゃがたくさんあるって言って、見に来たがっていた」
ミュイレンに先に悪者扱いされるのを防ぐため、俺は先に事実を述べた。
その報酬として、ミュイレンの肘が俺の脇腹に入った。
「欲しいの?」
希珀は、よく動く目でぱちぱちと瞬きながら、ミュイレンを見た。
ミュイレンは苦虫を噛み潰したような顔で、頷くしかなかった。
「……欲しい」
希珀はすぐに、ぬいぐるみの山を探し始めた。
そして最後に、小さな狐のぬいぐるみを取り出し、ミュイレンへ渡した。
とても彼女に似合っている。
「じゃあ、用がないなら俺は行く」
誤解が解けたのを確認して、俺は急いでこの危険地帯から離れようとした。
「待って」
希珀が俺を呼び止めた。
それから別のぬいぐるみの山を探し始める。
やがて、白い小熊のぬいぐるみを見つけ、俺に差し出した。
「この子は、ポポ」
これは、俺にくれるということだろうか。
「ポポか。覚えた」
俺は小熊を受け取った。
そこには、かすかに希珀の匂いが残っている気がした。
その後、俺は部屋を出た。
残されたミュイレンは、深夜まで希珀から一体一体のぬいぐるみの名前と由来を聞かされることになった。




